2022年4月、パナソニック スポーツ株式会社が発足した。パナソニック株式会社所属の5チームをまとめてマネジメントしていく事業会社として、新たな収益創造を目指し、引き続きパナソニックグループへの貢献も行っていくという。企業スポーツのあり方が見直されるこの時代に立ち上げられた理由、そしてその将来像について、代表取締役 社長執行役員(CEO)久保田剛氏に、HALF TIME代表の磯田裕介が聞いた。
スポーツをメインにする事業会社として
磯田裕介(以下、磯田):まずは、久保田さんのこれまでの経歴を教えていただけますか?
久保田剛氏(以下、久保田):最初にスポーツコンテンツに触れたのは、テレビ局のイベントでした。私は当時大学生で、代々木周辺で開催されていたスポーツフェスタに関わりました。その後は、株式会社エヌ・ティ・ティ・アドでスポーツ文化イベント担当課長としてトライアスロンのナショナルチームのサポートや、Jリーグ大宮アルディージャの立ち上げに関わり、株式会社フロンテッジでFIFAワールドカップ南アフリカ大会のアクティベーションなどを経験して、Jリーグ大宮アルディージャの取締役事業本部長としてJクラブの経営にも直接関わりました。
パナソニック株式会社には、2019年に入社して企業スポーツセンター所長を務め、この4月にパナソニック スポーツ株式会社の代表取締役に就任しました。
磯田:パナソニックスポーツが誕生したのには、どのような経緯があったのでしょうか。
久保田:パナソニック株式会社は、バレーボールやラグビーといった強豪チームを持っていますが、そういったスポーツの価値を十二分に活かせているだろうか?という課題があったんです。そこで、社内で定期的にスポーツビジネスに関する勉強会を開いたりした後、スポーツマネジメント推進室を立ち上げました。その後、パナソニック自体が持株会社制に移行するなか、スポーツも事業会社化していこうということになり、パナソニック スポーツ株式会社が発足したんです。
磯田:具体的に、パナソニックスポーツの事業領域はどういったものになるのでしょうか?
久保田:パナソニック スポーツ株式会社発足時に当社子会社となったガンバ大阪(サッカー)、埼玉パナソニックワイルドナイツ(ラグビー)、パナソニック パンサーズ(男子バレーボール)を事業化チームとして、チームの強化とマネジメントをしていきます。さらに、ホームゲームでは主管として興行の運営を行います。
野球部と女子陸上部については、パナソニックホールディングスから運営を受託し、チームの強化、運営を行います。そのうえで、グループ全体に横串を通す存在として成長させていきます。また、当社以外のパナソニックの事業会社が持つスポーツチームに関する情報発信も担っていきます。パナソニックはご存じのようにエレクトロニクスの企業ですが、パナソニックスポーツはスポーツの会社ということです。
企業スポーツの良さを見直し、再定義する
磯田:いまスポーツの世界ではプロ化が進んでいますが、一方で企業スポーツの運営に悩んでいるところも多いのが実情です。パナソニックスポーツでは、「企業スポーツ」をどのように捉えていますか?
久保田:「企業スポーツは古い。だからダメ」という概念を変えたいと思っています。競技によって特性や事情が違うので、なんでもかんでも「プロ化すればハッピー」というわけではありません。企業スポーツの「役割」をきちんと設定して、それをクリアするマネジメントを行っていく必要があります。
例えば、野球部の本拠地は大阪府門真市ですが、ここはパナソニック本社が据えられている場所でもあります。この地域に、野球部は徹底的に貢献していきたいと活動を進めています。これまでも地元のチーム向けに野球教室をシーズンオフに開くことはありましたが、それを年間を通じて定期的に行うようになりました。チームごとに当社の野球部の選手を担当として決め、継続的に指導していくわけです。
こうした活動を地道に行っていくことで、地域住民の方たちに愛されるチームになっていける。だからこそ、都市対抗野球大会に門真市代表として出場した際に、地元のチームとして心から応援してもらえるわけです。チームが地元に受け入れてもらえるということは、本社を置くパナソニックにとっても非常に重要なことです。こうして会社に貢献をしていくことで、社内における存在感を築いていきます。
磯田:なるほど。企業スポーツに対して、「社内のエンゲージメントを高める」と明確にゴール設定をしている会社はまだまだ少ないですから、こうした方向性を示してマネジメントすることはとても重要ですね。
久保田:グループ会社は、それぞれが事業体として活動するほど、“遠心力”が働いて、距離が離れていってしまうことがあります。各社が独自に事業を伸ばそうとすると、個性が出てきます。もちろんそれは悪いことではないのですが、グループとしてのまとまりが薄れていくのも事実です。そこで、グループをつなぐ紐帯(ちゅうたい:帯とひものこと。転じて、互いを結びつける大切なものの意)として、スポーツの力を使っていきたいということです。
磯田:企業スポーツというものを、定義し直すということですね。
久保田:まさにそのとおりです。結果として、企業スポーツのロールモデルを作るということになるかもしれません。パナソニックという大きな企業だからできるというのではなく、スポーツの価値に正面から向き合えば、必ず持続的な運営ができるということを証明していきたいと思いますね。
企業スポーツというのは、アスリートのセカンドキャリアが保証されているという特性があります。ラグビー選手などは特にケガが多いですが、将来のキャリアへの不安を抑えながら、現役中はプレーに専念できるというメリットが生まれるわけで、こうした企業スポーツならでの良さを生かしつつ、再定義を行っていきます。
スポーツを持続可能にしていくことが最大の使命
磯田:一方で、ガンバ大阪や埼玉パナソニックワイルドナイツ、パナソニック パンサーズは事業化を目指すということで、スポーツの「興行」という面では、どのような課題感を持たれていますか?
