【Jリーグのアジア戦略】アジアの中のJリーグ、Jリーグにとってのアジア市場(小山恵×岡部恭英)

「Jリーグ、4か月ぶりに再開」日本中を駆け巡った一報は、多くの人々に未来への明るい希望を抱かせる福音となった。それを実現させたのが関係者のひたむきな努力と、結集された叡智であることは指摘するまでもない。コロナ禍が浮き彫りにした課題、そして日本サッカーをさらに飛躍させるために必要な発想とは? Jリーグ グローバルカンパニー部門で海外戦略を練り続ける小山恵氏と、日本サッカー界きっての国際派、TEAM マーケティングの岡部恭英氏が、ポストコロナ時代を見据えた日本サッカーの可能性と、生き残り戦略を語り合った。(聞き手は田邊雅之)

高い評価を受けている日本サッカー

三浦知良選手のような象徴的なプレーヤーも擁するJリーグ。今後の成長市場は「アジア」だ。©︎Jリーグ

――新型コロナウイルスが深刻なダメージを及ぼす中、アジア市場の開拓はますます重要な役割を担うようになってきました。そもそもJリーグは、アジアの市場の現状と戦略をどのように規定されていますか?

小山恵氏(以下、小山):アジア市場においてJリーグのビジネスを発展させていくことはもちろん重要なのですが、私自身はアジアサッカーのプレゼンスそのものが、世界のサッカー界の中でまだまだ小さいと感じています。現在のサッカー界はヨーロッパの一極集中になっていますし、やはりそこを変えていかないとJリーグを大きく成長させたり、発展させていったりするのは難しいと思います。事実、Jリーグではアジアサッカーの全体のレベルアップやアジア市場そのものの拡大を、アジア戦略の最重要課題の一つに据えてきました。

とは言えアジアの枠内に目を向ければ、Jリーグは競技面でもビジネス面においても最も大きな成功を収めている。これは間違いありません。アジアの人たちすべてがJリーグの試合を見るような状況にはなっていないにせよ、実際に現地に行くと、日本人が想像している以上に日本サッカーやJリーグが注目され、リスペクトを集めていることが実感できるんです。

――たしかにアジアにおける関心度や評価は、非常に高まってきましたね。

小山:それは今日に至るまでの先人の方々による歩みに密接に関係しています。Jリーグは1993年に開幕しましたが、それ以前は日本サッカーがマレーシアやタイなどの国々よりも弱かった時代がありました。しかもかつての日本では、サッカーのプロリーグを設立するのは無理だとさえ言われていた。

しかし実際には、プロリーグをしっかり立ち上げただけでなく、競技のレベルも大幅にアップさせることに成功。プロリーグ発足からわずか20年で、ワールドカップ本大会の常連国に定着するまでになった。日本のような国はアジアでは他に存在しませんし、世界でもなかなか類を見ません。これはビジネス面においても然りで。今やJリーグは、アジアでトップレベルの収益規模を誇るリーグに成長したため、成功のノウハウを誰もが知りたがるようになったんです。

アジア全体は、人口的にも経済的にもこれからどんどん伸びてきていますし、特に東南アジアではサッカー熱が圧倒的に高いです。これらの国々の人たちはJリーグから学びたいという気持ちを強く持っているので、私たちはこれまで培ってきたノウハウや知見をどんどん提供していきたいと思っています。

――岡部さんの印象はいかがでしょうか。

岡部恭英氏(以下、岡部):まさに小山さんの意見と一緒で、Jリーグはアジアの中ではオン・ザ・ピッチ(競技面)でも、オフ・ザ・ピッチ(ビジネス面)でもダントツですね。

まず競技面に関して述べれば、2000年代終盤からしばらくの間は、日本代表が強くてもJリーグのクラブチームがアジアチャンピオンズリーグで勝てないという時期もありました。しかし近年では、鹿島アントラーズのようなクラブがアジアのチャンピオンになったり、クラブワールドカップでもベスト4に食い込んだりするようになってきた。これはやはり草の根レベルで、選手育成や強化に地道に取り組んできたからなんです。しっかりした基盤があるからこそ成績のばらつきがなくなり、抜群の安定感を誇る強豪国になることができた。

