withコロナ時代にスポーツビジネスを底支えし、未来を拓いていくためには、テクノロジーをいかなる形で活用すべきか。HALF TIMEは、この重要なテーマを検証すべく『HALF TIMEカンファレンス 2020 Vol.3』を8月27日に実施。本稿では気鋭の海外パネリストが登壇した、セッション1の模様を紹介する。
スポーツ界が検証しなければならない3件の重要テーマ
セッション1には、ラモン・ロアルテ氏(セビージャFC チーフ・マーケティング&コマーシャルオフィサー) 、フアン・イラオラ氏(レアル・ソシエダ チーフ・イノベーション・オフィサー) 、ロドリゴ・ヤバロン氏(クラブ・ナシオナル・デ・フットボール マーケティング&コマーシャルディレクター)がパネリストとして参加。モデレーターを務める中村武彦氏(Blue United Corporation CEO)の下、「テクノロジーとグローバル・スポーツビジネス」をテーマに闊達な議論が交わされた。
セッション1の冒頭、中村氏はまず新型コロナウイルスがスポーツ界にも多大な影響を及ぼしている現状について言及。その上で、次の3つのテーマを提示した。
1:withコロナ時代に採用されるべきビジネスモデルの在り方とは?(チケットセールスやスタジアム関連ビジネスを主体にした、従来型のアプローチを再び確立すべきなのか、あるいはマネタイズのために新たなモデルが模索されるべきなのか)
2:withコロナ時代を乗り切っていく縁として、各々が注目しているテクノロジーとは?
3:withコロナ時代においても、スポーツが保持し続ける普遍的なバリューとは?
withコロナ時代に採用されるべきビジネスモデルの在り方
中村氏の指名を受けて最初に解説を行ったのは、レアル・ソシエダのイラオラ氏だった。
イラオラ氏は、昨年に策定された7つのデジタル戦略を列挙。その内容はeコマースやチケット販売、スタジアム内における決済、AR(拡張現実)などを駆使したコンテンツの提供、クラブが地域コミュニティで担うハブ機能、他国のクラブとの連携、そしてAI(人工知能)などを活用したノウハウ共有に至るまで多岐にわたる。
実例を交えて明かされる事例は、いずれも興味深いものばかりだった。だが真に刮目すべきは、これらの改革プランが持つ「文脈」だったと言えるのではないか。
非接触型の決済方法などは、新型コロナウイルスの感染蔓延を防ぐ一助として、日本のスポーツ界でも再び注目を集めている。しかし同氏は新型コロナウイルスが蔓延する以前の状況についても、きわめて重要な事実を指摘した。
「ホームゲーム当日になると、スタジアム内のショップやバーなどは定員オーバーになってしまうため、モバイル端末を活用した効率的な決済方法の導入などが求められていた」
イラオラ氏の発言が意味するものは大きい。新型コロナウイルスの蔓延が、ビジネスモデルのドラスティックな変革を促したのは明らかだ。だが一面では、各クラブによって採用され始めていたテクノロジーの導入を、後押しする契機になったとも解釈できるからだ。
次に発言したのは、セビージャFCのロアルテ氏である。同氏は新型コロナウイルスが、これまで起きたいかなる技術革新よりも、スポーツ界のデジタルシフトを促進したと指摘。ビジネスモデル自体の見直しを迫ったと異口同音に語った。
事実、新型コロナウイルスは、マッチデーチケットやシーズンチケットの販売、VIP向けのホスピタリティサービス、飲食の販売、ファンショップにおけるグッズ販売、スタジアムツアーなど、クラブが直接手掛ける事業を直撃している。またリーグ側が管轄するTV放映権料、クラブ側が企業と結ぶスポンサーシップ、選手個人レベルでのスポンサーシップの縮小にまで影響が及んでいる。
ますます重要性が高まる、詳細かつ緻密なデータ分析
さらにロアルテ氏は、新型コロナウイルスの蔓延によって、試合の様相そのものが一変したとも発言。セビージャは昨シーズン、UEFAカップを見事に制したが、決勝で目の当たりにした光景はいまだに忘れられないという。
「試合会場に足を運んだのは、25名ほどのクラブ関係者だけだった。これは我々が知っていたサッカーの姿とは程遠い。まったく別物のスポーツだ」
むろん深刻な変化は、一般社会においても起きている。ロアルテ氏によれば、スペイン南部は他の地域にも増して新型コロナウイルスの被害が甚大で、地元経済も瀕死の状態にある。
では、このような状況をいかに克服していくべきなのか。
