【ABeam Sportsコラム#8】スポーツ業界が取り組むべき、ビジネス化の加速に向けたデータ活用

本コラムの連載第1回で、スポーツ業界が取り組むべき課題の1つに「データに基づく施策検討」を挙げた。今後、スポーツビジネスがさらに発展していくためにも「データ活用」は大きな鍵を握る。今回は、データ活用の重要性や成功へ導くポイントについて紹介する。(文=アビームコンサルティング マネージャー 武貞征孝、シニアコンサルタント 平井紀一)

なぜデータ活用は重要なのか

データは「21世紀の石油である」と言われており、「AI(人工知能)」や「DX(デジタルトランスフォーメーション)」の取り組みの中で重要なドライバーを担っている。データは企業の業務を高度化、効率化、さらに新ビジネス創出にも大きな役割を果たす。現在のデジタルプラットフォーマーの競争優位性を鑑みても、今後もデータ活用の重要性が増してくるものと予想される。

データ活用が重要性を増す社会的背景には、人口減や少子高齢化による労働力減少等、人手不足への危惧と熟練技術者の高齢化による知識・ノウハウの喪失等、脱属人化によるものがある。またハードウェア・ソフトフェアを含む技術革新に伴う様々なデータが大量かつリアルタイムで取得可能になり、さらにアルゴリズムの進化によりこれまで解けなかった問題でさえ短時間・省力化して解くことが可能になる。

これらの背景によって今後データ活用が加速することの重要性が増していくことは必然であり、企業がデータを活用する取り組みは避けて通れない。

令和2年に総務省が調査した情報通信白書(※)において、企業活動で活用されているデータの種類は、顧客データ、経理データ、業務日誌データ、電子メール、アクセスログなど様々である。データは数字や記号で記載されているものが多いが、データを読み解くことでビジネスの価値を拡大させるヒントが詰まっている。

※総務省:https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd132110.html

(出典)総務省(2020)「デジタルデータの経済的価値の計測と活用の現状に関する調査研究」

データ活用のメリット

ではデータを活用することが企業にとってどのようなメリットがあるのだろうか。ここでは3点挙げる。

1. 正しい現状理解

企業の現状を把握するためには「事実」が必要である。例えば、「集客人数が減った」という事実はデータを収集することで初めて分かる。また集客人数の他に収集したデータとの関連性を探索することで、その原因を把握することが可能である。課題に対して判断・対処する前段として現状を正しく理解できていることがデータ活用の大きなメリットである。

2. 事業の拡大や新しいビジネスの創出

データから新しい発見や示唆を得ることによって、収益の最大化やこれまで実施できなかった新しいビジネスを実現できるようになる。例えば、ECサイトで購入履歴を参照して顧客が興味を持ちそうな商品を表示する「レコメンドシステム」もそのひとつである。データ活用によって既存の顧客が欲しいタイミングで欲しい商品をレコメンドでき、新しい顧客にアプローチを行うことで、収益拡大が期待できるのである。

また近年では自社で収集したデータを他社に流通する動きも加速している。例えばJR東日本では、交通系ICのSuica(スイカ)の利用データを社内で統計化し、自治体や民間企業に販売するサービスを展開している(※)。このように駅の利用状況データを活用した鉄道沿線観光施策や地域活性化向けの活用等、データを利用して新しいビジネスを展開することも可能になるのである。

※JR東日本駅カルテ:https://www.jreast.co.jp/suica/corporate/suicadata/eki-karte.html

3. 意志決定のスピード向上

データが活用されていなかった時期は、特に多くのステークホルダーが関わるビジネスでは、部分的にデータを活用しつつも過去の経験や勘を加味して検討・判断を進めるため意思決定までに時間を要していた。しかし、市場の流れが速い昨今では、「スピーディーな意思決定」を求められる。データを活用することによって、客観的な視点から事実に基づいた意思決定をスピーディーに判断することが可能になるのである。

