国立競技場開催、大規模招待にアニメ・VTuberコラボ…Jリーグ鈴木章吾氏に聞く2023シーズンのマーケティング施策

2023シーズンの入場者数が昨年比35%増と、コロナ禍を経て集客を伸ばすサッカー・Jリーグ。マーケティング担当チーフオフィサー 鈴木章吾氏が先日登壇したセミナーで寄せられた質問をもとに、今シーズンの施策とその背景を聞いた。(構成=HALF TIMEマガジン編集長 山中雄介)

鈴木 章吾氏
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)
事業マーケティング本部 マーケティング部 マーケティング担当チーフオフィサー

日本生活協同組合連合会、キリンホールディングス、野村総合研究所にて、一貫してtoCマーケティング領域に従事。現職では、Jリーグへの関心度と集客の最大化を図るべく、デジタルプラットフォームを活用したCRM戦略を統括。

戦略的に進めてきた「国立競技場開催」

Jリーグがはじめて新国立競技場でリーグ戦を開催したのは2022年4月29日のFC東京対ガンバ大阪。以降、清水エスパルスや鹿島アントラーズ、湘南ベルマーレなど都内以外のクラブのホームゲームも開催してきた。花火やドローンなどの演出、アーティストの出演なども毎回話題となり、“サッカーファン以外”の取り込みにも積極的だ。

――国立競技場での試合開催は多くのクラブにとって新しいマーケットを開拓する機会になります。開催についてはクラブ側から希望が出されるのか、あるいはリーグから打診するのでしょうか?

基本的にはクラブからの挙手制です。開催の意義やタイミング、リーグ全体の試合カレンダー、クラブの事情、国立競技場の空き状況などを踏まえて、クラブとよく協議した上で、最終的なスケジュールを決定しています。

――その際の演出費用の分担などは。新規ファンの来場促進に向けては、国立競技場という施設やアクセスの良さだけでなく、魅力的なイベントやプログラムも必要になります。

リーグで招待枠1万席を預かるかわりに、国立開催試合での会場使用料と演出費用の一部を試合を運営するホームクラブに助成しています。

Jリーグの試合は当然ながらフットボールの魅力が価値の中心ですが、それだけでは首都圏の新規層・ライト層の開拓は難しい。そのため、各種演出やイベントなどを通して「国立開催=Jリーグのお祭り」として認知していただけるようにして、来場のハードルを下げることを意識しています。

「国立開催はJリーグのお祭り」(鈴木氏)写真提供=Jリーグ

「初来場」を2回目、3回目につなげていく

2023シーズンのマーケティング戦略のテーマは「認知から関心へ」だという鈴木氏。国立競技場での試合開催は“ショーケース”であり、今までリーチできなかった新規ファンの獲得に努めている。また、それ以外でも各地で大規模招待施策も行い、今年の夏は17万人を無料で招待するキャンペーンも実施した。

チケット購入には必ずJリーグIDが必要となり、顧客情報がリーグのデータベースに蓄積される。これが各クラブが利用できるマーケティングプラットフォームにもなることで、新規来場から、2回目、3回目の来場につなげていく取り組みを実践している。

――招待施策を実施後、各クラブが2回目、3回目の来場につなげていく必要があります。ここでもリーグでは何かフォロー・支援を行っているのでしょうか。

CRM活動のベースとなるマーケティングプラットフォームでは、顧客データ管理、メール送信、施策効果検証などの基礎的なメニューを提供しており、多くのクラブが利用しています。さらにオプションのひとつにマーケティングオートメーション(MA)があり、J1クラブを中心に10クラブ程度が利用していて、複雑なシナリオを組んでCRMを実行しているクラブもあります。

また、今年から各クラブのLINE公式アカウントで利用できる「LINEミニアプリ」の導入を推進しており、現在27クラブが利用中です。LINEミニアプリではチケットのQRコード表示、ファンクラブやシーズンシートなどの会員証表示、インスタントウィン型(※当落がその場でわかる懸賞のこと)のキャンペーン実施などの機能があり、スタジアム内外で活用されています。

CRMのラストワンマイルはあくまでもクラブの役割になりますが、やはりリソース面で十分な施策を実施できないクラブもあります。そこで、MAを利用していないクラブ向けにリーグ側で基本的なCRM施策を実施する「セントラルナーチャリング」というメニューも今年から新たに提供を開始しました。

セントラルナーチャリングには、初回新規来場後のリピート促進、前回来場から一定期間経過したユーザーに向けての再活性化などのシナリオがあり、現在32クラブが利用しています。

「新規層・ライト層の獲得には、来場のハードルを下げることが必要」と鈴木氏

――2回目と3回目では、来場に向けた動機付け・訴求も異なるかと思います。どのように施策に落とし込んでいますか?

新規の方のジャーニーとしては、初回招待→2回目優待→3回目一般購入という流れで施策設計をしています。ですので、F2(2回目来場)転換促進には優待施策による価格メリット訴求、F3(3回目来場)転換促進にはクラブや選手をよく知っていただいて愛着を持っていただくアプローチを取るケースが多いですね。

また、地方では各地のローカルTV放送局とも連携して、サッカー番組の放映、ニュース・情報番組での取り上げ、試合中継の増加などを通して地元のクラブへの関心を高めることが、リピート来場の底上げになると考えています。そのため年に2回、エリアごとに調査を実施して、地元クラブへの関心度や選手認知度などの変化を確認しています。

Jリーグのマーケティング、今後の展望

――JリーグのCRMについて、ベンチマークしているのは他スポーツリーグでしょうか。もしくは他のエンタメになるのでしょうか。

どちらもベンチマークしています。コロナ前と比較しての入場者推移などについては、やはり他プロスポーツの動きを特に注視しています。ただ、可処分所得や可処分時間という意味では旅行やエンタメ、レジャーなども幅広く競合となり得るため、各社のプロモーションの打ち出し方、客数と客単価のバランス、コロナ前と比べての回復度合いなどをベンチマークしています。

――ここ最近は訪日外国人の方の観戦も増えているように感じます。今後、インバウンド層の取り込みについての可能性については、どのように感じていらっしゃいますか?

都市部のクラブを中心に、インバウンド層向けの外国語版チケット購入サイトの運用を強化しているクラブもあります。また、KLOOKやKKdayなどのインバウンド層向け体験予約サイトとの連携事例も出てきています。コロナでこうした動きが一旦ストップしていたのですが、今年から各クラブでの取り組みが活発化しているようですね。

現在、2023シーズンの後半戦真っ只中のJリーグ。目の前の目標は、コロナ前(2019年)に記録した、J1リーグ戦平均入場者数2万751人、年間総入場者数1,141万4,998人という歴代最高記録にいかに近づき、そして超えていけるか。これからもマーケティングにかかる期待は大きい。