同氏が挙げたのは、やはりデジタル技術の積極的な活用だった。例えば、先ごろ行われたローカルダービーでは、観客の姿をテレビ映像に合成し、熱気に溢れた場内の雰囲気を再現する試みなども行われている。このような新機軸やAR、VR(仮想現実)などの技術、各種プラットフォームを介したコンテンツの提供、そしてモバイルアプリの活用は、かつてないほど重要な役割を担うようになってきた。
ただしロアルテ氏は、デジタルシフトを加速させるだけでは十分ではないとも喝破した。
主な理由は二つ。まずコロナ禍による収益の減少を最小限に抑えるためには、良質なコンテンツにしっかり対価を払うというカルチャー(習慣)を、ファンの間に浸透させる必要がある。これに並行して、各種のプラットフォームで収集されたデータを活用して、ファンエンゲージメントを高めていくことが求められているからだ。
「ありとあらゆるタッチポイントで収集されたデータを詳細に分析し、ファンが求めているものを、よりよく理解していく。個々のファンとパーソナルな対話を重ねてセグメント化し、ターゲット化することは、今後数年間の戦略目標になっていくだろう」
事実、セビージャでは昨年の段階で、顧客データの分析に特化した「ビジネス・インテリジェンス・センター」を設立。PSGをはじめとするビッグクラブの動向や、仮想通貨を活用した決済システムの有効性なども検証し始めている。
3人目のパネリストであるヤバロン氏によれば、ウルグアイのクラブ・ナシオナルでも同様に試みが開始されており、「Nacionalizate」キャンペーン(※)を通して12万件もの顧客データが収集されたという。
「現時点では試合を開催してファンに提供することができない。そこで鍵を握るのは、ファンがこの状況をいかに穴埋めしようとしているかを把握することだ。詳細なデータ分析は、9月にスタートするCRM(顧客関係管理)のプロジェクトと共に実施される」
※クラブのインチャ(Hincha:南米の熱狂的なサポーター)に対して公式証明を発行する取り組み
デジタルシフトとファンエンゲージメント
3氏の発言からうかがえるように、大多数のクラブは試合の観戦チケットやTV放映権の販売といった従来型のビジネスモデルにこだわるのではなく、新たなテクノロジーの導入と活用に着手した。ただし具体的なマネタイズの方法に関しては、いまだに模索や試行錯誤が続いているのが現状だ。
中村氏はこう断じた上で、より本質的なテーマを提示した。それは即ち「withコロナ時代のファンエンゲージメントの在り方」に他ならない。デジタルシフトが加速すればするほど、いかなる形でコンテンツを提供し、どのようにファンのニーズに応え、収益性を確保していくかが問われてくるからである。
このトピックについても、最初にディスカッションの土台となる視点を提供したのはレアル・ソシエダのイラオラ氏だった。同氏は、詳細なデータ分析は始まったばかりだと前置きした上で、データ収集の対象となるファンベースは様々なクラスターに分かれており、ダイバーシティ(多様性)に考慮しなければならないと述べている。
クラブ・ナシオナルのヤバロン氏は、12万件にも及ぶデータベースの内容を踏まえて、やはりファンベースが多種多様なことを強調した。だが氏は、すべてのファンに通底する要因も認識していた。それはクラブ側とパーソナルな「絆」を希求している点である。デジタルシフトやAR、VRといった人工的な環境再現が主流になればなるほど、より肉感のある関係性が求められるようになったという指摘は、強い説得力を持っている。
「(試合を開催できない以上)クラブにまつわる様々なストーリーを共有し、ファンと一体感を育んでいくことはきわめて大切になる」
ファンエンゲージメントの向上を、具体的なオペレーションという観点から詳説してくれたのは、セビージャのロアルテ氏である。
「我々は、ファンがスタジアムに到着した正確な時間も把握しようとしている。これはスタジアム内で販売される飲食の収益を高めていく上で重要になる。ファンが到着した時点で、まずはコーラとホットドッグの割引チケットをスマートフォンにプッシュ送信し、(オーダーされた商品を)ハーフタイムにしっかり届ける。これは一例に過ぎないが、ラ・リーガ側が運営するチケット販売の基幹システムと、我々独自のデータ分析センターを連動させながら、各種のデータをマーケティングに組み合わせていくことを試みている」
さらにロアルテ氏は、多様なファンベースに対応した、長期的かつグローバルな戦略策定の指針についても解説している。
