今年11月、サッカーJ3・FC今治の新本拠地となる「里山スタジアム」が着工した。365日賑わい、街とチームと一緒に成長していくことを目指す新機軸のスタジアム。スポーツを核にした地方創生の中心地となる夢の聖地とは、一体どのようなものか?FC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツ 代表取締役社長の矢野将文氏と、設計を手掛けた株式会社梓設計 常務執行役員 永廣正邦氏に聞いた。
遂に着工、23年完成予定のスタジアム
四国は愛媛県、瀬戸内海に面した今治市。造船の町として知られ、近年では今治タオルが全国区となっている。今この地でJ3を戦うFC今治は、今季のJ2昇格はならなかったが、23年完成を目標に日本に類を見ないスタジアムを民設民営でつくり上げようとしている。
その先頭に立つFC今治の矢野将文氏は、11月に着工した新たな新本拠地となる「里山スタジアム」設立の背景について次のように話す。
「現在利用しているスタジアムでは上のリーグ(J2)に上がれない。誰かが作らないといけなかったのですが、今治市の財政は厳しく、自分たちで建設するしか方法がありませんでした。せっかく作るなら企業理念を体現するようなもの、社会問題や地域課題を解決できるようなものにしようと考えました」
今治市は1980年のピーク時約20万人から現在は約15万人まで人口が減少し、少子高齢化や核家族化も進むなど、多くの地方都市に共通する問題を抱えている。矢野氏は、FC今治にとって人々が自然と集まり街の核となるような場所がなぜ必要なのかを切々と語った。
「成長していない感覚は人間にとって非常に怖いんです。ですから人口が減ったり、色々な意味で成長していく実感が持てない今、活き活きする場所を作ろうと考えています。核家族化や新型コロナもあり、人々の絆や触れ合いも疎かになっている。失われつつある人間性を取り戻そうということもあります」
新スタジアムを核にした町おこし。言葉にすれば簡単だが、予算も限られる地方都市でその難易度は高い。さらに言えば、それを形にするパートナーとのビジョンの共有も不可欠と言える。矢野氏はJリーグが推奨するスタジアムの調査レポートをいくつも読み、海外の事例なども研究したが、FC今治がそのままモデルにできるものはなかったという。
それに対する解答を、梓設計の永廣正邦氏は1枚のスケッチで表現した。
賑わい、成長し、共に育てていく
壁に覆われていないオープンなスタジアム。そこに人々が集まり、サッカーの試合が行われている。周りには商業施設が賑わい、散歩をする人、食事をする人などもいる。あふれんばかりの自然もあり、敷地内には必要な機能や施設が追加できる余白の土地まである。「賑わって、成長して、ともに育てていく感覚。当時私たちがまだ言葉にできていなかったことを表現していただきました」と矢野氏。
里山スタジアムに関わる直前、永廣氏は公園のように開かれた斬新なコンセプトで岩手県の釜石鵜住居復興スタジアムを設計していた。ラグビーワールドカップの会場にもなり、海外から高い評価を受けた。そして、これからの時代のスタジアムとは何かと考え続けていた。いわゆる「ハコモノ」と呼ばれる使用率の低い施設ではなく、各地域に合った形を作っていくべき。意気投合した両社はさらに協議を進め、スタジアムの方向性が決まった。
永廣氏は、「里山のように人と自然が交わり、三々五々みんなが集まって、サッカーだけでなく、心の寄りどころになるように作っていく。スタジアムというより里山を作るという考え方でした。地方のスタジアムに一番必要なものは、日常と非日常の両軸。試合がない日でも人が集まる仕掛けをつくり、街づくりの核になるような賑わいを生み出す設計にしました。これが、これからの地方スタジアムづくりの方向性になると思っています」と胸を張る。
スポーツビジネスの本場である米国や欧州などを中心に、大都市のスタジアム周辺に商業施設やホテルを併設して収益を得る、いわゆる都市型スタジアムの最適解は見つかり始めている。だが、こと地方となると人口や予算など、様々な問題が立ちはだかる。
だからこそ、永廣氏が提案したのはあえて最初から作り込まないこと。「(里山スタジアムは)敷地全体に余白が相当あります。将来、市民とともに作ったり、時代に合わせて展開できる形にしています。観客席も増設できますし、可変性と拡張性を持たせてチームと街に合わせて成長できる。長く使われて、愛されていくと思います」
矢野氏も「小さな成長でもいい。成長を感じられるのは人としての幸せのひとつですから」と同意。チームやスタジアムが育っていくことは、地域の人の心のよりどころになる。さらに、スポーツで世界に羽ばたいて、活躍するような選手が出れば、地元の大きな力にもなる。
「プロスポーツの魅力は自分たちが応援した人が世界のヒーローになる可能性があること。今は大谷翔平選手が世界の野球少年から憧れの眼差しで見られていますよね。この地で育った子供がゆくゆくは世界に出ていく。そういうことも実現したい」(矢野氏)
地方のスタジアム・アリーナ 必要な考え方
