【ABeam Sportsコラム#2】スポーツ界でますます求められる、ガバナンス整備による組織力強化

アビームコンサルティングによる連載コラムで、前回、スポーツ界が取り組むべき課題の一つに挙げられた「先進的な取り組みにスピード感を持って取り組むためのガバナンス」。今回は、ガバナンス整備の目的や重要な視点について、支援実例を交えて紹介する。【第2回】(文=アビームコンサルティング シニアマネージャー 宮原 直之)

ガバナンス整備の目的とは

そもそもガバナンスとは何だろうか。ガバナンス(Governance)とは直訳すれば「支配」「統治」「管理」である。企業一般ではコーポレートガバナンスとも呼ばれ、健全な経営を目指す企業自身による管理体制のことを指す。 

近年、大企業による不祥事が相次ぎ、一部の経営層の利益のみを追求する経営等を避けるべく、ガバナンスの重要性が広く認知されている。また、金融庁と東京証券取引所が「コーポレートガバナンス・コード」を公表し、上場企業にとっては必要不可欠な取り組みとなっている。

スポーツ界でも助成金の不正受給問題など不祥事が度々起こり、スポーツ庁はこうした不祥事の発生を防ぎ、スポーツの価値を高めていくために、2019年に「スポーツ団体ガバナンスコード」を策定・発表した。

ガバナンスコードは中央競技団体と一般スポーツ団体それぞれに向けて策定されている。

ガバナンスの確保と聞くと、法令や規則を遵守し、スポーツの価値を損なわないための体制や仕組みの整備、すなわちコンプライアンスの確保と考えがちだが、それだけではない。

ガバナンスコードに、「単に不祥事事案の未然防止にとどまらず、先述のスポーツの価値が最大限発揮されるよう、その重要な担い手であるスポーツ団体における適正なガバナンスの確保を図ることを目的としている。」と記載されてあるとおり、その目的はスポーツの価値を高めることにある。

DtoCビジネス業に求められること

それでは、ガバナンスの整備や確保がなぜスポーツの価値を高めることに繋がるのだろうか。

スポーツ団体は、顧客(ファン)と対面し、自らの商品・サービスの魅力を訴え、提供している。そして何らかの形で対価を得ているのであれば、スポーツ団体はDtoC(Direct to Consumer)ビジネス業だといえる。

人々の消費スタイルはここ数十年で大きく変化し、商品やサービスの提供側が一方通行的にモノやコトを提供するだけの時代ではなくなり、一般の消費者ビジネスでは常に消費者の変化を捉えた商品・サービスの開発に取り組んでいる。しかし、多くのスポーツ団体は依然として「世界に勝つために競技力を高める」といった競技力向上の観点を中心に事業を展開していることが多い。もちろんスポーツの発展には重要な事業ではあるが、それだけでは顧客(競技者やファン・観戦者)は増えない。顧客ニーズを追求した商品・サービス開発が必要となる。

DtoCについては本コラムの続編で詳述するが、スポーツ団体も世の中の動きを無視できなくなっており、自ら稼ぐために、機動力高く世間に価値を届ける、スピード感を持って先進的な挑戦をするといった課題に取り組む必要がでてきたのである。

そのために意志決定や情報伝達といった組織内の仕組みやルールを整備し効率性や生産性を向上させ、組織力を高めることがガバナンス整備の狙いであり、本質的価値である。これらを意識せずにガバナンス整備に取り組んだとしても、中身の無い骨抜きの形式的な取り組みになってしまうだろう。

しかし、「言うは易く行うは難し」である。スポーツ団体、特に競技統括団体のガバナンス整備は、その中身を骨太にしようとすればするほど簡単ではなくなる。

レガッタのように組織力を最大化

では、どうすればガバナンス整備を進め、組織力を高めることができるのか。皆様はレガッタというボート競技をご存じだろうか。

レガッタは複数の漕ぎ手が一つのボートを動かす競技で、ボートの推進力を最大化するために、個々の能力だけではなく、クルー全体の高いユニフォーミティー(Uniformity/クルーがまったく同じ動きをすること)を目指す競技である。

