「なぜイノベーション人材は不足しているのか?」 筑波大学が新たな大学院プログラムで目指す“リカレント教育”。カギは「スポーツ、健康、まちづくり」

2025年4月、筑波大学はスポーツウエルネス学学位プログラム(博士前期課程)において、「スポーツウエルネスマネジメント分野」を新たに開講する。スポーツ、健康、まちづくりの3つの視点から社会課題の解決を目指して、14の民間企業・スポーツ関連団体とコンソーシアムを形成し、産学協働でイノベーション人材の育成に取り組む。

従来のリカレント教育とは一線を画す先進的な教育プログラムを開始する理由は何か。企業にとって、筑波大学にとって、そして社会人学生にとって、どんなメリットがあるのか。大学院説明会(オープンキャンパス)を前に、スポーツウエルネスマネジメント分野の分野長を務める久野譜也教授に話を聞いた。

深刻化・複雑化する社会課題。リーダー人材育成が急務

「これだけ日本経済が停滞していて、イノベーション人材が不足していると言われるのは、やっぱり日本の社会人教育の仕組みに問題があると見るべきですよね」

筑波大学東京キャンパスに居を構える社会人大学院で、約20年にわたりリカレント教育を担ってきた久野譜也教授はそう語る。

超高齢化、少子化に伴う人口減少、経済力の低下、地域コミュニティの衰退――。多くの社会課題が加速度的に深刻化し、さらには複雑に絡み合っているのが現在の日本の実情だ。もはや一企業、あるいは一業種、一学問分野で解決することは不可能だといえるだろう。多種多様な“知”が協業することが求められており、そのリーダーとなる人材の育成は急務となっている。

だがビジネス界では、人材育成のために社会人大学院などの教育機関を積極的に活用してこなかった。「企業の人たちは、大学院はアカデミックな場であって、自分たちが求める人材を育成できるわけがないと考えている」(久野教授)と言うように、従来の大学院教育は研究力の向上が中心で、実践的な能力を伸ばす教育は不十分というのがその理由だ。

一方、企業における教育研修は、主に社員のみを対象にしているケースが多く、異業界・異業種の人材との交流の機会は限られている。そのためイノベーション人材を育成する環境として機能しているとは言い難いのが実情だ。

久野譜也氏:筑波大学 人間総合科学学術院人間総合科学研究科 スポーツウエルネス学学位プログラム 教授(医学博士)。スポーツ・運動とヘルスプロモーション、健康政策を専門に研究する傍ら、ベンチャー企業も経営している

新たに導入される先進的な「協働大学院方式」

こうした従来の社会人教育の課題に対し、2025年4月に新たに開講するスポーツウエルネスマネジメント分野では「協働大学院方式」が導入される。

民間企業やスポーツ関連団体と筑波大学でコンソーシアムを形成し、カリキュラムや教育プランについて協議しながら決定していくという方式で、「企業にとっては自分たちが求める実践的な人材育成が可能になり、筑波大学にとっては企業の持つ多様な“知”を教育に生かすことができる」(久野教授)。

企業側からは想像していた以上に手応えを感じたという。当初コンソーシアムは「5社ぐらいで小さく生んで大きく育てるつもりだった」(久野教授)が、あっという間に14社が集まった。アシックス、カーブス、三井不動産、大和ハウス工業らスポーツ、ウエルネス、まちづくりを代表する企業が参画するなど、ビジネス界からの期待の高さがうかがえる。

社会人学生にとってもメリットは大きい。大学院の高度な教育プログラムによる専門知識や研究力だけでなく、従来の大学院教育が不得意だった課題解決力、俯瞰力、企画・事業開発力を身に付けることができる。

アカデミアとビジネス、その両方のトップによる教育を受けられ、さらにはその豊富で堅固な人的ネットワークを構築できるのが、本プログラムの最大の特徴だといえるだろう。

重要性が増す「スポーツ、健康、まちづくり」

スポーツと健康に加えて“まちづくり”をテーマに置いていることも、本プログラムの特徴に挙げられる。

久野教授自身、2002年に大学発ベンチャーの株式会社つくばウエルネスリサーチを設立し、科学的根拠に基づいた健康とまちづくりの事業・研究を行ってきた。内閣府「環境未来都市推進委員会」委員、国土交通省「健康・医療・福祉まちづくり研究会」委員、スマートウエルネスシティ首長研究会 事務局長を歴任するなど、その道の第一人者として活躍している。

世の中にはスポーツにも健康にも無関心な人は意外に多い。だが、まちづくりを加えることによって「ウイングが広がる」(久野教授)という。

例えば、日本のスポーツ実施率は52.0%(令和5年度「スポーツの実施状況等に関する世論調査」)であるのに対し、シンガポールは74%(National Sports Participation Survey 2022)だ。これほどの差が生まれる要因は「まちづくりにある」と久野教授は話す。

「シンガポールでは、例えば自宅から地下鉄に行くまでの間にも、公園やスポーツ施設などの環境整備がされています。スポーツ施設には飲食店が併設されていて、子ども連れの親が大勢訪れる。そうすると自然とスポーツ施設も目に入ります。日常的に目に触れることで、スポーツ無関心層の中からも体を動かそうとする人は必ず出てくる。そういった発想でまちづくりをしているわけです」(久野教授)

近年はスポーツによる地域活性化、スタジアムを中心としたまちづくりの好事例も増えている。スポーツ、ウエルネス、まちづくりは社会課題を解決する手段として期待される領域であり、今後ますますその重要性は増していくだろう。

「スポーツはインフラ」 有望市場としての伸びしろも

久野教授は、ウエルネスをまちづくり政策の中核に据える「スマートウエルネスシティ」を提唱してきた

「僕は『スポーツのチカラ』という言葉が好きなんですよ。スポーツをすることで健康寿命が延び、生きがいを持つ人も増える。スポーツを見ることで充実した人生にもつながります。スポーツは水道や電気と同じ、“インフラ”と考えるべきではないかと思います」(久野教授)

久野教授は、スポーツ無関心層はまだまだ多いと指摘する。スポーツの必要性を届けられていないという事実があると同時に、逆転の発想をすれば「伸びしろがある、ものすごく有望な市場」(久野教授)とみなすこともできる。今このタイミングでスポーツウエルネスマネジメント分野が新たに立ち上げられたのは、必然の結果といえるだろう。

「社会課題を解決するという矜持を持ち、実現できる。スポーツ、ウエルネス、まちづくりの分野でイノベーションを起こす。我々筑波大学としては、そのリーダーを育成したいと考えています。そういう意欲のある方にぜひ来ていただきたいですね」(久野教授)

スポーツウエルネス学学位プログラム(博士前期課程)の大学院説明会(オープンキャンパス)は、5月25日(土)に東京・茗荷谷の筑波大学東京キャンパス文京校舎で実施される。プログラムに関するスケジュールは次のとおり。

2024年5月25日(土)大学院説明会(オープンキャンパス)
2024年7月13日(土)願書締切
2024年9月7日(土)入試
2024年10月1日(火)合格発表
2025年4月1日(火)スポーツウエルネスマネジメント分野開講

※詳細・最新情報はスポーツウエルネス都市創生コンソーシアム〈公式サイト〉で確認を。

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