グロービス堀代表「スポーツ経営にもレジリエンスが必要」――カンファレンスで語られた日本スポーツ界の「未来」

日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?このコロナ禍の中、その答えを探るべく開催されたのが、4月28日にオンラインで行われた『HALF TIMEカンファレンス2020』だ。主催のHALF TIMEではイベントレポートを連載していくが、第1回となる本稿では、各セッションに先駆けて行われたオープニングスピーチと基調講演を順に紹介していく。

「スポーツの価値を上げていく」 HALF TIMEの使命

日本スポーツ界の未来を考えるカンファレンス『HALF TIMEカンファレンス2020』が、2020年4月28日に開催された。本来なら、登壇者を始めとしてスポーツを盛り上げていこうという多くの人が会場に集うはずだったが、新型コロナウィルスの感染拡大防止に伴う緊急事態宣言が発令される中でオンラインでの開催に変更。それにも関わらず、約500名の参加申込みがあった。

登壇者も聴講者もリモートでの参加となり、顔を合わせて同じ空気感を感じることは難しいものの、一方で日本だけでなく海外からもリアルタイムでつながり、同じ時間とアジェンダを共有することができたことは、極めて意義深い開催だったともいえる。

その開会にあたり、冒頭のオープニングスピーチではHALF TIME株式会社代表取締役の磯田裕介から、まず今回さまざまな障害を乗り越えて参加を迎えることとなった登壇者や聴講者、そしてイベントパートナー企業へ感謝の意が述べられた。

新型コロナウィルス感染拡大の影響は、もちろんスポーツ界も及んでいる。プレーのできない選手、それを観戦できないファン、そして周囲で支えるスタッフやスポンサーなど、多くの人たちがスポーツを思う存分楽しめる時が来るのを待ち望んでいる。

この状況を踏まえた上で、最初に語られたのはHALF TIMEのミッション――存在意義だった。

「HALF TIMEは、スポーツを通して世界中の組織と個人に新たな価値を生み出し、生きがいのあふれる社会を実現したいと考えています。スポーツはもっと価値を評価されるべきコンテンツだと信じています。スポーツを通して自然と仲間ができたり、人格が形成されたり、例えば(サッカー)W杯を見て歓喜し涙を流すこともあるでしょう。このようなコンテンツは、スポーツ以外にあり得ません」(磯田)

HALF TIMEがサービスをローンチさせてからおよそ10ヶ月。試行錯誤を繰り返しながら、順調に事業を拡大させてきた。

「HALF TIMEの顧客は主に4つです。スポンサーなどスポーツに投資をする企業、スポーツアパレル・テックなどのスポーツ関連企業、クラブやリーグなどのスポーツ団体、そしてスポーツビジネスに関心のある個人です。提供サービスは、インタビューやニュース配信、ブランディングのためのコンテンツ企画・制作などのメディア事業、チームやクラブのプロモーションが可能なPR支援、また優秀人材の採用を促進する採用支援などを展開しています。スポーツに関わるあらゆる組織や人に対して、最適なサポートをさせていただきます」(磯田)

「コロナで困難に直面するスポーツを、クラウドファンディングで支援」

HALF TIME株式会社 代表取締役 磯田裕介

日本では古くから、スポーツを通して利益を追求するということを忌避しアマチュアリズムを尊重する風潮があった。しかしスポーツが存続していくためには、そこに安心して関われる環境を整備し、産業として発展させていく必要がある。とりわけスポーツを支援する人たちにきちんとしたリターンを提供していくことは喫緊の課題の一つだ。

「私たちは業界初の『複業スポンサー営業』プロジェクトを立ち上げ、13のスポーツ団体と提携しています。外部の優秀な複業人材を活用して、スポンサーセールスを強化していくというプロジェクトです。セールスとして実績が上がった場合には、レベニューシェアを行います。スポーツ団体は、採用費や人件費を抑えて初期費用なく始められ、新たな収益機会をもたらします。また、スポーツ業界に携わりたいと考えている方には、複業という形でその機会を作り、成果が上がればリターンを提供します」(磯田)

