「応援メカニクス」をハンドボールで活かす。ブロックチェーンベンチャーが見据える、スポーツと応援の未来

SAMURAI Securityは2018年4月に創業したスタートアップ企業。ブロックチェーン関連サービスを主としているが、その技術力を地域創生やスポーツ領域でも活かす。特にスポーツでは、アスリート、チーム、競技団体とファンの応援を結びつけるサービスに取り組み、アスリートの競技環境の支援やチームとファンの応援コミュニティの形成、競技の裾野拡大を支援している。2019年11月にはスポーツ庁主催のアクセラレーションプログラム「SPORTS BUSINESS BUILD」の実装プロジェクトに採択され、現在新たなサービスを準備している。ブロックチェーン技術の活用でスタートした企業が、なぜ地域創生やスポーツ事業に参画していったのか?同社の濱川智取締役CEOに話を聞いた。

ブロックチェーン技術で地域通貨を発行

Satoshi Hamakawa
SAMURAI Security
CEO
SAMURAI Security株式会社 取締役CEO 濱川智氏

SAMURAI Securityはもともとブロックチェーン技術を使ったサービスを始めるために創業された、スタートアップ企業だ。

「ブロックチェーンの技術を使ったり、先進IT技術を使うことで世の中を良くしようという目的のもと創業しました。かつてインターネットができた時の様に、ブロックチェーンが『これは世の中を変えるかもしれない』と。しかし、創業した頃、仮想通貨の紛失事故など事件が発生していて、世の中の信用を毀損している時期でした。それに対して、ユースケース(実用例)がないと信頼を取り戻せない。技術的な話をしても厳しいというのが当時の状況でした」(濱川氏)

2018年1月に発生した、暗号資産(仮想通貨)交換業者コインチェックがハッキングを受けて約580億円分の暗号資産が盗まれた事件で、多くの人々がブロックチェーンや仮想通貨を一緒くたにして、懐疑的な目を向けるようになっていた。そこで実用例を作るために取り組んだのが、2018年11月に富山県で始めたデジタル通貨サービス「Yell TOYAMA(エール富山)」だった。

Yell TOYAMAは、1円=1YEL(エール)とし、クレジットカードでアプリにチャージして使うことができる仕組みだ。県内の加盟店で商品購入の際の決済や、また、応援したい商品や店に協賛金としてYELを送ったり、応援コメントを送ることができる。

それまでの地域通貨は、紙が大半。紙で作られているから当然県内でしか流通しない。しかし、それをデジタルにすることで可能性が広がると考えた。

「富山の人口が約100万人。県内在住者向けにするより、むしろ、全国に散らばった富山出身者たちが、(地元の)富山を応援できる通貨を作ったら面白いかもしれないと考えました。そこで、富山の経済をもっと良くしたいという課題を持っていた地元老舗企業の社長の方々と資金調達して立ち上げました。我々のような一企業が、ブロックチェーン技術を生かした地域のデジタル通貨の発行を可能にすれば、各地域にある商店街で独自のデジタル通貨を出せるようになる。それが広がって浸透していけば、仮想通貨などに対する考えも変わってくる可能性があります。我々がこの分野でパイオニアとして活躍できるのではないかと始めました」(濱川氏)

ファンの熱量を、スポーツに活かす

Ryota Murata
Boxing
Toyama Glauzies
B League
Esporta
Bリーグ・富山グラウジーズ、ボクシング・村田諒太選手も参加するEsporta

実証実験では課題にもぶつかった。県外にいながら地元を愛する人、地元を応援したい人は多かった。しかし四六時中、その商品、その店舗を応援し続けたいわけではない。せっかく立ち上げた地域のデジタル通貨への関心を、よりつなぎ止め、使用頻度を高められるコンテンツは何か――。

そこで目を向けたのが、スポーツだった。

富山県を拠点とするバスケットボール男子Bリーグの「富山グラウジーズ」との取り組みを行うと、結果的にスポーツはスポーツで分けた方がわかりやすいと判断し、Yell TOYAMAとは別事業として、スポーツチームとファンのエンゲージメント、つながりを深めるサービス「Esporta(エスポルタ)」を始めることになった。

「グラウジーズと一緒に2019年4月から試験運用を開始しました。課金の仕組みが間に合わず、リーグも閉幕したので、皆の応援を集める『デジタル寄せ書き』を行ってみたんです。すると、20日間で約2,000件も届いた。そのファンから届けられた声援と、選手一人一人の写真をコラボしたメッセージブックを無料で配布したところ、大好評でした。単なる公式写真集ではない、ファンがチームと一緒になって作る。この体験は、実は新しかった。これをさらに進め、拡大していけば、販売収益でチームや、そしてアスリートにも還元できると感じました」(濱川氏)

次に手がけたのは、プロボクサーの村田諒太選手との取り組みだった。2019年夏の世界戦で、村田選手への応援メッセージと500円以上の支援をすれば、村田選手の写真と支援者の応援メッセージで作ったメッセージブックをプレゼントするというキャンペーンを行った。

