プロ野球・千葉ロッテマリーンズを黒字化へ導き、2020年から清水エスパルス再建を託された山室晋也代表。その手腕により、クラブはコロナ禍を経て過去最高の収益を更新。成長を続けている。そして今、チームは「大きな分岐点」に直面している。
J1昇格を果たし、新スタジアム構想が具体化する中、エスパルスは「かつての名門」から「世界に羽ばたく強豪」へ飛躍するため、新章を紡ぎ始めた。山室社長が描く未来のビジョンと、それを実現する人材戦略を聞いた。
◇山室 晋也(やまむろ・しんや)氏
株式会社エスパルス 代表取締役社長
第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行後、4店の支店長を務め、2011年執行役員。2014年にプロ野球・千葉ロッテマリーンズの社長就任。創業以来初の黒字化を達成するなど6年間で球団経営を再建。2020年より現職。Jリーグ・清水エスパルスの代表を務める。
「地域」の枠を超えて世界にプレゼンスを示す
清水エスパルスは、Jリーグ創設時から加盟している「オリジナル10」クラブであり、サッカー王国・静岡のシンボルとして愛されてきた。しかし山室社長は、その「地域」の捉え方をアップデートしようとしている。
「これまでエスパルスが意識してきた『地域』は、静岡の狭いエリアに留まりがちでした。しかし、私たちが分かち合うべき夢と感動と誇りは、今や全国、世界へと広げていくべきものです。かつての名門の看板だけで勝負するのではなく、日本全体、ひいては海外で名前が挙がるようなプレゼンスを確立する。その分岐点に、私たちは立っています」
2024年に掲げたスローガン「ONE FAMILY」は、チーム、ファン・サポーター、地域、パートナー、そしてスタッフを含むクラブ全体で一つになることを意味する。そして、それはJ1への復帰というミッションを実現させた。
その段階から一歩先へ。2026年から掲げている「ONE FAMILY -NEW BEGINNING-」には、Jリーグで優勝争いの常連となりビジネス規模を拡大させていくという、クラブとしての次なるステージへ向かう序章であるとの決意が込められている。

過去最高益を支える「自走する組織」
ビジネス面では山室社長就任後、『自力貢献収益』を定めて、過去最高を更新し続けている。これは責任企業からの協賛金を差し引いた収益力で、責任企業に過度に依存しない独立したクラブの実態経営力と呼べるものだ。協賛金(除く責任企業)、チケット、飲食、グッズ、観客動員数のいずれも過去最高を更新しし、売上規模は53億円を超えた。
この躍進を支えるのは、「自走する組織」への意識改革が大きいと山室氏は言う。
「私が来た当初は『名門のオリジナル10で、J1の10位前後で良し』といったムードがありました。そこで、各部署のバラバラな動きを統合し、社長直下の『フルスタジアム・プロジェクト』を立ち上げたんです。
若いスタッフに権限を委譲し、部署の垣根を超えて“スタジアムを満員にする”という目標へ向けて突き進む。失敗を恐れずチャレンジし、何もやらない前例踏襲こそを責める。その文化が定着して、今では私が指示を出さなくても組織が自ら動いています」
世界最大級のスポーツグッズ企業、ファナティクスとアジア初となる戦略的パートナーシップを締結したり、国立競技場で毎年主催試合を行い、5万6000人以上を集客するなど、地方クラブとしては異例の取り組みも、この「自走」の文化から生まれている。

クラブの未来を決定づける「新スタジアム」構想
そのエスパルスの未来を左右する計画のひとつが、駅前への移転を計画している新スタジアム構想だ。現在のIAIスタジアム日本平(=アイスタ)は収容人数約2万人で、「芝生や臨場感、醸し出される雰囲気は世界に誇れるアドバンテージ」(山室氏)であるものの、アクセスの悪さや設備老朽化などの課題を抱えている。
「約7年後(2033年頃)の完成を目指す新スタジアムは、収容人数2万5000人~3万人規模を想定しています。利便性が飛躍的に向上すれば、集客は概ね1.5倍以上に伸びる。これは単なる建て替えではありません。クラブの規模・ステータスを引き上げる、静岡の街づくりそのものに貢献するプロジェクトだと私たちは捉えています」
この新スタジアム建設と並行して、現在水面下で、エスパルスブランドを活用したスポーツ界での初の異業種進出へのチャレンジや、海外クラブとの他に例のないレベルまで踏み込んだ関係性構築を進めるなど、その挑戦は継続されていく。
これらはクラブの今後の方向性、成長性を決める大きな構想となる。
「だからこそ、さすがサッカー王国静岡のスタジアムだね、と唸らせるようなものを創らなければなりません」と、山室氏。「タイトルからも遠ざかっていますが、いよいよ本気で優勝を狙いにいける体制・環境も整った。今後は、優勝争いできるだけの資金を投下し、果敢にタイトル獲得へチャレンジしていく予定で、責任企業を含めてクラブとしてのコンセンサスを取っています」。
求めるのは「嗅覚」を「ROI」で語れるロジカル人材
拡大フェーズにあるエスパルスでは、法人営業部門やマーケティング部門の責任者など将来のキーパーソンとなりえる人材を積極的に募集している。山室社長が重視するのは、スポーツ特有の「感覚」を大切にしつつ、それを「数字的根拠」で語れるロジカルな思考の持ち主である。
「スポーツ界には『こうしたらファン・サポーターに喜ばれるだろう』といった嗅覚に優れた人材や現場対応力に長けた人材は多い。これらはスポーツクラブで働く上で欠かせない要件です。とはいえ、ビジネスとしては投資に対してどれだけの効果が見込めるかというロジカルな見極めも必要です。
社会貢献活動など簡単に評価・測定できないことも多い。ですからラフで全く構いません。ROI(投資利益率)の思考で、周囲を巻き込んで自ら動くことのできる人材が、今のエスパルスには必要だと思っています。そういう思考形態の人材が一層増えれば、スポーツビジネスは飛躍的に伸ばせるはずです」

東京からの「新幹線通勤」も。新しい働き方を提案
エスパルスとしても「地方クラブはキャリアを描きにくい」という懸念を払拭するため、働き方もアップデートしている。20代後半のスタッフが多いクラブにおいて、30代・40代といった今後の組織を引っ張ることのできる、部長・役員候補の人材が欲しいと考えている。
「優秀な人材が大都市圏に多いのは事実。そのため新幹線通勤制度を設けて最大月15万円までの補助を行うことにしました。週の半分は在宅、数日は出勤といった働き方も可能です。また、来年3月に完成予定の大規模な総合施設に一時宿泊施設の併設も準備中です。移住のハードルを下げて東京在住のままエスパルス改革に参画できるような環境を整えています」
広い視点を持つために、研修機会の内容も充実させた。Jリーグ主催の北米スタジアム研修や、ヨーロッパのマーケティング研修、さらにはタイ、スペインなどにも遠征帯同・視察の範囲を広げている。今年はトップチームのオーストリアキャンプにあわせてビジネススタッフが他国を回る計画もしており、年に3~4名は海外へ送り込んでいる。
それもまた、名門の枠に縛られない、新たな取り組みだ。山室氏は、今後に向けた自身の役割を「自走して成長し続ける組織風土と人材を残すこと」だと考えている。
「アットホームでみんな仲良くやっていますから、非常に居心地はいいと思う。ただ、それに甘えてはいけない。私がいなくなった後も、どんどん自分たちから挑戦していくようなクラブカルチャーを確立することが、一番大事な役割だと思っています」
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