だから釜石は愛される!釜石鵜住居復興スタジアムが示す、地方スタジアムの最適解

遂に開幕したジャパンラグビー トップリーグ。この週末には2021年シーズンのトップリーグで唯一となる釜石鵜住居復興スタジアムでの試合も行われる。ラグビーワールドカップ2019でも使用され、トップチャレンジリーグ(2部相当)の釜石シーウェイブスRFCの本拠地の同スタジアム。復興のシンボルとして、また周囲の自然に溶け込むデザインが高く評価されているが、総工費は従来の約半分。環境にも優しく、地域の日常利用に対応するなど、地方都市にとって利点が多い。「公園のような開かれた造り」という設計ビジョンについて、梓設計 常務執行役員 永廣正邦氏に伺った。

釜石に佇む、ワールドクラスのラグビー場

2018年に竣工した釜石鵜住居復興スタジアム。梓設計による基本設計で、釜石市が所有する。写真提供=梓設計

2019年、ラグビーワールドカップで初めて決勝トーナメントに進出した日本代表。ベスト8に入ったその戦いぶりに、世界から称賛の声が浴びせられた。では、その代表チームと同じように「ワールドクラス」のラグビー場が日本にあることも、知っているだろうか?

東北地方の岩手県、三陸海岸沿にある釜石鵜住居復興スタジアム。イギリスのラグビー専門紙『The Rugby Paper』による「世界のラグビースタジアム トップ20」に選ばれている。周囲の自然や風景に溶け込むように柔らかく存在する姿がラグビーの母国でも認められた形だが、実は多くの工夫が凝らされた新機軸のスタジアムなのだ。

驚くべきは、その総工費。常設座席数6000席にして21億5500万円という工費は、既存の建設方法の約半分だ。株式会社梓設計 常務執行役員 スポーツ・エンターテインメントドメイン長の永廣正邦氏は、「サッカーやラグビースタジアムは1席あたり約60~70万円で作れると言われています。ですから、およそ半分くらいですね」と明かす。

さらに言えば、スタジアムは仮設のスタンドで座席を増やすことができ、ラグビーワールドカップの時には1万6000席まで増席していた。この規模のスタジアムを造るとすれば、単純計算で約100億円の費用が必要になるが、それと比べれば5分の1程度になる。

「日常使い」を、最初から意識して造られた

株式会社梓設計 常務執行役員 スポーツ・エンターテインメントドメイン長 永廣正邦氏

これだけリーズナブルに作られたにも関わらず、国際大会のレギュレーションを満たしたことは驚きだが、周囲の地形を巧みに使ったゾーニングで、ラグビーワールドカップという国際大会も成功裏に終えている。

釜石市の人口は約3万人。決して大きくない街でも、決して潤沢な予算がなかったとしても、世界的なスポーツイベントが行える可能性があるというのは、地方の都市にとっては大きな夢や励みになるだろう。

とはいえ、釜石のスタジアムはラグビーのみに特化して建造したわけではない。むしろ、大きなイベント以外の時に、いかに地域住民が普段使いできるかに重きを置いている。「ボールを持った兄弟が、ふらっと来て遊べるような、そんなイメージで考えました」と永廣氏。スタジアムの周囲に壁がない、日本では類を見ないオープンな造りで、人々の憩いの場所となっている。

例えば、中央のメインスタンド座席は一部取り外しが可能で、その場所を一段高いステージにすることで音楽ライブや盆踊りなどが開催できる。普通なら動かすことをまず想定しない、メインスタンド。その席すら「多様性」と「日常性」を考えて可動式にするなど、今までの常識を大きく覆す。

東日本大震災からの復興のシンボルとして

釜石鵜住居復興スタジアムは、地域の小中学校の跡地に建設。ラグビーワールドカップ2019の開催地にもなった。写真提供=釜石市

ちょうど10年前、2011年に起きた東日本大震災。岩手県の沿岸地域にある釜石市も大きな被害を受けた。その復興のシンボルとして造られたのが、釜石鵜住居復興スタジアムだ。場所は、市立釜石東中学校と市立鵜住居小学校の跡地。約600人の生徒・児童が手に手を取り合って避難をするなど、「釜石の奇跡」と呼ばれたまさにその場所だ。

