日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?そのヒントを探るべく開催されたのが『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.2』だ。主催のHALF TIMEではイベントレポートを連載していくが、第3回の本稿では、コロナ禍を越えて日本スポーツの未来はどう変わるか、オリンピックメダリストと元日本代表の各者にアスリートの視点から伺ったセッションの様子をお届けする。
前回:ONEチャンピオンシップ創業者、NBAインド、NFL中国責任者が語る、コロナ禍で見直された「スポーツビジネスの機会」
移り変わる、スポーツを取り巻く環境
『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.2』初日の後半セッションは、水泳・北島康介氏、柔道・井上康生氏、カーリング・本橋麻里氏、ラグビー・大畑大介氏といったレジェンドアスリートを迎え、HALF TIME代表取締役の磯田裕介がモデレーターとして進行。まずは、これまでの日本において、スポーツがどのように変遷してきたかについて振り返ってもらった。
現在は東京都水泳協会会長を務めるかたわら、自身のマネジメント会社の経営も行う北島康介氏は、日本水泳界が躍進してきた要因の一端を明かす。
「2000年代から科学的なアプローチが主流となってきて、自分はそれを上手に活用させてもらって結果を残せてきたと思います。今は世界中のアスリートの情報を手に入れることができるので、選手の『世界』に対する恐怖心がなくなりましたよね。ここ10年で、複数の種目で金メダルを狙える選手が出てきました」(北島氏)
ITに代表されるような技術革新が、スポーツの現場にも大きな影響を与えている。科学的なトレーニングが一般的になってきた時代において、日本水泳界の状況とはどのようになっているのか。
「水泳は、大会での勝敗だけでなく、記録そのものが重要になるスポーツです。アナリストの分析を元にロジカルに練習を重ねていくことが、記録を伸ばすための効率化に貢献しています」(北島氏)
アスリートを取り巻く専門家たちの存在の重要性に触れた北島氏の発言に対し、東京2020のアスリート委員会委員も務めるラグビーレジェンドの大畑大介氏が質問をぶつける。
「最近は、選手の交流が盛んになってきたのを感じます。選手同士がお互いに刺激し合えているように見えますが、水泳ではどうですか?」(大畑氏)
北島氏は、オリンピックでの経験を元に、これからのアスリートに必要な要素に触れた。
「他競技のことを知ることで、自分の競技の幅も広がるんですよね。(2016年)リオオリンピックでは選手でなく参加したんですが、他の競技を見ることができて、現役時代にもっと知ることができたらよかったなと。いまの選手は、多くのことを知ることができていいと思います」(北島氏)
大畑氏はラグビー界に置き換え、現役当時も振り返りながら次のように感想を述べる。
「ラグビーは、プロ競技でもオリンピック競技でもないので、他の競技の選手と交流する機会はとても少なかったと思います。最近はプロ選手も増えたけど、企業に属するアマ選手がほとんどだったので、横のつながりはほとんどなかったですね」(大畑氏)
競技における強さと魅力の関係
モデレーターの磯田が次に意見を求めたのは、日本男子柔道監督の井上康生氏だ。競技の普及と強化について聞く。
「いまの選手はオープンなマインドを持っていますね。横のつながりを有効に使って、強化につなげています。柔道の魅力のひとつに『強さ』があると思いますが、その要因としては、組織力と科学的なトレーニングの導入です。しかし、課題もあります。ここ10〜15年で競技人口が減っているのです。少子化や競技そのものの人気低迷が原因と考えられますが、現状の分析と対策を行って、競技の魅力を発信していく必要を感じています」(井上氏)
競技人口の増減については、多くのスポーツにとって重要な課題と捉えられている。2018年の平昌(ピョンチャン)オリンピックで大きな実績を残し、ブームを巻き起こしたカーリングについて、ロコ・ソラーレを法人化して理事を務める本橋麻里氏は、自己評価をしてくれた。
「北欧勢が強いスポーツでアジア勢としてメダルを獲得したことは、確かに大きなことを成し遂げたといえると思います。しかも、それがいちクラブチームだったというのも、特徴的だったのではないでしょうか。井上さんがおっしゃった『強さ=魅力』のスタートラインに、カーリングも立てたという気がしています」(本橋氏)
日本におけるスポーツは、長らく企業が所有する実業団チームが中心となって発展してきた経緯がある。大きな後ろ盾を持たないクラブチームが勝つことができた理由とは、いったい何だろうか。
「私自身、平昌は3回目のオリンピックでしたが、4年ごとにスポーツを取り巻く環境がすごく変わっていったと実感しています。私も育児をしながらオリンピックを目指していたので、家族の理解とJSCの『女性アスリート支援プログラム』のサポートを得ました。オリンピックに行くには、自分で壁を突破する努力と周囲からの支援の両方が必要でしたね」(本橋氏)
一方で、世界でもトップを争う強さを有している日本水泳界について、その源泉として、北島氏は全国のスイミングクラブの存在を挙げる。
