サッカー、テニスをはじめ多くのスポーツ中継を行う衛星放送局WOWOWが、ファンエンゲージメントの向上に成功している。ビデオ・オン・デマンド(VOD)サービスの「WOWOWオンデマンド」にAIを用いた自動コンテンツ作成・配信サービス「WSC Sports」を導入して以降、ハイライト動画の視聴者数や再生数が大幅に向上した。
なぜWOWOWは最先端AIの活用を始めたのか?AIによるコンテンツ作成はどんな成果をもたらしたのか?スポーツ×AIの現状と未来を両社に聞いた。
スポーツに真摯に向き合ってきたWOWOWの30年
「お客さまからの信頼の声というのは、WOWOWにとってすごく大きいですね」
WOWOWのサービス企画を担当する十河雄一氏はそう笑う。
昨夏、サッカー欧州最強国を決めるUEFA欧州選手権(EURO) 2024がドイツで開催された。日本でも人気のある国際大会だけに、国内での放映についてどこからも発表されない状況が続き多くのファンが気を揉んでいた。開幕1週間前になり、WOWOWが全51試合を放送すると発表。1996年から8大会連続での放送が決まった。
「発表前から、WOWOWが放送してくれるんじゃないかという期待感を感じていました。あらためて、継続することの大切さを感じましたね」(十河氏)
WOWOWは1991年の開局からスポーツ中継に力を入れてきた。当時日本人選手にとって未踏の地であったセリエA(サッカー/イタリア)は1991年から、グランドスラム(テニス)は1992年から放送開始。
サッカーはその後、ラ・リーガ(スペイン)、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)と変遷しながら世界最高峰の舞台を日本に届けている。またLPGA女子ゴルフツアーで日本人選手専用カメラを導入するなど、独自の中継スタイルを追求し続けている。
スポーツと真摯に向き合い、競技の魅力を引き出すことで、コンテンツの価値を高める。WOWOWはこうした哲学を30年以上にわたり継続している。
配信時代に求められる“即時性”に課題があった
だがスポーツ放送・配信の市場環境が大きく変わりゆく中で、課題も感じていたという。スポーツジャンルのUI/UXを担当する三重野翔大氏はこう語る。
「インターネット配信が主流になってきた中で、特にタイパ(タイムパフォーマンス)を重視する若年層を中心にハイライト視聴が重視されるようになってきました。WOWOWはこれまでクオリティの高い制作に重きを置いてきましたが、配信の時代に当たり前に求められる“即時性”に応えることができていませんでした」(三重野氏)
例えば、現在WOWOWで放送・配信しているCLの試合は、日本時間で水曜・木曜の未明に行われている。ライブでフルマッチを視聴するのが難しい人も当然多く、できるだけ早くハイライトを視聴したいという声が強くあった。
だが従来は手動でハイライトを制作しており、配信開始までに多大な時間を要していた。早くても配信ができるのは1日後。「1日経ってしまえば次の話題に興味が移ってしまう。ファンの熱量の奪い合いともいえる中、“即時性”は大きな課題となっていた」と、三重野氏は振り返る。
最先端AIの「WSC Sports」導入で達成した3つの成果
こうした背景をもとに導入されたのが、スポーツに特化した自動コンテンツ作成・配信サービスの「WSC Sports」だ。
WSC Sportsの日本責任者を務める中川ベン氏は、その特徴をこう説明する。
「ライブ・アーカイブのフルマッチ映像をAIが分析して、自動的に全てのプレーを短いクリップに切り取り、選手の名前やプレーの種類などの情報を付けてインデックスします。どんなコンテンツを作成したいかシステム内で設定すれば、自動的にコンテンツが作成されるわけです」(中川氏)
WOWOWでの導入の成果は大きく3つ。1つ目は、有料会員のUX(ユーザーエクスペリエンス)向上だ。
前述のCLでいえば、ライブでフルマッチ視聴することが難しい場合、ユーザーは一日中試合結果のネタバレを気にしながらハイライトが配信されるのを待つ必要があったが、「通勤・通学の電車でハイライトを視聴するような新たな体験を提供できるようになった」(三重野氏)。
さらに、試合ごとのハイライトだけでなく、ゴール集や日本人選手の個人ハイライトなど、多様なコンテンツを配信できるようになったことでもユーザーの満足度を高められた。
成果は数字となって表れている。
ハイライト視聴のUU(ユニークユーザー)数はWSC Sports導入前と比べて74%増加、サッカー全体のUUも若年層を中心に17%増と底上げされた。AIによる「撮って出し」のハイライト動画は、従来のように編集して1日後に出した動画よりも約30倍以上再生されることも分かった。