「村田さん自体はファイトマネーを億単位でもらっている方ですが、このキャンペーンに関わってくれたのはプロボクサーの置かれた環境と、問題意識が理由でした。プロボクサーとして日本チャンピオンになったとしても、食っていくのが大変だと。多くの選手は、アルバイトをしながら試合のチケットを手売りしないといけません。売れなければ、練習時間を割いて営業しなければいけない。そこで、応援という形でファイナンスできる仕組みができれば、ボクサーがもっと競技に専念できるかもしれない。ただ、前例がない。すると村田さんが『俺が一度やってみましょう』とひと肌脱いでくれ、何の宣伝もしない中で金額が集まりました」(濱川氏)

ファンは応援する選手やチームをより身近に感じ、また、アスリートやチーム側も収益をより得やすくなり、より良い競技環境を手に入れて向上に励みやすくなる。「応援」は、互いにとって有用な装置だともいえる。

ハンドボール界で、新しいサービスを

Handball
Molten

このようにファンとの絆やエンゲージメントを上げて、収益も上げていこうという仕組みを、次に展開する先がハンドボールだ。SAMURAI Securityの新たなプロジェクトは、2019年11月に、スポーツ庁が日本ハンドボール協会の協力のもと主催する「SPORTS BUSINESS BUILD」の実装プロジェクトの一つに選ばれた。

「ハンドボールの部活動に取り組む学生や子どもは、約7万人います。そして、少なくとも年に3回は全国大会があります。それを応援するために、家族や学校の同級生やOBらが集まってくる。しかし、試合会場まで全員が見に行けるかというと、無理な人もいるのが現実です。そこで例えば、会場に行けなかった親が子どもたちに寄せ書きを贈る、試合の写真が集まったフォトブックを手に入れて見ることができるなど、その時の感動や熱量を集めることができればと考えました」(濱川氏)

もちろん便利なサービスを作っても安全・安心に運用されなければ支持されない。子どもや学生たちの写真が、不必要なところで勝手にシェアされることになれば親たちも心配する。そこで、先出のオープンなオンラインサービスであるEsportaとは異なり、新たなサービスは完全に閉じたSNSとして、登録会員しか入れない設計にもしている。

またこの仕組みは、安全・安心というだけでなく、権利関係の管理にも有用になるという。

「(新サービスの)会員自らが肖像権を管理できるようにする発想です。日本のスポーツ界で長年課題になっているのが、肖像権の管理問題です。子どもたちの中から、将来にプロ選手が出た時、その選手の学生時代の肖像権をきちんと運用し、選手本人がビジネスできるようなシステム、権利管理システムとしても機能できるようにします」(濱川氏)

権利が適切に管理され、コンテンツの活用が進めば、ハンドボールの良い思い出を多くの人が共有できることになる。すると、いつまでもハンドボールに対する愛情をつなぎ止められ、結果的にハンドボールのファンや競技者を増やすきっかけにもなる。

「我々のサービスのベースにあるのは“応援”。応援自体、そしてその応援を集めることに価値があると思っています。そこにメッセージを残していくことで、コンテンツになっていく。我々のEsportaは、写真も投稿できるし、メッセージカードを選ぶこともできる。選手の格好良いポーズの写真に、『頑張れ!』とメッセージを送れる。同じ発想で、フォトブックを作るなどコンテンツ活用を進める新サービスを、今回、日本ハンドボール協会に提案しました」(濱川氏)

SAMURAI Securityが取り組む「応援メカニクス」

Satoshi Hamakawa
Handball

SAMURAI Securityがスポーツ事業で取り組んでいるのは「応援メカニクス」だと濱川氏はいう。

「ファンに代表される、応援する人たちのベクトルは2つです。ひとつは恋愛。もうひとつが親愛。恋愛は、その選手に対する一種の疑似恋愛的な感情。親愛は、わかりやすくいうと血縁や地縁です。親族、そして地元への愛。そこにお金が集まります。我々はそこを上手くコーディネートしていきたい。最終的に、選手への疑似恋愛感情が満たされて特別な関係になった気分にするとか、地縁でチームを応援して共に戦った高揚感が得られるといったようなインセンティブがないと、ファンはサービスを使いません。我々の強みは、その“応援メカニクス”の仕組みを作れることです」

このように事業を推し進めて行く中で、最終的に創業の理由であるブロックチェーン技術を活かした事業につながっていくと濱川氏は考える。例えば、Esportaや今回のサービスで利用する画像の管理において、いずれはブロックチェーンの技術を活かしていけるという。

「将来的に、写真一枚一枚をブロックチェーン上でIDをつけて管理していくようになるでしょう。その写真の中にある人気の写真、良い写真が、ブロックチェーン技術を通じて(経済的価値が)上がっていく。そしてその収益の一部が、本人や写真撮影者などのパブリッシャーに還元されていきます。スポーツには膨大な権利関係があります。この分野でブロックチェーン技術をさらに活かしていき、浸透させていけば、社会的な信用性も高まっていくはずです」

ブロックチェーンや仮想通貨といった新しい技術が、スポーツに応用されて、これまでにない応援の形を生み出していく――。スポーツがイノベーションの場となる、そんな未来がやってくるはずだ。

スポーツ庁によるアクセラレーションプログラム「SPORTS BUSINESS BUILD」では、2月18日(火)に、各採択プロジェクトの進捗報告の場として「DEMO DAY」を開催する。同庁が主催するセミナー及び交流会「Sports Open Innovation Networking」の一部として開催されるもので、SAMURAI Securityもプレゼンテーションを行う予定だ。詳細は、こちらのWEBサイトから。