日進月歩の勢いで進化を続けるスポーツビジネス。その本場の一つでもある米国において今、大きな話題を集めているのが、パナソニックが展開しているアクティベーションプログラムである。日本を代表する電機メーカーは、なぜスポーツ関連事業でも注目を浴びるようになったのか。そもそもスポーツにいかなる「価値」を見出し、「より良い社会の実現」に向けて、どう活用しようとしているのか。パナソニックノースアメリカで斬新なアイデアを次々と実現させてきた小杉卓正氏に、スポーツビジネスを支えるビジョンと理念、自身を突き動かす尽きせぬ情熱について伺った。(聞き手は田邊雅之)
前回:米国でのBtoBシフトで浮かび上がった、ミレニアル世代の重要性
新たなブランディングを牽引する、4人のトップアスリート
――御社はオリンピック以外のカテゴリーにおいても、スポーツに深く関わってこられた。特に小杉さんが所属されているパナソニックノースアメリカは、男子競泳で活躍したマイケル・フェルプス、女子競泳選手のケイティ・レデッキー、パラリンピアンのレックス・ジレット、そして空手の形の部門で東京オリンピックの出場権を獲得した國米櫻(こくまいさくら)の4氏をブランドアンバサダーとして起用し、パートナーシップ契約を結ばれています。この狙いはどこにあったのでしょうか。
私達が目指しているのは、社会貢献を核とした理念をもつブランドだと知っていただくこと。そのため、彼らが持っている社会貢献への情熱を支援していくこと、社会に新たな価値を提供してコミュニティに貢献したいという想いをサポートすることなんです。
たとえばマイケル・フェルプスは、自身の財団を通じてアメリカ全土にあるBoys and Girls Club(日本で言うボーイスカウトやガールスカウトに近い組織)と連携し、「IM」というプログラムを推進している。「IM」には「自分(I’m)」という意味もあり、また、彼が最も得意とした個人メドレー(Individual Medley)」の略称としての意味も込められているんです。
このプログラムは高校生までのお子さんを対象に、目標設定の大切さ、水泳を通じてより健康でアクティブなライフスタイルを追求する、あるいは子供達の水難事故を減らすといった5つのプログラムから構成されています。この活動を一緒に推進して、マイケル・フェルプスの想いや声を届けていきながら、コミュニケーションを図っていきたい。そう思ったのが、彼とタッグを組んだ理由ですね。
――アメリカには社会貢献活動をしているアスリートが多数存在します。あえてオリンピアンやパラリンピアンにこだわられた理由については?
これは先に述べたミレニアル世代、Z世代の問題に深く関わってきます。我々がこれらの世代を対象に彼らの心に響くものが何かという調査をしたところ、社会貢献だったり、社会貢献をしている企業に興味を示すというデータが取れたんです。
それと同時に、この調査ではちょっと意外な結果も得られました。そもそもミレニアル世代やZ世代は、多様性の世代と言われているじゃないですか? だから興味の対象もかなり分散しているのだろうと思っていたんです。ところがオリンピックに対する興味は、想像以上に高かったんですね。
もちろん、これはアメリカ人の関心が高い日本の東京大会だからという要因もあると思うんですが、「東京オリンピックを観たいですか?」という質問に関して、90パーセント近い人たちがYesと回答している。さらに具体的な種目としては競泳や体操、プログラムとしては開会式を観たいという回答が得られました。
そこで最終的に競泳を選んだのは、フェルプスの存在が大きかったですね。アメリカはスポーツマーケティングが非常に盛んな国ですし、多くの企業が米国4大スポーツなどのプロ選手を起用したりしている。そういう状況の中でパナソニックの認知度を上げてミレニアム世代やZ世代へのブランディングを展開していくためには、オリンピックやパラリンピックで「大活躍」したアイコニックな選手を起用しなければならない。ましてや(先出の調査で人気の高かった)競泳か体操となると、やはり5大会で28個のメダル(金23個)を獲得したフェルプスをおいて他にはいなかったんです。
――4大スポーツのレジェンドよりもオリンピックの英雄、ナショナルヒーロー的なアスリートを起用した方が効果的だと判断された。
ええ。我々がやりたかったのはアメリカ全土、さらに言えばグローバルなレベルで若い世代の心をつかめるような、アイコニックな存在を起用することでしたから。加えて、ワールドワイドのオリンピック・パラリンピックパートナーとしての相乗効果も期待できますので。
パナソニックのスポーツ事業を突き動かし続ける情熱
――残る3名についてはいかがでしょうか?
ケイティ・レデッキーに関しては、STEM 教育と呼ばれる理数系のプログラムを検討されていた点に惹かれました。彼女は大学に通いながら、高校生レベルの子供達に向けてSTEM教育を普及させたいと思っていました。私達も長年、STEM教育普及の支援をしてきたので、彼女のSTEM教育を立ち上げるためにパートナーシップを組んだのは自然な流れだったんです。
パラリンピアンのレックス・ジレットは、彼のTEDトークを聞いたのがきっかけになりました。TEDトークは人々にモチベーションやアイディアを与えるためのトークイベント ですが、ミレニアル世代の若手ビジネスマンにも熱心なファンが多い。当然、私達も彼のスピーチを通じて、そういう世代にリーチしていきたいと思っていますので、やはり思いが一致しました。
國米櫻さんは日系アメリカ人で、ロサンゼルスのリトル東京でジャパニーズ・アメリカン・コミュニティ(日系人コミュニティ)の老若男女様々な人たちとの交流や、地域の子供たちに空手を教えたりしています。また、もともと早稲田大学の大学院で国際コミュニケーションを専攻していたので、彼女には、日本とアメリカの架け橋になってもらえればということで、一緒に活動させていただくようになりました。
――現在では、様々な企業がスポーツを活用したアクティベーションを展開しています。また、たとえば助け合いの精神を育んでいきたい、あるいは前向きでアクティブに生きていく姿勢を伝えたいというように、通底するメッセージを設定しています。御社の場合も、4名のアンバサダーの活動を串刺しにするようなキーメッセージを策定されているのでしょうか?
