「“選択肢がないからチャレンジしない”をなくしたい」――企業がアスリートのデュアルキャリアを応援する理由

東証グロース市場上場のブランド品リユース大手で、近年ではスポーツ事業も展開するバリュエンスホールディングスが、アスリート社員のデュアルワークを認める働き方を推進している。それはアスリートへのスポンサードではなく、あくまで社員としての採用という人事戦略だ。スポーツを極めようとするアスリートのポテンシャルを見極め、積極的に採用を進めている。そこには「人事=管理」という図式を壊し、働きやすさを創出していこうという「戦略人事」が基になっていた。同社人事部部長 大西剣之介さんに話を聞いた。

周囲からも認められるデュアルキャリアを実践

バリュエンスがデュアルキャリアを志すアスリートを採用し始めて2年になる。どのくらいの社員が働いているのだろうか。また、どのようにして採用を決めているのか。受け入れる側の社員たちに不安はなかったのだろうか。

人事部長の大西剣之介さんは、アスリート社員の採用は、おおむねいい方向に働いているという。

「現在30名が社員として働いていますが、採用プロセスは、1on1の面談からスタートします。面談を経て、当社に興味をもっていただいたアスリート一人ひとりの条件をヒアリングし、就業時間や場所、条件面などを話し合った上で、どのような働き方ができるかをこちらから提示します。働き方はオーダーメイドで設計し、双方納得した上で、採用面接に入っていくといった流れにしています。

アスリートの競技は限定していません。結果的にはサッカー選手が多いのですが、意図したものではなく、3×3バスケ、格闘技、アイスホッケー、パデル、チアリーディングの選手など多種多様なアスリートの方に働いていただいていて、プロかアマかは一切問いません」(大西さん)

バリュエンスホールディングス株式会社 人事部 部長 大西剣之介さん

退職者もいるとのことだったが、実際に働いてみると「思っていたのと違う」ということもあるようだ。

「退職された方の理由はいろいろです。チームを移籍して働けなくなったという方もいれば、働いてみて競技に支障が出てしまったという人もいました。中途採用のミスマッチが起きないように事前のすり合わせは入念に行いますが、働いてみて気付くこともあり、やむを得ない事情でご退職を選択される方が多い印象です。

アスリートのデュアルキャリア採用を始めた当初は、受け入れる側の社員たちも、不安が大きかったようです。『シフトが組みづらいのではないか』『試合の日に働けないと仕事に支障が出るのではないか』『フルタイムの社員の方がいい』などの声がありましたが、実際に一緒に働いてみると、その考えは一変したようです。

『限られた時間の中で何か得ようと一生懸命がんばっている』『集中力が高く真剣に仕事に取り組んでおり、刺激をもらえる』など、好意的な意見が多かったですね。がんばって仕事を覚えようとする姿を見て、教える側も一生懸命指導したくなるようです」(大西さん)

アスリート社員の実績が積み重なっていって、まわりからの評価を上げていったということだろう。デュアルキャリアで働いている人たちには、どんな特徴があるのだろうか。

「常にPDCAを考えるクセがついていますね。目指すべき目標と現状とのギャップを割り出し、いま何をすればいいのか? それは自分ひとりでできることなのか? 誰かに教えてもらわなければダメなのか? そんな自問自答を繰り返し、問題を解決していくプロセスが身についています。これは、スポーツを通して得られたスキルだと思いますが、仕事も一緒ですよね。彼らは、仕事で大切なスキルの地盤を持っているんです。

しかし、すぐになんでもできるようになるわけではありません。週5日勤務のビジネスパーソンが10年かけて身につけた能力を、週3日で働いている人が1〜2年で身につけようとしても無理。それもスポーツと一緒で、一朝一夕では得られないわけです。

私たち企業側も、アスリート人材に対するコーチングやメンタリングのノウハウを蓄積していくため、人事部員自ら標準キャリアコンサルタントやスポーツキャリアコーディネーターの資格取得に挑戦しています」(大西さん)

「デュアルキャリア」目指して転職

では、デュアルキャリアを実践しながら働くアスリート社員は、どう考えているのか?

