横浜FCが取り組む「動画制作」の舞台裏と、マーケティング施策としての可能性

スポーツを扱った動画コンテンツは、コロナ禍を経て需要が高まる一方だ。HALF TIMEの調査では、回答者であるスポーツファンの実に8割以上の人々が「3年前に比べてスポーツ動画コンテンツを視聴する機会が“増えた”」と回答した。

スポーツチームや企業にとってはマーケティング施策としての期待も高まる。4年前から本格的に動画制作に取り組んできた横浜FCと、動画プラットフォーム・サービス大手のVimeoが、6月に東京で開催された「動画マーケティングセミナー」でスポーツ動画コンテンツの可能性について語った。(取材・文=大塚敦史)

動画マーケティング 「顧客満足」が大前提

まず横浜FCが取り組んだ動画マーケティングについて、新規事業推進部の松本雄一さんが実際の映像を交えながら紹介した。松本さんはネット広告代理店から2019年に転職して横浜FCに加わると、マーケティングや広報を歴任してきた。

「マーケティングの大原則として、顧客満足を前提に考えています。ファンが何を見たいのか、どんな情報を知りたいのか。チーム内部の映像もしっかり出したかった」

当時、すでにチームのYouTube公式チャンネルはあったが、ほぼ試合のハイライト動画だけ。YouTubeなど動画を使ったマーケティングは他のスポーツチームや企業で盛んに行われていた。クラブ内では制作予算がないなか、松本さんは動画の必要性を感じて自ら制作に取り組んだ。自分で撮影し、それまで全く使ったことがなかった動画編集ソフトを駆使した。まず作ったのが、モチベーション動画だった。

「ハイライトを切り貼りして、そこにストーリーを乗せて、クラブの中の人間が語ってるような動画を作りました。サポーターに対して、次の試合に向けた応援のモチベーションを高めて、『ひとりでも多くの人を誘って試合に来てください』ということを伝えるために作りました。毎週試合前日に動画を出しました」

横浜FCは2019年以降本格的に動画制作を行ってきた

さっそく「ついに横浜FCもこういう動画を始めたか」と声をかけてくれるサポーターも現れるなど、反応が良かった。顧客をさらに満足させるために、何を動画で見せたらいいか。松本さんが次に取り組んだのが、ロッカールーム内での監督や選手たちの映像、そしてゴール裏で応援するサポーターたちを中心にした映像だった。

「サポーターの方が普段見られない視点の動画を考えました。ただ、最初は社内の理解を得られず、『ロッカーは聖域だから入るな』という雰囲気もあり、隠しカメラのような形で撮りました(苦笑)」

今でこそロッカールーム内でのミーティングの様子や、選手たちの喜怒哀楽の様子を映した動画は各チームが当たり前のように公開しているが、当時はまだ目新しいコンテンツ。物珍しさもあって話題となった。

サポーターたちが応援している動画も好評だったという。

「ゴール裏はコアなサポーターですが、自分が映ってコンテンツになるということは今までになかった。こういった人たちが参加している“臨場感”を映し出したくて。あとは、勝った試合の後には必ず、ヒーローインタビューのボードを場外に持ち出して、サポーターにインタビューするという動画コンテンツも手作りで出していました」

こういった動画を継続的に出すことで、動画を通じてサポーター達の満足度や、クラブへのコミットメントを高めていった。

「普通は見ることのできない映像や、『自分が参加している』と感じられる動画を、コアサポーターが熱量を持って拡散してくれる。それにより、僕らが直接触れることのできない“新しい人”に届くというのがSNSの力です。これを設計して、動画の必要性を社内外に浸透していったのが2019年でした」

新型コロナで重要性を増した動画コンテンツ

手応えを感じ始めていたところに、突如立ちはだかったのが2020年の新型コロナウイルスだった。横浜FCは2020年が13年ぶりのJ1の舞台と意気込んでいたが、それまでの計画は何もかもが崩れることになる。

数ヶ月に及ぶリーグ中断を経て、再開したものの無観客での試合。これまでのようなスタジアムへの来場を促す動画は作れない。一方で、動画の必要性をさらに感じ、コロナ禍における取り組みとして、選手が登場する感染症予防の動画や社会連携に関する動画を公開していった。

「サポーターと社会のために何ができるのか。そこに横浜FCのコンテンツをどう活用するか。今までの顧客思考から少し変わりますが、ファンとの心理的な隙間を埋めて、“クラブの存在価値”を示すことに取り組みました。2020年は急激な変化が発生して、新たな手法のトライアルになりました」