データ活用を成功に導くポイント

次にデータ活用促進を成功に導く5つのポイントを紹介する。

1. 明確な戦略・目的設定

明確な戦略や目的がない状態でデータを収集した場合、どう活用してよいかわからず無意味なデータ収集となってしまう。「データ活用が流行っているからとりあえずデータを収集しよう」という考えを持つのではなく、まずは何を実現したいかを明確に定め、そのために必要なデータを整理した上で、データ収集・可視化・分析を実施することが大前提となる。

2. “正しい”データの収集

目的にあった正しいデータを取得することである。例えば、ある競技の競技人口を求めたいときには、まずは「競技者」の定義が重要である。なぜなら本格的な競技者、余暇として週末に楽しむ人、レジャーの一環で偶発的に楽しむ人等様々な競技との関わり方が存在すると考えられるからだ。

また「Garbage In, Garbage Out」という言葉をご存じだろうか。無意味なデータを入れても無意味な結果しか生み出さないという概念である。データ活用でも同様に品質の悪いデータを入れても期待した結果は得られない。そのため、活用するデータは精度が高いものを取得することが大事だ。

そして戦略・目的を達成するために必要なデータは何かを検討し、目的に対して、活用中も分析結果を踏まえながら正しいデータを収集できているか継続的に確認することが必要である。

3. データ活用を推進するグループ(組織)や担当者の配置

データ活用は片手間でできるものではない。推進するグループや担当者を決めて、責任をもって進めることをお勧めする。活用初期は個人がデータ活用を進めても問題は生じないが、データ活用による成果が見えてくると担当者の負荷が増してくる。いずれ担当者一人では扱えない業務量となり、疲弊していき一向に業務が終わらない負のサイクルに陥る。

このため、データを活用する場合は、推進するグループ(組織)を定め、複数の担当者でデータ活用を進めることが重要である。個人情報を含むデータを取り扱う場合は、業務推進効率に加えて法令順守の観点で厳格な管理が求められる。

データ活用を推進する上ではデータを扱う素養も必要になるが、高度なデータ分析を実施できる人材(いわゆるデータサイエンティスト)が必要とは限らない。推進する上で必要なスキルは、データサイエンス、コミュニケーション、業務理解であると考えている。

データサイエンスはプログラミングでデータ分析ができる人を必要とせず、データから課題を解決するために必要なデータ加工や可視化、そしてデータを正しく読み取り、解釈できるスキルである。コミュニケーションと業務理解に関しては、データ活用が他の部署から依頼を受けて実施することが多く、課題やデータの理解を深めるためにもデータ活用推進者が各部署の担当者とコミュニケーションを取り、部門業務を理解するスキルが必要になる。

4. マインドと周囲の理解

データ活用は、データ活用者だけでなく社員一人ひとりが理解を深め、現在の技術発展やその技術を使った各社のビジネスを学び、データ活用の重要性を理解し、社内のメンバーでデータ活用ができるようになることが重要である。また目の前のビジネスだけを考えるのではなく、未来の自社のビジネスやなりたい姿を想像して、必要なデータやデータの活用方法を考えることも重要である。

データ活用では一つのやり方が正解とは限らない。またデータは時間の経過とともに結果が陳腐化していくこともある。このためトライ&エラーで短期間にメンテナンスや見直しを図るアジャイル思考の考えが必要である。

読者の中にはデータを活用すれば、すぐに成果が出ると考える方もいるだろう。データ活用は、一定のデータ量や種類、そしてデータを処理・分析する時間を必要とするため、成果を得るまでに時間を要する。1年経って成果が出ていないから失敗ではなく、中長期的な視点で継続判断が必要になるのである。