沓名(くつな)舞子さんは、パデルという競技の日本代表として活動している。2019年アジアカップ優勝、2022年全日本選手権優勝を飾るなど、パデルのトップ選手として世界と戦っている。

パデルは、テニスとスカッシュを足して2で割ったような競技で、発祥のスペインではサッカーに次ぐ競技人口を数えるほどの人気スポーツ。プレーはダブルスのみで、前からだけでなく、コートの壁を跳ね返る後ろからのボールにも対応しなくてはならないという戦術性に富んだ競技だ。

パデルでトップ選手として活躍する沓名舞子さん(左)

「私は、大学2年までテニスプレーヤーだったのですが、友人に誘われて体験したパデルに魅了されて競技を始めました。初めは、テニスと違って後ろからくるボールに慣れませんでしたが、ペアと話し合って戦略的にプレーするおもしろさにハマっていきました。

テニスに比べてプレーのパターンが多くて、奥が深く、伸びしろだらけです(笑)。スピードとパワーだけでは相手を押し切ることができないので、外国人選手との体格差を戦術で覆せる、日本人向きのスポーツではないかと思っています」(沓名さん)

スペインでは公園のなかにパデルコートがあるのが当たり前で、45年もの歴史があるスポーツ。トッププロに40歳台のプレーヤーも多く、経験が生きる競技として選手寿命が長い。

「日本にはまだまだパデルのコートが少なくて、練習環境に恵まれているとはいえません。新卒で就職した企業では、やはり競技と両立することに対する理解を得られず、もっとパデルに力を入れたいと思って転職を決意しました。そんなときに『デュアルキャリア』で検索して出会ったのがバリュエンスでした」(沓名さん)

スポーツとビジネスのいいサイクルが回っている

競技との両立を目指してバリュエンスホールディングスに転職した沓名さん

デュアルキャリアで難しいと思われるのが、競技と仕事の両立、そして切り替えだ。いかに理解のある会社とはいえ、本人のモードが切り替わっていなければ仕事もうまく進まないだろう。

「いまの業務はBtoBオークションの運営なんですが、在宅でもできる仕事もあり、練習日は家で仕事をしてからコートに向かっています。練習のない日は、出社して働いています。初めは取り扱っているアイテムに関する専門用語に戸惑ったりしましたが、部署内はとても風通しがよくて、仕事のやり方に関しては困らなかったですね。自分から聞いていくことで、問題は解決していきました」(沓名さん)

そんな沓名選手に、まわりの社員はどのように接しているのだろうか?

「私の競技に興味や関心をもってくれる、というのがうれしいですね。実際に試合に応援に来てくれる人もいるし、大会前にチャットで応援メッセージをくれる人たちもたくさんいます。海外遠征で2週間休んでも、『仕事のことは考えなくていいから、がんばってね』なんて言ってくれて、嫌な態度をとる人はいません。

そんな風に応援してくれると、私も時間内にきちんと成果を上げなきゃ、ってがんばりますよね。
私のパデルの活動費は、給料から出ています。つまり、仕事をがんばって給料が上がれば、もっとパデルができるわけです。とてもポジティブなサイクルが回っているんです」(沓名さん)

アスリートとしての今後の目標は、2022年9月からのアジア・アフリカ予選で世界大会への出場キップを手にすること。そして、12月の日本選手権で連覇を達成することだ。

「自分が世界で活躍することは、パデルの認知度アップにもなると思っています。それは、ひいては自分の練習環境の改善にもつながっていくことなので、引き続きがんばります!」(沓名さん)

変わる「働き方」に対し、企業もアップデートが必要

バリュエンスとしては、アスリートを企業広報の一環として採用するのではなく、あくまで重要な戦力かつ企業戦略のひとつとして採用している。現在、同社では働き方改革を積極的に進めているが、アスリートのデュアルキャリア採用が、社員の多様な働き方のモデルのひとつになることを期待しているという。