「水泳は競技人口が多いのが特徴です。選手が世界で活躍することで注目度が上がって、スポンサーがついてくれていますが、合宿の数も多くなって強化の効率もよくなっています。ジュニアの育成にも力を入れていて、その結果、若い選手がどんどん出てきますよね。それは、全国にあるスイミングクラブが、日本の水泳を強くしているという側面もあるんです」(北島氏)
これに同調するのが井上氏だ。柔道は、全国に広がる道場という存在がある。
「それは、柔道にもいえますね。柔道は企業や大学、道場など、所属先での練習が基本です。そこで強くなっていくわけです。一方で、国際柔道連盟はランキングシステムを作っています。大会数も増えているし賞金制度もあって、世界に出ていきやすいシステムができています。今後は、民間の力と連盟がしっかりと連携して、強化策を練っていくことが重要です」(井上氏)
連盟や協会という競技を取りまとめる存在である統括団体と、地元や地域で裾野を広く魅力を伝え、強化を図るクラブや道場といった民間が両輪となっていくというのが、スポーツの発展において理想的な形ということだ。
ラグビーに関しては、昨年のワールドカップ日本大会の成功でその環境が激変していると思われる。磯田が大畑氏に水を向けると、こう答える。
「ラグビーは、2019年のワールドカップを大きなターゲットとしてきました。それまでは、世界での実績が作れていなかったわけですが、2009年に日本で開催することが決まって、日本代表の目指すところが明確化したことで、国全体で強化が進んでいきました。最終的には、6,000億円以上の経済効果があったといわれていますが、結果として協会にもお金が集まりましたよね」(大畑氏)
「オリンピックに左右されない」 日本スポーツが目指す「未来」
スポーツのグローバル化はますます進んでいる。多くの選手が海外で活躍し、海外の情報がリアルタイムで伝えられている現在、日本の「お家芸」として、常に勝つことを求められてきた柔道はどのような未来像を描いているのだろうか。
「憧れを持たれるようなスポーツになることが大切だと思いますね。競技者は現場で活躍することが一番ですが、それだけでなく、いろいろなジャンルで活躍できるようにしていくことも重要ではないでしょうか。いまはアスリート自らがスポーツの魅力を発信しています。そして、スポーツに関わるすべての人たちが、現役を退いてもなお、社会で活躍できるようにしていくことで、スポーツをする子供たちにも夢や希望を持ってもらえると思います」(井上氏)
一方で、水泳は子供の競技人口が多く、小学生の習い事のランキングでも1位となるほどの人気だ。学校の体育でも授業があり、水泳をしたことがないという人の方が少ないだろう。そんな水泳の未来とはどういったものなのか?
「水泳は全身運動で生涯スポーツとして高齢になっても続けられます。通いやすい習い事で、いまは0才児から始められるベビースイミングなどもあります。しかし、長く続けてもらうための努力は必要だと感じています。『昔、水泳やってました!』というアスリートも多いんですね。そのまま続けていてくれたら、世界レベルの選手になったんじゃないかというポテンシャルの方もいました(笑)」(北島氏)
実績と人気のある水泳においても、幅広く、長く水泳を続けてもらうための施策は欠かせないと北島氏は語る。
スポーツを普及させるという点では、地域密着というテーマも極めて重要だ。その点で、北海道北見市をホームとするロコ・ソラーレは、ひとつのモデルケースとなり得る。
「オリンピックに左右されない人気の維持というのは、大きなテーマですね。でも、日本におけるスポーツ文化の位置が、年々変わっているという実感はあります。勝つことだけが目的だったスポーツが、楽しむためのものとして捉えられてきていますよね。スポーツがエンターテインメント化してきている。地味だと思われていたカーリングも、もっと楽しくするためにやるべきことがまだまだあります。そのためには、JOCの強化費だけでなく、スポンサー企業やファンの後押しも必要で、周囲のサポートがあって、まさにワンチームで取り組んでいかなくてはなりません」(本橋氏)
オリンピックでのメダルが、そのスポーツの人気を大きく左右するという現象は、これまで功罪両面から議論されてきた。人気獲得のチャンスでありながらも、それが維持されにくいという側面もあったからだ。こうして各者の話を紐解くと、各競技がオリンピックという好機を活かしながら、自助努力も必要であることが分かる。
スポーツ界に必要な「受け身からの脱却」
各競技の自助努力として「普及」と「強化」は大きなテーマだが、その具体的な施策を問われ、まず口を開いたのが大畑氏だ。
「ラグビーは、2021年の新プロリーグをどうしていくかが最大の課題だと思います。ただ、現在の(新型コロナの)状況がどのように影響していくかはわかりません。それでも、ラグビーはこうしていくんだという、わかりやすい表現も重要だと考えています」(大畑氏)
さらに、スポーツの強さと楽しさの両立について問われると、次のように続ける。
「2019年W杯まで、ラグビーは、好きな人が楽しめればそれでいいという『受け身』の姿勢が強かった。グラウンドに来てくれた人が楽しめればそれでいいと。これからは、ラグビーに触れてもらったときに、何を得てもらうかがテーマになってくるでしょう」(大畑氏)
同じく、カーリングも「受け身」だったと、本橋も賛同する。
