「現役のうちから次の居場所を」「新しいものと掛け合わせて」 15競技・30名以上のアスリートが参加する、キャリア教育講座とは

セカンドキャリアを充実させるだけでなく、現役時代から複数のキャリアを並行させるデュアルキャリアといった考え方も広がり、多様化するアスリートキャリア。現役中、引退後に関わらず、目指すキャリアを叶える素地を育もうというのが『アスリート キャリアオーナーシップ アカデミー』だ。2月に開講した講座には15競技・30名以上のアスリートが参加する。アスリートキャリア支援の最前線に迫った。

なぜキャリアに「オーナーシップ」が重要なのか

アスリートを対象としたキャリア教育講座『アスリート キャリアオーナーシップアカデミー』は、総合人材サービスのパーソルホールディングスとHALF TIMEが共催し、バリュエンスホールディングスのサポートで運営されている。全12回のプログラムで、2021年2月1日に開講した。

アカデミーには、現役・元アスリートが30名以上参加している。最大の特徴は、講義形式の一方通行のセミナーではなく、グループワークも含めたプログラムであること。キャリアは誰かが与えてくれるものではなく、自らが作るものだという考えに基づいて、主体性を持って取り組むという意味の「オーナーシップ」という名称が用いられている。

「日本におけるアスリートのキャリア自律およびキャリア支援は、長らく課題視されてきましたが、本質的で明確な解決策が見出されていません。これまで長年アスリートのキャリアに関わってきた身として、解決につながる重要なポイントは、現役中のキャリアとの向き合い方だと考えています」

アカデミーの学長を務めるパーソルキャリア執行役員の大浦征也氏はこう語ると、次のように続ける。

「現役中から『自分を知る』『社会を知る』ことを意識し、競技引退後の長い人生で何を実現したいのか、どんな人生を歩みたいのかを言語化していく必要があります。そのために今をどう過ごせば良いのか。そのような視点が、キャリア自律の基本です」

さまざまな競技からアスリートが参加

サッカー、野球、陸上、水泳、パラ水泳、柔道、空手など15の競技で、オリンピック代表候補や日本代表経験者、国際大会のメダリストらといったアスリートが参加する。受講の動機もそれぞれで、現役選手ではなく元アスリートで、実際にセカンドキャリアに取り組み始めている人もいる。参加者同士が意見を交わす機会も取り入れられているので、競技や経歴を越えた交流の場としても役立つ。

アカデミーは基本的にオンラインで行われ、合宿中であったり、地方に在住している選手も参加できる。コロナ禍で広まったオンライン環境だが、競技生活と学びを両立させる必要のあるアスリートにとっては、メリットが大きい。

受講生の一人である陸上の石塚晴子選手(株式会社ローソン)は、「引退したアスリートのキャリアは指導者というのが一般的ですが、コーチになっている自分の姿が想像できなかった。それで、自分を違うものと掛け合わせて新しい価値を作ってみたいと思ったんです」と話す。

石塚選手は1997年生まれの23歳。400mハードルのU20日本記録保持者で、2015年北京世界選手権女子4×400mリレーの日本代表、現在は実業団選手として活動している。

「アスリートの寿命は短いですから、現役のうちから次の居場所を作りたいなと考えています」と話すのは、自転車競技の橋本英也選手(チームブリヂストンサイクリング)。1993年生まれの27歳で、2016年、2018年のアジア選手権ではオムニアム競技で優勝経験もあり、東京オリンピックに内定している。

キャリアは自分のもの

アカデミー学長を務めるパーソルキャリア執行役員 大浦征也氏

プログラムは、第1回のガイダンス・開講式からスタート。プログラムの説明と参加者の自己紹介が中心に行われ、競技を取り巻く環境や参加の動機について話された。マイナースポーツであることでスポンサーの獲得に苦労している、競技生活の中でハラスメントを経験して将来はそういう環境を改善していきたいなど、それぞれが抱える課題に、受講生同士が聞き入っていた。

