「クラブのブランド・未来をつくる『守護者』に」――。米シアトル・サウンダーズFCの「強化部」論

世界で活躍するスポーツビジネスパーソンからいつでも、どこでも直接学べるオンライン講座『HALF TIME Global Academy』。10月から11月にかけて開催される第2期でも、海外のスポーツビジネスの最前線で働く講師をゲストに「学び」と「つながり」の場が提供される。第二講は、米MLSのシアトル・サウンダーズFCでスポーティングディレクターを務めるクリス・ヘンダーソン氏による「強化部論」。チーム理念と強化部の関係、そして選手補強やチーム作りの指針が示された。

米サッカー「殿堂入り」の講師を招聘

HALF TIMEアカデミー学長 中村武彦氏(Blue United Corporation CEO)

10月から11月にかけて開講される『HALF TIME Global Academy』は第二講を迎え、まず学長の中村武彦氏(Blue United Corporation CEO)が、前回のラスベガス・ライツFC オーナー兼CEO ブレット・ラッシュブルック氏による第一講を振り返った。奇抜なマーケティング施策の話が中心だったが、盲目的に全てを日本に取り入れる必要がないことも指摘。「サッカーファンでない来場者を含め、全てのお客さんにどう楽しんでもらえるかを考える、良いきっかけになったのでは」(中村氏)と、原理原則を学ぶ必要性を述べた。

今回は、名門UCLA(カリフォルニア州立大学)時代にサッカー米国代表入りを経験し、16年間の現役生活を経て、米サッカー殿堂入りを果たしたChris Henderson(クリス・ヘンダーソン)氏が講師を務めた。

代表では79試合のキャップ数を誇り、1992年にはバルセロナ五輪にも参加。引退後はMLSカンザスシティ・ウィザーズ(現スポルティング・カンザスシティ)で1シーズンの間アシスタントコーチを務め、現在はシアトル・サウンダーズFCのスポーティングディレクターを担う同氏から、クラブが取り組む最先端の「強化部論」が展開された。

サッカークラブの「強化部」の実態とは

スポーティングディレクターという仕事は一体何をするのか?ヘンダーソン氏は以下のように述べる。

「スポーティングディレクターはクラブの未来とオーナーによる投資の『守護者』。リーダーシップを執り、コーチやGMと協働して、短・中・長期的なチーム作りを担っていく役割です」(ヘンダーソン氏)

育成からトップチームまでクラブ全体のサッカーオペレーションを担い、コーチ陣やスカウト、選手たちの評価も行う。また選手補強やトレードについてアドバイスをしてチームを作り上げていくこともあり、時にはリーグによるルール変更について選手やコーチ陣に伝達しコミュニケーションも取っていく。そして地元だけではなく、世界に向けてクラブを発信する責務もある。

コーチやGMは日々の勝利に重きを置く中、スポーティングディレクターはクラブ全体の方向性とのバランスを上手く保ち、試合での「戦い方」も含めてクラブ哲学をチームに浸透させていく役割が求められる。

ブランドづくりに強化部はどう関係するのか

2009年にMLS参入を果たしたシアトル・サウンダーズ。参入当初からNFLシアトル・シーホークスとパートナーシップを組み、ブランドづくりに励んできた。一方で、先行するプロスポーツチームと同じ地域で展開していく上で、サウンダーズに「何が大切か」を見極めることも重要視した。

そこで策定されたのが、Passion(情熱)、Courage(勇気)、Community(地域)というクラブのキーワードだった。そしてFun(楽しさ)も忘れないことを大切にした。これらは時が経つ中で変化を遂げてきたが、今も変わらないのは何事に置いても「ファンのために」を念頭に考えることだ。

クラブは「サッカーを通して人生を豊かにし、一体感を生み出す瞬間を作り出すこと」を理念に掲げ、これは事業部でも強化部でも変わらないとヘンダーソン氏はいう。一体感を生み出す瞬間には選手がいる。ファンとのタッチポイントを作る要素として選手の存在は大きく、その観点は選手補強の際も頭に入れていると話す。

そしてサウンダーズの活動には、コラボレーション、イノベーション、アンビションという軸があるともいう。クラブとしてイノベーションを大事にしているからこそ、強化部でも最新のデータやテクノロジーを積極的に活用できるとヘンダーソン氏はいう。このイノベーションは、グラウンド内での戦い方にも反映されている。

