世界的に人気を集めてきているオブスタクル(障害物)レース。その代表格で米国発の「スパルタンレース」が、日本市場でさらなる拡大を目指すという。巨大なスポーツ市場と潜在参加者、そして子ども向けのキッズレースや競技場を使うスタディオンなどのレース形式にも、明るい未来がありそうだ。参加型スポーツイベントだからこそ提供できる企業向けの新しいスポンサードの形など、日本におけるスパルタンレースの可能性について詳報する。
スパルタンが狙う400万人のスポーツジム人口
約400万人といわれる日本のスポーツジム人口。国民の約30人に1人は通っていると考えると、いかに巨大な市場なのかが分かるだろう。一方で、健康維持などが根底にあるにしても、どれほどの人が明確な目標を持ち、日々トレーニングを行っているかについては、疑問符がつく部分もある。
米国発の参加型スポーツイベントであるスパルタンレースが狙うのは、まさにこの市場だ。一般的に、人は目標があった方が頑張ることができる。目標が具体的であればあるほど、長期的に、かつ規則的にトレーニングするモチベーションにもなるだろう。これについて、「普段の生活をより良くする、そして目標としてスパルタンレース。これをスポーツジムに通う全ての人に提言したい」と力を込めて話すのは、スパルタンレースを日本で展開する株式会社SRJの代表取締役CEO 手代木達氏だ。
「トレーニングを続けるためには目標となるコンテンツが必要で、そこに一番フィットするのがスパルタンレースです。マラソンは走るという動作しかなく、トライアスロンだと競技の負荷的にも、自転車を揃えるなどの費用的にもハードルが高い。スパルタンだったら、自分が日々ジムでやっていることを全部生かせます。『あなたがやっていることを体現できる、目標になるレースがありますよ』というメッセージを送りたいと思います」(手代木氏)
このスポーツジム人口約400万人という数字が、スパルタンレースの潜在競技人口と考えれば、まだまだ拡大の余地があることが分かる。それに加えて、すでに参加している、もしくは今後参加することになる人たちを、手代木氏は「アーリーアダプター」と表現する。
スパルタンレースの参加者層とは
アーリーアダプターの消費者は、新しいものに敏感で、自分で情報を集め、色々なものに積極的にチャレンジし、新たなサービスや商品を抵抗なく取り入れるという特徴がある。こういった消費者は比較的年収も高く、情報発信力も高いことから、他の消費者に大きな影響を与えるとされている。グローバル規模でスポーツマーケティングを進める楽天が、2018年末から、将来性を見越してスパルタンレースをワールドワイドでスポンサードしていることも頷ける。
レース参加者の年齢や性別にも特徴がある。手代木氏は、「男女比率は、マラソンは一般的に8対2くらいなのですが、スパルタンレースは6対4くらいで、女性が多い。女性が旦那さんや彼氏を誘ったりすることも多いようです。また年齢的にも25歳から40歳くらいの方々が70%を占め、いわゆる“ミレニアル世代”がメインです」と話し、次のようにも説明する。
「ミレニアル世代の価値観は、モノ消費ではなくコト消費。さらにコト消費の質としても、自らがチャレンジして乗り越える経験が、一層好まれるようになってきていると感じます。ミレニアル世代は長期的な顧客になる層ですし、最も情報を持っているので情報発信力もある。スパルタンの顧客層は、(スポンサー)企業などにとっても魅力的に映ると思います」
このような顧客層にアプローチしようと、グローバルスポンサーの楽天以外にも、名だたる有名企業から日本でのスポンサードについて引き合いがあるという。アクティブでアウトドア志向、スポーティーな消費者が顧客となる企業にとっては、スパルタンレースに出場する参加者層はまさしくターゲットになる。例えばレース会場で商品のプロモーションができるなど、真の潜在顧客に直接アプローチできる機会はメリットが大きい。実際に商品を試すことのできるゾーンの設置や、地域の小売店を巻き込むような施策もSRJでは検討しているという。
上記は一例だが、スパルタンレースの参加者層や競技特性からすると、生命保険会社や時計会社、証券会社や銀行など、健康・ヘルスケアやラグジュアリー分野をはじめ、様々な企業がスポンサードの効果を期待するだろう。またレースを撮影できるドローンやモーションカメラ、アウトドア向けのギアを提供するスポーツブランド、化粧品などのレジャー関連企業にとってもビジネスチャンスがあるかもしれない。
「ワンチームの精神、ますます重要に」
自社の売上をあげる、またターゲット顧客層での認知度を上げるという利点は言うまでもないが、スパルタンレースは参加型のスポーツイベントであるが故に、スポンサー企業向けの特別なプランがある。それはコーポレートチームとしてレースに参加することだ。
ブランドロゴの露出や、キャンペーンにアセットを使用できる権利などのメリットは、他のスポーツやイベントでもこれまで行われてきた。しかしスパルタンレースが提供しようとしているのは、実質その会社を支え、動かしている従業員に向けて、健康づくりや福利厚生、そしてチームビルディングの場としてレースを活用するいうアイデアだ。
「スパルタンレースに企業チームで出場することもできますが、特別プログラムを組んで、レースの数ヶ月前からトレーナーを派遣してエクスサイズを行うこともできます。それを従業員の方にしてもらって、例えば『3か月後のレースに出ましょう』と。社員の健康作りも兼ねて、レースの出場権とトレーニング権が得られるパッケージで、これは米国で主流になってきています。これに加えて、当日、自分たちのプロダクトをプロモーションできるわけです」
従業員の健康が増進されれば会社のパフォーマンスも良くなる。それに加えて、転職が当たり前となってきた現在、会社での関係性が希薄になったり、瞬く間に新しい従業員が増えたりと、チームビルディングは重要性を増している。
