「スポーツビジネスとSDGsをサステナブルにするために」KPMGコンサルティングが湘南ベルマーレと手を組む理由(後編)

世界大手のコンサルティングファームであるKPMGコンサルティングは、Jリーグの湘南ベルマーレとパートナーシップを組み、「地域共創型でのSDGs推進」というこれまでに類を見ない取り組みを始めた。後編となる本稿では同社執行役員の佐渡誠氏に、SDGsをテーマに、地域一体で取り組む「活性化」への方策を聞いた。

■前編:「スポーツの“ソーシャルバリュー”で真の地域貢献を」

ファンデータの収集・分析・発信まですべてを自動化

KPMGコンサルティングは2020年よりクラブパートナー。コンサルタントが実務に入りファンエンゲージメントの支援をしてきた。(C)SHONAN BELLMARE

――前編では、KPMGコンサルティングがクラブの内部オペレーションにまで踏み込んで協働してきた、というお話がありました。具体的にどのようなことを手掛けられてきたのでしょうか。

大きく分けると2つのテーマに取り組んでいます。1つ目は「ファンエンゲージメント」です。そもそも我々は、チーム本体を直接強くすることは支援対象とはしていません。むしろデジタルテクノロジーを使って、チームとファンのつながりや熱意を盛り上げていくことにより、間接的にチーム本体の強化にもつなげていきたいという発想で、プロジェクトに向き合っています。

ですので、デジタルテクノロジーを最大限活用して、従来にないファンエンゲージメントを実現していくことを最初の協働テーマに掲げて2年間取り組んできました。

――具体的にはどのような改革を進められたのでしょうか?

まずはファンエンゲージメント強化に向けた、マーケティングプロセスのデジタル化です。興行ビジネスは、興行当日の運営オペレーションや利便性向上に注力していますので、得てして足元のファンデータがぶつ切りになったまま放置されがちになってしまう。いざデジタルを活かしたファンエンゲージメントを強化しようとしても、データが使える形になっていないケースが少なくありません。

ベルマーレも同様の課題がありましたので、我々はまず、バラバラのファンデータをシングルIDでつないでいく仕組み作りからスタートしました。試合のない平日でも、あるいは平塚から離れた地域に住んでいる人が対象でも、B2Cでいろんな方といろいろな接点を恒常的に創り出していきたいと。

こういう様々な接点を捕捉して次につなげていかないと、ワンショット(1回限り)の活動になってしまいます。その問題を解決するためには、やはり足元の「ファンデータ」が統合される仕組みを構築することが必須でしたので、今後を見据えて、ある意味での“急がば回れ”作戦に取り組んだんです。

今では新しいお客さんがどんなルートから入ってきても、たとえばJリーグやチケットぴあ経由でチケットを買おうが、あるいはファンクラブに入ったり、ECショップでたまたまグッズを購入したのがきっかけであっても、接点が生まれたすべてのお客さんをシングルIDで束ねて、個々のファンをしっかりと捉えた上でマーケティングアクションが打てるようになっています。

――ではデータのデータ吸い上げの部分からクラスター分析、プッシュ型のCTAまで一気貫通で処理できるシステムを構築されたと。

はい、一気通貫で“流れる仕組み”にすることが何よりも大事だと考えました。アプリやプラットフォームに関わらずにデータを収集して、単一IDで紐づけた後は、AIエンジンなどで「この人は次の試合に来そうか否か」というシミュレーション結果を予測できるようにしています。AIを用いた“動員予測シミュレーション”機能です。

動員予測に関しては「天候」や「対戦カード」などの外的要因が多分に影響しますので、それらの様々な要素・データをAIに処理させて、集客予測をするアルゴリズムを開発しました。その結果を睨みながら、仮に1週間後の土曜日は天気が悪くて空席が出そうだという予想になった場合には、個人特性を踏まえてカスタマイズしたプッシュ型メールなどを送って、会場に足を運んでいただけるようにするといった具合です。