例えば、同氏は海外のトップクラブを視察し、研究していく中で得点効率の高さをもたらす要因を分析。同じクロスでも開始位置によって得点率が異なることがデータで示され、ペナルティボックス近辺から上げるクロスが最も得点へつながることを数字で裏付けた。

こういった科学的なアプローチを育成世代から実験的に導入し、アカデミーからトップチームへと浸透。クラブの主要フォーメーション(4-2-3-1)や、練習方法にも反映していった。結果、走行距離やスプリント数、強度の高い動きなどの項目で、相手を上回るようになったのだ。

選手獲得に活用するデータやアナリティクスとは

シアトル・サウンダーズFC スポーティングディレクター クリス・ヘンダーソン氏

選手を獲得する際には、選手がものごとに取り組む姿勢やクラブのカルチャーにフィットするかを判断すると同時に、データ分析も行うとヘンダーソン氏は言及した。

MLSでは一つのクラブが選手年俸に利用できる費用の上限が定められる「サラリーキャップ制度」が存在する。これに該当しないデジグネイテッド・プレイヤーが3名所属できるが、その分この3選手への投資は失敗ができない。したがってリスクを軽減するために特にデータを細かく分析するのだ。

実際には、過去3、4年分のスタッツを叩き出し、長期的なパフォーマンスの予測を立てる。過去の数字の中でどこまでが運による要素だったのか、どこからが選手自身の能力によって導き出されたものなのかを見極めるという。例えば、セットプレーからの得点やプレーは除き、流れの中での成績を注視するのが一例だとヘンダーソン氏は教えてくれた。

だが同氏は、テクノロジーが進化した今でも、データでは全てを見極めることができないともいう。ボールを保持していない時の動きやディフェンスでの動きはその代表だ。また、戦術に対してどこまで自制心を持ってプレーできているのか、或いはロッカールームやトレーニングでのふるまいなど、選手の性格に関しては定量化が難しい。

こういった要素に関しては、選手を獲得する前に本人や周囲をインタビューするなど十分な下調べを行うという。オン・ザ・フィールドのプレーだけでなく、家族環境、学歴、言語力、姿勢、モチベーションなど主観的な要因の調査も怠らない。

講義の途中には受講者からも多くの質問が飛び交い、データを選手達たちに伝える方法、欧州のビッグネームに頼らないチームづくり、さらにはアカデミーの理念についても答えてくれた。

選手やスカウトとして訪れた、日本という特別な場所

ヘンダーソン氏は最後に、選手やスカウトとして世界200ヵ国以上を訪れた経験を持つが、その中でも1993年にキリンカップで選手として来日し、現在のサウンダーズでも幾度となく訪れている日本への特別な思いを語った。

同氏は、日本文化に通じる「完璧主義者」的な精神と「カイゼン」への意識をリスペクトしていると紹介。サッカーにおいては、正確なファーストタッチなどをはじめテクニックをベースとした日本人選手のプレースタイルを高く評価し、プレーの柔軟性はサウンダーズが誇るディフェンスの考え方にもフィットすると話した。

最後まで包み隠さずサウンダーズの理念やスカウティングについて話を披露したヘンダーソン氏。本拠地シアトルでは、クラブの考え方を世界中のスカウトにも共有する「スカウティング・シンポジウム」があることも紹介。これまでに3度開催してきたという。

あえて情報を公開する理由は、「私たちの取り組みの多くは、他から学んだことも多い。そのため今私たちがやっていることもオープンにしている」(ヘンダーソン氏)からだ。クラブの考え方を外部に伝えるだけでなく、逆に3、4日間にわたって他国のリーグやクラブ関係者から学びを得る機会にもなり、また共に試合を見て様々な見方を共有する時間にもなるという。

選手たちに求める「学ぶ姿勢」をクラブとしても持ち続け、サッカーコミュニティーに浸透していく取り組み。この最後の事例紹介は、改めてシアトル・サウンダースFCというクラブが自ら見本となり、独自のカルチャーを作り出していることを実感する例ともなった。

元米国サッカー代表選手で、現在はMLSクラブの強化責任者を務める講師を迎えた第二講。スポーツビジネスの文脈であまり聞く機会のない「強化部」というテーマで、受講生は一層プロスポーツチームというものへの理解度が上がったことに違いない。第2期『HALF TIME Global Academy』も残りは後半戦のあと2回。スポンサーシップ論と放映権ビジネス論へと続く、この後の講義も楽しみだ。各回の申込は、引き続き公式Webサイトで受け付けられている。

▶︎『HALF TIME Global Academy』第2期 公式Webサイト

 
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