そんな時代だからこそ、手代木氏は、「会社では、ワンチームの精神が絶対大事だと思っています。横とのつながりや、チームでどうやって物事を進めていくかは本当に重要です。そこを体現しているのがスパルタンレースです」と力説する。
「私も何回かスパルタンレースに出ていますが、全然知らない参加者の人と『頑張りましょう』と励まし合うくらいになります。隣で50kgの重りを持っている人とは、仲良くしかならない(笑)。世の中でここでしか、この辛さを味わっていないですから。それが自分と同じ会社の人たちとなれば、なおさらです」
「大きな障害物の上から上司が部下を引き上げるなんて、最高のシチュエーションだと思いますね(笑)。思いやりのある上司だなとか、隣の席だけど全然話さなかった同僚がこんなに面白い人だったのかとか、日常では分からないことも分かったりする。スパルタンレースを使って、インナーのモチベーションアップにつなげてもらえれば」
スパルタンレースというコンテンツを、会社での一体感やロイヤルティの醸成、さらには社員同士の相互理解の促進などに活用することで、今までにはない価値をスポンサー企業に提供できるのだ。
拡大見据えるキッズレース 将来顧客を掴む
コーポレートチームの参加と同じく、新しい試みの1つとして手代木氏が考えているのが、キッズレースの拡大だ。主に小学生が参加し、1~3キロ程度の距離で行われるミニレースだが、これまでは積極的に募集をしてこなかったこともあり、参加者は各回300人程度だった。だが、今年からは1,000人規模を目標に、様々な趣向を凝らしていく予定だ。
「確かにキッズは参加料が安いことなどもあり、これまでは事業的な観点から大人に注力しがちでした。ただし私の見方では、子どもはファンになってもらえれば将来的に息の長いお客さんになってもらえるし、家族での参加なども促すことができます」と、手代木氏は長期的な視点に立ったうえでの施策としての考えを示す。
また、スポンサー面を考えても、子どもとその親がレースに参加しているとなれば、教育・食育関連企業などとの新しい可能性が生まれる。中国ではキッズレースだけで1万人が参加することもあるそうだが、もしそれに近い規模にまで成長できれば、さらなる展開も見えてくるはずだ。
地域やスポーツチームとのコラボ可能なスタディオン
同様に手代木氏が大きな可能性を見出しているのが、野球場やサッカー場などの既存のスポーツ施設を利用して行うスタディオンだ。重りを持って観客席を下から上まで駆け上がる、スタジアム内を走るといった施設特性を生かしたコースづくりが可能で、大自然の中でのレースとは違う趣があるのが特徴だ。
米国では主にプロスポーツのシーズンオフに行われ、MLBボストン・レッドソックスの本拠地であるフェンウェイ・パークや、ロサンゼルス・ドジャースのドジャー・スタジアムなどが使われている。英国でもラグビーの聖地としても知られるロンドンのトゥイッケナム・スタジアムで開催された。その場所に訪れるだけでも価値があり、何より自分の応援するチームの本拠地でレースができることは何物にも代えがたい経験になる。
日本でも2018年に楽天パーク宮城、2019年には豊田スタジアムでスタディオンが行われている。手代木氏は、「本来チームを応援するようなスタジアムで、自分たちが参加できるようなスポーツをできるのは、ファンの人たちにとっては大きな意味があると思います。またチーム側にとっても(スタディオンは)相乗りしやすいコンテンツではないでしょうか」とも語る。
スポーツ施設はシーズンオフに稼働が少なくなることから、稼働率を上げたいという需要は少なくない。従って、今まではファン感謝祭などが行われ、選手の仮装やトークショーなどの催しが行われてきたが、これもまた「観戦型イベント」とも言える。そこでスパルタンレースが考えるのが、参加型イベントである特徴を生かし、実際にスタジアムでスタディオンのレースを開催し、ファンがスタジアムという憧れの場所で身体を動かすようなコラボレーションだ。
「せっかく自分がいつも行っているスタジアムなのに、普段の試合観戦や、普通のファンイベントでは結局体験できることが限られる。スタディオンのように、そのスタジアムを目いっぱい楽しめる方が、ファンの満足感も上がるのでは。日本各地のスポーツチームと、ぜひコラボレーションしていきたい」と、手代木氏は前向きな姿勢を強調する。
手代木氏は最後に、今後の方針について、スパルタンレースが様々なステークホルダーの中心となり、「活用してもらう」プラットフォームのような役割を果たしていきたいと話す。
「私たちはスパルタンレースを魅力的なコンテンツに仕上げていきますので、これをハブにしてスポンサードしてくれる企業や、スポーツチーム、地方自治体などと、一緒に取り組むことによる相乗効果を日本全国に生み出したいと思っています。それにより、従業員の一体感だったり、新しいファンの創出だったりと、新しい価値を一緒に創っていきたいですね」
◇手代木 達(株式会社SRJ 代表取締役CEO)
大手広告代理店にてテレビ局担当、スポーツイベントプロモーションなどを約6年間経験し大学院留学。アメリカ並びにオーストラリアにてスポーツを中心にブランディングを学ぶ。2017年株式会社WildSideを創業。ブランディングを生業とし、固定概念を超えたユニークなストーリーをブランドに宿し世界に発信している。世界規模のデジタルアート集団、スポーツ団体、スポーツチームなどのブランドコンサルティングに従事。2020年スパルタンレースの日本国内の権利を獲得し株式会社SRJをパートナーカンパニーと設立。レース実施からプロモーションまで全てを手がけることとなる。University of Technology Sydney Business School, Master of Sports Management卒業。