「アスリートはイノベーションの源泉」アシックス、サツドラ、バリュエンスが考える、企業とスポーツのパートナーシップ

日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?そのヒントを探るべく開催された『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.2』のイベントレポート最終回は、アシックス、サツドラHD、バリュエンスHDの各社が進める、スポーツを用いた課題解決とそれを為し得るパートナーシップについて聞いた、本カンファレンス最後のセッションの様子をお届けする。

前回:八村塁所属のNBAワシントン・ウィザーズ。GMとビジネス責任者らが語る「グローバル・チーム」戦略 

企業がスポーツをサポートする様々な形

株式会社アシックス 常務執行役員 松下直樹氏

スポーツを取り巻く環境は加速度的に変化しており、現代のスポーツは社会、経済と密接に関係している。社会的に価値の高い競技に多くのスポンサーが名乗りを上げ、そこに多くのファンが集って1つの経済圏を作り上げるのは、メジャースポーツでは特に顕著だ。

企業とスポーツのパートナーシップが一層注目される現在、それぞれの立場からスポーツとの関係を築く各社に、現状と将来への展望を伺ったのが「日本企業がグローバル&ローカルで進めるパートナーシップ活用」セッションだ。

モデレーターを務めたスポーツブランディングジャパン代表取締役の日置貴之氏は、まずアシックスで常務執行役員を務める松下直樹氏に、社のグローバルブランディングについて水を向ける。ランニングで人気のアシックスだが、国内ではレスリングやボクシングのシューズなど、ニッチなマーケットにもコミットしている。

「世界での売上の70%ほどが、ランニングシューズを占めています。海外ではランニングシューズメーカーとして認知されていますが、ランニングなどのいわゆる個人スポーツは、コロナ自粛のような場合でも比較的影響が少ないジャンルですね」(松下氏)

アシックスは今回の登壇社の中で唯一のメーカーでもある。スポーツ領域におけるものづくりとパートナーシップの関係性を、同氏は続けてこう説明する。

「健康のためにランニングをするようなフィットネスランナーは、クッション性など靴の機能を求めてきます。それに対応するには、トップアスリートが求める機能からフィードバックした技術力が必要になってきます。つまり、トップアスリートは『イノベーションの源泉』なんですね。だからこそ、企業として陸上競技をサポートさせていただいています」(松下氏)

日置氏は次に、北海道を拠点としてドラッグストアのサツドラなどを傘下に収めるサツドラホールディングス株式会社 代表取締役社長の富山浩樹氏に、地域ならではのビジネスについて説明を求めた。

ポイントは、エンゲージメントだ。日置氏は「北海道は人の流動性が高い」と地域特性を挙げるが、サツドラHDのグループ会社であるリージョナルマーケティングでは地域共通ポイントカード『EZOCA』を運営し、北海道コンサドーレ札幌などのプロスポーツクラブとも連携する。

「北海道というエリアでポイントカードをやる際に、地域コミュニティの熱量を反映させたいということになりました。そこでターゲットとしたのが、子育て中のママたちとスポーツ。スポーツチームが課題としていた『ライト層の取り込み』という思惑と一致して、ドラッグストアで買い物をしてくれる人たちに支援してもらうという仕組みを考え出しました」(富山氏)

それが「EZOCAコンサドーレサポートプログラム」だ。EZOCAを利用した支払額の0.5%がクラブに還元される仕組みで、企業とクラブのwin-winの関係を築いている。

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企業とスポーツが共に成長していく

バリュエンスホールディングス株式会社/デュアルキャリア株式会社 代表取締役社長 嵜本晋輔氏

「企業とコンテンツホルダーが共に稼ぐ」モデルをさらに推進しているのが、元ガンバ大阪のプロサッカー選手で、現在はバリュエンスホールディングス株式会社及びデュアルキャリア株式会社で代表取締役社長を務める嵜本晋輔氏だ。

「私自身、もともとはガンバ大阪に所属していたのですが、第一線で活躍した選手ではありませんでした。一見華やかに見えるスポーツ選手でも高所得者はごく少数で、低所得に悩んでいる人がたくさんいます。そうした選手の収入面でのサポートができないかと、本業のオークション事業を活かして『ハットトリック』というスポーツアイテムに特化したプラットフォームを立ち上げました」(嵜本氏)

ハットトリックは、クラブや選手が既に持っているアセット(資産)を活用し、収益につなげられるのが特徴だ。

「そこでは、間違いなく『本物』が出品されていることを保証しています。選手が試合で着用したユニフォームを出品すると、コロナ自粛の間でしたが、1,500万円ほどの収益が上がり、クラブと選手に還元させてもらいました」(嵜本氏)

