曖昧な「メンタル」を理論的な「心理学習」に。オンリーワンが目指す、『スポーツ心理学習のEQ』拡大と、さらなるビジョン

大事な試合で実力を発揮できない。勝利を左右する場面でミスをしてしまう――。これらは一般的に「メンタルが弱い」と表現されるが、その定義や扱い方を説明できる人は多くない。その曖昧さを払拭しようと研究を重ね、理論化して、「スポーツ心理学習のEQ」を立ち上げたのが株式会社オンリーワンだ。6,000人ものアスリートが受講し、心理面からアスリートの競技力の向上に寄与するサービスについて、代表取締役CEOである森裕亮氏に、創業の想いから今後の展望までを伺った。

心理学習サービス「スポーツ心理学習のEQ」を提供するオンリーワンのビジョンとは

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株式会社オンリーワン 代表取締役CEO 森 裕亮氏

スポーツを「する」「見る」「支える」といったスポーツ産業従事者に向けて、心理学習サービス「スポーツ心理学習のEQ」を提供している株式会社オンリーワン。代表取締役CEOの森裕亮氏は、2014年から原型となる心理学習トレーニングをアスリート向けに提供し始めた。

2018年に法人化し、社名をオンリーワンとした。唯一無二な存在の企業となること、そしてエンパワーメントをモチーフに「0→1→∞」を想起させるロゴで、スポーツ産業革命への狼煙を上げるという意味が込められている。

経営理念として、新しいスポーツ文化の創造、スポーツを通じた世界平和への貢献活動に寄与することを掲げ、これらを通じて「21世紀を越えた先まで繁栄し続ける世界最高のスポーツカンパニー」を目指している。森氏は次のように『スポーツ心理学習のEQ』の特徴を話す。

「オンリーワンが提供する『スポーツ心理学習のEQ』の強みは、“強いメンタル”という概念を、理論と図で解説できることです。スポーツ競技者や指導者に向けて、楽しくわかりやすく伝えられます」(森氏)

また、受講者のアスリートの心理面や内面に気づきを与え、自らの頭で考え判断することで、自立を促すプログラムになっている。テニス選手として活動していた経験に加えて、米国フロリダに留学して心理学を、そして柔道整復師養成校で人間の身体構造について学び、プログラムの基礎を築いていった。オンリーワン創業当時からトレーナーとしてアスリートを指導してきたのが、彼自身でもある。

EQを生み出した、「メンタル」に対する問題意識

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エディー・ジョーンズ氏は、メンタルコーチの日本での認知向上に貢献した。画像=atsportphoto / Shutterstock.com

今でこそアスリートの間でメンタルトレーニングは浸透しつつあるものの、「スポーツ心理学習のEQ」を提供し始めた頃は、まだ、メンタルトレーニング自体が「怪しい」「いかがわしい」「宗教的」という目で見られることが少なくなかったという。

「ラグビーのエディー・ジョーンズ氏(現イングランド代表監督)が、日本代表監督時代にメンタルコーチを取り入れたのがきっかけで、コーチングのブームがきたという記憶があります。ただ、私が(心理学習に)取り組み始めた2012年の時点では、まだまだ知られていませんでした」(森氏)

一方で、スポーツの現場で「メンタル」という言葉は昔から飛び交ってきた。プロ野球の投手が試合を左右する場面で打たれたり、暴投をする。ゴルフ選手がグリーンで数メートルのパットを沈めれば優勝というところで、外してしまう。テニス選手が勝負所のラリーで、毎回いつも相手にポイントを取られてしまう。メディアや視聴者は、それを単に「メンタルが弱い」で片付けてきた。