我々はここまでの流れを、すべて自動で行うシステムを作り上げました。まだまだ理想の形とは言えませんが、今後もこの仕組みを磨き上げていくことで、マーケティング施策の踏み込み方に濃淡をつけるだけでなく、ファン一人ひとりとの温度感を大切にしたコミュニケーションの実現を目指しています。

社会的価値を対価に変えていく、地域協創型のSDGsプラットフォーム

KPMGコンサルティング 執行役員 ビジネスイノベーションユニット統轄パートナー 佐渡誠氏。同社は2020年から湘南ベルマーレのデジタルイノベーションパートナー。

――クラブとの協働における、もう1つのテーマは何でしょうか?

2つ目のテーマとして力を入れているのは、B2Bでの“新たなつながり”の創出です。当然ここでも、デジタルテクノロジーを最大限に駆使してベルマーレのスポンサーやサポート企業、ファンを結びつけて、より大きなパワーで湘南エリアを元気にできないかという発想で、チャレンジをしていくことになります。これを推進するためのビジョンとして、この5月、ベルマーレと協働で「地域共創型のSDGsプラットフォーム構想」を打ち出しました。

具体的には、ベルマーレ愛、地域愛にあふれた数百社のスポンサー企業をつなぎ合わせて、協働でSDGs企画を練ったり、複数企業が一緒に活動したりできるデジタルプラットフォームを創っていきます。

たしかにこれまでも、各社各様の努力でSDGs活動は進められてきましたが、同じ愛情を持っている同士ならば、協働で活動して成果を増幅させるべきではないか。長年、地域スポーツを支え、応援してきた企業同士だからこそ成立する、「価値の協創モデル」が構築できるのではと考えました。

それと同時に、このような活動は決してベルマーレにとってボランティアで終わってしまうのではなく、ハブとなって生み出した「社会的価値」をきちんと「収益」として還流していけるようなビジネスモデルを目指すべきだとも思いました。その循環があってこそ、本業のフットボールビジネスも、一層魅力を持ってくるからです。

――「価値」を「収益」に変えていくという視点は極めて重要ですね。SDGsの有効性は広く認知されていながら、有効なマネタイズの仕組みは確立されていなかったのが日本の実情ですから。

ええ、我々はベルマーレ側に対して、「ベネフィット・コーポレーション」を目指しませんか、という提案をしました。これは欧米では5〜6年前から提唱されてきた概念で、営利企業でもなく、かといってボランティアでもない、社会的価値の創出をビジネスの本丸に据えた上で、その価値を収益として循環していくような企業を認証する制度です。

ましてやベルマーレのように、地域に根付いた市民クラブとして運営されているスポーツクラブにとっては、まさに目指すべき最適のモデルに思えたんですね。今回協働で取り組み始めた「地域協創SDGsプラットフォーム」は、その実現に向けた具体的なソリューションになると確信しています。

――ベネフィット・コーポレーションというコンセプトは、日本におけるSDGsの捉え方そのものにも新たな視座を提供するのではないでしょうか。

おっしゃる通りです。SDGsのようなテーマを掲げたり利用したりすることによって、ビジネスの目的だけを追求しようというスタンスに陥るのは、明らかにノーです。かといってCSR(企業が果たす社会的責任)として位置付けて、本業と切り離して収益を度外視とするのも、もはや時代には合っていないと考えています。

むしろ重要なのは、SDGsに取り組むことが必ず本業のビジネスに良い影響を与え、企業の価値・収益向上に効いてくるようにすることなんです。循環型のビジネスモデルを追求していくことは、これからの時代における企業の使命ですし、スポーツチームにとっても課題だと思いますから。