そのため、艇首にいる漕ぎ手は、ボートの上下動の影響を最も受けやすいポジションでありながら、漕ぎ手全体の動きを見て、時には激励したり、オールの乱れを指摘したりする。そして艇尾の舵取り役は、波や風の影響を見ながら舵を切り、ボートをゴールに向けていく。加えて舵取り役は漕ぎ手が100%の力を発揮できるよう心理面でリードする。

これをスポーツ団体に置き換えると、組織運営や競技会の運営に関わる事務局等の職員のみならず、加盟団体や関係運営団体、ボランティアスタッフなど、漕ぎ手にあたる関係者の力を最大化することが、スポーツ団体、さらには競技そのものの推進力となる。

スポーツ団体においても、組織の舵取り役が率先して音頭を取り、関係者のユニフォーミティーを積極的に高めていく必要があり、組織の連動性や個々の力を合成し、組織力を最大化させるための仕組みや機能を形作ることがガバナンス整備なのである。

スポーツ団体によるガバナンス整備の現場

ここからは、当社が支援している一般財団法人 日本フットサル連盟の事例を紹介する。

日本フットサル連盟は競技統括団体としての性格を持ち、全国大会の運営やフットサルの普及・強化・育成を担っている。職員数は少なく、収益の殆どは加盟登録料に依存しており、協賛金額も潤沢ではなく助成金によって組織運営を成り立たせている。

この団体に転機が訪れたのはスポーツ庁によるガバナンスコードの策定だった。2019年8月、スポーツ庁は中央競技団体以外の団体に対しても、ガバナンスコードに照らしたガバナンス確保やコンプライアンスの強化への協力を求めた。

また、最もインパクトが大きかったのが、独立行政法人日本スポーツ振興センターの「スポーツ振興助成」の申請において「スポーツ団体ガバナンスコード」に基づく自己説明・公表を行うことが要件として追加されたことである。

ガバナンス整備プロジェクトの立ち上げ

2020年4月、急拡大した新型コロナウイルスにより、2020年上半期はほとんどの活動が停止してしまったが、同年9月、諸々のスポーツと団体が活動を再開する中、当社はガバナンス整備プロジェクトの立上げとその支援を開始した。

最初に着手したのはガバナンス推進体制の整備である。組織内部だけに閉じないよう、広く客観的な目線を持ちながらガバナンス整備を推進するため、様々な立場のステークホルダーからメンバーを選出し、ガバナンス検討委員会を結成した。次に、ガバナンスの確保状況をヒアリングおよび証跡から確認し、それらをガバナンスコードの原則に照らして評価し、どこから整備を開始すべきかを探った。

その結果、法令に準じた組織運営は及第点と評価したが、そもそも団体運営の羅針盤ともいうべき基本方針(ビジョン・ミッション)が策定されておらず、定款の総則に示された「目的」や「事業」だけが団体の存在理由を示すに留まっていた。

こうした状況は他の多くのスポーツ団体においても同じ状況にあると推察している。いくつかの団体の定款を見てみると、記載内容にはほとんど差が無い。本来、定款で「自分たちが何者で、何のために存在しているのか、事業は何なのか」といった存在理由や価値を示すことができていなければ、組織運営を行う羅針盤にはなり得ない。

基本方針の検討

そこで、ガバナンス検討委員会では、直近の理事会に素案を持ち込むことを目標に、委員会で2時間のワークショップを5回実施し、基本方針として理念・ビジョン・ミッションの素案を策定した。

ガバナンスコードでは、「組織運営に関する目指すべき基本方針を策定し公表すべきである。」と原則で定めている。

初回のワークショップでは事業環境分析や現状調査の結果を全員で共有し、意見交換を行った。メンバー全員で取り巻く環境や団体の現在地についての理解を深め、議論の前提情報を揃えなければ、それぞれの発言意図や意味を理解することが難しくなる。少し遠回りに思えても、この段階でお互いが使っている言葉の意味を丁寧に確認しあい、立場の異なるメンバーで議論する際の素地を作ることは重要な一歩なのだ。