同氏によれば、セビージャのファンは地元で生まれ育ち、ほとんどの試合に来場するようなコアなファン層、シーズンチケットは持っているものの、大一番にだけ顔を出すライトなファン層、そして海外から関心を寄せる「メインストリーム(主流派・多数派)」のファン層に分類される。
グローバルなレベルでのマーケティングを左右するのは最後のグループだが、このクラスターは最も多様性に満ちた集団にもなっている。セビージャというクラブやラ・リーガのサッカーに惹かれた人もいれば、母国出身の選手が所属しているという理由で、関心を寄せるようになった人々も含まれているためだ。
ロアルテ氏はその種の牽引役を見事に果たした選手の例として、清武弘嗣選手を挙げている。清武選手は、セビージャやラ・リーガそのものの人気を日本でさらに高めるのに貢献したがクラブを退団した後も、一定数の日本人ファンは残り続けているという。
注目のテクノロジーと、コロナ収束後の可能性
モデレーターの中村氏は、ファンエンゲージメントを高めるための新たな戦略は、新型コロナウイルスが収束し、人々がスタジアムに再び足を運べるようになった時にも活きてくると小括。オーディエンスからの質問を挟み、二つ目のトピックであるテクノロジーに関して、パネリストに水を向けた。
レアル・ソシエダのイラオラ氏は、注目している新機軸として5GとAI(人工知能)を挙げつつ、収集されるデータの情報量が飛躍的に増えつつあると指摘。今後はデータ分析に基づく、より詳細な予測などが重要になっていくだろうと述べた。
クラブ・ナシオナルのロドリゴ氏も、データの収集自体ではなく、その活用こそが目的になると強調している。セビージャのロアルテ氏は仮想通貨については慎重に検証中だとしながら、VRとOTT(オーバー・ザ・トップ:ストリーミングなどインターネットを介したコンテンツ配信)について言及した。その理由は非常に興味深い。
「そもそもスタジアムのキャパシティには、物理的な上限がある。またファンの中にはシーズンチケットが購入できなかったり、単純に他の都市に居住したりしている人々もいる。我々はこれらの人々に対し、自宅でテレビ観戦する以上に良質なエクスペリエンスを提供していかなければならない」
本セッションでは貴重な解説が数多くなされたが、このコメントが示唆したものもきわめて大きい。スタジアムの物理的なキャパシティーに左右されず、ボーダーレスかつシームレス、そしてグローバルにファンベースを獲得していくための方向性を提示したからである。
変わりゆくスポーツ界と変わり得ない価値
最後のテーマは、withコロナ時代においてもスポーツが保持し続ける、普遍的なバリュー。レアル・ソシエダのイラオラ氏が口にしたのは「情熱」だった。さらに同氏は、保守的な傾向が強いサッカー界において革新を進めていくには忍耐強さと不屈の精神が必要であり、いかに柔軟に変化に対応していくかが問われてくると締めくくった。
セビージャFCのラモン氏は「帰属意識」を育めることこそがスポーツが持つチカラだと断言。これはファンエンゲージメントに直結するだけでなく、チームスポーツとしてのサッカーの本質にも関わってくる。同氏はこのセッションを通して、withコロナ時代のテクノロジーの活用方法やファンエンゲージメントの在り方を解説したが、ノーマルな形での試合再開は早ければ早いほどいい、できれば1年以内に通常開催できるようになるのが望ましいと指摘するのも忘れなかった。
クラブ・ナシオナルのヤバロン氏が挙げたのは、イラオラ氏と同様に「情熱」だった。同氏によれば、カスタマーであるファンとの間に情熱が育まれるという特徴こそは、スポーツが他のビジネスと最も異なる点であり、クラブ経営に携わる人々は、その情熱に報いる責任を負っている。
モデレーターを務める中村氏の下、以降もディスカッションは続き、日本とヨーロッパの環境の違い、放映権料の問題、今後注目されるデジタルデバイスなどのテーマについて、密度の濃い議論が重ねられた。そのいずれもが示唆に富むものだったことは繰り返すまでもない。
withコロナ時代に対応したビジネスモデル、新たなテクノロジーやデータの活用、そしてファンエンゲージメントの本質へ。本セッションは、スポーツビジネスの未来だけでなく、その原点を改めて認識させる、実に有意なものとなった。
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