『HALF TIMEカンファレンス 2020 Vol.2』2日目最初のセッションは「NBAワシントン・ウィザーズ、「グローバル・チーム」への野望」と題して行われた。八村塁のドラフト指名・加入で一躍日本での注目度が高まることとなったNBAワシントン・ウィザーズの球団幹部が登壇し、競技とビジネスの両面から、グローバル市場を意識したチーム経営について議論が繰り広げられた。
前回:北島康介、井上康生、本橋麻里、大畑大介が語る「日本スポーツの未来」
海外戦略の裏には八村塁の助言も?
日本人初のNBAドラフト1巡目指名選手となった八村塁。日本のスポーツ界にとってもエポックメイキングな出来事であり、彼を迎え入れたワシントン・ウィザーズの知名度は飛躍的に上がった。パワーフォワードを主戦場とする八村は、1年目ながらチームになくてはならない選手に成長。そしてその貢献はコート内にとどまらず、ウィザーズのグローバル戦略においても不可欠な存在になっている。
セッションのモデレーターを務めたスポーツブランディング代表取締役の日置貴之氏のイントロダクションの後、登壇した球団幹部たちは、NBAと世界との関わりに触れながら八村の重要性に話を展開していった。
アメリカ4大スポーツのうち、グローバルスポーツの筆頭として知られるNBAが海外進出を果たしたのは、約40年前のことだ。パネルのモデレーターを務めた、ウィザーズ親会社のモニュメンタルスポーツ&エンターテイメント(MSE)顧問のジミー・リン(Jimmy Lynn)氏はこう語る。
「1980年代頃にNBAアジアを立ち上げるために北京に行ったのですが、そこからグローバリゼーションが始まり、その後(1992年バルセロナ)オリンピックでアメリカのドリームチームが誕生しました。それ以降、海外の選手も非常に多くNBAで活躍するようになり、グローバル規模で大きく成長しています」(ジミー・リン氏)
ウィザーズのゼネラルマネージャーであるトミー・シェパード(Tommy Sheppard)氏も頷く。
「競技自体が世界規模で成長していて、選手は150か国から来ています。実は選手全体の4分の1が海外の選手。大学生も発掘していて、現在NBAでプレーしている選手もいます。(八村)塁もその1人ですよね。彼は素晴らしい“日本人”バスケットボールプレーヤーではなく、一人のバスケットプレーヤーとして素晴らしい選手に成長しています。我々はそのサポートをしていきたい」
八村塁や日本との関係を例にグローバル戦略の一端を紹介してくれたのが、ワシントン・ウィザーズ並びにMSEでCCO(Chief Commercial Officer)兼ビジネス部門代表を務めるジム・バン・ストーン(Jim Van Stone)氏だ。
「(八村)塁からは、『日本のファンと正真正銘の絆を築くべきだ』、『日本のファンや子どもにとって一番好きなバスケットボールチームになるべきだ』と助言を受けました。日本向けのコンテンツも積極的に計画しています。ザック(生馬氏:ウィザーズ公式特派員)をはじめ、日本語のコンテンツを作るスタッフも経験豊富ですし、ソーシャルメディアの専門家も雇いました。(八村塁の加入した)1年前から、ローカルな企業とグローバルな絆を築けるような仕組みを展開しています。例えば100年の歴史を誇るNECのような企業と提携することができましたし、素晴らしいパートナーシップであると私たちは認識しています」
「危機はある意味ではチャンス」
日本語のコンテンツについては「(八村)塁が加入してからのかなり短期間でプラットフォームを立ち上げることができた」とバン・ストーン氏。チームの遠征にも帯同するザック生馬氏ら3人が、日本語のコンテンツ制作に特化している。
英語以外のコンテンツを常時配信するためにフルタイムで人を雇う。それをNBAで最初に始めたのがウィザーズだという。八村の存在があって、ウィザーズは日本でも広く知られるようになったが、“八村効果”を実感していることを改めて伺わせた。
「(八村)塁は本当に素晴らしいバスケットボール選手だからこそドラフトしました。彼は私たちをチャンピオンシップに連れて行ってくれる選手だと思います。そして、それ以外の部分でも寄与してくれています」(バン・ストーン氏)
本拠地キャピタル・ワン・アリーナには日本から多くの観光客が訪れ、「日本の大使館も様々なイベントを主催してくださり、招待いただいたりしています」とバン・ストーン氏が明かすと、シェパード氏も「選手の出身国の文化をどのように取り入れられるか、また海外のファンにどうサービスできるか」を常に考えていると言う。2月にはジャパニーズ・ヘリテージ・ナイトを開催するなど、現地のファンに日本をアピールした。
