スタジアムをいかに満員にするか?Jリーグのマーケターが取り組む「顧客戦略」

新型コロナのまん延防止措置の解除などで、いよいよプロスポーツでも観客制限がなくなりはじめた現在、各リーグやクラブでは集客にかける意気込みは大きい。今後、いかに「満員のスタジアム」を実現していくのか?Jリーグ マーケティング本部の笹田賢吾氏と濱本秋紀氏が、先日都内で開催されたスポーツアナリティクスジャパン2022で語った。

入場者数は増加。一方で「関心度」は?

2019年に入場者数1,100万人を突破したJリーグ。一方で関心度は右肩下がり。資料=Jリーグ

笹田氏と濱本氏が最初に解説したのが、Jリーグの現在位置。近年の年間来場者数としては2019年に目標であった1,100万人を突破したが、関心度は過去8年連続で右肩下がり。濱本氏は「コロナ前から関心の低下に危機感を感じていた」と話す。

その中でJリーグは、2016年からリーグのサービスをまたいだ共通の会員ID「JリーグID」などを含む、顧客データの整理に力を入れてきた。特に、初めての観戦者に対して積極的に働きかけることで「常連化」することを目指して、CRMを推進してきた。

しかし、2020年からはIDの新規獲得数が低迷。新型コロナが猛威を振るう中で、ダイレクトマーケティングの限界が見えてきたという。その打開策として、Jリーグは新たに「顧客起点マーケティング」に挑戦する。

「顧客起点マーケティング」への取り組み

そもそも顧客起点マーケティングとは、KPI達成などを目指す「施策起点」のマーケティングに対して、「どのような顧客に、どのような価値を提供するか」を定義した上で施策の実行に移す「顧客起点」の手法を指す。

笹田氏はそのきっかけについて、「ライトファンや新規ファン、若い女性やシニア層と、ターゲットのペルソナをベースにした話がよく出てたんですが、ピンとこないなと感じてたんです」と、これまでのアプローチを振り返りながら話した。

Jリーグの顧客起点マーケティングでは、ペルソナによるターゲットの定義ではなく、実際のターゲットを認知の差や観戦経験から5段階に分類。さらに関心の高低の軸を加え、全部で9つのセグメントに分割した。するとその結果、そもそもスポーツに興味が無い人を除く、全人口の13.5%を占める新たな顧客層を特定することができ、それが2022年の戦略ターゲットと策定できることとなった。

Jリーグが取り組んだセグメント設計。関心の度合いによって細分化している。資料=Jリーグ

今後、リーグとしてはクラブがリーチしづらい「認知未利用層(リーグやクラブを認知しているがスタジアム観戦に来たことがない層)」へのアプローチを強化していく方針だという。

重要なのは「本質的な価値を見失わないこと」

それでは、Jリーグに関心はあるものの観戦に来たことのない層には、どのようにアプローチをすればいいのか?同じくセッションに登壇したマーケティングの専門家から様々なアドバイスが送られた。

M-Force株式会社 代表取締役の長祐氏は、顧客をとにかく理解していくことが大切だと説く。

「スタジアムに行くモチベーションをどのように作るかが大切。例えば、『Jリーグが面白そうだけど盛り上がりすぎて怖い』という人と、『サッカーは好きだけど、週末を潰して行くほどでもない』という人に対しては、与えていくメッセージは違ってくる。お客さんがどのような人かを理解し、スタジアムに足を運んで応援・観戦している姿をイメージさせるメッセージ伝達が重要です」(長氏)

株式会社シンクロ代表取締役で、オイシックス・ラ・大地株式会社のCMT(チーフマーケティングテクノロジスト)も務める西井敏恭氏は、近年、女性人気を獲得してきたプロレスを例に出した。

「プロレスは2000年代に人気が低迷していましたが、昭和の時代から女性ファンはいたのではないでしょうか。プロレスの本来の価値は“すごい技を出すところ”にあるはずなのに、マニアに特化しすぎて過激な演出に走っていた。そこで一歩下がって価値を再定義したことで女性人気も獲得し、既存ファンも残り続けました。本質的な価値を大切にしたことで、既存ファンを裏切ることにはならなかった」(西井氏)

より長期的に、本質的になるマーケティング

キーワードは「顧客起点に立ち、本質を見失わないこと」。資料=Jリーグ

Jリーグの試合に来たことがない層、または、そもそもリーグやチームを認知していない層へのアプローチは、中長期的に取り組んでいく覚悟が必要になる。

「これまでJリーグは費用対効果が短期間で回収できる施策を中心に行ってきました。しかし、これからはリーグの価値を再定義した上で、直近の購買よりも少し遠い視点で施策を打っていかなければと感じています」(笹田氏)

これに対し先出の長氏は、「興味がある人への刈り取り型のマーケティングと、無い人へのマーケティングのバランスを取ること」をポイントに挙げ、西井氏は、「Jリーグの認知度自体は高いので、認知という軸ではなく、『Jリーグを良いと思っている人』という軸で測ると、ブランド価値も測れるのでは」とアドバイスを送った。

時代に関係なく重要な顧客戦略だが、コロナ禍からの再出発の現在、その重要性はさらに増している。マーケターは試合内容に影響を及ぼすことができないからこそ、勝敗だけに左右されない価値創造が求められている。

※一部内容を修正しました [2022/4/16]