今や、売上高の7割を海外で稼ぐグローバル企業になったアシックス。そのアシックスが展開しているスポーツビジネスが「ものづくりとデジタルの融合」です。この「ものづくりとデジタルの融合」は、多くのメーカーが行っていますが、そのほとんどが形だけのものです。
しかし、アシックスは、フィットネスアプリを展開する米ベンチャー企業を2016年3月に子会社化し、アシックスのデジタル戦略の中核拠点に据えることでビジネスを展開しています。ここでは、アシックスが展開しているスポーツビジネスについて解説していきます。
スポーツ工学研究所におけるさまざまなとりくみ
アシックスが展開している「ものづくりとデジタルを融合」したスポーツビジネスの特徴の1つとして、スポーツ工学研究所が運動力学や人間工学などの立場から、人の動きのデータ化を徹底して製品開発を行っていることがあげられます。ここでは、スポーツ工学研究所におけるさまざまな取り組みについて解説していきます。
スポーツシューズの開発
スポーツ工学研究所の研究を活用し、アシックスではヒステリシスロスという現象を最小化できる製品の開発を行いました。ヒステリシスロスとは、物質を伸ばしてから縮める際に、物質に蓄積されたエネルギーの一部が熱に変換されて失われてしまうという現象のことで、シューズを着用して走る際にも発生する減少です。
そのヒステリシスロスを最小化できるシューズを目指して、アシックスが開発したものがカーボンスプリントスパイクです。
このカーボンスプリントスパイクのアッパー(甲被)には、東レ株式会社と共同開発した新素材「HL-0メッシュ」が採用されています。このHL-0メッシュは、軽量であるとともに高い保形性とバネのような弾力性があるのが特徴として挙げられる素材で、フィット性に優れているだけでなく、着地時に足とシューズとのブレを抑えることでヒステリシスロスを最小化してくれます。
アシックスは、新たなシューズを開発するために、韓国の釜山に延床面積が約1万6,000㎡、地下1階から地上2階まである3層構造になった「R&Dセンター」を建設してました。
このR&Dセンターでは、ランニングやトライアスロン、トレーニングやサッカー、野球などに用いられるシューズの開発が行われているほか、工学的デザインや製品コンセプトの立案、素材開発などを手掛ける「デザインスタジオ」、完成品の科学的性能評価を行う「リサーチラボ」、ソールなどサンプル製作を行う「プロダクトラボ」の3つの機能がそなわっています。
アパレル素材の開発
アシックスは、研究で得たデータを活用し、アパレル素材の開発もおこなっています。アパレルの新工場として大阪府茨木市に新たにつくられた「R&Dセンター」は、延床面積が約4,400㎡、地上2階の構造の建物です。施設内には、様々な環境でのデータを取るために人工気象室や測定機器、品質管理試験機や降雨実験室、全天候型トラックが設置されました。
ここで開発されたアパレル素材は、トップアスリート向けのスポーツウエアや各種競技向けのチームウエアだけでなく、学校体育向けのウエアなどに使われています。
デジタル戦略を担う「ASICS Digital」
それでは、デジタル戦略を担う「ASICS Digital」には、デジタルスポーツビジネスにおいてどのような展望があるのでしょうか。
アシックスのデジタルスポーツビジネスの展開
スマホが普及し、デジタル製品を身近に持っていることが当たり前の時代を迎えました。それに伴ってアシックスが力を入れているのが、デジタル技術を駆使した最先端のサービスの提供です。
アシックスはまず、2016年3月にフィットネスキーパー社を連結子会社化しました。そして、ボストンに革新的なデジタル技術の開発を行う拠点を設置しています。そのボストンに設置された米国子会社がアシックスのデジタル戦略を一手に担う「ASICS Digital」です。
ASICS Digitalとは
ASICS Digitaはフィットネスアプリ「RunKeeper(ランキーパー)」を展開していたベンチャー企業「FitnessKeeper」を前身とするアシックスの子会社です。
アシックスの子会社となったときには、社員数40人にも満たない小さな会社でしたが、今では社員数が100人を超える規模となっています。
しかし、今でも「FitnessKeeper」時代の自由闊達なベンチャーの雰囲気が残るオフィスであり、キッチンスペースやテーブルゲームが置かれたフリースペースもあります。さらに、自宅勤務や愛犬連れの勤務が可能であったり、立ちながらでも仕事ができるように高さが簡単に調整できる机が備えられています。
こうした自由闊達な雰囲気は、優秀なエンジニアを獲得するために必要な要素として大切にされてきました。
ASICS Digitaが担っているのは
ASICS Digitalは、「MOBILE FOOT ID」というアプリの開発の一翼を担ったほか、ランニングフォームをAI(人工知能)を使って簡単に分析するアプリ「ASICS RUNNING ANALYZER」のサーバーを安定して稼働させるための管理なども担っています。
