スポーツチームや協会・連盟など競技団体は、その知名度とは反面、組織体制は大きくない中で工面していることも少なくない。その背景をもとに、外部の「複業人材」を活用してパートナー企業を集めようとする試みが始まった。各団体とHALF TIMEが進める「複業スポンサー営業プロジェクト」に初期から参画し、成約も実現させた、日本障がい者サッカー連盟(JIFF)の担当者と複業人材に話を聞いた。(取材・文=新川諒)
日本障がい者サッカー連盟の新たな取り組み
2019年12月に10の参画団体と始まった「複業スポンサー営業プロジェクト」は、現在20団体が参画するまでになった。当初全く想定していなかったコロナ禍という有事もありながら、企業の複業解禁という時世も受け、続々と新規パートナー企業との成約が実現。その第一号が、JIFFだった。
日本サッカー協会(JFA)の関連団体として、ブラインドサッカー(視覚障がい)、デフサッカー(聴覚障がい)など7つの障がい者サッカー団体の活動支援などを行うJIFF。もともとはバラバラだった各団体を、サッカーという共通言語で一つのゴールに向かわせるために生まれた組織ともいえる。
――まず始めに、この複業プロジェクトに参画した理由を教えてください。
山本康太さん(以下、山本):理由は3つあります。ひとつは、我々が組織としてサッカーを通じた「共生社会」づくりに取り組んでいることです。組織として障がいの有無だけでなく、一人ひとりに合った役割や携わり方、多様性を大切にしてきました。JIFFには実際に、正職員、業務委託、インターン、ボランティアなどがいて、その中には学生や子育て層の方もいます。そういった中で複業プロジェクトのお話をいただけたので、複業という携わり方、選択肢もぜひつくっていきたいと思い参画しました。
もうひとつは、JIFFは2016年4月に立ち上がった現在6年目の組織ですが、まだ基盤が脆弱な部分もあります。どんどんスタッフを雇用して増やしていけるかというと、そうではない。ちょうど企業が複業を解禁する動きもありましたので、マッチしました。
最後に、これは我々特有かと思っているんですが、JIFFは7つの障がい者サッカー団体を統括していますが、各団体はJIFF以上に組織基盤が脆弱な中で強化、育成、普及、国内大会を運営しているとことが多いです。我々がこういったことに取り組み、上手く軌道に乗せることで、他の団体にも展開できるのではと思いました。
春日将司さん(以下、春日):私は昔から「サッカーに関わる仕事がしたい」という思いがありましたが、本業がある中でなかなか思い切れず…。でも、仕事柄転勤が多く、色んなところで仲間を作る際には、必ずサッカーがあったんですね。中国に転勤したときには日本人学校のコーチもして、別の角度からサッカーに関わりたいという思いが強くなりました。
帰国したときに「スポーツビジネス」を検索していたら今回の募集が出てきて。複業でもできることがあるんだと見つけたのが最初です。
複業人材との営業活動
――複業プロジェクトはどのように進んでいったのでしょうか?
山本:(2019年)秋ぐらいからHALF TIMEさんと連絡を取らせていただいて、(翌年)3月に初めての採用が決まりました。コロナ禍で動き出しに時間がかかりましたが、5月に入り2週間に1度の営業会議を開始したところから本格稼働となり、春日さんに入っていただいたのは6月からです。
内容としては既存のパートナーシップの制度をこちら側からお伝えして、それに対して意見をいただきながら見直しを進めていきました。あとは販促物も見直し、パートナー企業様が活用できるツールや情報発信手段を充実させていきました。そして、営業活動を徐々に開始していったんです。
春日:パートナーメニューも最初はひとつしかなかったですもんね。その後は、他の複業の方やJIFFの皆さんと会議を重ねていくと、「こうやってやればいいんだ」と徐々にコツが掴めてきて、アポイントも入れられるようになっていきました。
――春日さんは現職から理解を得るのは、大変ではありませんでしたか?