この2つの目的を両立させるモデルを確立する上で鍵となるのは、様々な社会活動がどれほどの価値を創り出したのかを、算定する枠組みを創り出せるかどうかです。従来のように、企業が単に「活動レポート」を提出するレベルに留まっていたら、「SDGs協働プラットフォーム」に本気でコミットしようという機運は生まれてこない。我々は監査法人系のコンサルティングファームですから、この算定システムこそは、こだわりを持って実装させていかなければならないと、自らにプレッシャーをかけて臨んでいます。

これは私の持論ですが、本当に価値ある活動は、必ず収益として還元されるべきだと思うんですね。SDGsであれクラブ経営であれ、創り出した価値を収益に換えていける環境を創り出さなければ、本当の意味でのスポーツクラブの価値、街の人々を惹きつける存在としての価値を、今まで以上に一気に高めることはできないと思っていますから。

SDGsという試み自体をサステナブルにするために

――私も同感です。日本のスポーツビジネスではSDGsのような活動同様、一般的なスポンサーシップに関しても、しっかり効果測定がなされていないケースが大半を占めてきました。

経営者が何を重視するかは、企業ごとにまちまちですから一概に言えませんが、スポンサーシップの考え方においては、基本的に旧来型の発想が強かったのは事実ですね。日本のスポーツスポンサーシップは、経営とはどこか離れた位置付けで、マーケティングやブランディング、あるいは社員の意識高揚になんとなく寄与すれば良いかなといった発想で、発展してきました。

しかし、これはとても勿体ない。先述した通り、社会を良くしていく、地域や街の魅力を高めていく上で原点となるのは「地域愛」であり、地域を良くしたいという共感と熱意に他なりません。地域の生活環境や、子どもたちの教育、防災安全など、SDGs活動の受益者は地域であるケースが多いにもかかわらず、サステナブルに協働して向き合う仕組みがないために、一過性のイベントなどで留まってしまう。ここは構造的に欠けている要素だと思っています。

逆にその仕組みができて、社会貢献価値が可視化されるようになれば、企業間のつながり、あるいは経営とスポーツチームのつながりが同時に実現し、地域活性化とSDGs活動を加速させていくことも期待できる。

今、Jリーグは「シャレン!」と呼ばれる社会連携活動に力を入れていますが、我々の試みは、この活動にも沿っていると思っています。また、デジタルを使ったサステナブルな仕組みを構築できれば、日本サッカー界のみならずスポーツビジネス全体、社会全体にとっても非常に有意義だと思うんです。地域が良くなるだけでなく、活動意義への納得感や手応えも得られるようになりますから。こうしていろんな企業や人、資本が必然的に集まってくる状況が理想ですね。

――ある意味、SDGsというコンセプト自体を、サステナブルにしていかなければならないと。

おっしゃる通りです。ベルマーレを例に出すと、週末はただでさえ忙しいスタッフが、平日も地域貢献活動のために一生懸命企画を練り、走り回って企業側に提案しているような状況が見受けられました。またスタッフは地元の自治体や企業と組んで、観光ツーリズムのイベントを仕掛けたり、街の美化活動なども行っていました。もちろん、これはとても素晴らしい活動ですし、「さすがベルマーレ」と感心させられることもありました。

しかし、このような活動を定常的・継続的に回すには、相当の体力と気力が必要になってくる。それではサステナブルな活動になり得ないので、そこをブレークスルーしなければと思いましたね。

――いかに善意に基づいていたとしても、それが報われにくくなってしまいますね。

ただし、解決する方法はあるんです。たとえば様々な企画を考えたり、実現のために奔走するのは常にクラブ側でなくてもいい。むしろクラブ側は人や企業、地域を結びつける「プラットフォーム」として動いた方が、より闊達で自由に人や企業が集まり、地域の活性化に貢献できる、サステナブルな仕組みを作っていける。

具体的に言えば、ある社会貢献活動のときには行政が主体になってもいいし、別のテーマは地場の有力企業が発起人となって、賛同する企業が「私たちもその活動一緒にやります!」と手を挙げてくれてもいい。大事なのはハブの役割を果たして、共創が生まれるプラットフォーム(場)を作ることではないかと。

