北海道日本ハムファイターズとファナティクスは、この9月、長期的戦略リテールパートナーシップの契約を発表した。来年から12年間に及ぶ長期・大型契約であり、2023年に開業予定の新たなスタジアム「ES CON FIELD HOKKAIDO」では初期段階から公式フラッグシップストアなどのプロジェクトを進めていく。新たなスタジアムのあり方が問われる中、マーチャンダイジング(グッズ販売)はどのような役割を果たすのか?北海道日本ハムファイターズ取締役の前沢賢氏と、ファナティクス・ジャパン マネジングディレクターの川名正憲氏に聞いた。
前回:プロ野球、Jリーグ、Bリーグのビジネスを革新する、ファナティクスの「ファン至上主義」のマーチャンダイジングとは
ファイターズがファナティクスと組む理由
北海道日本ハムファイターズは、新球場となる「ボールパーク構想」を2015年からスタート。2018年に正式決定し、今年4月に着工した。「世界がまだ見ぬ」と銘打たれた、日本では革新的なボールパーク構想を進める中、先行するアメリカで視察を繰り返していた前沢氏にとって、マーチャンダイジングのグローバル大手であるファナティクスは、協働を願っていたパートナーの1つだったという。
「構想を描いていた時から様々なアリーナやボールパークを訪れる中で、ファナティクスの特徴的なリテールショップをずっと羨望の眼差しで見ていました」(前沢氏)
2016年末、ファナティクスの川名氏が北海道を訪れた際には、すでにファイターズ側でマーチャンダイジングを刷新していく構想が動き出していた。とはいえ球団では、北海道での誕生から歴史を重ね、地域に根づき、ビジネスも成長している。それでもファイターズがファナティクスと契約したのはなぜなのか?
「なかなかブレイクスルーしきれないジレンマを持っていました。そのためにはファナティクスのような会社と組むことは、当社にとっても、スポーツ界にとっても、北海道にとっても有益だと思ったんです」(前沢氏)
プロ野球の興行ビジネス(チケッティング)だけでなく、様々な事業を展開するファイターズ。その中でもマーチャンダイジングの難しさは、年月を重ねる中で体感してきたものだった。
「『餅は餅屋』で、我々としては(ファイターズは)集客産業装置として、もう少し経営資源を集中すべきだと思っていました。(マーチャンダイジングで)必要な能力は異なりますから、プロフェッショナルに参画してもらうことは私たちにとって大きな違いになると考えました」(前沢氏)
12年という長期契約の意味
今回、ファナティクスとの契約が特徴的なのは、12年という長期的なパートナーシップであることだ。契約を結ぶにあたっては様々な選択肢があったが、腰を据えて共に同じ方向へ進んでいくためには、短期契約を都度更新していくという発想にはならなかったと前沢氏はいう。
「一般的には長いと言われるかもしれませんが、一つの事業をお互いで成長させていく、シナジーを生み出していくという意味では、これくらいの年数がないとなかなか難しいと思います」(前沢氏)
今後このパートナーシップを成功へと導いていくために必要なこととは何か?同氏が指摘したのは、二社の関係性だ。
「一番重要だと思うのは、お互い遠慮なく何でも言えることです。本当に成功させるためには人材の交流、定期的なコミュニケーションが必要。ファナティクスの事業は、北海道日本ハムファイターズのマーチャンダイジング事業と『同じ』という位置づけでやっていかなくてはいけないと思っていますので、コミュニケーションはキーポイントだと思います」(前沢氏)
川名氏もこれに同調して次のように話す。
「このパートナーシップ我々だけでは成功しません。球団の企画メンバーと、どういうタイミングでどんな商品を企画するかなど、密なコミュニケーションで然るべきプロセスを経るので、『パートナー』でないと上手くいきません。一ライセンシーとして商品を作るだけでは実現できないことをやっていきたい」(川名)
ファイターズのグッズ販売はどう変わるのか
ところで、これまでのファイターズのグッズ展開はどうだったのか?その傾向と、今回の契約で何がもたらされるのかは注目のポイントだ。
前沢氏によると、ファイターズは他球団と比較して、球場での売上比率が圧倒的に低く、その分オンラインストアの売上比率が高いという特徴がある。