5. 外部の有識者によるチェック

社内のメンバーでデータ活用ができるようになることが最も重要である。定期的に外部の有識者にチェックしてもらうことも1つのポイントである。外部の専門的な大学機関や企業に社内のデータ活用状況を確認してもらい、適切にアドバイスを得ることでよりよいデータ活用の在り方を見つけることができる。このためにも日頃から信頼できるパートナーとコミュニケーションを図れる関係を構築していただきたい。

CX改革に向けたデータ活用

当社ではCX(カスタマー・エクスペリエンス:顧客体験)改革による企業と顧客との関係性向上の実現に向けた戦略策定や施策立案においてデータを活用している。

スポーツ界においても競技普及・競技人口の拡大に向けた戦略や施策を検討する際の顧客理解にデータ活用が有効である。スポーツビジネスの観点では、競技普及とは競技自体を一つの「商材」として捉えた時に、普及の対象となる顧客に当該競技に人生を通して楽しんでもらえるようにすることである。そのためには顧客のライフステージ全体を把握し、開始や離脱のタイミングをとらえ、その時に何が起こっているかを把握することが戦略や施策を検討する上での有効な示唆となる。

一例として、ゴルフの競技普及に向けた戦略立案の際のデータ活用事例を紹介する。

普及に向けた戦略立案のために顧客理解を目的とした市場調査を実施した。当調査では顧客を継続者、離脱者(ゴルフを辞めた人)、未経験者の3つの分類に分け、各顧客の価値観、ゴルフを取り巻く環境、ニーズをアンケートデータから明らかにした。

・取得した主なデータ

ゴルファー共通:幼少期や社会人でのゴルフとの接点 等

継続者:ゴルフを始めたきっかけ、ゴルフラウンドデビューまでのゴルフ接点、ゴルフ実施の目的 等

離脱者:ゴルフを始めたきっかけ、離脱理由、復帰阻害要因 等

未経験者:これまでゴルフを実施しなかった理由、ゴルフのイメージや価値観

これらの調査結果から得た示唆に基づいて、顧客分類ごとにゴルフとの接点を整理した。まず、各顧客のゴルフに対するモチベーションをバロメーターとしたカスタマージャーニーを作成し、ゴルフに接するタイミングで各顧客のゴルフとの距離感の変化や、どのような問題が発生しているのか可視化した。これにより関係者全体で顧客に対する共通理解を持って注力するターゲットの優先順位付けやそれらを踏まえた施策検討を実施することができた。

このようにデータ活用することで、顧客の課題を事実に基づいて把握し、どの顧客に、どのタイミングで、どのような施策を実施することが効果的か検討することが可能になるのである。

データ活用のステップ

では、データ活用は何から始めればよいのだろうか。

下図「データ活用のステップ」で示したように、まずは企業や団体の課題を把握することから始めることである。その中でデータ活用によって解決できそうな課題やその優先順位を整理し、課題解決ができるテーマを設定する。

次に課題が発生する原因の仮説を立て、仮説を立証するために必要なデータを整理する。整理したデータを収集した際に、全てのデータが集まるとは限らないが、まずは集まったデータで可視化・分析を実施する。一方集まらなかったデータは社内にあるが活用できる状況になかった場合や、社内に存在しなかった場合もある。集まらなかったデータに関しては、今後課題を解くために必要なデータとなり、また各社の重要な資産となるので、どのようにして収集できるかを継続して検討しておくことがよいだろう。

データの可視化や分析した結果から示唆や施策立案を行い、課題の解決に取り組み、施策を実施したあとは必ず効果検証を行う。そして課題が解決できなかった場合は原因を解明し、今後のデータ活用に活かすことが重要である。

最後に、データ活用は「できることから始める」が第一歩である。その際に、目的は必ず設定していただきたい。なぜなら大きな実現目標を掲げることは重要ではあるが、進める中で小さな成功を生むことを優先し、その小さな成功の積み重ねがいずれ大きな目標の達成につながるからである。データ活用は成果を生むまでに時間と労力がかかる取り組みではあるが、中長期的な目線でぜひ取り組んでほしい。

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