メンタルが弱いとは何か、そもそもメンタルとは何か――。疑問を感じ始めた最初のきっかけは、テニスアカデミーで子どもを指導した時だった。

大学卒業後に大手スポーツ企業に就職したが、その後テニス選手としての活動に戻った。愛知県でレッスンプロをしながら、JOP(国内のプロ選手が出場する大会)に参加していた。2年で選手を引退すると当初から決めていたことから、もともと好きだったデザインの道に進むか、スポーツで何かをするか悩んでいたところ、岐阜県のテニス教室を引き継ぎ、アカデミーを立ち上げたことが経営者としてのスタートだった。

「当初、生徒は5人だけで、さすがにそれだけでは生活が苦しかったので、夜はバーテンダーをしながら、子どもたちの育成に携わっていました」(森氏)

当時指導していた子どもどもの中に一卵性双生児の双子がいた。小学校1年生のその兄弟は、顔も背丈も一緒で、実力も同じくらい。しかし、たった一つだけ違うことがあった――。それが、性格や考え方だ。兄の方が試合での成績が圧倒的に良く、弟との直接対決でも兄が強かった。最初の気づきがここにあったという。

「これを周囲は『弟はメンタルが弱い』という言葉で片付けていました。しかし、指導している私からすると、同じDNA(遺伝子)を持っていて、テニスの技術も体も全く同じ。親も同じように教育している。それにも関わらず、考え方が全く違う。その時に私の中で、『生まれつき考え方が成熟している子どもがいるのかもしれない』という、最初の気づきがありました」(森氏)

ココロへの投資は、トッププロでも少ない

例えば、錦織圭や大坂なおみといったトップテニス選手でも、成績が上下すると、メンタルについて言及される。彼らのようなトップアスリートでも、メンタルという抽象度の高いものに対して、明確な答えをもった上でトレーニングすることは一筋縄ではない。

一方で、ノバク・ジョコビッチのようなトップアスリートは、メンタルトレーナーを帯同させないことが多いという。彼は先天的に、勝つために必要な考え方や思考を持つことができるのかもしれない。それでは、これを後天的に身につけたい場合、どのようなトレーニングをするべきなのかという疑問が湧く。

ところが、多くのアスリートは、プロ選手でさえ、メンタルのトレーニングには投資が進まないと指摘する。筋力トレーニングなど、身体への投資とは対照的だ。

「技術や身体には、基本的に科学で証明できる理論があります。例えば、ウェイトトレーニングやバイオメカニクスです。しかし心理学になると、強いメンタルとは何かという話になっても、抽象論でしか語れません。メンタルトレーニングはすごく大事だと多くのアスリートが感じるのに投資しないのは、明確なエビデンスに基づいて、誰しもが同じ成果が得られるトレーニング方法が開発されていないからです。これを作ることができれば、皆、投資価値を見いだして、使い始めるのではと考えたのです」(森氏)

「スポーツ心理学習のEQ」を開発し、個人トレーナーとして提供を始めると、口コミや紹介から徐々にクライアントのアスリートが増え、受講者数は6,000人を突破。そして前述の通り、2018年に株式会社化しオンリーワンが誕生することとなる。

現在は、サッカー女子日本代表選手やラグビートップリーグ所属の選手、世界大会で準優勝したフリースタイルフットボーラー、女子プロボクサーといった個人からチーム種目まで世界で活躍するトップアスリートたちがEQを受講している。

心理学習をさらに広めていく。オンリーワンの次の一手

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「スポーツ心理学習のEQ」は2020年からさらに拡大していく。写真提供=オンリーワン

オンリーワンでは、「スポーツ心理学習のEQ」のスクール展開を2020年の4月からスタートする。これまではトレーナーがマンツーマンで、年間契約で月1回の指導を行なってきたが、今後は、より多くのアスリートを中心とするスポーツ産業従事者を対象に、オリジナルテキストやワークを活用しながらスクールを展開していく。森氏は、「トップアスリートがより良いパフォーマンスを発揮できるよう、サポートしていきます。同時に、自分自身でセカンドキャリアのロードマップを描く力を構築できるようにも、カリキュラムを組んでいます」と話す。

