NFLの歴史は?過去のベストプレーを振り返る!

NFL(National Football League)はアメリカで人気の高い4大プロスポーツの1つで、アメリカンフットボールの最高峰といわれています。

本記事では、そんなNFLの歴史をテーマに解説しています。また、日本での放送の歴史なども詳しく解説しています。

ぜひ、最後までご覧ください。

NFLの歴史

発祥は1900年代、ペンシルバニア州の西武からオハイオ州にプロのフットボールが広まったことがきっかけです。それまでは、サッカーやラグビーが主流でした。

そもそも、フットボールという概念が誕生したきっかけは、1876年にウォルター・キャンプ氏がラグビーを発展させた形でアメリカンフットボールに関するルールを草案したことに由来します。その後、アメリカンフットボールが全米に広まり、ウォルター・キャンプ氏は「フットボールの父」と呼ばれるようになりました。

そして1892年、ピッツバーグで初めてプロのアメリカンフットボールが誕生。さらに翌年にはプロ契約選手も続々と輩出。さらに1899年には、モーガンアスレチッククラブ(アリゾナカーディナルスの前身)が創立しました。

ここから、NFL誕生の歴史が始まります。1900年以降には、フットボールの中心がペンシルバニア州からオハイオ州まで広がりをみせています。その後の歴史については、次の年表にまとめますので、ぜひご覧ください。

年代概要
1906年フォワードパスが容認される
1920年APFA(American Professional Football Association)を発足
1922年APFAが正式にNFL(National Football League)に改名
1933年10チームが東西地区に分類され、初のチャンピオンシップが実施
1939年NFL初のテレビ中継
1967年アメリカ史上初のスーパーボウル開催

AFL (American Football League)が誕生した時期は1960年代です。その後、1961年にアメリカンフットボールの発展と安定を望む声が広がり、法案により議決されることとなりました。この議決によって、ネットワークテレビ局とプロのスポーツリーグで放送契約が結べるようになり、テレビの視聴者も増加する流れに繋がりました。

ちなみに、1962年に当時ロサンゼルスラムズのピート・ロゼール氏が、NFLレギュラーシーズン戦を独占放送するためにCBSと初めて契約を締結しています。

その後もアメリカンフットボールの人気は留まることはなく、1965年には下記のデータが報告されています。

  • プロフットボール:41%
  • 野球38%

参考:スポーツファンが好きなスポーツ(サリス・サーベイ社調べ)

その後、1980年代にはNFLの人気が世界的に広まりました。1986年、初の「アメリカンボールシリーズ」を開催し、東京や大阪だけでなく、メキシコシティ、ロンドンなど世界中の都市で観客を沸かせました。

そして、2000年にはNFLの観客動員記録を更新し、2000万人を突破。2003年には、NFLの24時間放送番組「NFLネットワーク」の放送が開始されました。

日本での放送の歴史

写真提供 = Lutsenko_Oleksandr / Shutterstock.com

世界的にもNFLは人気の高いスポーツの1つといえるでしょう。日本でもその人気は高く、1970年代当時の若者の流行にもなっていました。

1972年当時、若者に人気の高かった株式会社ヴァンヂャケットがVAN99ホールを青山に建設。そして、NFL FILMSのハイライト番組の権利を購入して上映を開始しました。また、実業団チーム「VANGUARDS」を結成し、ハワイと親善試合をするなど日本での人気向上に貢献しました。

このことがきっかけで若者を中心にNFLが認知されるようになり、日本でもフットボール人口が増えたとされています。そこで、フットボール人気に注目した東京12チャンネル(テレビ東京の前身)が番組名「ワールドスポーツ」を放送開始。不定期ではあったものの火曜日の21時~22時で放送されていました。当時はトレンドというよりも話題性にスポットをあてており、過去に活躍した選手を取りあげるなどしていました。

