コロナ禍で窮屈な思いをする子どもたちに向けて、レジェンドアスリートによるトークイベント『ぼくらのスポーツ』が8月に開催された。競泳・北島康介氏、柔道・野村忠広氏、フェンシング・太田雄貴氏、ラグビー・大畑大介氏、バレーボール・竹下佳江氏といった各スポーツを代表するアスリートは、スポーツの今と未来について何を語ったのか?主催のHALF TIMEでは前後編にわたってその模様をお届けする。
前編:「点と点がつながるようにして実績に」レジェンドアスリート5名が語った、自らの成長プロセス
「試合では緊張するのが当たり前」日頃の練習が自信を作る
スポーツと学校、トップアスリートを目指したきっかけ、そしてスポーツの価値と未来について様々な意見が交わされた前半を終えて、後半は聴講者からの質問にレジェンドアスリートたちが答える質問タイムとなった。司会は引き続き、フリーアナウンサーの平井理央氏。
平井理央氏(以下、平井):みなさんには、視聴者の方から寄せられた質問にお答えいただきたいと思います。最初の質問は、「試合前にとても緊張してしまいます。どうのように対策したらいいでしょうか?」というものです。
野村忠宏氏(以下、野村):結果を求めようとすれば、当然緊張はするよね。負けたらどうしようという恐怖があるから。私は、緊張をごまかそうとしていたのを「緊張するのが当たり前」と割り切るようにしたら、楽になりましたね。試合は緊張するものだから、日頃の練習から努力を欠かさないようにして、畳の上に上がったら「これだけやったんだから」と自信を持てるようにしたんです。でも、 チームスポーツは、みんなで緊張を分かち合えるからいいなぁって思って見ていました。
竹下佳江氏(以下、竹下):チームでも、それぞれ役割が違うから、緊張もそれぞれですよ。キャプテンにはチームをまとめるというプレッシャーがあるし、エースなら勝負どころでの活躍を期待されているし、ベテランなら経験に基づいた落ち着きを求められるし…。自分がやってきたことを自信に変えるしかない、というのは、チームスポーツでも一緒ですね。
太田雄貴氏(以下、太田):フェンシングとか柔道とか水泳は、わりと短い時間で勝負がつきますが、競技時間の長いラグビーやバレーボールでは、どのタイミングが一番緊張するんですか? 試合開始直後とかですか?
竹下:最初の1点を取るまでは、緊張していますよね。あとは、ギリギリの勝負どころでも、ですかね。
野村:勝負どころでのミスって、どんな精神状態になるんですか?
竹下:「ミスしたら、また記事になるな…」なんて頭をよぎったりもします(笑)。セッターは戦犯扱いされやすいポジションでもあるんですよね。負けそうになると、ネガティブなイメージがフラッシュバックすることもありますよ。ただ、ある程度の年齢になったら、そんなことは気にならなくなりましたけど。
平井:この中で一番プレッシャーに強いのはどなたでしょう?
野村:オレはオリンピックで負けたことないけど…
一同:はい、これでこの質問終了(笑)。
注目される、アスリートの「デュアルキャリア」
平井:次の質問です。「スポーツ選手のデュアルキャリアが話題になってきていますが、アスリートは競技に専念すべきだと思いますか?それとも別なキャリアと並行してもいいと思いますか?」
大畑大介氏(以下、大畑):ラグビーでいえば、福岡堅樹選手のキャリアが注目を集めていますよね。2019年ワールドカップと2020年オリンピックを明確に目標と定めて、そこまでに力を出し尽くし、その後は医師を目指していくというキャリア形成です。オリンピックは延期となって、少し計画は変更せざるを得なかったのかもしれませんが。こうしたキャリアの作り方は、できる選手とできない選手がいるのではないでしょうか。今を一生懸命にやれない人は、先がないようにも思えますね。
平井:ラグビーという競技に必要な戦略性は、ビジネスや実社会にも活きてきますよね。
大畑:そうですね。ラグビーには15のポジションがあって、それぞれに役割があります。社会でも組織の中での自分の役割というものがありますから、通じるところはあると思います。
太田:僕は、キャリアの準備をしておくべきだと思いますね。引退する時期にもよりますけど。学生で選手生活を終える人は、新卒として会社などで社会人教育してもらえますよね。でも、実業団やプロとして競技を続けた人は、そうした機会がない場合も多いんです。アスリートでも、社会人としての最低限のスキルは身に付けておくべきだと思います。今はフェンシング協会の会長として、企業の上役の方とお会いすることも多いんですけど、ラグビー出身の方が本当に多いんですよね。ラグビーのプレー経験はチームビルディングも役立つでしょうし、チームスピリットを学ぶこともできるし、なんといっても頭を使うスポーツですもんね。
野村:トップを目指すために、全力で取り組んで努力を惜しまないのは当然として、自分を思い返してみても、けっこう無駄な時間も過ごしていたよね。将来のための、プラスαの武器を備えておいてもいいかなと思う。海外の人との交流も増えてきていて、英語はやっておけばよかったなと。もちろん、今からでも遅くないんだけど、コミュニケーションがとれれば、それだけ新しい出会いもあるしね。
大畑:もちろん、別なキャリアに取り組むことはいいともうけど、それを負けたときの言い訳にはしてほしくないんだよね。
目的は「頑張ること」?それとも「あくまで勝利を目指す」べき?