さらに、アシックスグループのEコマースやCRM(顧客関係管理)、デジタルマーケティングといったデジタル戦略の中長期戦略を実践する中核部隊となっています。
アシックス×デジタル
アシックスではデジタルでのスポーツビジネスを展開するために、最新のデジタル技術によるサービスを提供しています。ここでは、そのサービスの一部を紹介します。
MOBILE FOOT ID
ASICS Digitalが開発の一翼を担った「MOBILE FOOT ID」は、現在日本とアメリカでサービスを提供しているAndroid用スマホアプリです。
このアプリは、自身の足をスマホで撮影することによって足のサイズを計測し、自分の足に適したシューズを選んでくれるという便利な機能が備わっています。計測方法も簡単で、A4サイズの用紙に折り目をつけて足を乗せ、上と側面の2方向から撮影するだけ。撮影した画像からアプリが自動で足長と足幅の寸法を計測してくれます。
さらに、性別や使用目的などの質問に答えれば、アシックスオンラインストアから、おすすめのアシックスのシューズを紹介してくれます。
ASICS RUNNING ANALYZER
「ASICS RUNNING ANALYZER」は、タブレット端末でランニング中の動画を撮影するだけで、ランニングフォームの分析ができるというアプリです。
このアプリには、アシックススポーツ工学研究所が開発した独自のアルゴリズムが使われており、撮影動画から「ストライド」、「ピッチ」、「上下動」、「体幹の前傾」、「腕の振り幅」、「脚の振り幅」、「足首の角度」という計7つの項目の数値を割り出して評価してくれます。さらに、評価するだけでなく、分析結果からフォームを改善のために必要な推奨トレーニングを提案してくれます。
ASICS HEALTH CARE CHECK
「ASICS HEALTH CARE CHECK」は、アシックスが健康度を高めることを目指す企業向けに開発した健康増進プログラムです。
アシックスが保有するデータと歩行能力などの測定を通じて取得したデータを用いて、現在の健康度を評価するとともに将来の健康寿命を予測してくれます。さらに、健康増進に向けた運動や食事などのプランの提示なども行ってくれます。
現在、健康経営に注力している複数の企業と連携して実証実験を行っており、年内には、その実証実験で得たデータから事業化できるかが判断されます。その結果次第では、2020年から「ASICS HEALTH CARE CHECK」によるビジネスを本格的に開始したいと考えているようです。
一切の妥協なくとことんやりきる環境
アシックスが展開する「ものづくりとデジタルを融合」したスポーツビジネスは、最新のデジタル技術だけでなく、アシックスの一切の妥協なくとことんやりきる環境が生み出しているといえます。
社員のデータから転倒や疼痛リスクを計算
現在、実証実験が行われている「ASICS HEALTH CARE CHECK」の大きな特徴の1つが、非健康状態になるまでの期間や転倒・疼痛(とうつう)リスクを、歩行年齢や体力年齢、脳活年齢を基に独自のアルゴリズムで予測してくれることです。
その転倒や疼痛リスクに関しては、アシックス社員のデータを元に計算しています。より正確なデータを得るために、1年に何回転倒したか、身体のどこが痛いかというデータを社員から取得し計算しているということです。
積極的な採用
アシックスがボストンに革新的なデジタル技術の開発を行う拠点を設置したのは、子会社化した「FitnessKeeper」がボストンにあったという経緯からです。また、ボストンにはマサチューセッツ工科大学(MIT)やハーバード大学など世界トップクラスの大学が集積していることも関係しています。
さらに、世界最古のマラソン大会であるボストンマラソンが開催された地であるなど、ランニング熱が高い土地柄であることから、スポーツに興味を持つ優秀なエンジニアの獲得が期待できることもボストンにデジタル技術の開発拠点を設置した理由です。
日本でも、優秀な人材を獲得するために中途採用を積極的におこなっています。社歴にこだわらず、能力のある人間がふさわしいポジションに就けばよいという考えが、新たなデジタル技術を次々と開発する原動力になっているようです。
まとめ
今や、スポーツビジネスにデジタル技術は不可欠な存在となっており、多くのスポーツ関連の企業が最新のデジタル技術を組み入れたスポーツビジネスを展開しています。
多くの企業のスポーツビジネスがかたちだけという側面があるのに対し、アシックスが展開しているスポーツビジネスはかたちだけのスポーツビジネスではなく、これまで培ってきた「ものづくり」と、アシックスの環境が生み出す最新のデジタル技術が融合したスポーツビジネスといえます。
参考記事一覧
アシックスが目指すフィットネスアプリの未来形(SPORT INNOVATORS)
健康寿命を予測 アシックス、運動データ武器に健康増進プログラム(SPORT INNOVATORS)
関西でスポーツビジネス創出へ アシックス会長らが講演(神戸新聞NEXT)