春日:会社は業種柄、複業に対して厳しい方です。でも、まず直属の上司に相談して、それから人事へ「複業願い」を出して条件の調整を行いました。人事には「社内で初めての複業だ」と言われましたね。厳密にいえば、農業をやっていたり、親のアパート経営を承継するとか、企業のトップであれば他社の外部役員をやっている人間もいますが、その程度でした。
そのため、かなり厳しい条件になりました(苦笑)。最初は、法人のお客様にこういう(パートナーの)話ができたらなと思っていたんですけど、「既存のお客様にはセールスしてはいけません」と。
――現職とはどのようにスケジュールを調整しているのでしょうか。
春日:日経新聞を読む中で、障がい者支援についての記事があれば企業を頭に入れて、お昼休みにメールを打ち、返事が来たら電話をしたりと。返信が来た時は、めちゃくちゃ嬉しい(笑)。通勤時間や家に帰ってからなど、本業以外の時間を活用してます。
記念すべき「初成約」を実現
――パートナー獲得も実現しました。成功要因は何でしょうか。
春日:やっぱり山本さんのトークじゃないですか?(笑)
山本:うまいこと言いますね(笑)。でも、1社は契約という目に見える形になりましたけど、春日さんにいろいろと機会を作っていただきながら、クロージングできていないことが多いので申し訳ない気持ちが大きいです。
春日:JIFFを知らない企業さんも残念ながら多いと思います。私にできることは、スポーツ支援や共生社会に興味がある企業さんに、電話やメールで飛び込みを行うことです。関心を持っていただいた後に、山本さんの熱量、知識、経験で話をするからこそ、成約にもつながったんだと思いますよ。
契約してくれた社長さんが、知り合いの経営者に「一緒に支援しようよ」と声を掛けてくれています。ありがたいですよね。いろんな形で想いが広がればと思います。
――JIFFでは、何か気をつけられたことはありましたか。
山本:まず大事にしているのは、組織としてコミットすることですね。複業の方は常に一緒に働いているわけではないので、決して丸投げにせずコミュニケーションを取ることを大切にしています。複業の方は本業があるのが大前提なので、それに合わせて会議を設定するなど、こちら側がスケジュールを合わせ、やり切るコミットメントが大事だと思います。
それから、JIFFや障がい者サッカー全体の認知度はまだまだ低く、マイナーな競技。なので、説明やプレゼンテーションはずっと活動してきたメンバーの方が伝わる部分があると思います。私たちの一番の課題はドアノックをしてアポイントを取る部分なので、「提案は一緒にやりましょう」などと、複業の方と役割を明確化していくことが大事です。
最後は当然ですが、コミュニケーション。特にコロナ禍では物理的な距離もあります。レスポンス早く、お互い早く気付いた方がZoomのURLを用意するなど、細かい話なんですけど、大事な部分だと思います。
子供も多様性学ぶ 「やってよかったな」
――複業人材を採用することの利点については、どう感じていますか?
山本:別の業界からいろんな知見やスキル、つながりを持っている方に入っていただくことが、組織にとって非常に良い循環につながっています。
春日さんとの何気ない会話の中で、「企業がダイバシティー&インクルージョンの方向に向かっていますよ」というお話もありました。スポーツの現場にいると、いま見えている景色だけが自分の視野になってしまうこともありますので、様々な知見をいただけるのはメリットだと思います。
それに、パートナーシップの見直しもそうでしたが、自分が思っていることを自分が発言するよりも、知見や企業側の目線を持つ方から話をしてもらった方が、信憑性がある。組織をより良い方向に導いてくださっていると言えるかもしれませんね。
――春日さんにとっては、スポーツビジネスの現場での経験にもなっています。いかがでしたか?
春日:普段の仕事では、私もお客様も(商品や仕組みを)知った者同士が話すので、大きな発見というのはあまり多くありません。でも、パートナーシップを飛び込みの営業でお話をさせていただくと、向こうから提案をいただくこともあります。計算できないからこそ、なるほどという発見は大きいですね。
私は地方にも仕事で関わることがありますが、それぞれの地域にはサッカーやバレーボールのチームがあります。とはいえ、企業はお金を出すだけになってしまっていることもあり、何を得て、何を実現したいのかが共有されていないのではと感じます。せっかくの資産を活用できていないのは、もしかしたら日本全体がそうなのかもしれません。
――最後に、今回の取り組みをしてみて、良かった面があればぜひ教えてください。
春日:まず、もともとスポーツ業界に興味があったので、多少なりとも関わらせていただいているのは、嬉しく、やりがいを感じます。新しい知識や人との出会いは間違いなく増えますから、自分の幅も広がると思っています。
また、山本さんに誘っていただいて、子供とブラインドサッカーの試合も見に行きました。子供も自分が複業をやっていることを知っているんですけど、私が子供の頃になかった「生き方」を見せられるのは、すごく良いなと思っています。外国の方もいるし、障がいを持つ方もいるし、いろんな方がいる。それが良いことだというのを、子供が一緒に学んでくれる。やってよかったなと思います。
山本:複業者に限らず、携わる方にどうやってコミットしてもらえるか。これを考えると、「その人にとって、どういう働き方が幸せなのか」を考えていく必要があります。多様な関わり方を受け入れていくことが、組織にとっては非常にプラスになるのではないかと思いますね。