一方、経営面ではリーグ全体が非常に健全な形で経営されていることが指摘できます。他のリーグでは赤字経営に悩まされているクラブチームを抱えているところもありますが、Jリーグは3期連続で赤字を出すとすぐにライセンスが剥奪されるような厳しい枠組みが設けられている。おそらく経営の健全性という点では、ブンデスリーガと共にサッカー界で最も堅実なリーグだと言えるでしょうね。

「Go Global 」から「Go East」へ  

――選手育成だけでなくビジネス面においても、Jリーグのモデルは世界に誇るべきものになっていると。

岡部:ただし、課題がないわけではありません。例えばJリーグが設立されたのは1993年で、プレミアリーグやチャンピオンズリーグがスタートした1年後に当たります。以降、Jリーグはビジネスの面でも間違いなく発展したんですが、グローバルなレベルでは放映権バブルのような現象が起きたために、ヨーロッパのスポーツとアメリカのスポーツが異様なまでに伸びたんですね、

結果、日本サッカーやJリーグは、世界のサッカー界で確固たる地位を築いたにもかかわらず、ビジネスの面ではヨーロッパやアメリカに水を空けられていった。少なくとも現時点では、まだ差を縮めることはできていない。

その理由ははっきりしています。日本の人口は約1億人で、世界の中で10位くらいの規模を誇っています。しかしグローバルな人気を博しているクラブチームやスポーツリーグは、全世界78億人を相手にしているため、当然、向こうの方が稼げることになる。おまけに日本は少子高齢化でマーケットも縮小する傾向にあるため、どうしても差が開きがちになってしまうんです。

この状況を変えていくには、国内で生産性や効率を上げてイノベーションを進めていきつつ、「Go Global」ということで海外に進出していくしかない。さらに述べれば「Go East」で、まずはアジア、特に東南アジアにフォーカスしていく。残念ながら今の時点では、競技のレベルにおいてもコンテンツの発信力という点でも、日本サッカーが欧米のマーケットで真っ向勝負をするのは難しい。その意味でも、小山さんが携わられているアジア戦略は必要不可欠なんです。

ローカル・ヒーローをいかに作り出すか

2017年から日本でプレーするチャナティップ・ソングラシンは、東南アジア圏の選手としての道を切り拓いてきた一人だ。©︎Jリーグ

――日本サッカー界がアメリカやヨーロッパに対抗して、アジアへの進出をさらに成功させていく上では、何がカギになるのでしょうか。

小山:まず日本が持つアドバンテージとして指摘できるのは地理的な優位性ですね。例えばサッカーの試合を海外で放映していく際には、どの時間帯にオンエアするかというタイミングも重要になる。この点、東南アジアでは時差の影響を受けずに試合を中継できますから。

それと同様に大きいのは、日本サッカーをリスペクトしてくれている国が多いことですね。東南アジアではサッカー熱が高まってきていますが、代表チームはまだ日本代表にもなかなか勝てない。このためかつて日本人がヨーロッパのリーグにすごく憧れたのと同じように、Jリーグに憧れる人たちが増えてきているんです。

だからアジアの中でもJリーグが常にトップのポジションを維持し、アジア中の子どもたちやアジア中の選手が憧れるような存在になっていけば、Jリーグはアジアにおけるプレミアリーグ的な存在になっていける可能性もある。

東南アジアの国々の人気選手、いわゆる「ローカル・ヒーロー」がJリーグでプレーしてくれるようなれば、当然、その国の人たちは熱狂してくれますし、Jリーグの人気や知名度、ひいては価値も高まっていく。こういう状況の中で各国の経済がさらに伸びていけば、Jリーグにとって将来、大きな収益源になるのではないかと考えています。

――私も東南アジアにはよく出張に行きますが、元チェルシーのマイケル・エシアンが2018年にインドネシアのクラブに加入したケースのように、東南アジア全体のサッカーは、日本人が想像している以上に大きく発展している印象を受けます。

