精神障がいのない人も「踏み込む勇気」を。ソーシャルフットボール日本代表候補が提示した、「インクルージョン」に本当に必要なこと

企業やスポーツ団体がSDGsに取り組む中で、障がいのある人も取り残さない「インクルージョン」は至上命題のひとつになっている。横浜FCの協賛により開催されたソーシャルフットボール日本代表候補・小林耕平選手のイベントから、その解を探った。(取材・文=CINK FOOTBALL SQUARE 渡邉宗季、撮影=松本力)

ソーシャルフットボール日本代表候補が自ら発信

この11月、横浜FCのLEOCトレーニングセンターで精神障がいを持つ子どもたちに向け、 ソーシャルフットボール日本代表候補の小林耕平選手が運営するHambre FCによるフットサルスクールが開催された。

小林選手は自閉症スペクトラム、学習障がい、PTSD、うつの症状を抱えながらも、自分と同じ障がいを抱えている子どもやその保護者に向けてSNSで発信し、フットサルスクールを開催するなどしている。

今回は知的・発達障がい児だけではなく、ダウン症の子どもも参加し、障がいの垣根を越えたイベントになった。小林選手も「良い会にできた」と成功を喜ぶ。運営を行った私たちCINK FOOTBALL SQUAREとしても大いに励みになった。

現在、SDGsの機運が高まる中、企業だけでなくプロスポーツクラブも積極的に社会貢献のアクションをとっている。一方で精神障がいを持つ人々に向けた取り組みにはセンシティブな面もあり、どうしても二の足を踏んでしまうという声も多い。

それはなぜか? これには精神障がいならではの特徴や難しさがあるからだ。

精神障がいは見た目にわかりにくい

精神障がいだけでなくダウン症の子どもらも幅広く参加したイベントとなった。画像提供=CINK FOOTBALL SQUARE

私が小林選手と出会ったのはかれこれ7〜8年前になる、お互い大阪の社会人フットサルリーグで戦うチームに所属し、練習試合やリーグ戦を通して話をする仲になっていた。しかし彼が発達障がいを持っていることを知ったのはつい最近のことだ。

だからといって関係性が変わったことはないが、「何か特別に考慮した方が良いのだろうか?」「気をつけるとしたら何をどうすれば良いのだろう?」「このように考えてしまっていること自体いけないことなのではないか?」と、自問自答したことを覚えている。

様々な障がいが ある中で、特に精神障がいを抱えている方と向き合う時の難しさは「見た目にわかりにくい」ことだ 。実際、小林選手自身もその点に苦しんできたという。小学生の頃、オフサイドのルールが理解できずにコーチに怒られ、泣いてベンチに引き上げたこともあった。

今思えば当時、彼はすでに違和感に気づいていたのかもしれない。その後、中学、高校と進学するにつれ確信に変わっていくが、実際に医師から診断されたのは25歳のとき。小林選手はその際「とても腑に落ちた」のだという。

本人さえも気づきにくいという精神障がいの特性から、 私のように悩む人が生まれるだけでなく、障がいのある人たちとの関係を避け、共に行動することを躊躇する要因にもなっている。

「勝手な正義」は必要ない

小林選手は自身の活動について、①発達障がいを抱える子供たちが居場所を見つけられること、②障がい者を巻き込むことが「正義」であるというような価値観を社会から極力無くすこと、を目標としていると話してくれた。

この「正義」とは、マイノリティの人たちを救おうという姿勢を意味している。もちろん意識をしている人も、無意識の人もいるかもしれない。 ただし障がいのある人たちが求めているのは、少数派として特別に取り上げてほしいということでなく、あくまで社会の中の一員として「対等」であることだ。

実は今回のイベントに向けて、私たち運営側では精神障がいのある人を取り巻く現状を理解するために、オンラインで勉強会を実施してきた。しかしこういった勉強会が必要なのも、残念ながらまだまだ私たちが彼らをマイノリティで特別な存在と認識している証拠ともいえる。

もちろんこれは「障害のある方を助けたい」「なんとか状況を変えたい」と思う方々の態度を否定するものではない。現状を変えるには、学び、行動し、時にはぶつかることも必要なのだ。

対等な関係を築くには、踏み込む勇気も必要

障がいのある人とぶつかってもいい――。こう聞くと意外に思う人も多いかもしれないが、今回のイベント運営の一員であり、障がい者サッカーの現場で長くカメラマンとして活動する松本力さんは、小林選手とのエピソードも交えて教えてくれた。

2018年、小林選手はスペインにフットサル留学することを一大決心。ゴレイロ(フットサルでいうゴールキーパー)として、現地チームとの契約を勝ち取った。自らの挑戦をSNSで発信し、同じ障がいを抱える人々の支えになればという思いがあった。しかし、SNSの発信や小林選手に対し思いがけない誹謗や中傷のコメントもあった。

さらに慣れない海外生活に加え、語学学校で自分よりスペイン語ができるクラスメイトへの劣等感も。そんな苦しい日々が続く中、小林選手は松本さんに電話すると、負の感情を一気に愚痴として話し始めたのだという。しかしそのとき、松本さんは小林選手を一喝したのだ。「精力的なのはいいが、イライラしてはいけない」と。

松本さんはソーシャルフットボールクラブのFC PORTでも活動するなど、6年にわたって障がい者サッカーに関わり、小林選手との親交も深い。とはいえ、障がいのある相手――ましてや精神障がいのある人に対して、厳しい態度を取ることができる人は、どれだけいるだろうか? ひとりの人間として「対等に向き合う」とは、こういうことなのだ。

スクールでは「綺麗でないこと」も

一筋縄ではいかなかったイベント。だからこそ「成功」と小林選手はいう。画像提供=CINK FOOTBALL SQUARE

今回のイベントを通して小林選手が伝えた教訓は、何も特別なことではなく、また障がいがあるなしにも関係ない。人が人と関わり、生きていく上で普遍的なことではないだろうか。SDGsブームの中で障がいを持った方の機会均等が推進されているが、「特別なこと」だと意識し過ぎていている人はあまりに多いように感じる。

小林選手はイベント振り返って、「綺麗に終わらなかったこと」をポイントに挙げている。実はイベントの途中で二人の子どもがボールを奪い合い、その一人がコートから脱走するという事件も起きた。ではなぜそんなイベントが「成功」だと言えるのか?

「きれいな側面だけ見てほしくないんです。参加してくれた方がそういうことを知ってくれたことが大切」と、小林選手。障がいと真に向き合う重要性に触れながら、参加した子どもたちにも目を向けた。

「自分の感情をぶつけ、イレギュラーな事象と向き合い整理することは、子どもたちにとっても大きな経験になるんです」(小林選手)

サッカー界では様々な取り組みが始まっている。横浜F・マリノスや鹿児島ユナイテッドでは知的障がい者のサッカーチームがあり、他には地域の障がい者サッカーチームにコーチを派遣するクラブもある。

小林選手が留学したスペインでは、ラ・リーガの42クラブのうち38クラブが知的・精神・発達障がい者チーム「ジェヌイン」を持つ。トップレベルまで、確かに広がってきている。

とはいえ大きなムーブメントが起こる過程では、小林選手のような個人で草の根活動を行う「先駆者」の存在が欠かせない。そしてムーブメントをより広げるには、 私たちが綺麗なこと以外にも目を向け、もう一歩踏み込んで障がいのある人たちと向き合い、対等な関係を築くことが求められている。