2つ目は、WOWOWオンデマンドへの集客だ。
WSC Sportsで作成されたコンテンツは自動的にGoogle OneBOXへと共有されており、Google検索で様々なWebサイトよりも上部に動画が検索結果として表示される。これによりWOWOWオンデマンド以外のインターネットユーザーにもリーチが拡大。「WOWOWオンデマンドへの流入導線をつくることができましたし、CLがWOWOWで放送・配信されているという認知度が明らかに上がりました。」(三重野氏)
さらに、ハイライト動画はSNSにも展開できることから、X(旧Twitter)での「即時投稿コンテンツ」としても活用されている。WOWOWのサッカーコンテンツに関する公式Xのフォロワーは、WSC Sports導入後、約33%増えた。
3つ目は、社内リソースの配分の最適化だ。
WSC Sportsの導入でハイライト制作が自動化されたことにより、以前の手動によるハイライト制作でかかっていたコストを大きく削減できた。コンテンツの編集作業はAIに任せ、WOWOWの社内リソースはよりユーザーの満足度を高めるコンテンツ案の企画や、制作以外の業務へと配分することで、「サービス全体のクオリティの向上を図ることができている」(三重野氏)という。
クオリティとスピードを「両取り」
WOWOWオンデマンドのプロダクトを担当し、実際にWSC Sports導入の任に当たった伊藤亮介氏は、WSC Sportsで作成した最初のハイライトを見た当時を「フルマッチを見て気になっていたシーンがしっかり凝縮されていて、本当にすごいと感じた」と振り返る。
導入にあたっては、グラフィックや選手名の表示方法などの調整のほか、映像の受け渡しなどの技術面、運用ワークフローの策定やエラー対応などについて準備を進めた。中川氏のほか、WSC Sportsの海外スタッフも2週間程度来日してセットアップを進めたという。検証フェーズを挟んでクオリティを確認し、遂に稼働が始まった。
「WOWOWは根底に放送事業者としてのプライドがあり、開局からずっとクオリティを追求しています。検証フェーズでプロデューサーにも自動生成の動画を見せましたが、『このクオリティなら問題ない』と。クオリティとスピードを両取りできていることに非常に満足しています」(伊藤氏)
ただし、同氏は「WSC Sportsの提供している機能を使い切れていない」とも言う。WSC Sportsは現在世界で約400社に導入されており、中川氏も「他国のユースケースを紹介している」と話すが、まだまだフル活用する余地があるといえる。「我々としてももっとアジャストしていき、WOWOWらしい価値をお客さまに提供していきたいと考えています。」(伊藤氏)
「スポーツ×AI」の次なる可能性は?
AIは私たちの社会に急速に浸透しており、今後スポーツ界でもますますその活用が進むだろう。「スポーツ×AI」にはどんな可能性があるのだろうか。
WSC Sportsの中川氏は「生成AI」が次のステップになると考えているという。例えば、ワールドカップの決勝、PK戦へともつれ込んで、最後の1人が外したところで勝敗は決した。だが、もし最後の1人が決めていたとしたら、どんなシーンになっていただろうか……。
そんな歴史の“たられば”を頭に描いたことのある人も多いだろう。「WSC Sportsでも生成AIを使ってどんなことができるか検討しています。そういった“遊び心”のあるコンテンツはこれから増えていくのではないかと思います。」(中川氏)
WOWOWの十河氏は「データや音声にもっとAIを活用していければ面白い」と話す。例えば、サッカーであればピッチ、テニスであればコートに立っている選手の体力や好不調をリアルタイムで可視化して、視聴者に情報提供することが考えられるという。
またWOWOWでは現在全ての試合に日本語の実況・解説をつけられているわけではないが、現地の音声を自動的にリアルタイムで翻訳し、普段の実況・解説をしている聞きなれた音声に置き換えて配信することもできるかもしれない。
「もちろん著作権などクリアすべき問題はある」(中川氏)とした上で、両社ともに共通しているのは、「スポーツ×AI」に無限大の可能性を感じていることだろう。
私たちを待ち受けるのは、どのような未来だろうか――。WOWOWとWSC Sportsの果てなき挑戦の行く末を楽しみに見守りたい。
■WSC Sports
https://wsc-sports.com/
Sponsored:WSC Sports