Jリーグがアジア市場で勝利するための 『3つのカギ』とは?(小山恵×岡部恭英)

「Jリーグ、4か月ぶりに再開」日本中を駆け巡った一報は、多くの人々に未来への明るい希望を抱かせる福音となった。それを実現させたのが関係者のひたむきな努力と、結集された叡智であることは指摘するまでもない。コロナ禍が浮き彫りにした課題、そして日本サッカーをさらに飛躍させるために必要な発想とは? Jリーグ グローバルカンパニー部門で海外戦略を練り続ける小山恵氏と、日本サッカー界きっての国際派、TEAM マーケティングの岡部恭英氏が、ポストコロナ時代を見据えた日本サッカーの可能性と、生き残り戦略を語り合った。(聞き手は田邊雅之)

前回:アジアの中のJリーグ、Jリーグにとってのアジア市場

プレミアリーグが及ぼす圧倒的な影響力

画像=MDI / Shutterstock.com

――アジアのサッカー市場は急速に成長していますが、同時にアジア市場を巡る競争も激化しています。Jリーグにとって最大のライバルになるのは、やはり中国でしょうか?

岡部恭英氏(以下、岡部):いや、むしろ日本サッカー界がアジアで競う相手は、ヨーロッパのサッカー界やアメリカのスポーツ界だと思います。特に東南アジアに関して言えば、アジアではプレミアリーグの人気が昔から高かった。この理由ははっきりしています。

1つ目は、アジアのプライムタイムに対応したことです。プレミアリーグが発足したのは、いわゆる有料テレビの放送が始まった最初の頃でした。当時はまだこの方式が普及していなかったんですが、オーストラリア系アメリカ人のルパート・マードックはそこに目をつけ、以前のイングリッシュ・フットボールリーグ時代には考えられなかったような大金を出して、プレミアリーグの放映権を取得している。その上で試合の開始時間を、イギリスのランチタイムに変更したんです。

この背景には、スタジアムのセキュリティ確保の問題などもありましたが、結果的にはプレミアリーグの試合が、アジアのゴールデンタイムに放送されることになった。それまでの状況を考えれば、画期的なことだったんです。

2つ目の理由は、旧大英帝国の遺産(レガシー)です。イギリス側は「アフィニティ(親近感)」という言葉を使っていますが、香港、シンガポール、マレーシアなどといった国々は、イギリスが7つの海を支配した頃の植民地だったため、もともとイギリスカルチャーへの親和性が高い。加えてこれらの国ではサッカーのレベルが低く、国内リーグも鳴かず飛ばずだったため、もともと多くの人がイングランドのフットボールリーグにごく自然に親しんで育ってきたんです。

3つ目はファーストムーバー・アドバンテージ(パイオニア精神)。最近はラ・リーガなども試合の開始時間を変更するような試みを行っていますが、プレミアリーグはすでに90年代から新機軸を導入している。しかもアジアマーケットの開拓でも、先導的な役割を果たしてきました。

私は1996年に大学を卒業し、まずはベトナムのホーチミンで仕事をしました。ホーチミンは今でこそ東京のようなモダンな都市になりましたが、当時は車もほとんど走っておらず、自転車とバイクが圧倒的に目立つような状況だった。にもかかわらず、すでにマンチェスター・ユナイテッドのオフィシャルショップが市内にありましたから。プレミアリーグは、すでにその頃からアジア市場の開拓を始めていたんです。

アジア戦略の成否を握る3つのカギ

TEAMマーケティング Head of Asia Pacific Salesの岡部恭英氏。Jリーグアドバイザーも務める。

――日本のサッカー界は、手強いライバルに対抗していかなければならない。

岡部:残念ながら、Jリーグがプレミアリーグと同じようなアドバンテージを今から確立していくことはできない。ただし悲観する必要はまったくありません。活路を切り拓くためのヒントもあるんです。

1つ目は「ローカル・レレバンス(地域との関連性)」です。小山さんたちが頑張ったおかげで、今ではアジアの選手がJリーグでプレーするような状況が生まれている。とりわけ北海道コンサドーレ札幌のチャナティップ・ソングラシンは、Jリーグのベストイレブンにも選ばれ、タイにおける Jリーグの人気高揚にすごく貢献しています。

