【Jリーグのアジア戦略】新型コロナウイルスのダメージを、いかに乗り越えるか(小山恵×岡部恭英)

「Jリーグ、4か月ぶりに再開」日本中を駆け巡った一報は、多くの人々に未来への明るい希望を抱かせる福音となった。それを実現させたのが関係者のひたむきな努力と、結集された叡智であることは指摘するまでもない。コロナ禍が浮き彫りにした課題、そして日本サッカーをさらに飛躍させるために必要な発想とは? Jリーグ グローバルカンパニー部門で海外戦略を練り続ける小山恵氏と、日本サッカー界きっての国際派、TEAMマーケティングの岡部恭英氏が、ポストコロナ時代を見据えた日本サッカーの可能性と、生き残り戦略を語り合った。(聞き手は田邊雅之)

新型コロナウイルスの直撃を受けたJリーグ

画像=hareluya / Shutterstock.com

――新型コロナウイルスは、サッカー界全体に大きなダメージを与えました。先日、 Jリーグの再開予定がついに発表されましたが、現時点での状況、そして再開後に向けたシナリオからお聞かせください。

小山恵氏(以下、小山):皆さんもご存知の通り、新型コロナウイルスは各国リーグに大きな影響を及ぼしました。例えばブンデスリーガなどの欧州各国リーグはシーズンの大詰めで延期もしくは中止をせざるを得なくなったし、Jリーグは逆に1試合消化したのみで中断を余儀なくされました。私たちも安全を確保しながら一刻も早く再開し、今年のうちに全試合を開催できるように努力していますが、先行きが不透明な状況が続いています。

問題なのは、試合が再開された後のシナリオです。新型コロナウイルスが収束に向かっていったとしても、世界的な景気の低迷は間違いなく中長期化してくると思います。これは日本も例外ではありません。当然、コストカットなども必須になってきますが、それだけではサッカー界全体が縮小していくだけになりますので、いかに新たに収益を上げていくかが重要になってくると思います。

――その意味でも、小山さんのグローバルカンパニー部門は大きな使命を担われています。

小山:私が担当している海外事業の売り上げは、国内と比べればまだまだ小さいのですが、逆に言うと伸びしろの部分が大きい。国内の事業を見るとDAZNとの10年間に亘る放映権契約などを始め、既に確立されている部分が多いですが、海外は手つかずで、まだまだ伸ばせる部分がある。ピンチはチャンスというように、今回の新型コロナウイルス騒動は、海外でも売り上げを伸ばしていくための良いきっかけにできればと思っています。

――岡部さんはヨーロッパを拠点に活動されていますが、アジアサッカー界の現状については、どのような印象をお持ちですか?

岡部恭英氏(以下、岡部):今、世界で最も利益を上げているクラブはバルセロナで、1,000億円以上の年商があるんですね。それ以外のクラブに関しては、年商200億〜300億円くらいあるとランキングのトップ20に入ってくる。

これに対してJ1のクラブの場合は、年商が平均50億。普通のビジネスで言えば中小企業の水準ですし、J2やJ3に所属しているクラブになると零細企業のレベルに近くなってくる。

しかもこれらのクラブは、新型コロナウイルスでさらに苦境に立たされている。新型コロナウイルスで最もダメージを受けているのは、やはり「体力(資金力)」がない産業であり企業です。体力のない産業としては、日銭を稼いでいかなければならない飲食業などが例に挙げられていますが、サッカーやスポーツ界もこれに近いものがある。

――様々な収益を生み出してきた試合そのものが、一切開催できなくなりましたからね。

岡部:先日、資料を確認しましたが、Jリーグの各クラブではスポンサーシップが約50%、チケット収入が約20%、リーグ側からの配分金とライセンス収入がそれぞれ約10%、そしてその他の収入が約10%という収益構造になっている。

試合が開催できなくなれば、スポンサーシップにも当然影響が出ますし、さらにはチケット収入も奪われる。内部留保や資金的な余裕があるところは別ですが、零細企業に近いような経営を行っているサッカークラブにとっては大打撃です。

