日本フェンシング協会が主催する『World Fencing Day Japan』が9月8日に都内で開催される。国際フェンシング連盟が定める9月7日の『World Fencing Day』にちなんで行われるイベントは今年で2回目。現役選手、関係者、そして協会のスポンサー企業が参加し、スポーツ界のみならずビジネス界からもゲストが招かれセッションなどが予定されている。選手・競技と社会の接点を重視するなど、今までにない視点を入れて大胆に改革を進める太田雄貴会長に、今回のイベントの意義や狙いを伺った。
「選手と社会の接点を作りたい」
「自分たちが競技をできるということが、いかに特殊で、いかに恵まれているのかということを感じられる日にしたい」
太田会長は力を込めて言い切る。昨年はスポーツ界から水泳・北島康介氏や陸上・為末大氏らが出席し、ヤフー株式会社 取締役 常務執行役員の小澤隆生氏ら経済人も招いたセッションを行ったが、今年も豪華な出演陣は健在。柔道・野村忠宏氏やスキー・皆川賢太郎氏といったオリンピアンに加え、ビジネス界からは株式会社メルカリ 取締役社長COOの小泉文明氏らビッグネームが名を連ねる。
外部の著名人らを呼んだ4つのセッションに加えて、参加者によるワークショップも行われるなど、盛りだくさんの内容となっている。日本のフェンシングに関わる人の考えや想いを討論し、選手や関係者に学びの場を提供する機会としては、この上ないものになるはずだ。
今回はビジネス界のリーダーが登壇するだけに、単純なスポーツだけではないビジネス寄りの話が展開されるだろう。この題材は特に、現役選手にとっては難しいものに違いない。
「選手の満足度が高いのはアスリートセッションです。昨年は水泳の北島康介さんと柔道の大野将平選手、見延和靖選手に出てもらったセッションが、選手たちからは1番満足度が高かった。ビジネスサイドの話になると選手たちもウッとなる」と太田会長も認める。
即効性はないかもしれない。だが、それも織り込み済みだ。
「長い目で見た時に協会として、競技だけでなく、どうやって社会に自分たちが必要不可欠になっていくのか。そういう軸で考えた時に、選手にとって一見難しいもの、分からないものを組み込む必要もあると考えています。後から振り返った時に、『あの時あんなことを言っていたな』と思ってもらえるような、少し難易度の高いセッションを組み込んで、社会との接点を強制的に作っていくことを、World Fencing Day Japanで実現したいと考えています」
「選手の未来」を第一に
これは協会が掲げる「Athlete FirstからAthlete Future First」の考えにも符合する。競技だけでなく社会でも、現役時代だけでなく引退した後のセカンドキャリアでも、選手がフェンシングを通して輝けるようにと考え抜かれたビジョンだ。元Jリーガーで現在上場企業であるSOUの代表取締役社長を務める嵜本晋輔氏が登壇を予定するなど、今年はアスリートの人材育成やキャリア形成など、誰の役にも立つ内容のセッションが用意されている。
協会も先々を見据えて、選手がもっと自由に活動できるようにと促している。今回のようなイベントを通じて他競技のアスリートとつながり、選手自身に足りている部分、足りていない部分を理解することや、さらにはスポーツの枠を超えて色々な業界のトップランナーとつながり、様々なことをインプットできるようにと期待している。
例えば日本フェンシング協会では、日本代表ユニホームのスポンサー枠の1枠を選手に開放して、自分たちで営業してくることを許可している。「協会全体のマーケティングから考えるとデメリットは大きいです。でも協会が与えるもの以上に自分たちで取ってきてくれれば。僕たちはマージンを取らないので、選手たちに『一生懸命営業してきて』と言っています。」
経済的な感覚、そして社会とのつながりなど、競技だけではなかなか得られない感覚も身に着けて欲しいという想いと共に、選手が自ら動き、新たな挑戦ができるようバックアップしている。
後述するが、太田会長は今後の発展には協会の組織強化と共に、フェンシングに携わる人たちが増え、成長していくことが不可欠だと考えている。そのためにも、このイベントを有効に使えるように趣向を凝らしている。
『World Fencing Day Japan』には、コーチや都道府県支部、日本オリンピック委員会(JOC)などの競技関係者も参加する。様々な情報や課題などを共有すると共に、意見を交わせることに大きな意義があると考えている。「僕は、議論は悪いことだと思っていません。意見を言わないことにはブラッシュアップされていかない。様々な人が集まって、本当に意味のある話を聞ける場が作りたいなと思っています。」