「カーリングもマイナー競技だったので、取材もファンも来てくれればそれでうれしいという感じでした。オリンピックをきっかけとして、もらってばかりではなく、選手がファンやスポンサーに何を返せるかを考えていくようになりました」(本橋氏)
強さを求めてきた柔道についても、観る側に立った改革が進んでいる。これまでは『日本の武道』として、自然発生的に競技人口が確保できていたが、次第に難しくなってきたという危機感もあると井上氏は話す。
「2019年に東京で開催された世界選手権の放映では、フジテレビの協力の下、360度映像で決まり技を紹介したりして、『見やすい!』とご好評をいただきました。試合会場でも、柔道を知らない人でも楽しめるように、観客のための場内解説なども導入しています」(井上氏)
大会のエンタメ化も。真のアスリートファーストとは
強さを追求するというのは、あらゆるスポーツに共通した目的であるだろう。しかし、強さだけがスポーツの魅力であるとは言い切れない。スポーツをする人にも、観る人にも魅力あるものにしていく取り組みこそが、本当の意味でのアスリートファーストといえるはずだ。その点において、水泳会でも大きな動きがある。
「2019年に世界の水泳界でプロリーグが始動しました。『International Swimming League(ISL:国際水泳リーグ)』といって、世界のトップ選手の75%が参加しています。今後日本も参加して、10チームのリーグとなります。記録を追い求める水泳と違って、チーム戦で勝利を目指すのでゲーム性もあります」(北島氏)
ここで、新たなリーグ創設あたって、既存の統括団体などから異論は出なかったのかという疑問が大畑氏から投げかけられた。北島氏は、言葉を選びながらも選手の希望が実現したことが重要だと述べる。
「確かに、既存の組織とのバッティングはあると思いますが、選手が望んでいることなので、この動きが止まることはないと思います。国を背負って戦うオリンピックや世界選手権とは違うモチベーションになるのではないでしょうか。他の試合とバッティングしない日程で行われる予定で、実際の競技をしながらトレーニングするような、新しいモデルができ上がるかもしれないですね」(北島氏)
ISLは、会場で楽しんでもらうことも意識したエンターテインメントを提供し、さらにこれまでの大会と比べても破格の賞金額を準備しているという。日本においては、スポーツにアマチュアリズムを求める風潮が強いため、アスリートが賞金を得ることを良しとしない傾向もあるが、マネタイズはスポーツの普及と強化には欠かせないテーマでもある。
このエンタメ化という視点から、本橋氏はカーリング界における将来の目標を明かしてくれた。
「カーリングも、公式戦と呼ばれるものは、伝統はあるがアソビがないんです。逆に、ツアー大会はエンターテインメント化されていて、選手やカーリングそのものの可能性を広げる機会になっています。そんな大会を、いつかは日本に招致するのが目標です。きっとワクワク感を感じてもらえると思います。ただ勝利を目指すだけでなく『魅せる』カーリングをしたいですね」(本橋氏)
スポーツにおける女性の活躍
セッションの最後には質疑応答も行われ、聴講者から寄せられた一つの質問が、「スポーツにおいてビジネスサイドの女性人材を増やしていくにはどうすればいいのか」であった。これに対して、本橋氏はまさに自身が取り組んできたことが、ひとつの答えになると語る。
「私も10年前は、カーリングがいまのような状況になっていることを想像もしていなかったんですね。女性は結婚や出産を機に、アスリートとしてのキャリアが止まったりスローペースになってしまったりします。そのまま、スポーツと縁が切れてしまうことも多くあります。10年前では当たり前だった「女性が子育てをすべき」という意識が、ゆっくりだけど変わってきました。キャリアについては自分自身の能力や努力ももちろん大切ですが、まわりの理解やサポートもあってこそ描いていけるものです」(本橋氏)
しかしながら、女性アスリートと同様に女性スタッフがスポーツ界に少ないというこの問題は、一気に解決する特効薬はないとも認識しているという。
「いろいろな要素がからみ合っているので、『これで解決!』という策はありません。でも、各団体で女性の理事やトレーナーも増えていますから、今後は性差ではなく、能力で採用されていくようになるのではないでしょうか」(本橋氏)
スポーツが社会の中において、どのような存在となっていくのか?スポーツから得られるものとは何か?選手自身の努力と周囲のサポートによって、スポーツの魅力はまだまだ高まっていく、そんな期待がそれぞれの方の発言から感じられた。
コロナ禍でスポーツ界も大きな影響を受けたが、それはあらゆる社会活動においても同じこと。スポーツが一層社会と関わっていくことで、その存在の真の価値が認知されていくだろう。
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次回は、NBAワシントン・ウィザーズからトミー・シェパードGM、ビジネス部門代表のジム・バン・ストーン氏らが登壇した、「NBAワシントン・ウィザーズ、『グローバル・チーム』への野望」のセッションの様子をお届けする。
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