アルバルク東京、ミクシィ、ファナティクス。スポーツビジネスのトップランナー達が語る、「キャリアメイクの必須条件」とは?

HALF TIMEのミートアップイベント『HALF TIME Sports Business Meetup』が、12月3日に東京・有楽町で開催。第1回目となった今回は、「“スポーツで働く”を考える:転職、複業、広がる多様な関わり方」をテーマとして、アルバルク東京、ミクシィ、ファナティクス・ジャパンからゲストを迎え、60名以上が参加した。異業界出身でスポーツビジネスに関わるゲスト3名の話に、熱心に耳が傾けられたパネルディスカッションの様子を中心にレポートする。

異業界からの転職組が揃ったパネルディスカッション

左から:ファナティクス・ジャパン マネジングディレクター 川名正憲氏、ミクシィ スポーツ事業部 事業部長 石井宏司氏、トヨタアルバルク東京 代表取締役社長 林邦彦氏、HALF TIME 代表 磯田裕介

HALF TIMEが主催するミートアップイベント『HALF TIME Sports Business Meetup』の記念すべき第1回は、Bリーグのアルバルク東京で代表取締役社長を務める林邦彦氏、ミクシィ スポーツ事業部 事業部長の石井宏司氏、そしてファナティクス・ジャパンでマネジングディレクターを務める川名正憲氏の3名をゲストに迎えて開催。ここに、HALF TIME代表の磯田裕介がオープニングスピーチの後モデレーターとして加わり、「“スポーツで働く”を考える:転職、複業、広がる多様な関わり方」をテーマにしてパネルディスカッションが展開された。

林氏は三井物産などでプロ野球のスポンサーシップ事業に携わった後に現職。Bリーグ2連覇・アジア王者にも輝いたクラブの経営を司る。石井氏はリクルートや野村総合研究所などの後、現在「XFLAG」のエンタメ事業ブランドを展開するミクシィでスポーツ事業を統括し、千葉ジェッツ、FC東京、ヤクルトスワローズなどのビジネスグロースを担当。川名氏は三菱商事やマッキンゼーなどを経て、現在、商品企画製造からEC・実店舗運営まで、マーチャンダイジングを一気通貫で行う米ファナティクスの日本事業責任者を務めている。

この日の参加者は9割以上が社会人。コンサルティング会社、総合商社、マーケティング代理店、IT企業、リサーチ会社などに勤めるビジネスパーソンにとって、転職や複業で、スポーツ業界でどのようなスキルや経験が活かせるのか、どのようなキャリア展望となるかは関心の高いところだ。

その答えのヒントは、この日のパネルディスカッションにあったと言ってもいい。ゲストの3名全員はスポーツとは違う分野でビジネス経験を積み、その後スポーツ業界に転身した「転職組」。スポーツ業界への転職や、複業での新たな関わり方に悩んでいる人には、間違いなく何かの答えが見つかったはずだ。

スポーツ業界を志すタイミング いつでも遅くない

アスリートに選手寿命があるのは明白だ。しかしスポーツを「支える」側として、スポーツ業界で働くのであれば、他のビジネスと何ら変わりはなく、明確な「選手寿命」は社員で働くにせよ、複業で関わるにせよ、定年だけだろう。そのため、スポーツ業界でのキャリア構築は何歳から始めても、早いも遅いもないと言える。

パネルディスカションで最初に挙げられたトピック、『スポーツ業界:キャリアの作り方・活かし方』では、三者がそれぞれ、スポーツとキャリアの交差点を紹介した。

今回のゲストの中で、スポーツ業界でのキャリアを最も早く意識したのは川名氏だ。小学校5年生の時に1年間米国で生活をして米国スポーツに出会うと、高校・大学時代は選手ではなくチームのマネージャーとして、スポーツの現場を支える「裏方」を経験した。三菱商事とマッキンゼーでの勤務後も、ファンエンゲージメント事業を行うFanForwardを創業しながら、Bリーグの経営企画部や日本テニス協会などを支援してきた。

石井氏がスポーツの仕事を意識し始めたのは、高校時代だったという。所属していたバレーボール部の顧問が、当時はまだ珍しかったスポーツサイエンスをベースにした指導者だったことから、「スポーツは奥が深くて面白い世界だとワクワクした」という。業界に関心を持ち、高校卒業後はスポーツクラブに契約社員として入り、スポーツの華やかさと同時に、現場の厳しさも身に染みて知った。リクルートへの就職で一度はスポーツの仕事から離れるが、その後野村総合研究所でスポーツ庁の業務に携わり、それが現在につながっているという。

