ブラインドサッカー日本代表、「会社の戦力」に。パラアスリートが企業と歩む道

ブラインドサッカー日本代表強化指定選手の日向賢(ひなた・さとる)さんは、視覚障がいを持つパラアスリートとして競技に取り組みながら、都内の企業で会社員としても働いている。2019年から日本ブラインドサッカー協会のパートナーを務める株式会社トーコンで、他の社員と混ざり合いながら、多様性をテーマにした企業向けのセミナーや広報業務、WEB制作などにも携わっている。

多くの企業が「ダイバーシティ&インクルージョン」に取り組む中、パラアスリートと企業はどのように手を取り合っていけるのか?日向さん本人と、広報及び採用・成長支援部門でゼネラルマネージャーを務める前原加奈さんに伺った。

いわゆる「アスリート雇用」でない、競技と仕事の両立

ブラインドサッカー日本代表強化指定選手の日向賢さん。写真提供:日本ブラインドサッカー協会

日向さんが株式会社トーコンに入社したのは2019年。その経緯には、アスリートのセカンドキャリアに関する課題感があったという。

「選手としての活動と仕事の両立について、どうすればいいか考えていたんです。以前勤めていた会社でも私の選手活動への理解はありました。ただ、有給を使って練習や試合へ参加するだけでは思うように調整できないこともありました。そんな中、トーコンから社員採用の話があるということで面談に伺ったんです。

正直にお話しすると、実はトーコンが行っているという“企業の人材や集客といった課題解決を行う”という事業自体についてはあまりピンときていませんでしたので、不安もありました。なんですが、オフィスに通されると働いている方たちの様子が漏れ聞こえてきたんです。驚いたのは、笑い声や挨拶などが何度も聞こえて、明るく活発な社員さんが多いのかなと。いい雰囲気だなと感じたのを覚えています」(日向さん)

日向さんの前職はIT系の技術職。完全に異業界、異職種であり職場の雰囲気もまったく違ったそうだ。

「とはいえ、果たして自分に務まるのかと不安を素直に伝えたところ、『お互いにすり合わせていこう』と言っていただけたんです。その上で、業務と競技の両立について話し合いをしていきました。

私は、会社に所属はしているけど業務はしないで競技だけに専念するいわゆるアスリート雇用ではなく、引退後のセカンドキャリアも考えて、きちんと仕事と競技を両立したいと思っていました。時期によって双方のバランスは変わりますが、臨機応変にやっていくのを認めていただけたのが、何よりありがたかったですね」(日向さん)

ダイバーシティ、その一歩先へ

一方、採用側であるトーコンは、どのように受け入れを進めていったのだろうか。現在、日向さんと一緒に広報業務を担当する前原加奈さんは、当時の「驚き」と「ワクワク」をこう話してくれた。

「トーコンは様々なダイバーシティの実現に取り組んできた会社です。ただ、アスリートそして視覚障がい者の社員となると、前例がありませんでした。また一歩その先に進めるんだ!と思いました」(前原さん)

全国に200名ほどの従業員が働くトーコンは、女性比率が約7割。年齢も20代から70代と幅広い。ただしひと口に「ダイバーシティ&インクルージョン」といっても、障がい者の雇用やアスリートを採用するのはまた話が違う。

多様性を推進しなければならないと考える企業は増えているが、その多くは人員的にも資金的にも余裕があり、差し迫って人的資本の情報開示を求められる大企業が中心という現状もある。中小企業にとっては「やったほうがいいこと」であっても、「今やるべきこと」として優先度があがるわけではない。

その中で、中小企業であるトーコンが多様性実現に取り組む理由は何か?

「実は、日向さんが入社した後に私も広報に異動になり一緒に仕事をすることになったんです。最初は日向さんが今何ができて、何ができないかを知るところから始め、さらには“どんな自分で在りたいか”や“どんな自分になりたいか”など一緒に話しながら、ミッションを一緒に考えていきました。そうしたコミュニケーションの中で、私自身も気づかなかった自分の課題に気づけたり、新たなスキルを磨かれているなと感じます」(前原さん)

異なる立場や、異なる前提を持つ社員が混ざり合い、協業することは一見非効率にも思える。しかし、異質性の高い組織であることで、長期的に従業員同士の成長・成熟につながり、結果としてそれが企業力になっていく。それがトーコンが多様性を活かした組織作りに取組む、ひとつの目的のようだ。

できること、得意なことを見つけていく

Zoomでコミュニケーションをとる日向さん。読み上げ機能を活用してメールやExcelも操作する

日向さんは現在、トーコンが開催している人事担当者向けのオンラインセミナーを担当している。採用時における「無意識バイアス」がもたらす影響について、またブラインドサッカーのエッセンスを活かし社内コミュニケーションの在り方についてなど多様なテーマを取り上げている。障がい者でありアスリートであるからこその経験や学びを話し、受講者からの質問に答えるなどの活躍を見せている。