富山氏もこの双方に利益をもたらす関係に頷くと、先述のEZOCAの発展性についても言及した。

「Bリーグのレバンガ北海道では、さらに踏み込んでファンクラブ会員証そのものが、『レバンガEZOCA』のカードになっています。また、プロバレーボールチームの『ヴォレアス北海道』とは、地域マーケティングを協同で行っています。こうして、EZOCAというポイントカードを使ってチームを横断した横串を入れていくと、ファンの行動データが取得できるようになります。どの店に行っているか、どの試合を観に行っているのかといったマーケティングデータが得られるわけです」(富山氏)

スポーツ単体のマーケティングが行われるようになってきたが、EZOCAを通して得られたデータは、ファンを生活者として見ることができるというわけだ。それは、これまで可視化されていなかったファンの行動が、点ではなく面で見えてくるということでもある。

そして同じ氏は、スポンサー企業にとってのスポーツチームの新たな役割についても提言した。

「スポンサーは(地域で)取り合いをするものではなく、地域資本として捉えるべきです。横串を通すことによってチーム同士のコラボ企画案も出てきますし、スポーツチームを媒介とした企業コミュニティもできるんです。スポンサー企業同士が、協業などでビジネスにつながっていくケースもあります。単にユニフォームに社名を載せるだけではなく、具体的なビジネスに発展するわけです」(富山氏)

企業のマーケティングとスポーツの発展

企業は、クラブチームや統括組織などスポーツ団体だけでなく、アスリート個人とのパートナーシップも視野に入るだろう。事実、世界のスポーツメーカーは、選手個人へのスポンサードを加速させているが、その中でスポーツ団体への支援を進めているアシックスは独自の戦略を進めているように見える。その真意は何か。松下氏は次のように語る。

「その競技カテゴリーに対する自社の意志を表明すると同時に、競技の普及と強化をお手伝いしたいと考えているからです。トップのレベルを高めることと、競技の裾野を広げることに協力する。世界のトレンドとしては、選手個人へのサポートをしているメーカーが多く、契約金も高騰しています。しかし、競技大会がなければ選手も活動できないし、自分の価値を証明できません。アシックスは、もちろん選手個人も支援しますが、チームや各国の統括団体、世界連盟の活動をサポートしていこうと思っています」(松下氏)

これには日置氏も「アシックスは『場』を作ることに力を入れているように見えます」と述べると、松下氏はさらに続ける。

「個々の選手にふさわしいものと、メーカーが売りたいものが一致するとは限らないわけです。アスリートファーストという観点に立てば、選手に合ったものを提供するべき。私たちの商品が、競技自体の普及発展の一助となれることを願っています」(松下氏)

マーケティングや販売促進の即効性としては、人気のある選手から自社商品をエンドースしてもらう手法が優れているかもしれない。しかし、長い目で見たときに、それが本当にアスリートのためになるかどうか。アシックスは、競技の将来も見据えた上で長期的なマーケティングに取り組んでいるといえる。

スポーツの「ニューノーマル」とは?

サツドラホールディングス株式会社 代表取締役社長 富山浩樹氏

スポーツを取り巻く状況は、より大きなビジネスの流れに影響を受けている。それに合わせて、スポーツそのものの常識も変わっていかざるを得ない。日置氏は、各パネリストにこれから取り組むべきスポーツビジネスの課題を挙げてもらった。まず口火を切ったのは松下氏だ。

「トレーニングのサポートがもっと充実しなければなりません。学校や部活だけでなく、個人でトレーニングする人をサポートできる環境があるべきです」(松下氏)

ビジネスの前に、松下氏が言及したのは学校の体育教育だ。その矛盾を鋭く指摘する。

「体育の授業で落ちこぼれて『運動に向いていない』と思い込んでしまう人がいるんです。それで運動をしない人生を送って、高齢になってから検査の数値が悪化して、医師から運動してくださいと指導を受けるようになる…。運動のスキルを身に付けるはずの学校の授業が、スポーツと離れてしまう要因になっているケースがあるわけです。運動が嫌いにならないように「逆上がり」の授業をやめてもらうしかない(笑)」(松下氏)

日本では長らく、スポーツに触れるきっかけのほとんどが学校の体育の授業や部活だった。そこには「教育」という目的があり、伝統という重しがあったために、時には合理性を欠く場面も存在したのが事実だろう。近年では、その不合理性を指摘する人も多い。これに富山氏も同調する。

