【前編】男子テニスの年間最終戦「Nitto ATPファイナルズ」 その歴史とビジョン、そして日本との意外な関係性

11月19日までイタリアのトリノでNitto ATPファイナルズが開催されている。男子テニスのシングルス8名・ダブルス8組が出場し、王者の栄冠を目指して戦うシーズン最終戦だ。年間ランキングに基づく「最旬」のトップ選手が出場する大会は、世界179ヶ国で2億人弱が視聴するグローバルコンテンツにもなっている。

ATPが主催し、タイトルスポンサーは日東電工、公式球は住友ゴム工業のDUNLOPと日本企業との馴染みも深い。このシーズン最も注目を集める、Nitto ATPファイナルズに改めて迫ってみたい。(取材・文=新川諒)

テニスシーズンの最後を飾るNitto ATPファイナルズ

テニスのシーズンカレンダーの最後を飾るNitto ATPファイナルズは、Pepperstone ATPランキング上位の男子テニス・シングルス8名、ダブルス8組が出場し、王者としての栄冠と賞金総額1,500万ドル(約22億5,000万円)を争うトーナメント。

昨年は世界179ヶ国で放映・配信され、1億9,000万人以上が視聴。ソーシャルメディアでも様々なハイライト動画を通して約1億5,000万ビューを獲得するなど、このシーズンを代表するスポーツコンテンツになっている。

英米をはじめ世界各地で開催されてきたのち、2009年から12年間はイギリス・ロンドンのO2アリーナで開催。2014年から2016年、そして2018年に錦織圭が出場した際には、その勇姿を目にした方も多いだろう。

2021年から3年間はイタリア・トリノで開催されており、同国最大規模のアリーナ「パラ・アルピツアースタジアム」(収容12,350人)が舞台になっている。2006年のトリノ冬季五輪のために建てられた施設で、テニスやバスケットボールなどのスポーツからコンサートまで様々なイベントが開催されている。

2021年以降大会の舞台となっているイタリア・トリノのパラ・アルピツアー

大会は1セッションにシングルスとダブルス各1試合が開催される形式で、エンターテインメント要素が強いのが特徴だ。ATPのパートナーシップ&ビジネスデベロップメント部門でバイスプレジデントを務めるロドルフ・タステット氏はこう語る。

「Nitto ATPファイナルズはショーのような雰囲気の大会で、ファンはテニスだけではなく“総合的な体験”を楽しみに来場しています。私たちは大会のアイデンティティーを守りながらも、常にイノベーティブであることを意識しています」

実際、チケットの売れ行きも好調で、約15万9,000枚という昨年の販売枚数を今年は上回る見込みだ。

実は、日本とも縁深いNitto ATPファイナルズ

実は、Nitto ATPファイナルズと日本の縁は深い。

ATPファイナルズ(当時はグランプリ・マスターズ)の第一回大会は1970年、舞台は日本の東京体育館。また、2021年に大会がロンドンからトリノへ移る際も東京はトリノと並んで開催候補都市としてあがっていた。

ただし、選考を経て最終的に東京が見送られ、トリノに決定したのはいち日本人としては残念でもある。10月初旬に上海オープン、下旬から11月にかけてパリ・マスターズ(どちらもATPツアー・マスターズ1000)が開催されることを踏まえると、その直後に再びアジアに戻るのは選手にとって負担も大きい。

とはいえ、ヨーロッパでの開催の中、先述の通り錦織圭が幾度となく活躍したことは、日本のテニス関係者やプレーヤー、ファンにとって大きな影響を与えてきた。2014年の大会に第4シードとして出場し、グループステージでアンディ・マレーに勝利、準決勝でノバク・ジョコビッチと対戦するなど善戦した錦織の試合は、視聴者の4分の1が日本からだった。

近年では、2017年から総合部材メーカーの日東電工が冠スポンサーとなり、同年より大会名がNitto ATPファイナルズに。2019年からは住友ゴム工業のDUNLOPブランドが公式球を提供し、今年はLEXUSも公式パートナーとなるなど、今日まで日本企業との関わりも深くなっている。

次世代大会とのシナジーで、未来をつないでいく

ATPでは、興味深い取り組みも始まっている。それが「ネクスト・ジェン(Next Gen)ATP ファイナルズ presented by NEOM」だ。

21歳以下のトップ選手を対象として開催される大会で、Nitto ATPファイナルズのようにシングル8名が出場し、優勝を目指して戦う。2017年から2022年までイタリア・ミラノで開催され、今年から2027年まではサウジアラビアのジッダで開催される。

テニス界ではもう何年も、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチなど近年を牽引してきたトッププレーヤーたちの「後」について疑問を投げかけられてきた。実際、昨年9月にフェデラーが現役を引退してからは、さらに将来を不安視する声が高まったのも事実だ。

カルロス・アルカラス(20)。19歳でATPテニスランキング世界1位になり、史上最年少記録を打ち立てた

だがそれを掻き消したのが、史上最年少19歳で世界ランキング1位の記録を打ち立てたスペイン人選手、カルロス・アルカラスの台頭。彼は2021年に18歳の若さで、ネクスト・ジェンATPファイナルズで優勝している。若い世代への機会提供を続けることで、スター選手の輩出も継続している。

また、ネクスト・ジェンATPファイナルズは次世代テクノロジーや新しい大会フォーマットの実験の場ともなっている。例えばホークアイによるリアルタイムのライン判定をいち早く全面的に採り入れたり、試合時間を短くしてテレビや動画向けのコンテンツ化をするといった動きもある。

今年からサウジアラビアで大会が開催されるなど、新たな市場開拓にも積極的。先出のATPのタステット氏も「テニスは非常にグローバルであり、世界でも人気の高いスポーツ。ヨーロッパ、アメリカ、日本などの成熟した市場だけでなく、まだまだ新しい市場での成長の余地がある」と息を巻く。

大会、そしてテニス界の持続可能性を高めるため、新たなテクノロジー、新たな市場、新たな興行フォーマットに挑み、イノベーションを起こしていく。ATPが仕掛ける「世界最高峰の戦い」は、シーズン最後の締めくくりであるとともに、「未来への投資」ともいえる。

後編では、ATPのパートナーシップ&ビジネスデベロップメント部門でバイスプレジデントを務めるロドルフ・タステット氏に、同社のパートナーシップ戦略について詳しく伺う。