2回目以降のワークショップでは各人が団体の事業自体や事業を通じて顧客に何を提供しているのか、どんな想いで運営しているのか、社会で何を実現したいか、達成された時に社会はどうなっているか等の問いに対する考えや想いをぶつけ合った。

ワークショップに際しては、様々なスポーツ団体や一般企業、加盟団体の理念・ビジョン・ミッションやスポーツ団体として準ずべきスポーツ基本法等を参照するなど、検討のインプットとなる情報を示すことでゼロベースでの検討にならないよう工夫した。

こうした検討を経てまずは基本方針の骨子・考え方を整理・検討し、最後に理念・ビジョン・ミッションの素案を作成した。なお、表現に囚われて議論が進まなくなるのを避けるために文章化は最後に行っている。

さらに、基本方針の骨子・考え方から素案を作成する際は「パーパス」を意識し、組織の存在理由や価値、意義が明らかになるように努めた。また、理念・ビジョン・ミッションは今後様々なステークホルダーに共有されるため、より共感を得やすく、伝わりやすく、理解されやすいように文章化し、あわせて理念を端的に言い表すキャッチコピーとアイコンとなるキービジュアルも制作することとした。

地域・都道府県の加盟団体と丁寧にコミュニケーション

この素案は理事会で承認され、すぐに公表したい所ではあったが、統括団体である日本フットサル連盟が定めたことを地域や都道府県等の加盟団体にトップダウンで一方的に押し付けるわけにはいかない。

そこで、地域・都道府県の加盟団体にもガバナンス整備の動きを共有し、その目的や目指すところを理解いただき、意見や考えをアンケート形式で募ることにした。

また、アンケート実施と並行し、承認された素案を起点に次フェーズの中長期目標ならびに中長期基本計画の策定に着手した。中長期の普及目標については、連盟に加盟する地域・都道府県の各団体がガバナンス整備を自分ゴト化して積極的に活動してもらうためにも、トップダウンで定めた目標の達成を求める形にはしていない。先のアンケートの中で、実際の普及現場である地域・都道府県が自らの考えた中長期目標の数値を提供し、それらを集積して全体の目標として設定している。

アンケートの実施中、委員会では中長期基本計画を策定するためのプロジェクトデザインを行い、競技カテゴリ別の普及や組織課題への対応を行うプロジェクトを複数包含したプログラム計画を策定した。具体的には、シニアや大学、U-18等、普及カテゴリで先行事例を作る重点地域を定義し、地域団体の理事やメンバーにそれらプロジェクトのリーダーを担っていただいた。

一方で、コンプライアンス教育研修や情報開示・公開、アスリート委員会設立等、ガバナンスコードの各原則に対応する組織課題や事業単位に分けたプロジェクトも定義し、こちらはガバナンス検討委員会のメンバーを中心に各プロジェクトの責任者を割り当てた。

現地に足を運び、説明会も開催

並行して、普及カテゴリのプロジェクトを担当することになった地域から優先的に現地へ足を運び、資料の背景や行間にある想いや考えを伝えるための説明会を開き、改めて口頭で丁寧に説明する機会を作った。

実際に足を運んでみると、我々委員会側からの一方的な説明に終始することなく、質問や意見が次々と交わされる。競技のこの先を案ずる気持ちや停滞感を脱したい気持ちがヒシヒシと感じられた。やはり組織が一丸となって同じ方向に向かっていくためには、現場に赴き、面と向かって対話することが非常に重要であると再認している。

なお、このプログラムでは、月1回のペースで各プロジェクトリーダーが一同に会する進捗報告会をオンラインで開催しており、毎回異なる報告テーマを設けている。定期的にテーマに対する進捗報告を行う場があることで、報告会までに何らかの成果や検討を行う必要が生じ、必然的に検討事項の量と質、ならびに組織の推進スピードが圧倒的に高まった。

