2013年9月に東京がオリンピック・パラリンピックの開催地に決定してから、日本は世界中から注目を浴び続けてきた。2019年のアジア初となるラグビーワールドカップ開催、そして新型コロナウイルスにより史上初の1年延期で迎えた2021年の東京オリンピック・パラリンピック。国際大会のホスト国として、一挙手一投足が報じられた。
それらの大会を終え、今後日本がスポーツ産業をさらに拡大していくために、スポーツ庁は2021年度から国内スポーツ産業の国際化を支援するプラットフォーム「JSPIN(Japan Sports Business Initiative)」を始動させた。この取り組みはなぜ生まれ、今後どのような方向に向かっていくのか?スポーツ庁の室伏広治長官に伺った。
国際展開の壁を取り払う「JSPIN」
日本は東京オリンピックでは58のメダル、パラリンピックでは51のメダルを獲得。海外のプロリーグで活躍する日本人アスリートも多く存在する。競技レベルで選手たちが世界を相手に戦う中、世界のスポーツ市場の中で、日本の企業はより大きな存在感を示していくことが期待されている。国内市場では少子化、人口減を迎える点でも、国際市場への進出は欠かせない。
スポーツ庁は「JSPIN」の構想が始まった2018年から、国際展開に関する現状を把握するために調査を行ってきた。その結果、現地での情報収集やネットワーク構築、ノウハウの不足から国際展開に消極的になっているスポーツ関連企業が多いことが分かった。また、人的リソースの不足や投資対効果への不安なども挙げられた。
今年度から始まった「JSPIN」では、国際展開を目指すスポーツ産業の関連企業・団体向けに、情報発信やネットワーク構築の支援を行っていく。海外のスポーツ界のトレンドやニーズなどが聞けるセミナーや、関心のある企業同士のネットワーキングイベントも積極的に行い、スポーツ産業の国際展開を支援する。
室伏長官は、「日本国内だけでなく、またアメリカやヨーロッパだけでもなく、アジアを含めグローバルな視点でものごとを見ていく必要があります」と、視野を広く持つことの重要性を説く。
さらには、近年続いている海外への留学生の減少についても危機感を述べた。
「昔は留学生も多く、海外でチャレンジする人も多数いましたが、最近は国内で満足してしまっている傾向があります。事情は色々あると思いますが、そのような挑戦の機会が失われてしまっているのは少し残念に思いますね。これからの日本は、若い人にどんどん任せていくべきだと思いますので」
室伏長官は、そのためには優れた人材に適切な土壌を用意することが重要だとも語る。
「平等社会の日本ではありますが、突出した能力やアイデアを持った人が能力を伸ばしていける環境が必要だと思います。日本の若い人は素晴らしい考えを持っていると思うので、そういった人たちがどんどん出てくるような土壌が作られることが大事です」
日本が得た「信頼」を次につなげていく
日本はこれまで世界に誇るスポーツ選手や、メーカーをはじめとする企業を輩出してきた。そして近年では、様々な困難の中で迎えた東京オリンピック・パラリンピックを無事に開催させたという「信頼」を世界中から得ることとなった。
「信頼を得た上で、何をするか」――。これが今後の大きなテーマだと室伏長官はいう。
目先のものではなく、より長期的な視点を持つこと。そのためには外に目を向け、日本の良さを世界がどう捉えているかを考えること。そうすると、自分たちが気付いていない魅力を知ることにもなる。
「まずはつながりを持っていくことが大切です。それぞれの国の背景を知らないと、話は平行線になってしまうことは明白です。世界に興味を持っていただくようにすることが、我々の役目です」
「JSPIN」が掲げる目標には、国内企業・団体の国際展開の活性化と共に、日本のスポーツビジネスを牽引する国際的ビジネスリーダーの輩出がある。今年度は、国際スポーツビジネスカンファレンス「Leaders Week London」への人材派遣を実施した。
その中では、欧米スポーツのテクノロジー導入・活用のスピード感や、世界中にファンを増やして世界中を席巻していくという動きがコロナ禍で加速しているというのを目の当たりにしたという参加者の報告もあったという。
「ダイバーシティ&インクルージョンやサステナビリティといったテーマについてもグローバルでの関心が高まっています。当然、今後は日本のスポーツ産業でもこれらの分野への対応が求められるのではと感じていますが、残念ながら国内スポーツにはこういったトレンドが伝わりきっているとは言えません」
世界で国際化が一層進む中、海外情報を収集して国内に共有するニーズは高まり続けている。「JSPINを通じてグローバルビジネス人材の育成や、海外とのネットワーキングの支援ができれば」と室伏長官は話す。
「JSPIN」の組成に込めた想い
とはいえ、スポーツビジネス大国の欧米のトレンドをキャッチアップすることはもちろん必要だが、二番煎じにならないように異なるアプローチが求められる。
例えば、経済面や競技面で成長が期待されているアジア市場に対し、地理的な強みも活かしながら日本がプレゼンスを向上させてアジア市場を牽引するような役割を担うこと。そのためにはネットワークが欠かせないが、これにも「人材」は無関係でない。
「国際展開に向けては、海外から日本市場を知ってもらうことも必要です。しかしながら、人口の多さや経済規模などのポテンシャルは理解しているものの、日本側のスポーツビジネスパーソンとの接点がなくビジネスにつながらないといった現状があると認識しています」
今後はカンファレンスなど、日本のスポーツ産業や関連サービス、コンテンツを発信するような機会も設けていく予定だ。国際展開の動きを活性化させるプラットフォームが、「JSPIN」ということになる。
ところで、実はその象徴となるロゴには、室伏長官の「想い」も込められている。
「日本のオリジナリティと挑戦をイメージして、世界で誰もやったことのない、ハンマーと書道を組み合わせた“ハンマー書道”をやってみました。JSPINは、挑戦を促すプラットフォーム。皆さまの声も聞きながら、スポーツ庁として尽力して参りたいと思います」
今後の鍵を握る「健康」 グローバルでも
日本ではスポーツ向けのテクノロジーや、フィットネスなどの健康分野、そしてスポーツ用品において、優れた製品やサービスが生み出されている。
「世界的に見て、『健康』については各国課題を抱えています。日本は高齢社会ということもあって、健康増進に世界に先立って取り組んでいかなければなりません。コロナ禍では、健康を維持すること、そして不安定な状況の中でメンタルも大切だということが明らかになりました。それらに役立つのが、スポーツだと思います」
数多くの社会課題を抱えている日本だからこそ、その解決に向けてスポーツが果たす役割は大きい。SDGsや共生社会の実現など、社会全体を一つにできるのがスポーツの求心力・発信力でもある。
「社会や地域課題を解決するために、スポーツが変革を起こす。こう信じて、私たちスポーツ庁は取り組んで参ります」
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