アルバルク東京 林邦彦社長に聞く、経営とキャリア。――クラブ売上増への打ち手は?仕事で大切にする信条とは?

12月3日に開催され、盛況のうちに幕を閉じた『HALF TIME Sports Business Meetup』。当日のパネルディスカッションでは、60名を超える参加者から多くの質問が挙がったが、時間切れで答えられなかった質問も多い。そこで今回は、トヨタアルバルク東京 代表取締役社長の林邦彦氏に、幾つかの質問に特別に答えてもらった。

アルバルク東京にも通じる、クラブ経営のキーファクターとは

三井物産などでプロ野球のスポンサーシップマネジメントやフードサービスなどに携わった後に、2016年にトヨタアルバルク東京の代表取締役社長に就任した林氏。2017-18及び2018-19シーズンのBリーグ2連覇、そして2019年にはFIBAアジアチャンピオンズカップを制しアジア王者にも輝くなど、輝かしい戦績を残すクラブの経営について質問が寄せられた。


――チームやクラブの収支についてお伺いします。「(プロクラブは一般的に)メディアなどでの露出は非常に多いが、売上はそこまで大きくない」というご指摘について、これは認知度をあげる、来場者を増やすなどの“人を増やすこと”だけでは解決できないのではと思います。どのような打ち手を考えていらっしゃるのでしょうか?

「売上高に関しての発言については、他の一般企業と比較すると、売上規模に対する露出度が大きいことが、このビジネス領域の特徴であることを伝えたかったのがその意図です。一方で、露出度から想像できる売上高はもう少し大きくてもいいのではないかという、見た目と実態のギャップがあることも話題性としては面白いと思い、お話をしました。

スポーツの試合を商品として売っている会社として、事業の生命線はライブイベントをどれだけの人に見てもらえるかにかかっており、その大小がクラブ評価のバロメーターだと思っています。従って、パネルディスカッションの中でも触れましたが、集客力のない、いわゆる人気のないクラブは、本業はおろか、それに付随する周辺事業への波及効果も多くは望めないと思います。

複合的、有機的にビジネス拡大を望むためには、来場者を増やすことが一番重要なキーファクターであることに変わりはありません。チームの強化を図り、他と差別化したインドアイベントとしてエンターテインメント性を上げる必要がありますが、それもこれも全て、集客力を高める為の手段であると考えています」

スポーツビジネスの市場成長に必要な2つの視点

――スポーツビジネスを考える上では、その国の歴史背景や、文化などの社会的背景を踏まえる必要があると考えています。日本のスポーツビジネス市場が成長するために、どのような視点が必要でしょうか?

「何と言っても、スポーツ施設の基盤整備と、自治体の意識改革です。お金を払って見るスポーツ=プロスポーツ=スポーツビジネスとするならば、その舞台であるスタジアムやアリーナを、スポーツを観賞するに適したものにする必要があります。しかし残念ながら、スポーツを体育≒心身鍛錬としてきた日本では、スポーツ観戦はプロ野球以外、神妙に競技を見る(お行儀よく見る)よう教育されており、少しずつ変化はしてきているものの、深層心理のどこかにその影響があると思います。やっとサッカーが近くなってきているとは思いますが、これも楽しみ方は欧州のコピーで、日本の独自性はないというのが私の認識です。

従って、『真剣に勝負に臨んでいる選手を見ながら、飲酒して、大声でおしゃべりして、もぐもぐ食事をしながら観覧するなんて、なんと常識のない行為だ』とみなされるケースもこれまでの時代の中ではありました。今は、インターネットの普及によって世界のプロスポーツをたくさん見られるようになり、プロスポーツ大国の欧米でのファンエンゲージメントの施策も目の当たりにしています。

期待されながらも大きく進化できていない日本のプロスポーツ界として、現在は背に腹変えられない改革が進んできていると思います。そこに、IT系の新興企業の参入により、豊富な資金力を背景にエンターテインメント性も高まり、10年から20年欧米に後れを取っている日本のプロスポーツ界が、急速に距離を詰めて行こうとしている状況にあると思います。

急進的な自治体、職員の方々もいるとは思いますが、行政機関としての進め方に関しては依然として、見る(見て楽しむ≒娯楽)スポーツに対する意識改革が、期待値には届いていないと思います。どうしてもこれまでは行政に施設を中心とした費用の負担をしてもらっている背景から、いつまで経っても汎用的かつコスト削減を主眼においた施設しか現存していないことが、日本のスポーツビジネスのスピードを鈍化させています。

特定の企業、団体に加担することは御法度という行政意識や住民意識がはびこっているうちは、官民が協力し合うことには限界があります。豊富な資金力を持つ企業、個人がプロスポーツの環境整備に一肌脱いでもらい、カルチャーを変えていくという“レボリューション”が必要です」

仕事で大切にする3つの信条

Kunihiko Hayashi
Alvark Tokyo

――これまでの経験で、最もスポーツ業界で活きているものは何でしょうか?

「スポーツ界というよりも、どの事業領域にも当てはまるものとして、私の仕事に対する信条は、①現場主義、②論理的思考、③逃げない、というもので、これまでもこの3つを大事にしてきました。

その中で、まずは現場を知ることを最も重要視しており、その現場から人脈ができ、その人脈が先生となり、現場経験が現実を見抜く力となり、しっかり事業領域を理解することが、新規領域に参入した時には不可欠であると思います。その基盤さえできれば、あとは収益性を高めるための要因分析と、そこから導き出された戦略を、地道でありながらスピード感をもって実践することです。

一方で、対人関係、契約概念、新たなものを産み出すことへの飽くなきチャレンジ精神は、商社にいて培ったものであり、今のビジネスでも活かせていると思いますね」

――現職があるとは思いますが、今後スポーツ界で進みたいキャリアはありますか

「自ら所属しているチームの勝利や、価値向上に向けた努力の成果が短期間で味わえる“現場”が好きなので、チーム運営を極めたいと思います。上位団体でのマネジメントレベルでの業務には、あまり個人的には興味がありません」

パネルディスカッションでは、「プロスポーツチームのビジネスは、興行ビジネス。スポーツという幅広い領域で、どのようなビジネスをしたいかを考えたほうがいい」とも指摘していた林氏。同氏の発言は、今後、転職や複業でスポーツ業界に携わろうとするビジネスパーソンにとって、業界でどのような経験やスキルを活かしたいか、何をミッションに仕事をしたいかを考えるにあたり、貴重なアドバイスとなるに違いない。


今後も『HALF TIME Sports Business Meetup』では、スポーツ業界の第一線で活躍する様々なビジネスパーソンをゲストに迎えて開催する予定だ。開催レポートなど、これまでの関連記事はこちらから。