オリンピックと日本の歴史|初めて参加した大会は?日本では過去何度開催された?

いよいよ2020年に開催がせまる東京オリンピック。4年に1度開催されるオリンピックには日本からも多くの選手が出場し、華々しい成績を残していますが、その歴史を紐解くと、とても深いものがあります。オリンピックの歴史上起きた出来事や、過去に何度、日本で開催されたのか、など、オリンピックの歴史を知ることで、2020年に開催される東京オリンピックをより楽しむことができるでしょう。

日本人が初めて参加したのは1912年開催のストックホルム大会

第1回の近代オリンピックが開催されたのは1986年ですが、この第1回オリンピックには、日本は参加していませんでした。

日本が初めて参加したオリンピックは、1912年に開催されたストックホルムオリンピック。

近代オリンピックの父であるフランスの「クーベルタン男爵」の働きかけと、日本人初のオリンピック委員で柔道家の「嘉納治五郎」の運動により、参加することができたのです。

この大会に日本代表として出場したのは、金栗四三と三島弥彦の2人だけでしたが、日本にとって大きな意味をもつ大会であったことは間違いありません。

ちなみに、日本人女子選手の参加は1928年のアムステルダム大会から。男子に6年遅れての参加となったのです。

初めてメダルを獲得したのは1920年のアントワープ大会

日本人選手が初めてメダルを獲得したのは1920年のアントワープ大会でした。

男子テニスのシングル、熊谷一弥選手と、ダブルスの熊谷一弥・柏尾誠一郎のペアがそれぞれ銀メダルを獲得しました。

女子選手の初メダルは、初参加になった1928年のアムステルダム大会。

人見絹枝選手が、800m走で銀メダルを獲得しています。

この大会では、陸上男子三段跳の織田幹雄選手と平泳ぎ男子200mの鶴田義行選手がそれぞれ金メダルを獲得するなど、日本人初の金メダリストも誕生しました。

幻の開催となった1940年東京大会

平和の象徴でもあるオリンピックですが、1940年と1944年の2回、戦争によって中止されました。

1940年に開催予定だった大会は、日本人選手の活躍によるオリンピック人気の高まりをうけ、夏季は東京、冬季は札幌での開催が決まるなど、オリンピックの同一国連続開催が期待されていました。

