2019年に商業的・運営的にも大きな功績を残したラグビーW杯を終え、2020年のオリンピック・イヤーがついに到来。同時に「ポスト2020」が日本のスポーツ界に差し迫る中、メガイベント(=W杯などの巨大な国際大会)のトレンドを、昨秋スペイン・マドリードで行われたサッカービジネスのグローバルカンファレンス『World Football Summit』に探った。
ポスト2020 メガイベントの新たな招致がカギに
ついに2020年がやってきた。言うまでもなく、東京オリンピック・パラリンピックの開催年である。各種メディアではこの年末、2019年を振り返る様々な報道がなされ、ラグビーW杯で戦った日本代表選手も、テレビの特別番組やコマーシャルに数多く露出していた。日本代表の活躍、各国選手の勇敢な戦いぶり、そしてファンの盛り上がりは、多くの人たちにとって想像以上のものだったはずだ。2019年の流行語大賞に「ワンチーム」が選ばれたことは、大会の盛り上がりが国民レベルのものであったことの証左といえるだろう。
2020年は、東京オリンピック・パラリンピックの開催年であると同時に、それ以降の日本スポーツのターニングポイントとなるだろう。今後、日本でのスポーツのあり方を考えていく中で、ラグビーW杯やオリンピック・パラリンピックのようなメガイベントの、今後の新たな招致は、一つポイントとなるはずだ。そのヒントを探る場所となったのが、昨秋にスペイン・マドリードで開催された、サッカービジネスのグローバルカンファレンス『World Football Summit」だ。
プレゼンスを高めるWorld Football Summit
2016年から開催され、第8回目を迎えた『World Football Summit』は、主催者が「スペイン・サッカーの首都」と位置付けるマドリードで開催された。参加者は主催者発表で2,000人超。マドリードに本拠地を置くレアル・マドリードとアトレティコ・マドリードはもちろん、バルセロナやユベントスなど数々の欧州名門クラブの関係者が来場していた。サッカー協会関係者ではベルギーやアルゼンチンからの来場があり、アジアの主要国からも、日本、中国、韓国から合計10人ほどの参加が見られた。従前からイギリスのSoccerexやLeadersといったカンファレンスが知られていたが、ここ数年はWorld Football Summitがそのプレゼンスを飛躍的に高めている。
カンファレンスのスポンサーには、これまでスポーツ関連組織を長くサポートしてきたコカ・コーラやバドワイザーといった飲料・ビールメーカーなどが名を連ねる一方で、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフトといったテクノロジー企業も多数見られた。こういった企業の存在は、テクノロジー企業のスポーツ参入、或いはスポーツ界のデジタル化をそのまま反映しているといっていいだろう。
講演は、多くの聴講者を集めるセッション用のメインステージが1つと、小規模ながら実用的でインタラクティブなセッション用に設けられたサブステージが2つ。さらに、ネットワーキング用のスペースとして、カウンターテーブルとイスが設置された屋内ブースと、テント付きの屋外ブースが用意され、各国からの参加者に交流の機会を提供していた。
メガイベントの共催 続くトレンド
メインステージで行われた講演の中で、参加者の多くがひときわ真剣な顔つきで聞いていたのが、「Football in North America and the Road to the 2026 World Cup(北米におけるサッカー。2026年W杯への道)」というテーマで行われたパネルディスカッションだった。
「2026年のサッカーW杯が、今後の国際大会の開催における一つのフォーマットになりえる」と力強く断言したのは、メガイベントの招致・開催のプロフェッショナルとして知られるジョン・クリスティック(John Kristick)氏だ。
目先に2022年のカタール大会を控え、まだ6年後と随分先でピンと来ないかもしれないが、2026年のサッカーW杯はカナダ、メキシコ、アメリカの三か国共同で開催されることが決定している。ジョン・クリスティック氏は、この三カ国共同開催を前提とした招致活動をエグゼクティブ・ディレクターとして成功に導いたキーパーソンで、1994年のアメリカ大会以降、日韓大会やブラジル大会を含めて、20年に渡ってW杯の招致・開催に関わり続けてきた人物だ。同氏の発言は、今後の国際大会のあり方を大きく占う。