平井:続いて指導者の方からのご質問です。「試合に望むときに『絶対勝て!』とはっぱを掛けるべきなのか、『精一杯がんばってこい!』と送り出すべきなのか迷ってしまいます」
竹下:私自身は「絶対勝ってやる!」と思って試合をしていましたね。ただ、実力差があるときには、どうやって勝てるかを事前にしっかり研究しました。指導者としては、選手の成長を確認するタイミングなのか、どうしても結果を残さなくてはならないのかなど、その試合の意味を考えて声をかけました。さらに、選手個人の調子を見て個別に声もかけましたし、試合に出ない選手もフォローしましたね。
北島康介氏(以下、北島):自分のコンディション次第ですかね。競泳は記録競技なので、自分自身のことを第一に考えます。自分なりの目標を設定して、それをクリアできるかどうかを目指していきますね。
野村:どの世代の指導者かにもよるんですが、選手のゴールを考えることではないでしょうか。負けを知って初めて己を知ることもあります。しかし、それは全力を出し切って戦ったからこそ、自分の弱点がわかったりして、敗北から学べるのだと思います。幼い頃に結果だけを追い求めると、萎縮してしまったり、言い訳をすることを覚えてしまいます。負けて学び、それを次にどう活かしていくかを指導してあげればいいんです。「思い切ってやってこい!」でいいんじゃないでしょうか。そして、いいパフォーマンスがあればほめてあげれば、「次もがんばろう!」と思ってくれると思いますよ。
スポーツ選手にとっての「親」の役割
平井:最後の質問です。「未来のアスリートにとって、親の役割とはどんなものでしょうか?」
大畑:子供と親の距離感が大事ですね。子供だって調子のいいとき悪いときがありますから、親は「こっちがこんなにやってるのに!」と思ったらダメです。一歩下がって、サポートに徹してあげましょう。子供の可能性を信じて、自尊心を傷つけないように気をつけてあげてください。
竹下:私には5歳と2歳の息子がいますが、同性ではないので悩むんじゃないかと思いますね。いろんな世界を見せてあげたいと思いますし、サポートしていってあげたいと思います。
北島:ウチは6歳の娘ですけど、やはり可能性を潰さないようにしてあげたいですね。そういう環境づくりをしていこうと思っています。
野村:子供って難しいですよね。親とは別な人格で、それぞれ考え方も違いますから、こちらがよかれと思ってもプレッシャーやストレスになってしまうこともあります。ウチは柔道一家でしたが、柔道がプレッシャーにならないように、親はとても気を遣ってくれたみたいです。子供をしっかり見てあげて、どんな性格なのか、どんな資質を持っているのかを見極める努力を、親はしなくてはならないのではないでしょうか。
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視聴者の質問に、レジェンドアスリートならではの興味深い回答が得られた。結果を求められるトッププレーヤーと、成長過程にある子供のスポーツでは求められることも違ってくる。それでいて、きちんと努力をして、全力を出し切らなくては見えてこない世界もあるという指摘も示唆に富んでいる。幼少期の競技においては、親の影響力が大きなウェイトを占める。未来のアスリートをどのように導いていくか、親の姿勢も問われてくるだろう。