その中心的な役割を果たせるのは、やはりスポーツチームだと思っています。スポーツは老若男女を問わずに素直に人々の心を動かし、幅広い層にリーチできますし、すでに多くの企業や人を惹きつけてきた実績もある。

正直、民間企業がこのようなコンセプトやサービスを打ち出しても、懐疑的な目で見られてしまい、プロジェクトが前に進まないことも多いと思いますが、スポーツチームの場合は受け止められ方が違う。だからこそ、スポーツチームを中心にしたプラットフォーム構築・運営があっていいはずだというのが、我々の発想なんです。

その上で、サステナブルな仕組みにしていくためには、やはりデジタルを活用することが必須になる。将来的にはメタバース上で、もっとお互いが見えるようなプラットフォームに仕上げられたらとは思っていますが、その辺りの機能進化に関しては、段階を踏みながら挑戦していきたいと思っています。

無数に広がる可能性とチャンス

「地域協創型デジタルプラットフォーム」の全体像。クラブをハブに、パートナー企業が参加して企画を実現していくのが鍵になる。画像提供=KPMGコンサルティング

――御社が携われるようになったのをきっかけに、ベルマーレでは地域貢献活動もさらに多くの分野で活発に行われるようになりました。たとえばブラインドサッカーのイベントやプログラミング教室の開催などはすでに発表されていましたが、今後はどのように活動を展開されていく予定ですか?

計画はたくさんありますね。教育事業で言えば、水族館と連携してVRやメタバース空間を用いたバーチャルな水族館を楽しめる仕組みを作ることもできるでしょう。スポーツは、社会との関わりが苦手な若い人たちに接点を創り出すことも可能ですし、eスポーツであれば身体の不自由な方でも楽しめるので、高齢化対策にも非常に役に立つ。

その他では、ヘルスケア事業を手掛けているスポンサー企業と地元の病院や各種施設、そしてベルマーレがコンビを組んで、地域全体の健康づくりや生きがいづくりに寄与していく活動も展開したいと思っています。とにかく協働で地域課題の解決に貢献できるテーマは無数にあると思っていますから。

スマートシティ構想すらも再定義していく試み

――そのような各種の試みが、いわゆる湘南地域の新たなまちづくりや、スマートシティ化にもつながっていくことになる。

そうですね。スマートシティ構想で鍵を握るのはハードやインフラだけではなく、やはり「枯れないコンテンツ」だと考えています。その点、スポーツというコンテンツは永遠に枯れませんし、常に人を惹きつける力を持っている。そういう意味でもスポーツを軸にした地域創生というのは、スマートシティを進めていく上で一つの有用なアプローチだと思います。

――デジタル技術とコンテンツを活用して価値を創り出していけば、新たなインフラやハードを作らずとも、湘南地域のスマートシティ化ができると。

ここ数年、我が社ではスタジアムアリーナの構想策定の相談を多数受けるようになっています。当然、ハード・インフラ面も大事ですが、同時にその施設や機能、目に見えないファンやチームを支えるたくさんの企業という無形資産を、どのように活かして社会的価値の創出を実現するのかを考えていかなければなりません。

さらには、そのときにスポーツクラブや関連NPO法人は、どのような事業体として進化を図って行くべきなのかという観点も含めた議論が、とても大事だと思っています。スタジアムというインフラ自体が持つ意味合いや機能も、根本的に変わってきますので。

湘南エリアにおいても新たなスタジアムが出来上がり、我々が手掛けてきたこうしたプロジェクトが具現化していく。具体的には、スポーツチームを核に人や企業が“つながる”構想、それを支えるテクノロジープラットフォームや、それも活かした新たなスポンサーシップモデルなどが組み入れられて、これまでにない湘南地域が生まれるきっかけとなっていく。私たちはそうなることを願っています。

◇参照

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