対照的なのは林氏で、キャリアの中でスポーツに携わり始めたのは「ここ10年ぐらい」という。新卒から勤めた三井物産から、2016年にアルバルク東京の社長に就任することとなるが、「スパンの長い商社のビジネスとは違って、毎週試合があり、短い期間で結果が出て、大きな興奮をもたらすことのできるスポーツの興行ビジネスに、面白みを感じた」と、その魅力を語った。

スポーツ業界への関わり 共通する「ご縁」

パネルディスカッションが進むにつれて関心の的となったのは、どのようにスポーツ業界に入り、キャリアを構築してきたかということだった。

スポーツに関わりたい――。そんな強い思いを持つビジネスパーソンは大勢いるが、スポーツの世界での仕事は「ドリームジョブ」と呼ばれるほど、競争率も高い世界だ。その業界に辿り着くためにはビジネス経験や想いももちろん必要だが、三者が揃って口にした意外な言葉は、「ご縁」だった。

林氏の「ご縁」は、広島東洋カープの松田元オーナーによって導かれる。同球団のスポンサーシップマネジメントやフードサービスを三井物産の関連会社が当時手がけており、同氏の紹介で、中日ドラゴンズとも取引が始まることとなった。その事業の責任者となったのが林氏というわけである。転機は2016年、開幕を控えるBリーグへの参画を決めていたトヨタ自動車が、チームの運営会社を設立する必要に迫られたことだ。

三井物産は共同出資のパートナーとして声をかけられることとなるが、数ヶ月後にはさらに社長として林氏を求められることとなる。林氏はスポンサーシップなどスタジアムを核としたビジネスの経験はあったが、スポーツチームの運営、それも経営者としての経験はこれまでなかったことから「当時、3度お断りした」(林氏)とのことだったが、変わらぬ熱心な誘いによりこれを引き受け、アルバルク東京の代表取締役に就任する。

石井氏をスポーツ業界へ導いたのも数々の縁だった。リクルートの後、野村総合研究所にてコンサルタントとして企業の新規事業開発に当たる中で、スポーツや音楽などの産業の可能性を感じたという。当時発足したスポーツ庁の業務に関わる中で改めてスポーツ産業のこれからの可能性を感じ、スポーツ業界へ身を投じることを決意したという。当時40代となっていた石井氏は「転職しようとしたら、面接で歳を取りすぎていて使いにくいとも言われました(笑)」と振り返るが、女子プロ野球の改革事業を行うチャンスを掴み、その後、現職のミクシィでスポーツ事業を統括する立場に辿り着いた。

川名氏にとっても、ファナティクス・ジャパンとは幸運な巡り合わせだった。米ファナティクスの創業者が来日するタイミングで、アジア市場へのビジネス展開を模索していた同社に対して日本市場の可能性をプレゼンテーションすると、これが評価を得て、同社にアジアの責任者として迎え入れられることとなる。米国留学時代にスポーツ業界でのキャリアを目指すことを決意した時から「人と会うことを重要視していた」という同氏の姿勢が、最終的に功を奏すこととなったのだ。

「ご縁」を手繰り寄せる、パッションとロジック

「ご縁」は大切だが、待っているだけではやって来ない。それを引き寄せるためには、「パッションとロジックが必要」と話すのは石井氏だ。これを身をもって証明するのが、同氏のスポーツ業界への転職に際する体験談だとして、次のように語った。

「スポーツ業界への転職で8連敗しました。面接で落ちただけならまだ良いのですが、書類選考も通りませんでした」

プロ野球球団やJリーグクラブの公募に対しても、書類選考で通らない。面接までこぎ着けても、不採用。これは何故か?石井氏は、リクルートに入社した頃から続ける、自らのアプローチ方法を語った。

「皆さん応募して履歴書や職務経歴書を面接の場に持っていくのですが、それで終わっているケースがすごく多いんです。私はどこの転職に行くにも、最低でも10枚程度の事業改革プレゼンテーションを用意します。相手の経営者が読んだら自分を採りたいだろうと思う改革案を、相手の判断材料として提示するのです」