ラグビーワールドカップの会場にもなったことで、熱戦とともに釜石や震災についての情報が国内外に多く発信され、今日でも震災の記憶と防災の重要性を伝えるハブとしての役割も果たす。

だが、このスタジアム設計に関しては、当初大きな課題を突きつけられた。現在、多くの自治体やチームが直面する、費用の問題だ。「本当に予算が厳しかったので、今までにないほど知恵を絞りました。その結果が、このスタジアムになったんです。お金が潤沢にあったら、逆にできなかったでしょうね」と永廣氏は話す。

防災の重要性や釜石の地域文化を伝承しつつ、世界基準のスポーツイベントを行い、その後は市民が気軽に来られる場所にする。しかも低コストで。造り込みすぎず、規模をコンパクトにし、使えるものは上手に再利用する。辿り着いたのは、可変性を持たせるという設計だった。

低コストで使い勝手が良く、環境にも優しい

先出の通り常設座席は6000席にし、イベントごとに仮設のスタンドを増設することにした。イベントごとに席を作ると費用がかさむイメージがあるが、永廣氏は、「大都市以外の、開催されるイベントの数が限られているような場所は、大規模なスタジアムを造って維持・修繕するとよほどお金がかかります。小さく作ってイベントごとに仮設スタンドを設置したほうが、安くなります」と言い切る。

初期費用を抑えつつ施設も適正に小さく作れば、建造物の維持・修繕費はもとより、水道光熱費や管理の人件費など、将来にかかるランニングコストを抑えられる。人口減少が進む日本の地方にとっては、うってつけの考え方かもしれない。

釜石のスタジアムでは、前述のように初期建築費も抑えている。その秘密の一つが土だ。観客席の基礎部分はコンクリートや鉄筋でなく、周辺整備の掘削などで出た残土を再利用した、土の台の上にスタンドが乗る「土盛りスタンド」を実現した。常設座席についても、設計を工夫することで躯体(建築構造の骨組み)を極力減らしたという。

「仮設のユニットスタンドや土盛りスタンドで躯体量を落としたのが、コストダウンの面では一番効果が大きかった。普通のスタジアムは座席の段々を構造体で造っているので鉄骨代もかなりかかるが、釜石はフラットな床の上に椅子を乗せただけの構造です。今後はこういう座席の造りが主流になるのではないかと思います」(永廣氏)

また、各地方やスポーツ施設との絆を深める狙いもあり、旧国立競技場や東京ドーム、熊本のスタジアムで使われていた600席の座席を譲り受け、「絆シート」としてメインスタンド最前列に設置した。他にも、2017 年5 月に釜石市で起きた山林火災により被害を受けた木を再利用して、約5000席の木製シート席を作った。再利用を進めて環境に配慮しながら、コストも抑えられ、何より「釜石らしい」スタジアムになった。

アテネで見た、「負の遺産」

将来の費用負担が少なく、土盛りスタンドや座席の再利用などで自然にも優しく、地域住民も日常的に使用できる。この試みはSDGs(持続可能な開発目標)の観点から見ても、十分理にかなう。一歩も二歩も進んだスタジアムと言えるだろう。

日常的に人々に使われるスタジアムを徹底的に追求した梓設計と永廣氏。その想いの原点はなんだったのか?それは5年前に見た、ある光景だったという。

「教訓は、ギリシャに行った時です。オリンピックに対応する施設をどう造るかについて、過去のスタジアムを見に行こうとヨーロッパに行きました。そこで、(2004年の)アテネオリンピック関係のスタジアムやプール見たのですが……これが、ひどかった。メンテンナンスはされておらず、本当に使われているのか?という感じで。こんな風になってはいけないと思いました。建築のデザインはいいんですが、一過性のお祭りのためだけに造られるような建築はよくない。365日使えるか。それが一番と肝に銘じました」(永廣氏)