「本当は、人前で話すのは得意でも好きでもなかったんです。むしろ苦手だと感じていた方かもしれません。なんですが、前原さんから『実は気付いていないだけでいろんな人との出会いを楽しめるんじゃない?旅行とか好きだし、おしゃべりしているときすごく楽しそうだよ』って言われて。せっかくそう言ってもらえるなら、やるだけやってみようと勇気を出して始めました」(日向さん)

「日向さんは何ができるのか、得意なことは何か、私たちはどうサポートしていけばいいのか。日々、話し合いながら進めてきました。そんななかで、オンラインセミナーを実施してもらうという業務が出てきたんです」(前原さん)

日向さんはセミナーでは進行役を務めたり、時には研修講師として参加する。健常者であれば手元に資料を見たり投影しているスライドを見ながら話すことができるが、視覚障がい者ではそれが困難となるはずだ。

しかし日向さんは、事前に準備した資料をパソコンの音声読み上げ機能を使って確認しながら、長時間のセミナーや研修も記憶力だけに頼ることなく対応できる。テクノロジーを使いこなすことで、障がい者でもできる業務が拡大していることを示している。

2月も日向さんが登壇するセミナーが開催される

現在はさらに、「社内外で関わる人を増やしていく」というのが方向性だという。

「最近、セミナーにご参加いただいたお客様にお電話をし、そもそもどんな目的でセミナーに参加いただいたのか、セミナーを聞いてどう感じたか、また営業のように次回のアポイントをご案内するということにもチャレンジしています。すごく緊張しますが、率直にいろんなご意見をいただけるので、非常に学びになります。社内外と関わる業務が増えていくことで、機会につながっていくと感じます」(日向さん)

人と関わることで、可能性が広がっていく

日向さんは情報発信の一環として、自社のオウンドメディアでも記事を執筆している。

「日向さんが感じている世界を発信してもらえるといいなと思ってお願いしています」と前原さん。日向さんは「だんだんネタ探しが大変になってきていて…」とも笑う。

しかし、”見えない世界“で生活している日向さんの「当たり前」は、健常者にとっては意外に思えることもたくさんある。日向さんの感性や考え方さえ、他のひとにとっては興味深いだろう。

たとえば、日向さんの発信のなかで特に反響が大きかった記事は、“見せること”を専門とするデザイナーとの対談だそうだ。

日向さんがオウンドメディアで執筆したデザイナーへのインタビュー

ユニバーサルデザインに詳しいデザイナーから、「視覚障がいを持つ人の中には、美術館で学芸員の方に説明をしてもらいながらアートを鑑賞する人もいる」という話があがると、「見えない人が美術館巡りを趣味にしているという話を聞いて、驚きました」と、日向さん。

「日向さんには、『視覚障がい者』ということだけに偏らず、広報担当『日向賢』という個人として、会社にとってもステークホルダーにとっても価値ある発信をしていってもらいたいと思っています。彼は目が見えないという特徴をもっていて、日本を代表するアスリートであることは事実です。ですが、情報の受け手が本当に知りたいことは障がいのこと・パラスポーツのことではなく、“今自分の困っていることを解決するための情報”です。だからこそ、ただ自分語りをするだけでは意味がありません。

日向さんにはお客様のこと、人や組織のこと、色々なことを学んでいっていただきたいです。そして、日向さんだからできることを一緒に考え、増やしていくことが大事なのだと思います。障がい者雇用を義務ではなく機会と捉え、価値をともに創り出す、その過程で組織や個人が磨かれていく。まずその理想のサイクルを弊社の中で実現し、培ったノウハウを研修などのサービスに展開していくことを目指しています。」(前原さん)

日向さんはブラインドサッカーという競技、そして広報とWEB制作というの「3足のわらじ」を履くこととなる。今後、どのようにこの先の道を歩んでいくつもりなのだろうか。

「いろいろと両立させるのは本当に大変なんですけど、すごく楽しいんです。仕事の内容を広げていくのは、アスリートとして成長することにプラスになっていると感じています。メリハリはアスリートにとっても重要なことで、いろんな人と出会えるという仕事の刺激が、メンタル面などの内部的な成長につながっています。これまでの選択は、正しかったと言えると思います」(日向さん)

「ダイバーシティ」へのアプローチはひとつではない。ひと口に「多様性の実践」といっても、まさに多様なものに対峙する手法は数限りない。そこに求められるのは、物事ひとつひとつに真摯に向き合い、試行錯誤をくり返すことだ。トーコンはその労をいとわず、取り組んできたことを経験値として積み上げ、今後の事業にも活かしていくことだろう。

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