但し、新型コロナウイルス感染拡大の影響でリーグは中断。再開となっても、以前のようなチケット収入は見込めない。苦しい状況にもかかわらず、バン・ストーン氏は「危機はある意味ではチャンス」と前置きして、次のように話す。
「(観戦よりも)放送に重きが置かれるので、どのようなコンテンツを配信するかが肝になってきます。バスケットボールはアメリカだけでなく世界中で人気があるので、視聴率は業界で一番高くなるのではないかと思っています。今、リーグ(NBA)が様々な放映権者と話をしていて、特別でユニークな視聴体験を作っていこうと計画しています」
そう語る同氏は、ウィザーズの収入源の内訳も明かしてくれた。
「実は収入の40%が放映権料なんですね。そして60%はローカルで、これはチケット収入などです。つまり半分以上が(コロナ禍で)なくなるので、難しい状況ではあります。全ての収益源を補完することはできないと思いますが、パートナーシップを新たに組むなどして補完していきたいと思っています」
デジタル、ソーシャルで新たな機会を創出
ここで日置氏から、「収入が減ると予想される中、例えば今後5年をどのように見据えているのか」と質問が挙げられると、バン・ストーン氏は次のように答えた。
「私たちの(MSE)グループはバスケットボールチームだけでなくアリーナも所有していますし、スポーツエンターテインメントプロパティとしてはアメリカで一番急速に成長しています。短期的にはeスポーツが急成長するのではないかと考えていますし、新しい収入源はあると考えています。そして、できるだけ早い段階でスタジアムに観客を招きたい。アリーナに関しては短期的にも投資をしていますし、収入を最大化できるよう様々なチャンスを模索しています」
アリーナといえば5Gに代表される高速通信によるデジタル、モバイルデバイスでの視聴体験とは切っても切り離せない。コンテンツを生み出す選手やコート上を見つめるGMは、こう明かす。
「選手がモバイルを触っていない時は、試合中か練習中くらいです(笑)。選手はそれだけモバイルを使っていますが、ユーザー(消費者)サイドも同じような傾向があると思います。例えば動画を配信する時も、1日でどのタイミングが一番いいのかを考えながら配信するのですが、5Gの時代がくることによって、より充実したコンテンツ作りができると思います。選手もソーシャルメディアをすごく活用しているので、5Gは今の状況を一変させるような要素になると思います」
海外ファンへ新たな観戦体験を
質疑応答に入り多くの質問が続く中、「NBAやウィザーズにとって急成長している収入源は?」という質問を日置氏がピックアップすると、まずはリン氏が話し始めた。
「NBAに関してはグローバル進出が最も急成長しています。特にアジアでNBAは非常に人気があって、中国やインドには巨大な市場がある。世界の人口は70億人ですが、その半分がサッカーファンで、28億人くらいがNBAファン。そういうファンに向けて私たちは事業を拡大していきたいと考えています」
バン・ストーン氏もこれに同調し、海外のファンへ新たな観戦体験を届けたいと考えている構想を明かした。
「バーチャルリアリティ(VR)もありますよね。日本の方々にチケットを販売して、バーチャル試合に参加してもらいたいとも思っています。あたかもワシントンD.C.に来たかのような体験です」
技術革新によって世界の距離はさらに縮まる。同氏は「ソーシャルとデジタルを通じて色々なことができる。グローバルのものをローカルにしていきたい」と、今後への期待を続けて語った。
新型コロナウイルスの影響で中断したNBAは7月30日に再開。八村塁は、主力としてチームで活躍してきた。また、幹部たちが語ったように八村はオフコートでもチームに多大に貢献した。事実、シェパード氏は「コートではもちろん、ビジネスサイドでも多くの企業が興味を持ってくださり、多くの扉が彼のおかげで開いたと思っています」と称賛している。
1年目にして大きなインパクトを残している八村塁、そしてワシントン・ウィザーズはこの機会を活かし、今後どのような進化を遂げるのか。コート内外の動向に多くの注目が集まる。
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次回の『HALF TIMEカンファレンス2020 Vol.2』イベントレポートでは、アシックス、サツドラHD、バリュエンスHDが登壇した2日目後半のセッション「日本企業がグローバル&ローカルで進めるパートナーシップ活用」の模様をお届けする。
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