パネルディスカッションでは、アメリカは充実した施設、カナダは近年の競技力向上、そしてメキシコは国民のパッションを各国のアドバンテージとして述べていた。大会がどのような盛り上がりを見せるのか、今後の試金石になることは間違いない。
さらにその先の2030年W杯招致に目を向ければ、共同開催を前提とした招致活動が著しく目立つ。モロッコがアルジェリア、チュニジアと手を組むほか、1930年の第1回W杯開催から100周年を迎えるウルグアイはアルゼンチン、パラグアイ、そしてチリと共同戦線を張る。一方で欧州は、ブルガリア、セルビア、ギリシャ、ルーマニアの連合体だ。
他にもまだ検討段階に留まっているものの、イギリスとアイルランド、スペインとポルトガルといった組み合わせによる招致活動も見込まれている。つまりこの先10年間に渡って、共同開催がメガイベントのトレンドになる可能性が極めて高いということだ。
2020年 欧州選手権が初フォーマットで開催
2020年に開催されるメガイベントは、実は東京オリンピックだけではない。その直前に開催されるUEFA(欧州サッカー連盟)の欧州選手権(EURO:ユーロ)も、史上初めて欧州12カ国が舞台となる運営方式で、大会が開催される。
この背景の一つには、各国国内リーグの開催で、長期に渡って高い水準のイベント開催の知見を積み上げてきたアドバンテージを持つ国がある一方、トップ水準の国際大会の経験値が充実しているとはいい難い国も少なからず存在することがある。このような国にとっては、単独で大会を開催するよりも、経験値の高い国から知見を吸収しながら業務水準を高めていく方が、効率が良い。
どのようなメガイベントでも、運営組織の担当者は、大会が円滑に遂行できるように設定された要求水準を満たすべく、様々な調整に走りまわる。スタジアムでの試合開催を軸として、ロジスティクス、警備、通信、交通、メディア対応、ホスピタリティーといった多様の領域において、とりわけ、メガイベントの経験値が浅いステークホルダーに関しては、業務水準を大幅に高めることが強く求められる。このような開催能力は、一朝一夕に高めることはできないのだ。
直近のメガイベント招致でも共催の可能性
2020年は、メガイベントの開催だけでなく、今後の大会が決められる重要な年でもある。ユーロ2020開催と時を同じくする今年6月には、2023年サッカー女子W杯の開催国がエチオピアのアディスアベバで決定される予定だ。まさにこの1月と2月には、決定に向けた各国での視察が始まる。
この大会の招致活動を展開しているのは4組で、日本、ブラジル、コロンビア、そして共同開催を見込むオーストラリアとニュージーランドだ。国内関係者の間でも、このオーストラリアとニュージーランドの共同開催は、大きなアドバンテージになるという見方がある。
共催トレンド 日本の出方は
海に囲まれ、共通の言語を話す国も他にない日本にとって、このような共同開催を前提としたメガイベントの招致は相当高いハードルといっていいだろう。日本の組織では意思決定方法も他国とは随分と異なっており、組織文化の面でも難しさがある。しかし多くのスポーツ関係者にとって、このトレンドが、世界規模のスポーツ界における政治的な意思決定にどのようなインパクトを与えるのか、常に意識しておくべき潮流であるのは確かである。
日本ラグビーフットボール協会の森重隆会長は、ラグビーW杯の全日程終了後に「もう一回、20年後くらいにやりたい。1回じゃあ、もったいない」と言及していた。今大会のキャッチコピーは「4年に一度じゃない。一生に一度だ」と大会開催の貴重性を訴求していたが、将来また日本に戻ってくる可能性もある。森会長の発言は、興奮冷めやらぬ時期であったとはいえ、その意欲は相当のものとみていいだろう。ラグビーは一例だが、今後、世界大会の招致を目指すスポーツ団体も多いはずだ。
国としても、文部科学省がスポーツ立国戦略をこれまで進め、2015年にはスポーツ庁を設置。スポーツを通じた国レベルでの活性化に注力してきた。GDPや人口規模といった面で大幅な成長が見込めない日本にとって、この先、グローバルプレゼンスを維持・向上していくことには、メガイベントの開催は一役買う。
2020年は新しい「decade(10年)」のスタートとも表現されるが、グローバルトレンドを見越してメガイベントの招致を継続的に成功させ、日本が世界のスポーツビジネスをリードしていく時代となることを期待したい。