スポーツチーム、クラブには、プロチームのように大きな組織もあれば、限定された地域で手弁当で運営されているものもある。人材を採用したいと思っても、採用費用もなければ継続的に支払う人件費を潤沢に準備できない場合もある。一般企業でも複業が広がる中で、働きたい人と働いてもらいたい人のマッチングは、まさに時代の流れを捉えた施策といえる。

「また、新型コロナウィルス感染拡大で困難に直面しているスポーツ関係者に向けて、CAMPFIRE様と提携してクラウドファンディングの支援サービスを立ち上げています。サービス手数料は通常(達成額の)12%ですが、それを0%としてご提供しています」(磯田)

今回のカンファレンスは当初計画から変更してオンラインでの開催となったが、視点を変えれば、地理的・時間的な制約を飛び越えて、さまざまな取り組みが可能になる契機にもなると捉えられる。

「今回のようなオンラインカンファレンスなどのイベントを、定期的に開催していきたいと考えています。次回は6月を予定していますが、カンファレンスを通してグローバルな知識の向上や参加者の間での知識の循環などを目指します。また新たに、オンラインでのネットワーキングの機会提供も計画しています」(磯田)

最後に、新型コロナウィルスへの対応で日々奮闘する医療従事者の方たちに対して謝辞と、今後スポーツが楽しめる環境が戻ってくることを願って、オープニングスピーチは締めくくられた。

スポーツはゲームチェンジ 「コロナ後へのサバイバル戦略を」

グロービス経営大学院学長/茨城ロボッツ取締役オーナー 堀義人氏

オープニングスピーチに続いては、グロービス経営大学院学長であり、Bリーグクラブの茨城ロボッツ取締役オーナーでもある堀義人氏の基調講演が行われた。

テーマは「スポーツ経営が切り開く新たな未来」。冒頭では、2019年4月6日に行われた茨城ロボッツのホームアリーナ「アダストリアみとアリーナ」のこけら落としの映像が流された。B2リーグの最多入場者数記録となる5,041人が観戦に訪れ、そのときの熱狂と歓声はチームの輝ける未来の予兆とも思えるものだった。

カンファレンスでは1分のダイジェスト版が放映された 。参照=ROBOTS TV

しかし、新型コロナウィルス感染拡大防止のため、Bリーグの2019-20シーズンは中断。残りの試合も中止が発表された。クラブが困難に直面する一方で、堀氏はクラブの前進をこう評価した。

「シーズンエンドのファン感謝イベントで、3つのことを申し上げました。決して悪いことばかりではなかったのです。まずはホームで15連勝できたということ。それから観客動員数2,000人を達成したこと。4年でおよそ4倍にも増えました。最後はスポーツチームがメディアを持つことができたということ。茨城ロボッツは2019年に茨城放送を傘下に収めました。これまでも新聞社や放送局がスポーツチームを持つことはありましたが、逆にスポーツチームがメディアを有するということは前例がありませんでした」(堀氏)

しかしながら、今は「スポーツの大きな変革の時を迎えている」と堀氏は語り、「コロナウイルス感染の拡大に伴って、これからのスポーツはゲームチェンジを迫られています」と続ける。

1つ目は「スポーツ経営のチェンジ」だ。

「これまでプロスポーツチームの経営は、まずは投資から始まりました。資金を投資してチームを強化し、それによって観客やスポンサーを獲得してチームが成長し、収益が上がることでさらに投資を増やす。このサイクルを繰り返すことで、プロスポーツチームは成長していくというものです。茨城ロボッツも、当初の売上が7,000万円だったものを、年を追うごとに1億7,000万円、3億2,000万円、4億8,000万円と伸ばしてきました。3年に一度黒字になればいいというようにして、赤字を出してもトップライン(営業収益)を伸ばすことを目指して思い切った投資をしてきました」(堀氏)

