ACミランは“眠れる巨人”――。買収の投資会社「これは単なる取引ではなくパートナーシップ」

近年、プライベート・エクイティ(PE)ファンドなどの投資会社による欧州サッカークラブへの投資が増えている。クラブのオーナーシップといえばアメリカ系や中東系の個人・ファミリーオーナーが一時広がったが、現在では機関投資家により投資対象として見られている。

先月に英ロンドン行われたスポーツビジネスカンファレンス「Leaders Week London」には、今年8月にイタリアの名門ACミランを買収した米PEファンドのレッドバード・キャピタル・パートナーズ創業者でマネージング・パートナーのジェリー・カーディネイル(Gerry Cardinale)氏が登壇。投資家が見るスポーツの価値について語った。

欧州で存在感を増す米投資ファンド

欧州スポーツ界におけるマネーの流入は、今に始まったことではない。マンチェスター・ユナイテッドは米グレイザー家が経営権を握り、マンチェスター・シティ、パリ・サン=ジェルマンなどは中東の政府系ファンドによって大きく成長してきた。

しかし、PEファンドなど投資会社の関わりは、この10年で大きく存在感を増してきている。PEファンドとは非上場の株式を取得し、企業価値を高めた上で上場や株式売却で利益を得る投資会社。スポーツ界では今年年初から9月までの間で221件、310億ドル(4兆5800億円)の投資がPEファンドにより行われている(※1)。

そのひとつが、8月に行われた米レッドバードによるイタリアの名門・ACミランの買収だ。創業者でマネージングパートナーのカーディネイル氏はゴールドマン・サックス出身。ゴールドマンでニューヨーク・ヤンキースの当時オーナーだったジョージ・スタインブレナー氏とYankees Entertainment & Sports Network(YES Network)を立ち上げ、NBAブルックリン・ネッツ、MLS ニューヨーク・シティFCなどを傘下にするなど一大帝国を築き上げた。

レッドバードはNFLを代表する人気チームのダラス・カウボーイズ、そして欧州ではサッカーフランスリーグのトゥールーズにも出資している。「熱狂的なヤンキースファン」と自称する同氏は、現在、スポーツおよびエンターテインメントを投資の主戦場にしている。

ACミランは「Sleeping Giant(眠れる巨人)」

イタリアの名門、ACミランの買収――。実はその決断に至るまで、実に5年にわたり約200の欧州クラブと協議してきたという。ではなぜACミランに決めたのか?その答えは「潜在力」だと説明する。

「ACミランは比較的良い値で買うことができたと考えている。世界的なビッグクラブというブランドでありながら、収益化が十分になされていない。オン・ザ・フィールド(競技)とオフ・ザ・フィールド(ビジネス)、そして移籍マーケットを上手く管理できれば、クラブというアセットを通して非常に良いキャッシュフローを作ることができる」(カーディネイル氏)

クラブが自らでは行えないような巨額の資本を投入することで、変革を起こしていくのが投資会社の役割だと同氏は説く。

「私にとってACミランは“Sleeping Giant”(眠れる巨人)。IP(知的財産)でマネタイズをして、数十億ドルのビジネスを創造していく。これは投資会社とライツホルダーどちらにとっても有益だ」(カーディネイル氏)

直近、クラブの2021/22シーズンの売上は3億ユーロ(約3億ドル、444億円)となっており、一桁上の規模感を目指すこととなる。

レッドバードは「長期で価値を上げていく」

PEファンドは通常、3年から5年で上場や株式売却といった「出口戦略」を描くことが多い。ACミランの前オーナーはヘッジファンドの米エリオット・マネジメントだったが、2018年の買収以降8億ユーロとも言われる投資を実行し、4年後に12億ユーロでレッドバードに売却することとなった(※2)。

カーディネイル氏も「機関投資家であるPEファンドにはイグジットが必要」と認めながらも、一方でレッドバードのアプローチは少し異なるともいう。

「2001年にYES Networkを立ち上げてから、株式をひとつも売却せずとも2008年時点で投資額の3.5倍のリターンを得ていた。これは2014年に40億ドル近い価格でルパード・マードック(※当時の21世紀フォックス)へ売却する前の話だ。

資本構成を整え、IPとテクノロジーを活用することでキャッシュフローを生むことができる。そうすれば、いわゆるイグジットは必ずしも必要ではなく『所有する』ことができる。これは単なる取引でなくパートナーシップだ」(カーディネイル氏)

同社の今後についても、「我々がスポーツに投資していくのは明白で、一流のチームやスポーツメディアを集めていく」と明言したカーディネイル氏。スポーツの魅力と自らの使命についてもこうも述べる。

「ACミランは昨年スクデットを獲得することができた。ファンは今年も優勝を期待するだろうが、そうなるかは分からないのがスポーツの面白いところだ。したがって私たちができることは、その成果を得られるように『正しい手を打つ』ことになる。

投資もただ座って資金を出せば価値が上がるわけではない。袖をまくりあげて、クラブと協力して結果を追い求めなければならない。派手さはないが、それが“Own better”――より良く所有するということだ」

収益化のカギはテクノロジーの活用とIPビジネスの推進だというカーディネイル氏。12億ユーロ(約1770億円)の買収は短期の取引でなく、長期で価値をあげるパートナーシップだという発言からも、今後のさらなる動きに注目が集まる。

※1 Private Equity News. Live sports proves a hit among PE firms.

※2 Bloomberg. AC Milan Investor Sues to Block Elliott’s $1.3 Billion Sale.

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