本格的な講義がスタートしたのは、第2回の「人生100年時代のキャリア論」から。パーソルキャリアの大浦氏が、最新のキャリア論を解説した。

同氏はプログラムのポイントを強調。それは、「学び」ではなく「実践」こそが大事だということ。さらに「講義」ではなく「対話」であること。立場や経験、目指すところの違う人たちとの対話を通して、自分を知り、社会を知り、それを統合していくことを目的としているということだ。

また、「キャリア」と「スキル」の違いを認識する必要性も語られた。キャリアとは経歴のことで、そこから得られたものがスキル=強みだ。スポーツと同じく、1つの武器だけで勝ち続けることはできない。どんなスキルをいくつ持っているか、社会を生き抜いていくためには欠かせない。

「年商3000万円のビジネスモデルを考えてください」

法政大学キャリアデザイン学部 田中研之輔教授からはユニークなグループワーク課題が出された。

第3回の「プロティアン型アスリートキャリアの築き方」では、法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔氏が、環境に合わせて変幻自在に変化させる「プロティアン」キャリアの考え方をレクチャー。

グループワークでは、「専門外のことで、個人事業主として年商3000万円を売り上げるビジネスモデルを設計してください」というテーマも。自分の専門としている競技以外のジャンルで、という部分がポイントの実践的なワークだ。

アスリートのキャリア形成は、スキルとチャレンジと戦略的な設計を掛け合わせることでベストなパフォーマンスが発揮される。これまでのアスリートのキャリアというと、競技を通して得られた経験を「食いつぶす」ばかりだったが、スキルをレバレッジ(てこ)することで新たなキャリアを築いていくことができる。

その後も、性格分析テストを通して改めて自分を客観視してみるなどの講義も。プログラムの前半戦は、押さえておくべきキャリアの考え方を学ぶ機会となり、後半戦のレジェンドアスリートの実体験の共有から、実際に自らの今後のキャリアを考えていくワークに入っていく。

「新しい価値を」「視野が広がる」 受講の気づき

受講生の一人、石塚晴子選手(陸上競技、株式会社ローソン所属)

キャリア論を学ぶ講義から、アイデアを議論するグループワーク、そして自己分析まで。プログラムを実際に受講してみて、どのような気づきがあったかを受講生に聞いてみた。

先出の石塚選手は、次のように話す。

「キャリアについての理論を知ることで、いままで無意識に感じていたことが、客観的に意識して理解できるようになりました。キャリアのハンドルを自分で握ることの大切さも確認できました。自己肯定感につながりましたし、新しい価値を作る意欲も増しましたね」

石塚選手は、「全12回、同じメンバーでプログラムを受講するので、お互いに関係性が築けていくのがうれしい」と、受講生同士の貴重なネットワークにも触れた。

橋本選手も、これに深くうなずく。

「違った競技の人たちと交流することで、いろんな気付きがありました。アスリートとして同じことを感じてるんだなということもありましたし、逆に、自分の常識が他の競技ではそうではないんだなと知ることもできました。普段、接点のない人と話す機会となっていて、とても参考になります。しかも、割と本音で話し合えるというのも嬉しいですね(笑)」

東京オリンピックに内定する現役選手でも、目線はその先に向く。この先のキャリアを前向きに考えられれば、競技にも一層専念しやすい。

「アスリートとして走れなくなったときの人生設計として、視野が広がるのはとてもいいことだと感じています」

「知る、理解する、行動する」ことの大切さ

本プログラムは、キャリアを自分でコントロールすることの大切さを強く訴えている。実は、これはアスリートにだけ重要な考え方ではない。変化の大きい、そして変化の速い現代社会において、多くの人に当てはまることで、これからのスタンダードになりうる概念だ。

「キャリアオーナーシップ」は、まさしく、自分のキャリアは自分のものであり、自分でハンドリングしていくという考え方。日本型雇用が崩れてきている時代において、さらには人生100年時代ともいわれるなかで、自分で自分のキャリアを作る重要性はこれまで以上に高まっている。

こうした考え方が、社会への影響力の大きいアスリートたちが身につけることで、ひいては社会全体へ波及していくことも予見される。そういった意味でも、このプログラムの意義は大きいといえるだろう。