同氏はファナティクスとの今後の取り組みについて、「球場のショップもまだまだ掘り起こせると思いますし、もちろんファナティクスにはECの強みがあります。両面において、底上げできるでしょう」と話す。
川名氏も、ファイターズのECの売上は「12球団でもトップクラス」だと指摘する。
「オンラインでファイターズが行ってきた取り組みをしっかり引き継いで、更に伸ばすことをやっていきたいと思っています。今までは北海道をベースにして全国の顧客を見られていましたが、我々が関東圏からモノを作って発送することで、さらに今までつながっていなかった顧客に届けられると思っています」(川名氏)
グッズ展開の中でも、ファナティクスが強みとするアパレルもファイターズが強化したい点だ。商品のラインナップやバリエーションを広げながら、在庫・商品数管理を行い、スピーディーな配送を行うことで、サービスの質全体を上げることを目指す。
新たなボールパークが、北海道のシンボルとなるために
ファイターズの新球場は野球専用施設だが、敷地全体は「HOKKAIDO BALLPARK F Village」と呼ばれる大きな公園になる予定だ。球場の周辺には、家族向けのグランピングや子供たちが楽しめる遊び場、そして日本の野球文化を知らない海外からの旅行者までもが訪れたくなるような空間を描く。そのため、球場内外で販売されるグッズもこれまでとは様変わりするだろう。
「単なる野球場にあるグッズではなく、もう少し広範囲のラインナップで商品を販売できると思っていますし、していかなくてはいけないと思います。そういった意味では、新しい取り組みですね」(前沢氏)
極端に言えば、ファイターズという文字やロゴがどこにも含まれていない商品も出てくるかもしれない。
「ファイターズ色が強くない商品も、やりようがあると思っています。例えば、ファイターズとは何も書いていないのですが、北海道とボールのマークがあればファイターズでしょと思ってもらえるようなアパレルです。これって難しいんですが、ファナティクスとなら実現できると思っています」(前沢氏)
スポーツグッズを展開していく上では野球ファンだけを見がちだが、新球場が野球ファン以外も取り込もうとするのであれば、新たな層にも刺さる商品展開が必要だ。スポーツ・マーチャンダイジングとは、単に球場でファンが着るものだけでなく、日常的に着こなせる、身に付けられるライフスタイル・グッズになろうとしている。
「観戦が主目的でなくても良いと思います。そう割り切って、来てもらうハードルを低くする努力が、プロ野球の球団として必要です」(前沢氏)
マーチャンダイジングで、野球ファン以外も惹きつける
ファナティクスも野球ファンだけでなく、地元である「北海道の人々」に欲しいと思ってもらえるマーチャンダイジングに取り組んでいきたいと川名氏は述べる。
「主語はファン。野球ファンでなかったとしても、北海道のこの新球場を訪れる方に欲しいと思ってもらえるものを意識して作ります。あらゆる手段で、商品のオプションを増やしていきたいですね」(川名氏)
幅広い年齢層が支えるファイターズという球団では、ファン全員が同じグッズを求めるとは限らない。定番商品を残しつつもセグメント分けをし、多様化するファンに喜んでもらえるユニークな商品を増やしていくことが欠かせない。
ファイターズが最終的に目指すのは、ボールパークが新たな北海道のシンボルとなることだ。地域の人たちや北海道に関係する人々に「育ててあげよう」と思われるような施設づくりを描いている。
これからは野球ファンに対してはもちろん、その周りにいる人たちにリーチし、接点を作っていくことが求められる。ファイターズにとってファナティクスとパートナーシップを組むことは、その実現のために必然だったとも言える。
「野球のファンでなくても、この施設にファンがつくというのは十分にあると思います。いろんな思い出の詰まった、メモリアルな場所にしていきたいですね」(前沢氏)
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ファイターズとの長期・大型契約に代表されるように、これまでのマーチャンダイジングのあり方を刷新していくファナティクス。最終回となる次稿では、ファナティクスが今後描くビジョン、そしてそれを支える戦略と組織について伺う。