もちろんこれはJリーグだけの問題だけではありません。ヨーロッパのビッグクラブなどは1試合で数億円のチケット収入を稼ぐクラブもある。これを元手に年間の予算を組んでいました。ところが現在は、この収入が新型コロナウイルスによってすべて絶たれてしまっている。問題の深刻さは世界共通だと思いますが、経営規模の小さなJリーグのクラブは、なおさら苦境に立たされていますね。

――ヨーロッパの各国リーグが秋春制を採用しているのに対して、Jリーグは春秋制で行われています。シーズンの違いも、Jリーグにとって逆風になったのでしょうか。

岡部:これはリーグの売掛金の設定や契約形態にもよると思いますが、ヨーロッパサッカーの場合は、チャンピオンズリーグの16強対決が終わったところでリーグが中断される形になりました。つまりシーズン終盤にすでに差し掛かっていたので、スポンサーシップなどに関しては大部分の支払いが済んでいるものが多かった。

一方、Jリーグの場合は、シーズンの冒頭にいきなり試合が中断してしまいました。仮にシーズンの開始時点で100%が支払われる契約ではなく、スケジュールの消化に応じて支払われるような契約に担っている場合には、試合を開催できないことによる収入のロスというのは、今後大きく響いてくると思います。

小山:ご指摘の通りです。ステークホルダーごとに契約内容や条件は変わってくると思うのですが、1節しか消化しない状態で日程が中断してしまったので、試合が再開できなければ、資金を回収できないリスクが高まるのが一般的だと思います。私たちが選手やお客さんの安全性を最大限に確保しながらも、まずはお客さんを入れた形で試合を開催することを目指してきた背景には、そういう事情もあるかと思います 。

苦境の中で見えてきた、新たな可能性

2019年には初の試みとしてテクノロジーを活用してスタジアム以外で新たな観戦体験を提供する「Jリーグデジタルスタジアム」を開催した。©︎Jリーグ

――ただし「ステイホーム(自宅待機)」が求められた結果、サッカー界ではファンがオンラインでコンテンツにアクセスするようなケースが一気に増えました。苦境に立たされているのは事実でも、従来とは異なる形でファンエンゲージメントを高めていくための可能性が、新たに萌芽したとも言えるのではないでしょうか。

小山:多くの方がリモートで繋がるような流れは明らかに表面化したと思います。自粛中はソーシャルメディアなどに接する時間も圧倒的に増えましたし、様々なクラブや選手は、試合を介さずにファンと繋がり続けるための活動を、試行錯誤しながら行うようになりました。結果、ファンとの新たな接点やエンゲージメントの方法が生まれてきています。

新たな手法は試合が再開された後もさらに進行していくと思いますし、5G時代に入れば、選手個人がYouTube等のソーシャルメディアで情報・動画を発信したりするようなケースがもっと定着していくでしょうね。 これらの試みによってファンエンゲージメントが高まっていけば、マネタイズの機会も増えていくことになります。従来のJリーグでは、試合に広告看板を打って露出を図っていくというオーソドックスな方法が主流でしたたが、今後はデジタルコンテンツを通じても価値を作り出し、クラブがマネタイズを行っていく段階に入っていくと思います。

――ヨーロッパのサッカー界では、デジタルを介したコンテンツの提供やファンエンゲージメントの提供も、世界の他の地域より進んでいるのでしょうか?

岡部:いや、ヨーロッパはそういう意味では、案外遅れているんです。サッカーそのもののレベルは高いんですが、「DX(デジタル・トランスフォーメーション)」の分野では、明らかにアメリカのスポーツが世界で最も進んでいる。下手すると韓国やシンガポールなど、ブロードバンドが普及しているアジア諸国のリーグの方が、ヨーロッパのサッカー界よりもDXで先を行っている可能性さえあります。

Jリーグは後者のグループに近いわけですが、新型コロナウイルスはプラスの側面と共に、今後の課題も浮き彫りにしている。まずプラスの要素として挙げられるのは、これまでデジタル技術を使っていなかった選手やクラブなどが、積極的に活用し始めたことですね。最近は私たちよりも上の世代の人たちでさえ、デジタル技術を使い始めるようになりましたから。

