シント=トロイデンのスタジアムで体感した、スポーツビジネスの新たな息吹【#SBS欧州 番外コラム】

スポーツビジネスサミット(SBS)が「スポーツを通した地方活性化」をテーマに初開催されたのが2018年9月。その1年後となる今年9月には、サッカー・ベルギーリーグ1部のシント=トロイデンVV(STVV)の協力により、ベルギーの「地方都市」ともいえるシント=トロイデンで、「SBS欧州」が実現した。現地密着したHALF TIMEによる連載の最終回は、STVVのスタジアム視察の様子を中心にレポートする。

前回レポート:シント=トロイデン立石CEOと飯塚CFOは、いかに国境と文化の壁を乗り越えたのか?

“地域コミュニティ”の場、STVVのスタジアム視察

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SteyenStadium
シント=トロイデンVVの本拠地「スタイエン・スタジアム」は本格的な多機能スタジアムだ。写真提供=STVV

シント=トロイデンVV(STVV)の 立石敬之CEO、飯塚晃央CFOによるディスカッションが実施された翌日、欧州スポーツビジネスサミット(SBS欧州)では、チームの本拠地である「スタイエン・スタジアム」の視察と、ベルギーリーグのSTVV対ワースラント・ベフェレン戦の観戦が行われた。

スタイエン・スタジアムは、収容人数は14,600人と小ぶりだが、本格的な多機能スタジアムだ。メインスタンド裏のコンコースにはホテルの宴会場のような大きなスペースがあり、試合のある日はラウンジとして飲食が提供される。試合のない日は展示会場や企業の説明会など、多目的ホールとして利用することができ、車の展示会も開催できるよう、エレベーターは乗用車を積めるだけの広さが確保されている。

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SteyenStadium
専用スタジアムである「スタイエン・スタジアム」はピッチまでも近く、高い観戦体験をもたらしている。

スタジアムには他にも、ホテル、スーパーマーケット、ドラッグストア、電器屋、ペットショップなどが入っており、試合のない日も市民が集まるコミュニティになっている。最上階は保険会社や警備会社など、企業のオフィスとして利用されていた。スタジアムを出てすぐの広場には新しいマンションが2つあり、そこには本格的なイタリア料理レストランとスポーツバーがあった。こうした施設の下には巨大な地下駐車場が広がる。

案内役を務めた、DMM.comからSTVVに出向している若手日本人社員は、こんなエピソードも教えてくれた。

「このスタイエンを所有しているのが、STVVのオーナーだったローラン・ドゥシャトレさんです。スタイエンを多機能スタジアムにするとき、ここをシント・トロイデンの中心にしようと考えて、鉄道の駅もここに移してしまおうと考えたみたいです。それはさすがに叶わなかったようですが(笑)」

試合観戦で実現した、地元ファンとの交流

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SteyenStadium
Momoki Ishii
スタジアムラウンジで交流するSBS欧州参加者とSTVVサポーター。左端は後述の石井百樹氏

スタジアム視察の後には試合観戦が実施されたが、スタンドに移動する途中に参加者のうち、4、5人がスタジアムのラウンジでSTVVのサポーターに捕まった。

「今日は俺のおごりだ!お金の心配はいらない。ビールを飲んでいけ!」

「カンパーイ!」「プロースト!」と日蘭両国語で何度も乾杯をしていると、一人のサポーターが話し出す。「俺の名前はヨハン。息子の名前はジョルディ。わかるよな」 

そう、オランダサッカー界のレジェンド、ヨハン・クライフと息子のジョルディ・クライフと同じ名前なのだ。筋金入りのサッカーファンは、STVVへの「愛」を惜しまない。

「俺の息子はSTVVのアカデミーでプレーしていて、ベルギーのビッグクラブやドイツのクラブから誘われている。俺は『18歳までSTVVでプレーしろ。しっかりここで成長してから次のステップへ進め』とアドバイスしている。少なくとも(ライバル関係にある)ヘンクにだけは行かせない。ヘンクに行ったら親子の縁は終わりだ」

一家はヨハン氏の祖父の代から延々とSTVVを応援し続けているという。ちなみにヨハン氏の父は有名なレフェリーであり、本人はドイツのクラブでユース世代を過ごしたそうだ。こんな出会いに恵まれるのも、現地でのスタジアム視察や試合観戦ならではだ。

試合はというと、後半アディショナルタイムにSTVVが劇的に同点ゴールを決めて1-1で引き分け。スタジアムのラウンジにたむろしていたヨハン氏たちもゴールが決まった瞬間、喜びを爆発させた。こうして参加者は彼らと「第3ハーフ(“試合後の飲み会”を意味するオランダ語圏の慣用語)」を続けることになったのである。

フェンシング協会の大学生インターンの目に映ったもの

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写真提供=STVV

「第3ハーフ」もほどほどに、試合後、スタジアムの照明灯の光が落ちた観客席で、今回のSBS欧州の参加者約20名のうち一人に詳しく話を聞くことができた。日本フェンシング協会でインターンをしている石井百樹氏だ。23歳の同氏は現在大学を休学し、「フェンシングを日本で普及させたい」という情熱を持ってSBS欧州に参加していた。