今治という地での新たなスタジアムの意義や形は見えてきた。では、地方で共通して必要とされる考え方とは、どのようなものか?永廣氏は6つの要素をあげる。
- 日常と非日常の両軸での展開
- 市民を巻き込んだ街づくりによる発信力
- あらゆる複合化を念頭に置きつつも、その地域に貢献する複合化
- 具体的な可変性や、稼働率をあげるための施策
- 地域の人々に開かれた、立ち寄りやすいものにする快適性
- 地域貢献やSDGsの課題を見据えた長期的な視点
梓設計と永廣氏にとって、新しい地方スタジアムのひとつの形が、釜石鵜住居復興スタジアムだった。周囲に壁がなく開かれた公園のような造りで、今も試合がない日は保育園の遠足や市民のゲートボール、ランニングなど自然と人が集まり利用されている。
ただし釜石は市の公共施設であり、複合化までは踏み込めなかった。そこで今回の里山スタジアムこそ、複合化を視野に入れた「発展形」となっている。
商業施設や教育施設、医療施設などが敷地内に建てられる予定で、日常的に人々が利用することを想定している。地域のハブとも言える機能まで詰め込み、試合のある日(非日常)も、ない日(日常)も賑わいを作り、さらに地域課題を解決できるように練り込んできた。
ただし、スタジアムの完成が最終形というわけではない。矢野氏は長期的な展望を口にする。
「最初は私たちが手を入れて人の賑わいが生まれるようにしますが、ある意味自走していって、地域のみんなのものになればいい。お寺や神社はまさにみんなが利用して、ずっと残っていますよね。いい場所に作られていて、木々もしっかり育ってその場所自体が深みを帯びていく。人の営みと自然の営みが合わさって、安心感が生まれるような形になれば」
神社や寺のように人々の生活に溶け込み、末永く地域の中心として存在する。地方のスタジアムが、ただ試合をするだけの施設ではいられなくなっている。「誰でも参加できる可能性があるということが重要なのだと思います」と永廣氏。スポーツという枠に閉じないで、コンセプトから施設設計まで広げていくことで、地域に永続的に残るものとなるのだろう。
スタジアムの完成「J2で迎えないと」
里山スタジアムの稼働は23年から。その時に向けて矢野氏は「完成をJ2リーグに上がって迎えないといけない。スポーツの大きな喜びのひとつは勝利ですので」と意気込む。
永廣氏も、「日常的に人が集まる里山なので、色々なところに人が座ったり、食事をしたり賑わっていく風景を思い浮かべています。J2に上がれば観客席の増設もありますけど、そういった成長も含めてずっと関わっていきたい」と話す。
敷地の有効利用も本格化してきている。直近ではスタジアム用地の一部を社会福祉法人に転貸することが承認された。「障がい者の通所施設を敷地内に作り、併設するカフェでは当社のスタッフと一緒に働いてもらうことを計画しています。スタジアムエリアの管理にも携わっていく。次々と増えていく協業者の方々と、事業を積み上げて365日の賑わいを生んでいきたい」と、矢野氏は力を込めた。
日本の地方スタジアムの解を提示
今治での取り組みが成功事例となれば、様々な地方都市やプロスポーツクラブにとって大きなプラスになるだろう。そして、それが各地に広がっていけば、日本の地方スポーツ施設やクラブ運営は、正の方向に加速していく。
「日常と非日常をいかに両立させるか。公共施設であれ、民設であれ、その考え方は踏襲していかないと、都市部以外では活性化しないし収益もあがりません。これが持続可能性とか、ホスピタリティーとかに派生して、今治で打ち立てたコンセプトが色々なところで実現してくるのかなと。みんながなるほどと思う実例を作っていければ」と永廣氏。
一方で、資金集めから始まり、厳しい現実と向き合ってきたからこその提言も矢野氏は忘れなかった。
「ここまでの過程、梓設計さんとの出会い、施工会社をどう選定したか、資金をどうやって(出資者に)共感いただいて調達したか。これらについては個別の事情で変わってくると思います。現場にいる私から見ると、(他の地域への)横展開というのはそんなに簡単なものではない。その土地、案件ごとに前提条件があって、初めてどのようなアウトプットがあり得るか考えられる。単純なルールの均一化というのは、この多様性の時代には適していないように思います」
日本全国の地域のスタジアム・アリーナをどうするか?各県、地域で色々な問題があり、それを掘り下げることでひとつしかないスタジアムを作り上げていくことが必要なのだろう。
「最近教えていただいたのですが、全国にあるお寺や神社も1件1件、全て違うらしいんです。日本には八百万の神がいると言われますよね。我々にとってはスタジアムが聖地になりますが、聖地もそれぞれあっていいのではないかと思います」と矢野氏。
今治の地に建つ唯一無二のスタジアムが成長し、人々を巻き込みながら、地域を活性化して根付いていく。それは日本のスポーツ界にとって、大きな光となるに違いない。
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