「学校の部活の問題も大きいですね。昔ながらの根性論が残っている部活もあります。ブラック部活は、指導する先生のブラックな就業環境によって支えられているというのも、おかしな話ですよね。地域スポーツも外部の人を排除したりして、住んでいるところによってできるスポーツが限定されるということも少なくありません。スポーツに取り組める合理的な環境が少ないですね」(富山氏)

この現状を打破するのが、ビジネスの役割かもしれない。松下氏が言及した「個人でトレーニングする人をサポートする環境」は、テクノロジーによって大きく変わりつつある。

アシックスは2016年にフィットネスアプリ「Runkeeper」を運営するFitnessKeeper社を8,500万ドル(約85億円)で買収。ユーザーとの直接的な関係の構築を目指す企業の狙いを、同氏は詳しく述べる。

「カスタマーエンゲージメントを深めていくのが目的ですね。トレーニングソフトで常にコミュニケーションしていくことで、カスタマーのロイヤルティを育成していけるのです。アプリを通してデータを取得して、いろいろな提案を繰り返すことでエンゲージメントが高まっていきます」(松下氏)

個人のトレーニングを支援するものは、何もアプリだけではない。松下氏はハード面での新たな取り組みも紹介した。

「例えば、忙しい人向けに、時短、高効率のトレーニング環境の提供をするなどですね。アシックスでは、東京の豊洲に『ASICS Sports Complex TOKYO BAY』という低酸素トレーニング施設をオープンしています。低酸素状態では、短い時間のトレーニングでも効率が上がる。時代に合わせて、スポーツの環境を変えていかなくてはなりません」(松下氏)

スポーツにも『個の時代』が訪れる

モデレーターを務めたスポーツブランディングジャパン代表取締役 日置貴之氏

時代によってスポーツを取り巻く環境は変わり、それによって企業とスポーツの関係性も変わる。この原則は、コミュニケーションの分野で特に顕著になってきたと日置氏は話す。

「コロナ自粛がきっかけで、選手個人のSNS発信が増えてきましたね。選手のコミュニケーション能力が上がってきたし、リテラシーもアップしてきたと思います」と同氏が話すと、元Jリーガーの嵜本氏は次のように同調する。

「いまはファンと選手がつながるツールがたくさんありますから、選手の発信は今後も加速していくと思います。スポーツ選手の現役期間は、とても短いんです。平均引退年齢が25.5歳というデータもあります。『現役』という、人生のうちで最も注目されている期間に自分の価値を上げておかなくてはいけないんです。そのためには、選手自身が動かなくてはなりません。大きな波にさらされたことで、チームのマインドも変わってきていて、パラダイムシフトが起きています。これは選手には追い風ですね」(嵜本氏)

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松下氏から、嵜本氏へ「選手のセカンドキャリアの成功の秘訣は?」との質問もなされた。嵜本氏の見解は次の通りだ。

「それは“準備力”だと思います。日本には『アスリートは純粋であれ』という呪縛があって、現役時代に何か他のことをやることに寛容じゃないんです。私たちが考えている“デュアルキャリア”というのは、アスリートの鎧を脱いだら別の鎧を着ている状態にしようということで、現役のときからキャリアを作っていこうという考え方です。現役のときに学びや気付きの機会を作っていかなくてはならないと思いますね」(嵜本氏)

このアスリートのキャリア形成について、日置氏が「欧米では、トップアスリート出身のビジネスマンが多い印象がありますね」と感想を述べると、嵜本氏は自身の経験も交えて話を続ける。

「自分が現役のときには将来のキャリアなんて考えられなかったですね。視野を広げる機会もないし、そのきっかけすらなかったと思います。いまは本田圭佑選手や長友佑都選手などのように、現役アスリートでありながらビジネスに取り組んでいる人も出てきています。いまのアスリートにセカンドキャリアで何をしたいか聞くと『経営者』という答えが一番多いようです」(嵜本氏)

アスリート出身の経営者が増えれば、よりスポーツビジネスは活発となり、企業とスポーツの新たな関係も進んでいくのかもしれない。

今回はスポーツにおけるパートナーシップがテーマだったが、思いがけず様々なジャンルに対して示唆をもたらすセッションとなった。これもひとえに、スポーツが社会性を持ち、経済にも深く関係しているからこそだろう。今後もスポーツがさらに外の世界とつながっていくことで、スポーツと企業それぞれにチャンスが生まれてくる未来に期待したい。


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