また、進捗報告会における各プロジェクトの報告内容やプロジェクト間で交わされる意見や情報の質も高まっている。競技統括団体としての方向性や指針を示したことと、地域・都道府県で普段から考えられている現場の実態が融合しつつある。

最終的に策定された理念、キャッチコピー、キービジュアルが次のものだ。

一般財団法人日本フットサル連盟 キャッチコピー・キービジュアル

日本フットサル連盟におけるガバナンス整備は道半ばではあるが、多くの関係者の想いや考えが詰まった計画を「絵に描いた餅」にしないためにも、引き続きガバナンス検討委員会並びに団体トップ陣による舵取り・音頭取りが求められる。

今後も引き続き地域や都道府県に足を運び、理念・ビジョン・ミッションを浸透させ、現場と二人三脚で歩みながら全国の団体関係者がひとつのスポーツの下に一体になることを目指し、組織力を高める活動を実施し続ける必要がある。

この先、日本フットサル連盟の事業価値を向上させ、社会的信頼を獲得するためにも、当社は多くのパートナーと共に、この競技の未来を創造していきたいと考えている。

ガバナンス整備のポイント

今回ご紹介した実例から、ガバナンス整備に取り組む際のポイントを以下に纏める。

  • 基本方針を策定する際の体制は団体を取り巻く様々な立場のメンバーで構成し、多様な意見が得られるようにする
  • 様々な立場のメンバーを機能させるために外部環境や団体・競技の内部環境等の前提情報を共有し言葉を合わせる
  • 基本方針策定のワークショップでは、議論の停滞や議論が空回りすることを避けるために、いきなり理念・ビジョン・ミッションの素案を作成するのではなく、骨子や考え方を先に整理する
  • トップダウンで目標を落とすのではなく、地域や都道府県の加盟団体にも意見を聴取する。できれば現地に赴き、丁寧に説明・対話を行うことで組織が一丸となって目標に向かえる体制を作る
  • アンケートや体制組成などで現場を巻き込めるポイントを用意し、現場の自分ゴト化を図る

最後に、ガバナンス整備を一緒に推進していただいた日本フットサル連盟理事からの本コラムに寄せるコメントを紹介したい。

公益法人であっても健全な経営が必須であり、そのための統治、管理のルール作りはガバナンス整備においてとても大切なことであり、本連盟の足元を再構築する好機と感じております。

但し、一番今回のガバナンス整備に向けての活動の中で大きな転換を感じたのは、理念、ビジョン、ミッション中長期策定を構築していく過程で、今までは、日本連盟幹部役員、事務局が提案していくことや、日本フットサルリーグでは、最高執行責任者、事務局が提案していくことを地域連盟、都道府県連盟、加盟チームは不満を漏らすこともあるが待ちの姿勢で事業が進んできました。しかし、ガバナンス整備を行って行くにあたり、各パートのメンバーが自分のことのように意見を述べ、日本連盟、日本フットサルリーグ、日本女子フットサルリーグの発展のために、将来ビジョンや中長期計画を真剣に考え、計画策定に積極的に参加し、改革をまとめていく組織に変わる第一歩をスタートしたと実感しています。

サッカーやフットサルと同様、先発の11人や5人では勝利を得ることが出来ず、監督、コーチ、トレーナー、分析スタッフ、運営スタッフ、サブメンバーが同じ目的意識と目標を目指すことで、大きな力を発揮することと同様に組織として、様々なパートが同じ頂点を目指し始めてきたと思います。

コメントにもあるように、ガバナンス整備は組織が同じ目的意識と目標を目指し、その組織の力を引き出すための基礎作りともいえる。本来持ち合わせている組織力を引き出し高めることで、より一層、スポーツの価値を高めることができる。

スポーツ庁のガバナンスコードによるスポーツ団体のガバナンス確保はまだ始まったばかりだ。今後、一般企業同様にガバナンス整備・確保が進むことで、日本の多くのスポーツ団体が、より自団体の価値を届けられる存在になることを期待している。

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