彼のようなケースは、今後のアジア戦略を考える上できわめて有効です。Jリーグがいきなりプレミアリーグやラ・リーガに対抗するのは難しい。彼らはサッカーのレベルにおいても、アジア地域で伝統的に根強い人気を博してきたという点でも大きなアドバンテージがありますから。

しかしヨーロッパサッカーは、それだけの実力や人気を誇りながらも、東南アジアでは未だにローカル・レレバンスを確立できていない。現にプレミアリーグやラ・リーガでタイの選手が活躍するような状況は生まれていないじゃないですか。そこをうまく突いていけば、日本にとっては大きなチャンスが生まれる。

 Jリーグのクラブが東南アジアのクラブと連携しながら若い才能を発掘し、各国のローカルスターをよりレベルの高いJリーグで育てていったり、試合で起用するようにしていったりすれば、東南アジアとの太い絆が生まれ、人々の心やビジネスチャンスをぐっと引き寄せることができるんです。

――第2、第3のチャナティップを育てていく試みですね。

岡部:ええ。この方法がいかに有効かは、自分たちの例を考えても理解できる。例えばセリエAは2000年代の前半から日本でも人気になりましたが、これは中田英寿がペルージャに移籍した影響が大きかった。地元のスター選手が海外のトップリーグに挑戦するとなれば、誰でも自然に応援したくなるんです。

同じようなことはNBAも行ってきた。近年、中国ではNBA人気が爆発しています。今やその勢いはサッカーさえ上回りつつあるし、中国一カ国だけで500億円くらいの売り上げを生み出すようになりました。このきっかけとなったのは中国初のNBAプレイヤー、ヤオ・ミンが活躍したことです。

もちろん長期的には(日本の)サッカーのレベルを上げて、コンテンツの魅力を高めていくのは必要不可欠です。しかし、この作業には時間がかかるし、スケールメリットも発生しにくい。そこで決め手になるのが、ローカルヒーローを作っていくことになる。ハリー・ポッターやディズニー作品のようにグローバルに人気を博しているコンテンツもありますが、やはりローカルヒーローというのは非常に強い影響力を持っているんです。

小山:ましてや東南アジアは、お互いのライバル意識が非常に強いですからね。ベトナムやマレーシア、インドネシアといった国々は隣国のタイで起きている現象を常にチェックしていますし、自分たちの国のスター選手はどうしてJリーグでプレーできないんだと論じるような報道さえ出てきている。最初に加入するのはJ2のクラブかもしれませんが、ベトナムやマレーシアの選手が日本でプレーし活躍し始めたということになれば、今度はインドネシアのような国でも同じシナリオが実現しやすくなる。

現に私たちはJクラブの強化担当者・スカウトの希望を募って視察ツアーを敢行し、東南アジアのトップ選手がどれくらいのレベルなのかを見てもらう機会も作っています。映像ではなく生でプレーを見てもらい、かつ現地の熱気を感じてもらえば、クラブ側も具体的なアクションを起こしやすくなりますから。

岡部:しかも現在はJリーグの規定が変わって、外国人でもクラブ経営に参加できるようになっている。東南アジアをはじめとするアジア諸国では富が集中しているので、本当の大金持ちがいるじゃないですか。残念ながら日本のサッカー界はそういう仕掛け作りをあまりしてきませんでしたけど、東南アジアの資産家がJリーグのクラブ経営に参画し、自国のスターを連れてくるようなシナリオがあってもいいと思うんです。

「オール・ジャパン」の掛け算発想で、アジア市場へ

2019年にはタイ・バンコクでパブリックビューイングも開催した。©︎Jリーグ

――外資が健全な形で参入してくれば、Jリーグ全体のビジネスがさらに活性化されることも期待できます。ではローカル・レレバンスが1つ目のカギだとすれば、2つ目の要素は何になるでしょうか。

岡部:DX(デジタル革新)を促進していくことです。日本はDX化が進んでいないとも指摘したので、ちょっと矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、日本のプロ野球界ではソフトバンクや楽天、DeNAといった企業が参入し、デジタル技術を駆使していくことで大きな変革をもたらしている。