「私たち人事のマインドも変えていかないといけませんね。人事というと、管理することが仕事だと捉えがちですが、本来は働きがいを作り、働きやすさを高めるのが役割のはずです。人事管理は、システムがやってくれる時代です(笑)。『事業の成長と社員の成長に貢献する人事』を発想のスタートとして考え始めたときに、その過程にアスリートの採用もあったんです」(大西さん)

大西さんは、採用市場の状況も踏まえて、デュアルキャリア人材の採用を引き続き進めていくという。

「人材の流動性はますます高まっていて、中途採用の状況は厳しくなっています。そういった状況の中で、スポーツも仕事も本気で挑戦しようとするアスリート社員は大歓迎なんです。働ける日数や時間の短さは問題ではありません。スポーツと仕事を両立している姿に、一緒に働く多くの社員が刺激を受け、相乗効果が生まれるんです。

働き方は多様でいい。実は、当社は社内副業を認めていて、例えば人事部の社員が週1~2日のペースで他部署で働くということもOKなんです。完全に部署異動するしか選択肢がないと、『やりたい仕事と違った、楽しくない』という状況になっても戻る場所がなく、あとは会社を辞めるしかない…なんてことになりかねません。『そんなリスクを取るくらいなら、やりたいことがあっても現状で我慢しよう…』という発想になってしまいがちなんです。

チャレンジする気持ちをなくしてしまう状況こそが、会社にとってのリスクだと感じているので、“選択肢がない”状態をなくし、気軽に挑戦できる場を創っていきたいと考えています」(大西さん)

バリュエンスが目指すところは、自分の看板で仕事ができる人材を増やしたいということだという。企業に所属していると、会社の看板のおかげであるにも関わらず、自分で仕事ができたような気になってしまうことがある。自分で努力しなくても環境が整うことで物事が進み、いつしか研鑽することを忘れてしまう。

「社員にはアスリートの皆さんから刺激を受けて、挑戦するマインドを持ち続けてほしいんです。趣味でもなんでもいいのですが、仕事の他に注力することがあると、時間の使い方が変わります。仕事に専念するより、他のことと並行していくほうがそれぞれの効率が上がることがありますよね。

実は、アスリートの皆さんも同じです。競技者であっても、1日の練習は2〜3時間程度ということはよくあります。24時間ずっと競技と向き合っているわけではないんですね」(大西さん)

アスリートのビジネスキャリアにもつながる

デュアルキャリアは、アスリートの競技後の人生の準備という側面もある。多くのアスリートは、生涯を通してスポーツに関わっていけるわけではない。いつかは競技ではない選択肢を選ばなくてはならない瞬間が訪れるのだ。

「私たちは150名以上のアスリートと面談したんですが、その半数が『スポンサーになってくれるんじゃないんですか?』というスタンスでした。そういう方たちは採用に至りませんでした。アスリートを支援するのではなく、あくまでデュアルキャリアを応援したいという姿勢です。

アスリートのデュアルキャリアは、まだまだ一般的ではありません。デュアルキャリアで、競技的な成功を収めた例がありませんからね。でも、今後はデュアルキャリアの有効性を実感してくれる人が増えて、リファラル(紹介)採用が広がっていけばいいと思っています。私たちは、今後もデュアルキャリアを目指すアスリート社員を積極採用していきます」(大西さん)

アスリート人材への注目が高まるなか、バリュエンスの人事戦略はその先を見据えている。単にアスリートのデュアルキャリアを応援するだけでなく、そこから波及する本人や周囲のマインドの変化にも期待しているのだ。そして、働き方が多様化しているなかで、ある意味ロールモデルとなることも。自分のキャリアを固定化しているアスリートが変わることで、多くのビジネスマンのキャリアにも、無数の可能性が秘められていることに気付くきっかけとなるかもしれない。

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