ONEチャンピオンシップ創業者、NBAインド、NFL中国責任者が語る、コロナ禍で見直された「スポーツビジネスの機会」

日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?そのヒントを探るべく開催されたのが、6月30日から2日間にわたり開かれた『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.2』だ。主催のHALF TIMEではイベントレポートを連載していくが、第2回の本稿では、初日のセッション「アジア発&アジア市場におけるグローバル・スポーツビジネス」の模様をお送りする。(登壇者の所属・肩書きは開催当時)

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国際化に必要な「ローカル・レレバンス」と「グローバル・アピール」

ONEチャンピオンシップ 創業者会長兼CEO チャトリ・シットヨートン氏

『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.2』の最初のセッションでは、ONEチャンピオンシップ創業者で会長兼CEOのチャトリ・シットヨートン(Chatri Sityodtong)氏、NBA IndiaでSVP及びMDを務めるラジェッシュ・セティ(Rajesh Sethi)氏、そしてNFL ChinaでMDを務めるリチャード・ヤング(Richard Young)氏が登壇。

TEAMマーケティングの岡部恭英氏をモデレーターに、アジア各国をつないだ本セッションでは、各スポーツ団体のファンとのタッチポイントの作り方や、コロナ禍で直面したチャレンジ、そしてスポーツ業界の未来を中心に議論が繰り広げられた。

岡部氏が掲げたトピックは二つ。グローバルに展開する各団体がコロナ禍で直面する現状と変化、そしてスポーツ業界の未来にどのような活路を見出していくかだ。

シンガポールを拠点にアジアからグローバルへ展開するONEチャンピオンシップ、そしてインドや中国での市場拡大によってグローバルなリーグを目指すNBAとNFL。それぞれの国際展開についてのトピックからセッションは始まった。

最初に口火を切ったのはONEチャンピオンシップのチャトリ氏だ。アジア市場のスポーツビジネスの現状について聞かれると、同氏はアジア全体のスポーツ業界が世界最大のスポーツメディアプロパティを持つアメリカに対して大きく遅れてしまっていると指摘。その要因として、アジアのスポーツ業界が国内リーグに留まり、グローバル市場に展開できていないことを挙げる。

「優れたスポーツプロパティを作っていくためには、地元への親近感、そして世界中の人たちが見たいと思う特性を生み出せるかどうかだと思います。日本の国内リーグは成功を収めていくことはできると思いますが、グローバルに展開していくためには戦略を変えていく必要があると思います」(ONEチャンピオンシップ チャトリ氏)

世の人々は海外スポーツに対しては世界トップの質でないと興味を示さないが、自分ゴトとして捉えられる選手やチームは別だ。その選手が世界に羽ばたくなどとなれば、海外のリーグであっても追いかけ続ける。国内クラブのライバル対決では限度があるが、日本人選手が世界一を目指すというストーリーには「魔法のような即効性」があると同氏は言う。

シンガポール発で世界を目指すONEチャンピオンシップは、実在するヒーローを生み出すストーリー作りを重視し、アジアの武道文化をグローバルに展開させることを掲げる。その戦略の中心にあるのは、「ローカル・レレバンス(Local relevance:地元への親近感)」と「グローバル・アピール(Global appeal:世界でのアピール)」だ。これは大いに日本スポーツの国際化に向けたヒントとなるだろう。

NBANFLのアジア戦略とは

NBA India Senior Vice President and Managing Director(当時) ラジェッシュ・セティ氏

米国スポーツのうちアジア市場での拡大を目指す筆頭がNBAとNFLだ。NBA Indiaのセティ氏は、インド市場での取り組みについてこう語る。

「ミクロな観点から話をすると、ファンに対して新たなタッチポイントを作っていくことに注力してきました。2019年10月にはムンバイでサクラメント・キングス対インディアナ・ペイサーズのプレシーズンマッチ2試合を開催し、NBAの試合を初めてインドで実現しました。さらに従来のメディアだけでなく、インターナショナルリーグパス(NBA中継をライブ或いはオンデマンドで配信する視聴パス)というDtoC (Direct to Consumer)商品で消費者との直接的なつながりを作っています」(NBA India セティ氏)

新たなタッチポイント作りはこれだけではない。デジタルでは、インド最大のオンラインファッションショップ「Myntra」でNBAストアを展開し、ファンがグッズを購入できる場を拡大。さらに今後はリアルな店舗をオープンすることも視野に入れているとセティ氏は語る。

一方で、草の根活動を行い、バスケットボールの競技人口とレベルを高める取り組みも行なっているのも特徴的だ。インド国内では2013年以降、「Reliance Foundation」というジュニアNBAのプログラムにより、これまで1100万人の子供たちへリーチしてきた。

これらの活動は、「ファンとのタッチポイントを増やすだけでなく、バスケットボールに対する親和性を持ってもらうため」(セティ氏)だ。インドではこのプログラムからアメリカの大学へバスケットボールをプレーするために渡った選手も出てきており、将来的にインドから初のNBA選手が誕生すれば、この活動が実を結ぶこととなる。