また、現役アスリートたち引退後のキャリアに対する考え方に関して、「セカンドキャリアでは、スポーツで脚光を浴びてきたこれまでと全く違う環境に苦しみ、転職を繰り返してしまうような、キャリア構築ができない元アスリートが多い」とも問題意識を口にする。

選手たちが現役の時からセカンドキャリアを考え、自分が今まで培ったスポーツの経験を活かせる環境がどこにあるのかを考える環境を整えていきたいと、次のようにも話す。

「心理学習は、あくまでツールです。考えるという姿勢や考え方が確立できれば、日頃のスポーツ選手としての判断から、(セカンドキャリアなどの)職業選択まで、どのような場面にも応用できる。EQは心理学習サービスですが、思考のベースを構築するためのコンテンツでもあるのです」

一方、「学習のゴールは、卒業に置いています。精神的な自立が必要で、EQトレーナーがないとダメだというのは、本末転倒です」とも話し、あくまでEQはスポーツ心理学習のツールとして、アスリートが自ら考えられる「思考力」を高めるツールである点を強調する。

この「考えるクセ」や「思考力を高める」というベネフィットについては、なにもスポーツ産業や、アスリートだけに留まらない。EQは企業からの関心も高く、既に問い合わせがあると話す。

英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授は、2030年以降に重要となるスキルとして、「戦略的学習力」「心理学」「指導力」の3つであると述べている。2020年以降は、心の豊かさに焦点が当てられるようになるであろう。

「うつ病などが増える現代、職場でのメンタルヘルスに取り組む企業は、解決策を模索する中で、私たちの心理学習サービスにも関心を持っていただいています。EQは企業研修やスポーツ教育の現場にも応用できるので、toB(企業向け)の事業展開もドライブを掛けていきます」(森氏)

「スポーツ産業の底辺の拡大を」 オンリーワンが見据える未来

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スポーツ庁は現在、日本のスポーツ産業を2025年までに約15兆円規模までに拡大したいと掲げている。しかし、スポーツ産業の上部層にしか政策が向けられていないのではないかという危機感があるという。

「産業は、底辺を広げないと絶対に大きくなりませんし、産業構造の末端である、スポーツ産業従事者のインフラを整えている企業は、まだほとんどありません」(森氏)

そのひとつのソリューションとして、「スポーツ心理学習のEQ」があり、アスリートとしてのパフォーマンスを向上させるだけなく、アスリートとして培った不変的なヒューマンスキルをビジネスシーンに変換する力を身に付けることで、人生100年時代と言われるキャリアまでも結果的に支援できることとなる。

直近は、アスリートやスポーツ産業従事者のインフラを整備することが使命と話すが、起業したオンリーワンを通して、最終的に目指すべきゴールがあるという。それは、「リアルとは別の「意識世界」で、身体障がい者と健常者が同じようにスポーツができる未来を作りたい」ということだ。

自身のキャリアで障がい者施設で子どもたちとふれ合う機会が度々あった中で、子どもたちの「もし生まれ変わったら、健康な身体で思い切りスポーツを楽しみたい」という言葉を何度も聞いてきた。その度に、ありのままの姿で、それでも対等に交流できる機会がスポーツにはあるのでは、と考えてきたと話す。

「最近発達しているAR(拡張現実)やVR(仮想現実)など、意識の世界であれば、健常者や身体障がい者が同じようにプレーできる世界ができるんじゃないかと思っています。意識の世界でも、新しいスポーツ文化が生まれるはずだと。その未来で、新しいスポーツ文化を創造するリーダーシップを発揮するのが、オンリーワンでありたいですね」(森氏)

スポーツ産業界に新たな旋風を巻き起こし始めた、創業2期目のスタートアップに要注目だ。

オンリーワンが展開する「スポーツ心理学習のEQ」のスクールなど、最新情報はこちらの公式ウェブサイトで。