久保田:プロ化して成功を収めているJリーグやBリーグのスタイルが、どの競技にとってもベストだとは考えていません。競技によって、選手の数も試合数も違います。プレーするのが屋内か屋外かによって、例えば新型コロナウイルスなどへの対策も変わってきますし、どの季節がシーズンになっているかで集客プランも異なります。プロ化はあくまで手段であって、目指すべきは「持続可能」ということです。
磯田:スポーツを、あるいはチームを持続させていくことが、アスリートにとってもっとも大事なことですからね。
久保田:国内スポーツは、現状では所属企業がチームを大きく支えています。多くのプロリーグも発足していますが、事実としてまだまだチーム単独の力では持続させられません。だからこそ企業が経営面でもサポートするわけですが、一部にはチーム名に企業名を入れることを悪く捉える向きもあります。
企業の名前がチーム名に入ること、これは一種の「ネーミングライツ」と考えることができます。チームを支援する代わりに企業名をつけさせてもらう。これは正当なビジネスです。
実際に企業が大部分の投資(支援)を行っている状況なら、それはフェアに表現されるべきではないでしょうか?企業名をつけることを単純に「悪」とすると、かえってスポーツの価値を曖昧なものにしてしまう恐れがあるではないかと、クラブ側と企業側の両方のマネジメントを経験した私としては強く思います。
磯田:スポーツに対してお金でサポートすることを否定してしまうと、ビジネスとしての可能性を否定することになってしまいますね。ひと昔前にはスポーツビジネスという言葉さえも知られていなく、日本のスポーツは「体育」という教育からスタートしているので、ビジネスと馴染まない時代が長く続きました。しかし、持続させていくには、企業がスポンサードしていくということも必要です。
久保田:パナソニックは、実はいくつかの競技を休部、廃部にしてきた過去があります。それを繰り返したくはないんです。私たちはどんなスポーツにも素晴らしい価値があると信じています。そうしたスポーツの価値を競技特性や環境、求められる役割に応じてしっかりと社内外に表現し、事業として持続可能にしていくことこそが私たちの仕事であると考えています。
スポーツの可能性を追求し、広げていく
磯田:パナソニックスポーツの今後の計画などを聞かせていただけますか?
久保田:チームの試合がない日の収益源がカギになります。私としては例えば、部活動の外部委託運営がひとつの形になるのではと思っています。いま、顧問の先生の負担の問題、また学少子化の影響などで1校だけでは成り立たなくなっている問題があります。そこで、複数の学校が集まってひとつの部活を作ることになるんですが、その課題に当社が役立ちを果たせるのではないかと思うのです。
幸い、いろんな競技にパナソニック出身の関係者がいますので、そういった人財も活用しつつ、部活動運営を受託していくイメージです。ただし、これは単にスポーツスクールを作っていこうということではありません。民間のスクールなどとは競合せずに、国や行政と連携しつつ安定的な経営を目指すものを創造したいと私は考えています。
磯田:部活の指導については、先生たちに大きな負担がかかっているという事情もありますから、社会的な課題の解決にも繋がりますね。
久保田:他には、グループ会社のテクノロジーも活かした事業も模索しています。それは、地方のスポーツチームへの指導です。たとえば、ワイルドナイツの稲垣啓太選手が地方のラグビーチームの指導をしようというとき、現地まで行って…となるとなかなかスケジュールが厳しい。そこで、稲垣選手とオンラインでつなげば、現地の指導者と一緒に指導を行うことができます。
パナソニックのテクノロジーと人財を活かしていけば、可能性は大きく広がっていくと考えています。既にオンラインのスポーツ教室はいくつかの行政と連携し動き出しているので、これをもっと広げて、もっとスマート化することで次世代育成とスポーツの底上げにつながる事業に育てたいですね。
磯田:スポーツというコンテンツは、まだまだ活躍できるフィールドがあるということですね。今後の事業展開がとても楽しみです。
事業化を狙う競技と会社への貢献を担う競技、それぞれの目指しているものに対する最適なマネジメントを行う。さらには、パナソニックがこれまで培ってきた技術やノウハウ、人材などを活かして新しいビジネス領域にも進出していこうと、その意欲は高い。パナソニックスポーツは、単なるスポーツマネジメントにとどまらない成長を目指している。