しかし、日中戦争が激化し、開催権を返上する事態になったのです。

1940年に続く1944年のオリンピックも、第二次世界大戦の影響で中止されました。

戦後のオリンピックと日本

第二次世界大戦終了後、1948年に戦後初のオリンピックがロンドンで開催されました。

しかし、日本とドイツは戦争責任の観点から出場が認められず、オリンピックへの参加が認められたのは1952年のヘルシンキ大会からでした。

平和の祭典としても知られるオリンピックの参加や開催は、戦争によって大きな影響を受けるといえるでしょう。

日本でのオリンピック開催は過去3回

写真提供 = Yuriy Boyko / Shutterstock.com

日本で開催されたオリンピックというと、1964年の大会をイメージする方も多いと思いますが、日本でのオリンピック開催は、過去に3回あります。

それぞれどのような大会だったのか解説していきましょう。

1964年、東京オリンピック開催

1964年に開催された東京オリンピックは、日本初のオリンピックとして大いに盛り上がりました。 

東京開催が決定したことによって、国立競技場など様々な施設・会場を建設。

大会運営費94億円、施設整備約164億円、選手強化23億円を計上した国家の大プロジェクトとなったのです。

この大会に出場した日本人選手は、金16個、銀5個、銅8個の計29個のメダルを獲得しました。

金メダルの獲得数は、アメリカ、ロシア(旧ソビエト)に続く3位、そして、メダル獲得総数も4位と、開催国として恥じない結果を出しました。

2020年のオリンピックも、開催国として日本人選手の活躍が期待されています。

1972年には札幌で初の冬季オリンピック開催

1972年の札幌オリンピックは、日本で初めて開催された冬季オリンピックです。 

この大会の開催誘致には、当時IOC委員の中で最高齢だった高石真五朗が尽力しました。

高石真五朗は、開催地を決める総会の際、病気で参加することができませんでしたが、会場にアピールコメントのテープを流しました。

このアピールが好評で、第1回投票で過半数を獲得。

札幌の開催が決定したのです。

ちなみに、この大会ではスキージャンプの70m級で、日本人選手が冬季オリンピック史上初の表彰台独占し、大きな話題を呼びました。

この大会以前における冬季オリンピックのメダル獲得は、1956年コルチナダンペッツォオリンピックで猪野屋千春が獲得した1個だけでしたが、ジャンプでの表彰台独占という結果を残したことで、日本のジャンプ陣が日の丸飛行隊と呼ばれるようになったのです。

1998年 長野オリンピック開催

1998年の長野オリンピックは、20世紀最後に開催されたオリンピックです。

オリンピック開催には地元新聞である信濃毎日新聞が貢献し、長野県への冬季オリンピック招致キャンペーンを行いました。

1988年に行われたJOCによる冬季オリンピック国内候補地の選定投票で、盛岡、山形、旭川を抑えて決定。

冬季オリンピックの歴代開催地の中で、最も南に位置する地域での開催となりました。

日本チームのメダル獲得数は?

これまで多くの日本人選手がオリンピックに出場してきました。

そのメダル獲得数は


夏季冬季合計
142個14個156個
135個22個157個
162個22個184個

と、合計497個に上ります 。

世界ランキングでいうと総合獲得数は15位、 金メダルの獲得数は12位であり、2020年の東京オリンピックでも、メダルの獲得が期待されています。

記念すべき500個目のメダルは「誰が」「どの色」で獲得するのか気になりますね。

日本選手団の団長や主将・旗手を務めたのは誰?

オリンピックに参加する選手が決まっていくと、注目されるのが主将・旗手に選ばれるのは誰なのか、ということ。

過去のオリンピックを見ていくと、1964年の東京オリンピックは陸上の大島兼吉選手が団長を、体操の小野喬選手が主将を、そして、競泳の福井誠選手が旗手を務めました。

また、札幌オリンピックでは、柴田勝治氏が団長、スピードスケートの鈴木恵一選手が主将、地元のスキージャンプ選手、益子峰行が旗手を務め、1988年の長野オリンピックでは実業家の八木祐四郎が団長を、スキージャンプの荻原健司選手が主将を、スピードスケートの清水宏保選手が旗手を務めました。

そして、2016年のリオオリンピックでは、橋本聖子氏が団長、吉田沙保里選手が主将、右代啓祐選手が旗手を務め、2018年の平昌オリンピックでは、齋藤泰雄氏が団長、小平奈緒選手が主将、葛西紀明選手が旗手を務めました。

このことから、団長にはスポーツ界に貢献している人、そして、主将と旗手は注目される選手が務めているといえるでしょう。

2020年の東京オリンピックの団長・主将・旗手は誰になるのか、発表が楽しみですね。

まとめ

日本でも過去に3度、開催されたことのあるオリンピック。

今、2020東京オリンピックの開催に向けて、着々と準備が進められています。

記念すべき500個目のメダルは誰が手にするのか、団長や主将、旗手は誰が務めるのか、など、さまざまな予想で盛り上がりを見せていますが、東京オリンピックがどのような大会になるのか、期待が膨らみます。

(TOP 写真提供 = RobinStrower / Shutterstock.com)


《参考記事一覧》

日本のオリンピックの歴史についてわかりやすく解説! | 歴史をわかりやすく解説!(ヒストリーランド)

オリンピックの日本選手団 – (Wikipedia)

1972年札幌オリンピック (Wikipedia)

1964年東京オリンピック – Wikipedia

1998年長野オリンピック – Wikipedia

近代オリンピックでの国・地域別メダル総獲得数一覧 – Wikipedia

 
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