2024年2月、日本初のまちなかスタジアム「エディオンピースウイング広島」が誕生した。サンフレッチェ広島の新本拠地として開業から1年以上がたった今も、多くの試合でチケットが完売する盛況ぶりだ。
いかにしてこの熱狂は生まれたのか――。サンフレッチェ広島 事業プロモーション部の浜田晃氏が、HALF TIMEとヤプリ共催のオンラインセミナーで語った。
まちの姿を大きく変えるエディオンピースウイング広島
「新スタジアムができてまちが大きく変化するこのタイミングを好機と捉え、今、クラブは大きな変革にチャレンジしています」
J1リーグ3度の優勝を誇るサンフレッチェ広島でプロモーションの戦略立案・実行とホームゲームのイベント演出を担う浜田晃氏が語るように、広島のまちにはこれまでと異なる新たな光景が広がっている。

翼を広げたような屋根が特徴的な「エディオンピースウイング広島」は、中心市街地から徒歩10分ほどの場所にある。広島城や旧広島市民球場跡地のひろしまゲートパークと歩行者専用の橋でつながり、スタジアムのすぐ隣には芝生広場が開放的な空間として広がる。
クラブ公式ストアやサッカーミュージアムといったサッカーに関する施設だけでなく、飲食店、バーベキュー、フィットネス、さらにはネット遊具やボルダリングも楽しめるキッズルームなどさまざまな施設が併設されている。
試合のある日もない日も365日、多くの人でにぎわう場所を目指し、スタジアムを中心に新しい人の流れが生まれ、まちの在り方が大きく変化している。
クラブ史上最多の入場者数。観客を魅了する理由とは?
エディオンピースウイング広島に本拠地を移した2024シーズン、サンフレッチェ広島のホームゲーム平均観客動員数はクラブ史上最多の2万5,609人、収容率はリーグナンバーワンの90.3%となった。
旧本拠地での2023シーズンと比較すると、平均観客動員数は約9,500人増で、実に59%の伸び率という驚異的な結果となった。その熱は今年に入ってもいまだ冷める気配はない。
なぜこれほど観客を魅了しているのか――。クラブが意識しているのは、「サッカーとエンターテインメントの掛け合わせ」(浜田氏)だ。

エディオンピースウイング広島は、ファン・サポーターとクラブにとって悲願のサッカー専用スタジアム。観客席とピッチの距離は最短8メートルで選手の息づかいが聞こえるほどの格別の臨場感を味わうことができる。
さらに、スタジアムには最先端の映像・音響・照明を統合した演出システムが導入されるなどハード面が整っている。だが実際にエンターテインメント性の高いイベントや演出を実現し、観客の興奮と感動を最大化するためには、ハード面だけでなくソフト面が重要になる。
そこで浜田氏がキーワードに挙げるのが「PR思考」だ。「クラブの中にいると、どうしても自分たちがいいと思うものを届けようとしがち。そうではなく客観的な視点から、どうすればメディアに取り上げてもらえるか、人々に興味を持ってもらえるか、そのためのフックを作ることを意識した」(浜田氏)。
最先端の設備をフル活用したイベント演出が話題に
具体的な施策の一つが、昨年5~8月のナイトゲームで実施された『超熱狂NIGHT FES』だ。
ハーフタイムにクラブマスコットのサンチェがDJに扮して大型ビジョンに登場。サポーターにはおなじみのチャントがリミックスバージョンで流れ、暗転した場内にはサポーターが手にするペンライトが美しく浮かび上がる。
屋根から横向きに花火が発射され、スタジアムの真ん中付近で交差する。さながら音楽フェスのような盛り上がりは大きな話題となり、今シーズンも実施されることが決まっている。
9月に実施された『超熱狂バイオレットハロウィーン』も好評を博した。
ハロウィーン仕様に変身した『モンスターサンチェ』が登場するほか、特別に装飾されたゲートやフォトスポット、グルメ、グッズ、さらにはオープニングや選手紹介のムービーまで、場内全てをハロウィーン一色に変貌させた。
特に重視したのが、来場者とのコミュニケーション。場内スタッフに「トリック・オア・トリート」と声を掛けるとお菓子がもらえ、「スタジアムのあちこちで子どもやスタッフの声が聞こえてきて、誰もが笑顔になれる空間ができた」(浜田氏)。
今後は「チケットが無くても場外で楽しめるようにしたい」(浜田氏)というように、広島を代表するハロウィーンイベントとなることを目指している。

観客満足度を上げることでリピート率が向上
こうしたスタジアムでの体験向上の成果もあり、クラブが2024年夏休みに調査した観客満足度は、旧本拠地を使用していた2023年から大幅に上昇している(89.0→97.8%)。
さらに、満足度の上昇は、リピート率の向上にもつながっている。試合観戦の来場回数を調査したところ、2023年夏休みは1回目が15.0%、2~3回目が19.8%、4~6回目が18.7%、7~10回が18.5%となっていたが、2024年夏休みにはなんと7~10回目が51.5%となっていたのだ。
「来場回数が3回を超えると常連として定着する割合が高くなる」というJリーグの調査結果を鑑みても、エディオンピースウイング広島の開業以降、サンフレッチェ広島ではファンの定着化が進んでいることが見て取れる。
SNSで重点を置くファンとのコミュニケーション
クラブではオンラインの施策にも力を入れている。特に注力しているのが、SNSだ。
「パッと一目見てサンフレッチェだと分かることが大事」と浜田氏が言うように、クリエイターと協力しながらブランドの世界観を統一することにこだわっている。
昨シーズンからは、選手だけでなくスタジアムの写真や、ファン・サポーターの声を掲載するなどコンテンツの幅を広げており、SNSを通じてファン・サポーターとコミュニケーションしていくことに重点を置いている。
SNSを運用する中で、特に効果を感じているのが「ショート動画」だ。浜田氏は「新規層に刺さっている」と実感しているが、その理由は、「YouTubeショートやInstagramリールは通常の投稿とは異なり、フォロワー外にも拡散されやすいのが特徴」だからだと、セミナーでモデレーターを務めた株式会社ヤプリの金子洋平氏はいう。
実際、クラブ公式のInstagramフォロワー数、YouTubeチャンネル登録者数は、昨年1年間でともに20%の伸長率を示しており、実際の来場にもつながっている。

広島から世界へ「平和」を発信
サンフレッチェ広島には、今年被爆80年を迎えたこのまちで活動するクラブとして成し遂げたいことがある。
エディオンピースウイング広島を世界中から人が集う“グローバルメディア”として捉え、全世界に向けて「世界平和」を発信する「PEACE WING HIROSHIMA PROJECT ONE」を行っている。
スタジアム外周の全長約10メートルの壁には、世界中で人気の『キャプテン翼』のストーリーの再現として、主人公である大空翼による「サッカー世界平和宣言」のスピーチシーンが描かれている。スタジアムに訪れた人と平和活動の接点をつくり、平和な世の中についてあらためて考える契機となることを目指している。
世の中には、性別、年齢、障がいの有無、国籍、価値観など、あらゆる違いを持つ人がいる。その違いは時に、人と人、国と国がつながる障壁となることがある。
だからこそ、「エディオンピースウイング広島に来場した全ての方々が楽しめるよう、スタジアムを全ての方にとって“優しい”スタジアムにしていきたい。それが広島ならではのメッセージを強くする」と浜田氏はいう。
平和を希求する広島の、そして、私たち日本人の誇りとなるスタジアムへ――。エディオンピースウイング広島はそんな未来へと歩みを進めている。