「今回はドイツ、オランダ、ベルギーのサッカークラブでマーケティングの勉強をし、スタジアムも見てきました。今回の経験をフェンシングの世界で活用したいです。STVVはDMM.comが日本代表の強化を目指して買収したわけですが、ヨハンさんたちと飲んでいて感じたのは地域密着のファン創造です。買収3年目になる来季に、みんな期待しているようですしね」

石井氏は今回のSBS欧州を通し、「フェンシングの魅力を言語化して、他人に伝えることの難しさ」を実感したという。たまたま出くわしたSTVVの日本人スタッフも交えて、それではと同氏からフェンシングの魅力を聞くも、やはり「でも、すぐに『じゃあフェンシングを見に行こう!』という気持ちにはならないなあ」と率直な感想を述べる二人の大人。

競技に馴染みのない人の関心を引くのは、かくも難しい――。それでも、同様にサッカーというプロダクトをシント=トロイデンでマーケティングするSTVVという立場から、日本人スタッフは次のように石井氏の背中を押した。

「でも、23歳でそこに気づけることのほうが大切なんじゃないでしょうか。『サッカーの魅力はなんですか』と聞かれて今なら答えられますけれど、23歳でそれは難しいと思いますよ」

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Akio Iizuka
スタジアム視察では、STVVの飯塚晃央CFO(中央)自らがクラブの歴史を紹介した。フロントスタッフもクラブの魅力を伝え続ける必要がある。

真っ暗になったスタイエン・スタジアムの観客席で石井氏と話を続けていると、ピッチ上に人影が現れた。その背格好は間違いなく、試合前にスタジアム視察でガイドを担当していた別のSTVVの日本人スタッフだった。彼は黙々とピッチの上に落ちているゴミを拾い終わると、ロッカールームの方に消えていった。

「別に、清掃業者さんがやればいいことなんですが、誰が見てなくても、『自分がやるべきことはこれだ』と思ったら実行に移すのが彼なんです。凡事徹底ですよね」

石井氏の隣で先出の日本人スタッフがさりげなく話すが、クラブのフロントスタッフが自らの責任感で、職務以外も全うする様は、将来スポーツ業界を目指す石井氏の目に強く、はっきりと映っていた。

石井氏は、ヨハン氏とビールを酌み交わしながら地元サポーターの心を知り、STVVの日本人スタッフが人知れずクラブのためにやれることをやっている姿を目のあたりにした。おそらく、いろいろと得るところがあったのだろう。スタジアムを後にする際、同氏は今後の抱負を述べた。

「(日本フェンシング協会の)太田雄貴会長から『自分も会長になったような意識でものを言ってくれる人のほうが、勉強になる』と言われました。フェンシングの個人戦でオリンピックのメダルをとったのは、太田会長しかいません(注:2008年北京大会個人銀。2012年ロンドン大会団体銀)。

今は国際フェンシング連盟の副会長もやっていますが、世界のフェンシングを知り尽くしているのも太田会長だけです。だから、みんな会長が意見を言うと、『それでいきましょう』となってしまう。だからこそ、『それは違うんじゃないですか』と意見を言える人を本当に大事にしているんです。僕もそういう人間になれるように、頑張っていきたい」

SBS欧州で生まれた、貴重な相互交流

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SportsBusinessSummit
Takuya Fukuda
福田拓哉氏(九州産業大学准教授)を中心に、スタジアム内で記念撮影を行う欧州スポーツビジネスサミット参加者

石井氏が様々な刺激を受けたことは、SBS欧州がいかに実りあるものだったかを示す、一つの好例だったと言えるだろう。STVVの立石CEOと飯塚CFOのパネルディスカッションで司会を務めた福田拓哉氏(九州産業大学准教授)は、次のようにも述べていた。

「オランダ、ドイツ、ベルギーをバスで移動したので、参加者の間でコミュニケーションが生まれたんです。これが参加者にとって非常に良かった。今回が縁となって、インターンとしてもスポーツビジネスに挑戦しようという学生がさらに増えるかもしれませんね」

似たような出来事は、スタジアム視察の際、ホテルのロビーでも起きた。福田氏が選手代理人も務めるSBS欧州の運営スタッフと雑談をしていると、数名の参加者が「一緒に話を聞いていいですか?」と近づいてきたのである。こうして、ホテルのロビーは即席の講習会となった。

「選手を売る方と買う方の移籍金の差が数億円あって、交渉が破断になりそうになった場合、代理人はどうやってこの数億円の差を縮めるか」――これ以上はSBS欧州にはるばる日本から足を運んだ参加者のみの特典だが、欧州のサッカー市場で代理人ビジネスを手がける人物から直接話を聞くことのできる機会は滅多にない。

サッカーの試合後の「第3ハーフ」ではないが、こうした延長戦もまた、SBS欧州の大きな魅力だったのではないだろうか。


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