その思いが生かされたスタジアム。では、実際に地域ではどのように受け止められているのだろうか。

釜石市文化スポーツ部スポーツ推進課・課付係長の佐々木智輝氏は、「釜石らしさが残る、自然になじむ景観、そういったものが感じられました。みなさんからも好評で、我々もいいスタジアムができたと思いました」と目を細める。

「開放的な造りなので、グラウンドでもその周りでも楽しめる。毎朝のように散歩コースにする人もいれば、周回コースを走ったり、休みの日は子供を連れて自転車の練習や、キャッチボールをしたりする人の姿も見かけます。ラグビーだけでなくグラウンド・ゴルフやマラソン大会、社会人サッカーの大会なども行われていて、地域から愛されるスタジアムになっています」(佐々木氏)

地方スタジアムのベストプラクティスに

2020年にはラグビーワールドカップから一年を記念する「メモリアルマッチ」が開催。市はレガシーの創出に努める。写真提供=釜石市

地域の住民はもちろんだが、スタジアムには様々な人が訪れている。建設の段階から毎日のように視察が入り、地方自治体の関係者から校外学習の学生まで、その数は述べ4万人以上に及ぶという。現在は、新型コロナの影響で県外への移動が制限される中、岩手県内の修学旅行や防災学習のコースにもなっている。スタンド見学やグラウンドでのラグビー体験は大好評で、来年度も是非来たいという声があがっている。

釜石市はラグビーワールドカップの大会後も、国際大会の運営経験や新たなスタジアムをハブに、ラグビーをはじめとしてスポーツに触れ合える活動を続けている。ラグビーワールドカップのボランティアを中心に「釜石ラグビー応援団」を設立してスタジアムや首都圏でイベントを行ったり、「ラグビーのまち釜石教室」では子供たちを招待して後進の人材育成にもつなげている。復興のシンボルとして、そして一過性で終わらないというコンセプトで建てられた釜石鵜住居復興スタジアムは、当初の役割以上の働きを見せている。

改めてスタジアムの感想を永廣氏に聞くと、「華美ではないですが、ランドスケープと一体化した“公園づくり”が上手くできたと思いました。建築物を造っているというよりは、公園を造っているという感じでしたね。僕らにとっても、いつものスタジアムとまったく造り方が違うので、逆によかったと思っています」と話す。

「無理に収益を上げない」地域に寄り添うスタジアム

梓設計ではこれまで、エンターテインメント性が高く、収益をあげられるスタジアムの研究を進めてきた。だが、それは一部の限られた大都市などに限られ、日本の多くの地域では適用できないことを再認識したという。日本全体を元気にし、そしてより多くの人の役に立つために辿り着いたのが「無理に収益を上げないスタジアム」だ。

永廣氏は次のように力を込める。

「昔の日本は、収益が少ないけどイニシャルコストも維持・管理費も高いという“ハコモノ”が普通でした。しかし、我々はハコモノを作らないという思いでいます。少し前までは稼げるスタジアムをどう作るかばかりを考えていたのですが、さらに一歩進めて“無理に収益を上げない”、“収益は少ないけどイニシャルコストも維持・修繕費も少ないスタジアム”が必要なのではという考えに至りました。

地域に合った形で、みんなに愛されるスタジアムとして、いかにあるべきか。各地域よっていろいろ違うと思いますが、その多様性を大事にしていきたい」

スタジアムは何も、大都市のエンターテインメント型施設だけではない。これからの地方の実情と身の丈に合った新たな方向性が明示されたことは、大都市圏以外の多くの地方自治体やプロスポーツクラブにとって大きなヒントになるはずだ。「地域に愛されるスタジアム」釜石は、日本のスタジアムのあり方に一石を投じている。