これが、当時応募していたスポーツチームには当てはまらなかった。転職組となるとスポーツ業界へ提供できる経験と知識は豊富にあるが、チームやリーグにとってはハイスペック過ぎて、金銭的にも能力的にも受け入れることが出来ない人材と見られてしまう場合もある。これは、スポーツチームが抱えるジレンマの1つとも言えるだろう。

石井氏は、「公募を出したチームやリーグ側の求める人材像と掛け離れていた。自分がどう貢献出来るかというPRを用意したが、相手のニーズを上手く汲み取っていなかった」とも振り返るが、自身のパッションとロジックの掛け合わせが、逆にミスマッチを生み出してしまっていた事例だ。

だが一転、ミクシィへの転職の際は同様のアプローチで、事業改革書の自主提案を行うと、採用担当者との「“ハモり”を生んで」(石井氏)、見事、現職につながることとなる。パッションとロジックを持ち続けたが故に、苦い経験をしながらも、遂にはマッチングが生まれた瞬間だ。

スポーツ業界を志す人材へ 必要とされるものは

パネルディスカッションの最後は、『スポーツ業界でのキャリア展望』をトピックに、これからのスポーツ業界で求められる人材像についても話が及んだ。これについて林氏は、「これまでの経験を活かせる職場で、挑戦をしていくことが大切」と話し、次のようにも続けた。

「プロスポーツチームのビジネスは、興行ビジネスです。“スポーツビジネス”という括り方は少し違和感があって、スポーツという幅広い領域で、どのようなビジネスをしたいかを考えたほうがいい」(林氏)

三井物産での仕事ぶりが評価され、その延長線上としてスポーツの世界に入ることとなった林氏の言葉には、強い説得力があった。さらには川名氏から「林さん、早稲田の大学院にも行ってらっしゃいましたよね?」と水を向けられると、50歳を過ぎても尚、早稲田大学大学院でスポーツビジネスを学び直そうと選択した考えも紹介し、次のように話した。

「これまでの経験で補えない部分はすぐさま学び、そこから一心不乱に挑み続ける強い意志を持って、クラブ運営を続けています。貫き通せる意志を持ち、それを続けることで、やりきった人にしか見えない景色を知ることができるんです」

石井氏は、スポーツビジネスで求められる三つの能力を説く。それは、①観察力、②システムや仕組みの構築力、そして、③ストーリーを描く創造力だ。ステークホルダーが多岐にわたり、複雑なビジネスモデルとなるスポーツ業界で、そのビジネス環境を熟知し、観察した上で、どう周囲を巻き込み、楽しませることができるか――。これはスポーツの世界に限らず、どこでも通用していける能力だと力説した。

川名氏が唱えたのは、ジェネラリストになるのではなく、専門性を磨く必要性だ。「商社マンがスポーツ業界に貢献するためには、何ができるのか」と考えながらプロフェッショナルファームに臨み、Bリーグや日本テニス協会の支援を通して業界の知見も蓄えて、現在スポーツの世界に辿り着いた自身の経験は何よりも説得力がある。専門性は入り口に過ぎないかもしれないが、これまでの経験に誇りを持って語ることができるのは、これからのキャリアメイクのスタートラインに立つ上では非常に重要になるだろう。

この後パネルディスカッションに続いては、ミートアップのパートナー企業として参加したジャパネットグループから、リージョナルクリエーション長崎のスタジアムシティ戦略部 山田仁志氏が登壇。2023年の開業に向けて進む「長崎スタジアムシティプロジェクト」の構想と現状、そして新たな仲間となる人材募集を、次のように紹介して締めくくった。

「長崎スタジアムシティプロジェクトは、(髙田旭人)社長直轄の、社運を懸けた本気のプロジェクト。興味のある方は、ぜひお声がけください」(山田氏)

こう語る山田氏も、DeNA出身の転職組。長崎を創業の地としながら、東京にもオフィスを構えるジャパネットグループで、同社がテレビショッピングに次ぐ中核事業と位置付ける「スポーツ・地域創生」においても、多様な人材が集まりつつあることが伺える。

ミートアップではその後、この日の登壇者を交えた交流会が開催され、参加者同士でも歓談が進む様子が見られた。この会でも、新たな「ご縁」が誕生したに違いない。

「スポーツの世界に入りたい」とやみくもに突き進むのではなく、業界で通用する専門能力を備えて、いざという時の巡り合わせを必ずモノにする――。この、遠回りとさえ思われる地道な努力、スキルの研鑽が、実は、スポーツ業界を目指す人材にとって最も近道になり得るのではないだろうか。


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