なぜここまで成長にこだわるのか?それはBリーグが掲げる「2026年構想」のためだ。Bリーグは、発足から10年の2026年を契機として、米NBAのように昇降格のないリーグへの移行を目指している。リーグへの所属が安定することで、長期的なクラブ経営が可能にもなるのだ。

「リーグへ参加する条件は売上高12億円、入場客数4,000人というもので、茨城ロボッツはそれをクリアするために成長を急いでいるのです。しかし、2019-20年シーズンが中断となったことで、今シーズンは約1億円の赤字となってしまいました。次シーズンの開幕も危ぶまれる中で、チームの成長サイクルが途切れることが懸念されているわけです」(堀氏)

そこで堀氏が提言するのが、「観客動員ゼロでのチーム経営」だ。同氏は、「これまでのチーム経営のプランを、ゼロから見直さなくてはならないということです。アリーナに来てくれるリアルな観客がゼロであっても、チーム運営を続けていくための試算をしています。コロナの後を考えてのサバイバル戦略を考えていかなくてはならない」と話す。

「リアル観客がゼロでも収益を上げる」経営スタイル

茨城ロボッツはB2リーグ来場者数の新記録となる5,041名を打ち立てた。参照=ROBOTS TV

もう一つのチェンジは、「プロスポーツチームの収益源」と話す堀氏は、次のように説明する。

「プロスポーツの主な収益は、観客の方がチケットを購入してくれるアリーナ入場料です。しかし、今回の新型コロナウイルス感染拡大のような状況においても、その経営を揺るがされないような経営スタイルを模索しなくてはならないのです。それが“リアル観客がゼロでも収益を上げる方策”です」(堀氏)

堀氏が考えている施策は3つあるという。

「1つ目はオンラインコンテンツでの収益です。茨城ロボッツでいえば、茨城放送というメディアを傘下に持っているので、それに関わるような動画コンテンツの制作です。試合映像などプロチームならではのコンテンツを提供できます。2つ目はチームが経営しているBLUE×BLUEというカフェのテイクアウトやデリバリーを強化することです。おかげさまで大人気のカフェですが、イートイン以外の需要にも対応することで、新たな収益を目指します。3つ目は、スクール事業です。現在スクールは休業中ですが、こちらもオンラインで『お家でもできるトレーニング』などの動画の配信などを考えています」(堀氏)

大きな変革の時を迎えるスポーツ経営。2019年から2020年は、メガスポーツイベントの日本開催が続く、スポーツビジネスの「ゴールデンイヤー」と目されていたが、当初とは異なる様相を呈してきた。

ラグビーは、自国開催のワールドカップの成功で多くの人々にその魅力が伝播した。当初は大会の認知度も低く、日本代表が厳しい成績しか挙げられないのでは?との観測もあったが、蓋を開けてみれば日本代表の活躍と熱狂的な海外ファンの来日も重なり、社会現象ともなる盛り上がりを見せた。

一方、東京2020オリンピック・パラリンピックは来年への延期が決定。2020年に照準を合わせてきたアスリートや国内スポーツ団体、そしてスポンサー企業などは仕切り直しを要されているが、自国で行われる大会を通してあらゆるスポーツに注目が集まるチャンスが控えているのは変わりない。スポーツ、そして社会の「復興」としての意味も持ち始めた大会で、その「レガシー」をどう活かしていくか、スポーツに関わる人たちにとっては大いなる課題となるだろう。

社会、経済、政治、テクノロジーなど、スポーツを取り巻く環境はかくも変化が多い。特に「未曾有」とも呼べる現在にどう対応するべきか?堀氏はこう述べて、基調講演を締めくくった――。

「スポーツの経営にも、レジリエンス(弾力性・柔軟性)が必要です」

次回は、モルテンの民秋清史社長、日本コカ・コーラ 東京オリンピックGMの髙橋オリバー氏、DeNAでスポーツ事業を統括する岡村信悟取締役COO、そしてJリーグクラブのV・ファーレン長崎の髙田春奈社長を迎えた、セッション1「これからの次世代クラブ経営と、効果的なスポンサーシップ」の様子をお届けする。


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