小山:もともと東南アジアはサッカー人気が日本の比ではないほど高いし、経済的にも伸びてきています。しかもタイのタクシン元首相などに象徴されるように、かつては資産家がヨーロッパのクラブチームに投資をするケースが多かったのですが、プロリーグが整備され始めた結果、自国のサッカーに投資するような動きが2012、13年くらいから顕著になってきています 。

結果、タイなどでは競技のレベルが上がり、実際にJ1で活躍するような選手も複数出てくるようになりました。これによってJリーグ・クラブの現地での人気や関心度もさらに高まり、スポンサーが新しくクラブについたり、Jリーグの放映権料の額もどんどん上がるという現象が発生しているんです。

――強い手応えを感じていると。

小山:東南アジアでのプロジェクトは2012年頃から始まりましたが、タイではある種、私たちが当初に思い描いていた通りの成功モデルができつつあると言えると思います。従って、これを東南アジアの他の国々に広げていき、マネタイズの機会を増やしていくのが、次のフェーズになる。

しかも私たちにとっては、強い追い風も吹いています。ワールドカップの2026年大会から出場国数が変わり、アジアの出場枠が現行の4.5枠から8枠に増えることが決まっています。当然、タイやベトナム、インドネシアといった国々はワールドカップ初出場を目指しているわけですが、実際に本大会に駒を進めることができれば、その国ではワールドカップバブルが起きる可能性が高い。

その際にタイだけではなく、ベトナムやインドネシアなどでも代表チームの主力の大半が日本でプレーしているというような状況ができていれば、Jリーグへの関心がさらに爆発的に増えることが期待できますから。

――具体的なマイルストーンなども設定されているのでしょうか?

小山:Jリーグは「2030年ビジョン」という長期的な目標を立てています。これはアジア戦略だけではなく、組織やリーグとしての全体的なビジョンを定めたもので、2030年までにはJリーグが世界の5大リーグに名を連ねるような存在になっていることを目指しています。

このビジョンを実現できれば、アジア市場だけではなくて、世界中のマーケットで戦えるようなプロダクトができていることになる。だからそのためにもまずはアジアサッカー全体を発展させながら、アジアのプレミアリーグと呼ばれるような地位を築いていく。その上で、世界でも挑戦していくイメージですね。

――あくまでもステップ・バイ・ステップで、段階的にアプローチしていく。

小山:ええ。いかに成功モデルができつつあると言っても、自分たちのビジネスモデルをいきなり欧米や他の地域に広げていこうとするのは難しい。岡部さんが述べられたように、そもそも欧米などではJリーグの相対的優位性もありませんし、かけられるリソースも限られている。それを考えれば、まずはアジアの中で確固たる地位を確立していくことが先決になると思います。

オン・ザ・ピッチ&オフ・ザ・ピッチ、両面における絶対的な存在感をフルに活用しながら、アジアサッカー全体を飛躍させるための牽引役となっていく。Jリーグのアジア戦略は、このように要約することができるだろう。次回はアジア圏でも特に重要となる、東南アジア市場へのアプローチについて伺う。

◇小山 恵(こやま・けい)
Jリーグ グローバルカンパニー部門。商社にて東アジア・東南アジアのマーケットを中心にセールス、マーケティング活動に従事。2012年に株式会社Jリーグメディアプロモーション入社、Jリーグのアジア戦略室立ち上げメンバーとして参画。現在、Jリーグの国際展開・アジア戦略を手掛ける。

◇岡部 恭英(おかべ・やすひで)
TEAMマーケティング ヘッド・オブ・アジアパシフィックセールス。欧州サッカー連盟(UEFA)専属のマーケティング代理店TEAMマーケティングのアジア・パシフィック地域のセールス統括責任者として、テレビ放映権・スポンサーシップの営業を担当。サッカー世界最高峰の大会UEFAチャンピオンズリーグに関わる初のアジア人。スイス在住。Jリーグアドバイザーも務める。英国ケンブリッジ大学MBA取得。慶応義塾大学ソッカー部出身。


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