横串を通しているキャンペーンメッセージは「What Moves Us」――日本語に置き換えると「何が私達を突き動かすのか」というものになります。
たとえば「What Moves Michael Phelps?」あるいは「What Moves Katie Ledecky?」 という形でコンテンツを展開することもありますし、実際のアクティベーションでは、この「Us」 のところをチームパナソニックの社員や、時にはお客さんに置き換えるような形でもコミュニケーションを展開しています。ちなみに、「What Moves Us」は、北米でのブランディングのプラットフォームである「Technologies That Move Us」がベースとなるキャンペーンですので、ブランドの一貫性を持たせています。
特定の地域から、全米を網羅するグラスルーツのネットワークへ
――関連してお尋ねします。特にアメリカの場合は、日本以上にスポーツが大きな役割を担っています。社会的な機能の点でもバリューにおいても、各地域コミュニティの中心になっている傾向が強い。御社のスポーツ関連事業も、似たような役割を担っているのでしょうか?
はい、基本的には、そう解釈していただいていいと思います。ただ少しだけ補足させていただくと、アメリカはもともと地域コミュニティと密接に結びつく形でプロスポーツが発展しているじゃないですか。ボストン・レッドソックスといえば、ボストンの地域コミュニティには欠かせない存在になっているし、アトランタ・ブレーブスはアトランタに住んでいる地元の人達にとって、一種のプラットフォームになっている。ニューヨーク・ヤンキースになると少し話は違ってくるかもしれませんが、やはり地域との直接的な繋がりが強い。
それに対して、私が今やっている活動は、アメリカ内の特定の地域でパナソニックブランドの認知度を高めていくことだけを目的としていないんです。もちろん、4人のアンバサダーには活動拠点がありますし、地域的なファンのプラットフォームもあります。また彼らと当社の各米国拠点での活動は、地域貢献を目指しているという意味ではコミュニティに即していますが、むしろアメリカ全土においてパナソニックブランドを認知させていくためのアンバサダーを務めてもらっているんです。リアルイベントで地域コミュニティとの深いコミュニケーションをし、デジタル上でアメリカ全体、グローバルでのブランド認知を高めていきたいと考えています。
――実際的な活動としてはコミュニティに即しつつ、グラスルーツレベルで広範にアピールしていくと。実は以前、日本国内でパナソニックのスポーツ関連事業を取材させていただいたことがあります。その際には地域コミュニティへの貢献だけでなく、街づくりやインフラ整備、行政との連動まで視野に入れながら、スポーツが持つバリューを最大限に活用されているというご説明がありました。このようなアプローチは、アメリカでも踏襲されているのでしょうか。
はい、意識しています。ただ、日本とアメリカではビジネスそのものの成熟度が違っているという点ですね。実際、日本におけるパナソニックの事業は非常に成熟していますし、レパートリーの広さやリーチの深さもある。ですからガンバ大阪関連のプロジェクトを例に取れば、ガンバ大阪や吹田スタジアムだけでなく、吹田市の一帯の街づくりやコミュニティの活性化に関わるようなプロジェクトを、パブリックセクターと連携しながら展開していくことができるんです。
また一般のお客さんとの関係においても、たとえばカメラを購入していただくだけでなく、サービスを通じて、それをいかに日常生活の快適さに繋げていただくか、社会の中で活用していただくかという深いレベルの提案までできる。我が社のシステムとハードウェア、さらにはソリューションを組み合わせて、地域全体に新たな価値を提示することもできるようになっているんです。
――ましてや日本国内で、パナソニックというブランドを知らない人はいませんからね。
でもアメリカは、まだ本社のある日本の経営資源のレベルには達していない。しかもブランド認知が低下していたので、まずはミレニアル世代やZ世代に向けた活動から着手しているんです。
――具体的なビジネスを展開する前段階として、スポーツを活用しながら一種の掘り起こしをされている。
正確に言うならば、アメリカでもスポーツビジネスそのものは行われています。実際、スタジアムの関連ビジネスなどは着実に伸びてきていましたから。ただし、これはあくまでもBtoBのセールス活動でした。アスリートと組んで社会に貢献したり、一般の人たちとの接点を増やして、パナソニックというブランドを理解してもらったりするためのアクティベーションはなかったので、スポーツマーケティングそのものが、ある意味では分散化されて実施されていたんです。そういう意味では、米国文化であるスポーツアクティベーションのプラットフォームができたのではないかと感じていますね。
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ミレニアル世代を対象とした新たなブランディングの展開、スポーツビジネスそのものにおける他社との差別化、そしてグラスルーツを基盤にした、各種社会貢献活動のサポート。マイケル・フェルプスをはじめとしたアンバサダーの起用には、さまざまな目的と意志が込められていた。次回はパナソニックで重責を担う小杉氏の「原点」と、キャリアメイクを成功に導いた要因、さらにはスポーツに抱き続けてきた、尽きせぬ情熱について伺う。
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