一方、Jリーグでは小泉(文明)さんのメルカリが鹿島アントラーズを買収し、NTTドコモと組みながら5Gをカシマスタジアムに張り巡らして、一種のデジタルラボ(デジタル技術を駆使した実験場)にしようとしている。これが成功すれば、そのモデルをアジア諸国に輸出してもいい。アジア諸国は近いと言っても、いざ移動しようとすれば数時間かかる。でもVR(バーチャル・リアリティ)、AR(拡張現実)、MR(複合現実)といったデジタル化を進めていけば、物理的な距離を埋めていくことができるんです。

――技術的なソリューションまで含めた、新たなパッケージを提供できる。

岡部:日本は少なくともハードウェアの開発に関しては、今もすばらしいレベルを維持している。だから鹿島のようなクラブがどんどん技術開発を進めていくことによって、アジアにおいてはJリーグ発の新たなスポーツ・エンターテインメントの楽しみ方を提案できるはずなんです。

これもまたヨーロッパサッカーではなく、まさに日本サッカーがアジアで展開できる2つ目の新機軸になる。たしかにJリーグが主導して、様々なクラブで一律にDXを進めるというのはかなり大変です。でも、意欲的に新たな仕掛けを作ろうとしているクラブチームが、ネットワーク系の企業と連携してDXを進めていくというのは十分に可能なんです。

――それが実現すれば、国内外で新たなファンを獲得することにも繋がります。

岡部:3つの目の要素は、まさにライト層への訴求ですね。例えばサッカーファンというのはプライドも高いし、エゴやこだわりも強い。特にアジア圏ではプレミアリーグやラ・リーガ、セリエA、ブンデスリーガなどのコアファンがそれぞれ存在し、仲間内でマニアックに盛り上がっている。もちろん、それはそれで構わないんですが、サッカーファン自体が増えていかないと、「レッド・オーシャン(熾烈なパイの奪い合い)」になってしまいますし、Jリーグが参入できるような枠もなかなか広がっていかない。

ではどうやってライトなファン層を作り出して、市場を拡げていくか。そこでヒントになるのが、総合的なバリューの提示になる。「オール・ジャパン」というと語弊があるかもしれませんが、JALやANAのような航空会社、飲食業やホテル業界の企業、さらにはエイベックスやアミューズなどのエンターテインメント系の企業でもいいのですが、そういう様々な業種の企業が手を組み、サッカーを超えた魅力を幅広く訴求しながら、東南アジアのマーケットに訴求していくことが大事だと思うんです。

これは一種の「掛け算」的な発想です。ヨーロッパサッカー界の影響が強かったアジア市場に参入していくための有効な手段になりますし、また日本企業全体にとってもメリットが大きい。日本社会は少子化で国内市場が縮小傾向にあるため、各企業はどんどんどんどん外へ出ていますよね。そういう流れにも沿っていますし、日本企業がアジアで築き上げてきたカスタマーベースを再活用することにも繋がると思うんです。

選手を介した日本とのダイレクトな「絆」、技術開発まで含めた独自のソリューション、そしてサッカーの枠を超えた日本の文化&ビジネスモデルの提示。Jリーグが東南アジア市場を制するためには、この3要素がきわめて重要になっていく。次回は日本国内で台頭し始めた、新たなマーケティング手法について伺う。

◇小山 恵(こやま・けい)
Jリーグ グローバルカンパニー部門。商社にて東アジア・東南アジアのマーケットを中心にセールス、マーケティング活動に従事。2012年に株式会社Jリーグメディアプロモーション入社、Jリーグのアジア戦略室立ち上げメンバーとして参画。現在、Jリーグの国際展開・アジア戦略を手掛ける。

◇岡部 恭英(おかべ・やすひで)
TEAMマーケティング ヘッド・オブ・アジアパシフィックセールス。欧州サッカー連盟(UEFA)専属のマーケティング代理店TEAMマーケティングのアジア・パシフィック地域のセールス統括責任者として、テレビ放映権・スポンサーシップの営業を担当。サッカー世界最高峰の大会UEFAチャンピオンズリーグに関わる初のアジア人。スイス在住。Jリーグアドバイザーも務める。英国ケンブリッジ大学MBA取得。慶応義塾大学ソッカー部出身。


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