シティ・フットボール・グループの日本法人代表を長く務めた利重孝夫氏が、オランダ2部リーグのMVVマーストリヒトの共同オーナーに名乗りをあげたのが今年4月。今月都内で開催されたスポーツビジネスカンファレンス「HALF TIMEカンファレンス2025 supported by アビームコンサルティング」で、欧州サッカービジネスの潮流やマーストリヒトでの挑戦について語った。
選手だけでなく、ビジネスサイドでも日本人の活躍を
利重氏はサッカービジネス界では非常に知られた人物だ。過去には、マンチェスター・シティや横浜F・マリノスなど世界中でサッカークラブの経営に関わるシティ・フットボール・グループ(CFG)の日本法人代表として、クラブマネジメントの実務を経験してきた。
CFGを離れた後、出島フットボール(オランダ法人)を2024年10月に設立。そして25年4月にMVVマーストリヒトへの出資を発表した。「欧州におけるサッカークラブの実経営に、日本人が主体的に関わる仕組みをつくる」ことを目指している。
「日本人選手のレベルは年々質量ともに上がり、ビッグクラブにも名を連ねる時代になっています。その一方、ビジネスや経営サイドで欧州で活躍している日本人はまだほんの一握り。そこにフォーカスを当ててチャレンジすることに意義を感じました」(利重氏)

オランダリーグを選んだ理由
利重氏が出資対象に選んだのは、オランダ2部リーグに所属するMVVマーストリヒト。オランダ最南部の街に拠点を置き、1902年に創設された伝統あるクラブだ。かつては1部リーグでの実績もあり、地元住民からも愛されている。
そこには明確な制度的・地政学的狙いがあった。
「オランダはプロクラブライセンスを有する限り、3部に降格することがありません。この北米型とも言えるクローズドなリーグ制度は、長期投資や仕組み作りを標榜する我々にとって大きなメリット。リスクをコントロールしながら、長期的に育成・経営のトライ・アンド・エラーを繰り返すことができる環境です」(利重氏)
マーストリヒトという街そのものにも意味がある。ドイツ、ベルギーに近接した国境の街であり、英語が通じ、外国人が生活しやすい環境が整っている。多国籍な文化を背景に、マーストリヒト大学という著名な大学もあり、留学生も多い。
「ドイツ、イギリス、フランスなどヨーロッパの大国に囲まれた場所に位置するオランダは、何もチャレンジしなければ置いてきぼりにされるという危機感をDNAとして持っている気がします。だからこそ、フットボールの世界でも制度設計やクラブと協会の連携、差別化戦略といった取り組みが徹底されている。その内側に日本人が身を置き、実際に体験し、知見を得ることも、出島フットボールの大きな目的の一つです」(利重氏)
巨大資本ではなく、実行可能なモデルを
現在、CFGやレッドブルなどに代表されるMCO(マルチ・クラブ・オーナーシップ)がサッカー界で存在感を見せているが、利重氏は「自分たちの取り組みは、そうした巨大資本とは性質が異なる」と区別する。
「我々の取り組みは当初個人レベルで出資し、同志を増やしながら積み上げていくモデル。日本のクラブやスポーツに力を入れている学校などと連携しながら、マーストリヒトやオランダ以外でも同様の環境を築いていきたい」(利重氏)
日本側は選手を送り出すだけではなく、指導者などの現場や経営サイドでも影響力を徐々に伸ばしていく。フットボールのエコシステム全体で存在感を高めることで、日本とヨーロッパとが対峙する関係ではなく、つながった世界になるようにだ。
「現在進行形で得ているノウハウや知見、ネットワークを共有することで、より多くの日本の仲間が欧州サッカー界で勝負できる構造を作れると思っています。数年後には、上手くいっているクラブには必ずどこかで日本人が関わっているよね、と思われる世界を目指したいですね」(利重氏)
これは言わずもがな、選手だけではなく、クラブのビジネスサイドにも日本人が関わっていく構造を指している。クラブの中核に日本人が関与していることがクラブの価値になり、またその経験・知見が日本サッカー界にも還元されるということだ。
「マーストリヒトへの進出はあくまでその第一歩。これで終わりにするつもりはなく、今後も次々とチャンスメイクができればと思っています」と、利重氏。その視線は、さらに先を見据えているのだった――。
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