コロナ禍では感染症対策の啓発動画も制作

2020年、2021年と無観客・入場制限が続く中で、少しでもファン・サポーターたちに横浜FCへの関心を持ってもらい続けるために、シーズン前のキャンプの様子も公開。ブログサービスのnoteとセットで公開するなど工夫し、動画に加えて文字でも伝えていった。

「ひとつのプラットフォームだけに頼っていても少し難しいというのを、この時期から感じていました。ファンのエンゲージメントを維持しなければいけないという課題に対して、(映像でも文字でも)余すことなく内部の素材を公開しようという考え方です。

キャンプでの選手の素顔をVlog(映像ブログ)として出しました。この時期に『新型コロナでファンのエンゲージメントが下がって、色々やらなきゃいけない』となったことが、今のコンテンツの基本になって、活きています」

動画マーケティングの「今後の展望」

今シーズンは「INSIDE STORY」として試合やトレーニングの舞台裏を紹介している

動画がサポーターたちに受け入れられていき、チームとしても動画マーケティングを強化するべく予算もつくようになった。「腕の良いクリエイターの方にお願いしていて、今シーズンの動画は過去一番の出来映えといえます」と松本さん。

こう胸を張る一方で、現在考えているのが動画の収益化だ。YouTubeでは視聴数あたりの広告単価が低く、動画から得られる収益は微々たるもの。予算がついたとはいえ、継続的な動画制作には費用がかかる。

そこで松本さんが現在注目しているのが、今回のセミナーに共に登壇した動画配信・サービス大手の「Vimeo」だった。動画そのものが簡単に購入できたり、課金ができる利点がある。スポーツコンテンツはもとより、企業の有料セミナーや著名人の講演でも利用されている。

「もうYouTubeではこれ以上大きく(視聴数が)伸びないだろうと思っていて、それよりもこれらの良質なコンテンツを販売したいと思っていたんです。Vimeoであればできるかもしれないと思って、社内に提案したりリーグとも話し合ったり関係各所との協議を続けてますが、映像利用ルールや肖像など権利面の障壁もあり、それらを超える方法を模索しています」

Vimeoの河野宇倫さんは、マーケティングに動画を使うことの利点をこう解説する。

「マーケティング活動に動画コンテンツを使うことで、5割程度早く収入につながるというデータがあります。また、大手コンサルの調査では『NetflixやDisney+といった動画配信サービスのサブスク契約を解約する理由があるとしたら何ですか』という問いに、8割の回答者は『スポーツに関連するコンテンツがなくなったらやめる』という回答をしています。スポーツファンだけではなく、一般の方を含めてもスポーツコンテンツのニーズは高いといえます」

Vimeo Account Executiveの河野宇倫さん

Vimeoはクリエイターなどプロ向けの動画プラットフォームというイメージが強い。実際、世界中でユーザーを抱えている。

「動画を作るのには時間とコストがかかります。実は、動画の撮影だけでなく、その後の編集やプラットフォームへのアップ・埋め込みに、全体の6割以上のリソースが費やされているという調査もあります。動画プラットフォームが多様化する中で、それぞれのチャンネルに適したコンテンツを、より多くの視聴者を得られる形で配信をしていく必要があるでしょう」

この点で、Vimeoは編集をはじめ様々な管理機能も提供。広告以外でのマネタイズも支援している。日本市場責任者を務める真鍋善史さんはこう話す。

「広告収益を得るのが目的なのであれば、YouTubeが長けています。Vimeoは良くも悪くも広告は一切出ません。もともと2004年の創設以来、テレビ業界や映像のプロがユーザーの中心ということもあって、(自分の作品に)広告を出したくないという方に向けたサービスでもあります。

ですので、例えばファンクラブ向けにクローズドな環境で配信をしたい、特定のファン層だけにキャンペーンとしてコンテンツを配信したいといったケースや、絶対に動画をダウンロードしてほしくないといったようなケースでVimeoを使っていただくケースが多いですね」

動画を通したスポンサーアクティベーションも

Vimeo Japan Leadの真鍋善史さん

Vimeoでは、動画内にウェブページのリンクを貼り付けたり、ユーザーが動画上で操作することでストーリーを分岐されられたりする“インタラクティブ動画”も提供する。

「例えば、横浜FCさんのようなスポーツチームが、ファンとのエンゲージメントを維持・向上するための新たな施策として、また、スポンサーアクティベーションとして、スポンサー企業の商品やサービスを動画の中からつなげていくというのもありえると思います」と真鍋さん。

コロナ禍を通じて、各スポーツチームのSNSへの動画投稿が活発になり、ユニークなコンテンツも増えている。しかし、マネタイズという面ではまだまだ道のりが遠いのが実情だ。これらのツールは、そういったチームへの大いにヒントになるだろう。

※以下はインタラクティブ動画の例:動画からオンライン購買までつなげることもできる。