ただし一方では、日本全体がDX化の分野でかなり遅れていたことも明らかになった。私は大学卒業後、東南アジア諸国を経てアメリカやイギリスで仕事をし、現在はスイスに拠点を構えていますが、日本はやはりデジタル化が想像以上に遅れている。結果、OECD諸国の中でも、経済活動の生産性が低迷し続けている。

その理由の一つは、良くも悪くも日本の人たちがきちんと事務処理をできてしまうことなんです。例えば、現在は様々な契約手続きなどをすべてクラウドで対応できるのに、日本を代表するような大企業でも、いまだにハンコを押すような昭和的なやり方をしているところが少なくない。私は海外生活が長いのでハンコなど持っていませんが、日本の会社からハンコを使ってくれと頼まれて、わざわざ実家に書類を送ってもらい、判を押してもらったりすることさえあります(苦笑)。

このような傾向はサッカー界やスポーツ界に限った話ではありませんが、新型コロナウイルスに見舞われたことによって、どの企業も否が応でもオンラインで対応せざるを得なくなった。これは明らかに良い傾向だと思います。

――日本もついに「ガラパゴス状態」から抜け出し始めたと。

岡部:ええ。ただしDXが本格化し始めたと言っても、すべての問題が解決されるわけではありません。先ほども少し触れましたが、新型コロナウイルスのダメージをしのいでいくには、手元にキャッシュがあることが非常に重要になる。「キャッシュ・イズ・キング(現金に勝るものなし)」という言葉があるように、組織を運営し続けていくためには、やはり日銭を稼いでいかなければならないんです。

そこで期待されているのがデジタル技術を駆使した新たなサービスですが、「D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)」などの配信ビジネスは、「クイック・キャッシュ(すばやい資金の確保)」になかなか繋がらない。もちろん配信ビジネスでもある程度のキャッシュは入ってきますし、バルセロナやレアル・マドリーのようなサッカークラブやグローバルに事業を展開しているアメリカのメジャーなスポーツクラブなどは相応の売り上げを確保しているでしょう。

しかしD2Cの収益額は、いわゆる「BtoB」のスポーツ業界の主な収入源となってきたスポンサーシップや放映権料には遠く及ばない。ましてやチケット収入も絶たれているので、新型コロナウイルスによって発生した、キャッシュ不足はすぐに解決できないんです。

だからこそJリーグでも、村井チェアマンが金融機関の支援を受けて、200億円の融資枠を設定するような救済策を講じている。資金繰りに苦しんでいるクラブを守るためのセーフティーネットを張るという意味で、これは非常に適切な判断だったと思いますね。

国内外のスポーツ界全体に及んだ深刻なダメージ、日本社会そのものが抱えてきた構造的な問題、そしてデジタル化を契機とした新たなファンエンゲージメントやマネタイズの流れ。新型コロナウイルスは、様々な課題と可能性を浮き彫りにしている。次回はポストコロナウイルス時代に向けて、Jリーグ躍進のカギを握るアジア戦略について伺う。

◇小山 恵(こやま・けい)
Jリーグ グローバルカンパニー部門。商社にて東アジア・東南アジアのマーケットを中心にセールス、マーケティング活動に従事。2012年に株式会社Jリーグメディアプロモーション入社、Jリーグのアジア戦略室立ち上げメンバーとして参画。現在、Jリーグの国際展開・アジア戦略を手掛ける。

◇岡部 恭英(おかべ・やすひで)
TEAMマーケティング ヘッド・オブ・アジアパシフィックセールス。欧州サッカー連盟(UEFA)専属のマーケティング代理店TEAMマーケティングのアジア・パシフィック地域のセールス統括責任者として、テレビ放映権・スポンサーシップの営業を担当。サッカー世界最高峰の大会UEFAチャンピオンズリーグに関わる初のアジア人。スイス在住。Jリーグアドバイザーも務める。英国ケンブリッジ大学MBA取得。慶応義塾大学ソッカー部出身。


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