その後1976年、当時日本でも人気の高かったマイアミドルフィンズが日本教育テレビ(テレビ朝日の前身)で取りあげられ、第1次NFLブームが起こっています。

また、「毎日スターボウル」が後楽園球場で日本初として開催され、アリゾナカーディナルスVSロサンゼルスチャージャーズが対戦。そして、NCAA公式戦のパイオニアボウルがスタートしたことをきっかけに、NCAAのオールスター戦「ジャパンボウル」も開催されました。

当時、日本の10代・20代を中心とした若者はアメリカが憧れの国であり、世界的にもアメリカを題材としたコンテンツには巨額が注ぎ込まれていました。このような背景から、若者がNFLに憧れを抱くようになり、市場拡大を後押ししたのです。

ちなみに、1978年以降はTBSでスーパーボウルの録画放送が開始され、深夜に観戦することができるようになりました。さらに、1980年には、衛星放送でのNFL中継が始まり、9月のレギュラーシーズンから最終決戦として注目されているスーパーボウルまで、テレビで楽しめるようになりました。

歴史に残るベストプレー

NFLの人気を集めるきっかけとなった試合があります。

1958年に開催されたNFLチャンピオンシップ「ニューヨークジャイアンツVSインディアナポリスコルツ」の決戦。この試合はNFLの歴史上で最も大きな転機となり、現在でも「史上最高の試合」と称えられています。この試合の結果は、インディアナポリスコルツがオーバータイムで勝利(23対17)しており、その大迫力のプレーが全米中継されたことから多くのファンを釘付けにしました。

その後も、NFLの歴史に残るプレーは数多くあります。

例えば、2008年2月3日に開催された第42回スーパーボウルで「ニューイングランドペイトリオッツVSニューヨークジャイアンツ」がアリゾナ州グレンデールのフェニックス大学スタジアムで対戦。この年は、クォーターバックのトム・ブレイディ氏がニューイングランドペイトリオッツを率いて16戦全勝しており、チーム成績も好調をみせていました。しかし、この日はニューヨークジャイアンツのパスに圧倒され、第3クォーターまでで獲得した点数はたった7点。しかし、第4クォーターの、終盤のタッチダウンで14対10と逆転しました。

そして攻守交替し、4点を追うニューヨークジャイアンツの前に、ニューイングランドペイトリオッツの守備が立ちはだかります。なんと、4人のディフェンダーがニューヨークジャイアンツのクォーターバックのマニング氏に激しくタックル。その攻防戦は激しく、マニング氏はユニフォームを引っ張られながらも山なりのパスをレッドゾーンへ送りました。

そのパスを、ゴール前約25ヤードでワイドレシーバーのデビッド・タイリー氏がジャンプし、ヘルメットにボールを押し付けながらキャッチする光景がファンの興味を惹きつけました。その後、デビッド・タイリー氏は倒れながらも両手でボールをキャッチ。このプレーはその後も歴史に残るプレーとして語り継がれ、現代でも「ヘルメットキャッチ」と呼ばれています。

結果、この年はニューヨークジャイアンツが17対14でスーパーボウルを制しましたが、ニューイングランドペイトリオッツのデビッド・タイリー氏のヘルメットキャッチは、現代でもファンの心に残っています。

まとめ

今回は、NFLの歴史について振り返ってきました。世界的にもファンを抱えるスポーツの1つですが、初めから人気があったということではなかったようです。ラグビーを発祥としてフットボールが広まりましたが、「フットボールの父」と呼ばれたウォルター・キャンプ氏の苦悩があってこそ、現在のNFLがあるといえます。

また、日本でも当時若者を中心に人気の高かったフットボールに注目してテレビ放送されるなど、人々の関心とマッチした行動がNFL拡大に繋がったのでしょう。さらに、歴史に残るプレーも数多く存在し、ファンを魅了してきました。

本記事が、NFLの歴史について詳しく知りたい方の参考になれば幸いです。

(TOP写真提供 = Photo Works / Shutterstock.com)


《参考記事一覧》

歴史(NFL公式サイト日本語版) 

祝開幕! シーズンを目前にして、日本のNFL放送の歴史を振り返る(Touchdown Network)