NFL China Managing Director リチャード・ヤング氏

NFLの中国での拡大を担うヤング氏は、マクロの視点から説明する。中国ではスポーツ界への政府の関与が強く、「スポーツは国民にプライドをもたらすツール」として捉えられてきた過去がある。民間企業がビジネスを展開していくには段階を踏んでいく必要があるが、この複雑な市場へ進出を果たしているのは、デジタルという強みを活用しているからだと語る。

「アメリカンフットボールはオリンピックスポーツでもなく、簡単に参加できる競技でもありません。必ずしもグローバルなスポーツでもあるとも言えない。ですが私たちは、自分たちが得意とすることを理解しています。それはコンシューマージャーニーを知るということです」(NFL China ヤング氏)

米国で開催されるNFLの試合は、中国の現地時間では金曜、月曜、火曜日の朝に主に放映される。毎週100万人以上が視聴するが、NFL側はそれでもファン層の多くは平日の午前中にテレビ観戦ができないことを理解している。その上で練られた戦略が、モバイルストリーミングの活用だ。

これは企業側にとっても魅力となっており、モバイルでNFLを楽しむ若い世代にリーチする貴重なツールになる。中国ソーシャルメディア界の大手であるテンセントと長年パートナーシップを結んでいるのもこの背景がある。

中国ではスポーツ市場がまだまだ拡大していく可能性が十分にあるが、この市場を勝ち抜くためには「忍耐力がモノをいう」とヤング氏は話す。同氏は、「1、2年で成果を上げようとするのではなく、100年居続けるつもりで考えていかないといけない」とさえ強調した。

コロナ禍で見直された、スポーツビジネスの特性

TEAMマーケティング Head of Asia Pacific Sales 岡部恭英氏

試合などの興行ができないことで、コロナ禍のスポーツ業界にはネガティブな空気が漂いがちだ。だが各者はこの状況がもたらす新たな機会と、それを可能にするスポーツ業界の特性についても触れた。

 ONEチャンピオンシップでは、ライブイベントが開催できなかった2月からの3ヶ月間、目を見張る変化が起こっていたとチャトリ氏はいう。

「デジタル上の視聴数が歴代最多を記録しました。とても興味深かったです。スポーツの世界ではライブが命で、録画放送の場合は数字が一気に落ちてしまうのが通常。しかし私たちは、こういった時期でも視聴数が維持できることを知らされました」(ONEチャンピオンシップ チャトリ氏)

同氏はその要因に、スポーツビジネスのある側面を挙げる。

「スポーツ業界はプラットフォームビジネスであり、抱えるスタッフも(規模を考えると)少ない。そしてIP(知的財産)を豊富に持っています」(ONEチャンピオンシップ チャトリ氏) 

例えば、NBAのグローバルHQで働くスタッフは約750人。540億ドル(約5.4兆円)の資産を抱える企業としては非常に小規模である。権利ビジネスが主で、生産ラインや商品の在庫を抱えているわけではない。スポーツ業界の固定費の少なさは、今回のパンデミックを乗り越える中では幸運だったと捉えるべきかもしれない。

そして各スポーツには一定のファンベースが存在するため、IPコンテンツは永きにわたって活用できる。過去の試合をソーシャルメディアに投稿してもエンゲージを得られるのは、最たる例だろう。

グローバル展開「万能薬はない」

この環境下、DX(デジタル・トランスフォーメーション)はスポーツ界喫緊の課題であり、デジタルコミュニケーションの巧拙もより浮き彫りになってくるだろう。NBAのセティ氏を前にして、ONEチャンピオンシップのチャトリ氏は力強く言い切る。

「世界中のスポーツプロパティで最もリスペクトしているのはNBAです。NBAほどデジタルとソーシャルメディアに適応できたリーグは他にありません。この分野は世界中でまだ未開拓で、活かしきれていない。そこに大きく成長する可能性があります」(ONEチャンピオンシップ チャトリ氏)

海外へ市場拡大を目指すには、その国の特性に合ったビジネスをすることが必要だ。チャトリ氏が例に挙げたNBAは、インドへの拡大を目指す上で、その特性を理解して戦略を実行に移す。インドではデータ容量に掛かるコストの低さからOTT視聴へのハードルが低く、NBAファンにとっても手軽であり、デジタル消費の多さを好機と捉えてコンテンツの質を高めてきた。

また、セッション終盤の質疑応答で挙げられた「海外市場への展開で重要なことは何か」という聴講者からの問いに、NFL Chinaのヤング氏が「万能薬はありません」と回答したのも象徴的だ。競技レベルで世界最高峰のリーグとも言えるNBAやNFLでも、各市場を知るために調査を行い、国の特性に合ったビジネス戦略を模索し続けている。

新型コロナウィルスの影響により、海外への渡航も難しい現在。その中で世界へ向けた市場拡大を目指す日本のスポーツビジネスの第一線で活動する人々にとって、このセッションは貴重なヒントになったはずだ。

次回は、初日の後半セッションである、北島康介氏、井上康生氏、大畑大介氏、本橋麻里氏を迎えた、「レジェンドアスリートが語る日本スポーツの未来」の様子をお送りする。


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