協会のスポンサーにもイベントの参加を促している。経済的な支えであると共に、社会との接点という面でもパートナーとして重要視していることが分かる。フェンシング界の考えや行動への理解を進め、イベントの内容を各社に持って帰って共有してもらうことで、一緒に何ができそうかなどをイメージしてもらうなど、他の競技団体との差別化を図ることも狙っている。
「組織力」を向上 現在の好循環を継続していく
今現在、日本フェンシング界の状況は確実に好転している。特に成果が出ているのが強化の部門だ。以前は、太田会長が現役時代に2008年北京五輪で銀メダルを獲得した男子フルーレが世界と戦える数少ない種目だったが、今や男子エペ、女子サーブルも十分戦えるレベルまで来ている。また他の種目でも試合によっては、きらりと光る結果が残るようになってきた。「全種目合わせても世界のトップ8を切るくらい、6、7番目くらいまでは来ているという実感があります」
2020年の東京五輪もあり、国やJOCから補助金が出ている側面もあるが、財政面でも着実に事業規模を拡大させている。そして今、力を入れて取り組んでいるのが組織づくり。副業・兼業モデルなどの新たな制度で人材登用を行い、他業界で働く優秀な人間を引き込んでいる。他の競技団体も取り入れロールモデルになっているこの手法は、属人的になりがちな協会運営を、組織の力で動かすことができるように行われている。
一方で世界におけるフェンシングの発展については、「自分の実感値だと足踏みしている」と太田会長は話す。五輪の第1回大会から始まり、現在まで残っているオリンピックの種目は陸上、体操、水泳、フェンシングの4つのみだ。陸・体・水は御三家と言われて世界的にも普及し注目度も高いが、これに比べるとフェンシングは後塵を拝している。
「世界に対して新しく訴えかけるという取り組みをどんどんしていっています」と、国外への働きかけも積極的に続けていくのが、国際フェンシング連盟の副会長も務める同氏の姿勢だ。
ポスト東京五輪、2020年のその先へ
現時点の日本のフェンシングの登録人口は約6,500人。登録人口の周りに競技人口、そしてさらに外には体験人口がいる。この体験人口を大幅に増やしていくと同時に、競技の関係者、審判やコーチ、運営側の人間など、フェンシングに携わる人たちも増やしていくことを目指している。当然、来年行われる東京五輪での成功が大きな目標にはなるが、既にその目はさらに先を見据えている。そのうちの1つは、世界選手権を日本で行うことだ。
但し、ただ開催するだけでなく、お金集めから始まり、運営、PR、マーケティングも自分たちで行うことに意味があるという。「やるなら自前で。そして全員の成長機会になるようなやり方でやらなければ」と太田会長。フェンシングに携わる人を増やすとともに、組織を強化し、その人たちがフェンシングを通じて成長し、社会に影響を与えていくことを狙っている。
「スポーツを使ってどうしたいか、フェンシングを使ってこんなことをできないだろうかということを、みんなで考える時間にできればいいなと考えています」と、今年のWorld Fencing Day Japanについて太田会長は語っていたが、根底に流れるのはこの考え方だろう。選手、関係者、スポンサーなど多くの人や団体の力が結集してこそ、日本フェンシングは次なる大きな進歩を遂げることができると。
World Fencing Day Japanは「一つのメッセージ」
最後に太田会長は、このイベントに参加する選手たちにメッセージを送った。
「自分ごとに捉えて、競技ができる喜びや意味を分かって欲しい。めちゃくちゃ良いわけです、現役って。練習はキツイし、コーチやライバルとの関係なども色々あると思います。ただ、実は自分がどれだけ尊い場所にいて、世の中に発信し、影響を与えられるかを分かって欲しい。選手という立場だからこそできることはたくさんある。どんどん自分から発信をして、批判を恐れず提案をしていくことを、次のアクションとして期待しています」
今年はフェンシングからは江村美咲選手がセッションに登壇する。昨年選ばれた見延選手は「こんなメンバーの中、自分でいいんですか」と何度も言っていたそうだが、1年後の今は世界ランキング1位になっている。
「明日のスーパースターに誰がなるかは分からない。1年後のスーパースターは誰なんだという期待も込めて(選手からの)登壇者は選んでいます。今年の人を選ぶというのは僕からのメッセージでしょうね。頑張って欲しいというメッセージです」。この想いに、江村選手がどう応えるかも注目だ。
実りあるイベントの開催は、もうそこまで迫る。HALF TIMEではイベントの様子も後日レポートしていく。