「五輪3.0」時代へ。オリンピックはどう変わるのか?(太田雄貴×野村忠宏×鈴木啓太×日置貴之)

日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?その答えを探るべく4月28日に開催されたのが『HALF TIMEカンファレンス2020』だ。主催のHALF TIMEでは5回の連載でレポートしていくが、第3回の本稿では、セッション2「メガスポーツイベントの価値とレガシー」で議論が繰り広げられた、オリンピック開催の意義やスポーツの今後についてお届けする。

前回:DeNA、ジャパネット、コカ・コーラ、モルテンが語る、スポーツ・コンテンツホルダーとパートナーの「今後のカギ」

「ある種異様な大会」 オリンピックの意味とは

日本フェンシング協会会長/国際フェンシング連盟副会長 太田雄貴氏

新型コロナウイルスの感染拡大により、あらゆるスポーツがストップしている。これはメガスポーツイベントも例外でなく、2020年7月から開催予定だった東京五輪が1年延期されることとなったのは周知の事実だ。

日本フェンシング協会会長の太田雄貴氏は「ナショナルチームの選手たちも自宅待機。もしくは練習場が使えない」と現状を説明する。一方で、「開会式の日程が出たことは選手たちにとって非常に良いニュース。この1年をどうポジティブに捉えていくか」と、前向きな姿勢も示した。

ただし、1年後に五輪が開催されるという見通しだけで安心してはならない。コロナ禍は世界的な問題であり、日本で終息したとしても他の地域で感染拡大が止まらなければ、国際試合の開催は難しい。新型コロナの影響が「世界的に一定以上のレベルまで落ちてこないといけない。来年だから大丈夫、とは簡単には言えないのではないか」と太田氏は危機感も口にしている。

モデレーターを務めたHALF TIME株式会社代表取締役の磯田裕介が他の登壇者に意見を求めると、真っ先に声を発したのは、アスリートの腸内細菌研究を手がけるAuB株式会社代表取締役で元サッカー日本代表選手でもある鈴木啓太氏だ。

「現状だと1年後でも開催できないと僕は思っているんですよ。やる意味があるのか、優先順位はどうするのかなども含めて、スポーツの価値が新たに問われていると思います」

鈴木氏はこう語ると、「僕はオリンピックにすごく出たかったんです。野村さんと太田さんを見ていて羨ましいと思っていて、出た選手の視点からオリンピックの価値を聞いてみたいと思っていました」と、他の登壇者に質問を投げかけた。

柔道男子60kg級で前人未到の五輪3連覇を成し遂げ、現在は東京2020聖火リレー公式アンバサダーも務める野村忠宏氏は、アマチュア選手にとってオリンピックがどれほど重要かを次のように説く。

「(オリンピックは)4年に一度、もっと言えば4年に1日しか来ない。ここに自分のすべてをかけてチャレンジする。自分の人生をかけてくる人もいて、ある種“異様”な大会。夢もあるし、やりがいもあるけど、それ以上に恐怖や不安もある。アスリートとして残るものは大きい」

こう話す野村氏は続けて、「競技者としての環境を作ったり、メディアに露出して自分の価値を高めていったりすることができる。アマチュア選手にとって自分をアピールする最大の場所で、最高の喜びと感動を味わえるステージだ」と、オリンピックがアスリートにとって多くの好影響をもたらす点を強調した。

現在は「五輪3.0へ移行する瞬間」

柔道家/東京2020聖火リレー公式アンバサダー 野村忠宏氏

「わかりやすく言うとオリンピックのメダルって、IPOなんですよ。野村先輩は金メダルを3つ獲っているので東証、僕は新興でマザーズに上場しましたというような(笑)」

オリンピックの価値をビジネスシーンに置き換えてこう表現した太田氏は、「競技と個人を知ってもらう手段として、オリンピックはものすごく有効だと思います」と述べ、次のように続けた。

「サッカーや野球、バスケのように必ずしもオリンピックが頂点でない競技は、自分たちで興行を作っていける。一方でオリンピックが頂点である競技団体は、基本的にはオリンピックの傘下にある状態です。自分たちだけではマーケティング、マネタイズができないので、オリンピックの価値にぶら下がっているんです」

そして同氏は、「オリンピックがもし手段だとすると、オリンピック以外の方法で有名になったりマネタイズしたり、自分自身で可能性を見出していかなければいけない段階に入っているのかもしれません」と、オリンピックとアスリートの関係性にも言及した。太田氏の言葉は熱を帯び、オリンピックへの愛で溢れていく。

「僕たちはオリンピックに育ててもらったという思いがすごく強いんです。オリンピックが大好きだし、オリンピックを見てほしいし、感じてほしい。出場する選手たちにはベストパフォーマンスを出してほしい。だから僕は、東京オリンピックの招致に携わりましたし、野村先輩も聖火のアンバサダーをやられていると思うんです。

それくらい、出たことのある人間からするとすごく中毒性のある、もう一回行きたくなる場所。出場できる人が一度のオリンピックで日本人だと400人、世界だと1万人しかいない。なかなか共感してもらえないかもしれないんですけど、素晴らしいものだと僕は思っています」

次に意見を求められたのは、スポーツブランディングジャパン代表取締役で、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会開閉会式エグゼクティブプロデューサーも務める日置貴之氏だ。オリンピアンの野村氏、太田氏による“内側”の話と対比させながら、同氏は、“外側”の視点でこのビッグイベントを見つめる。

「競技によってはプロがいて、ワールドカップや世界選手権があって賞金が出る大会もたくさんある中で、何がオリンピックをオリンピックたらしめるのか。例えば、圧倒的に伝統があって、参加する国と地域が多い。世界的に見られているというメッセージ性の高さは、非常に特別です」

さらに日置氏は、「(1896年アテネからの)近代五輪を1.0とした時に、(1984年)ロサンゼルス大会で2.0が始まって、おそらく今この状況というのは3.0に移行する瞬間なんじゃないかという気がするんです」と、五輪が次の局面に進む段階に来ていると言う。

「これから開催するのが、日本、パリ、ロサンゼルス。先進国が行うオリンピックは、何らかの社会的な課題を解決する手段として大事になってきているのかなと思います」

こう話す日置氏は、さらに続ける。

「オリンピックは、出ている選手にとってすごく大事なんですけど、外側の人たちがどんな意味を持てるか、どんな関係性を築けるかがすごく大事なんじゃないかなと。自分もその中にいながら仕事をしていますけど、『オリンピックって何だろう』という問いが、日々、自分の中にありますね」

アスリートの発信「すごく意味のあること」

元プロサッカー選手/AuB株式会社代表取締役 鈴木啓太氏

スポーツの現状やオリンピックの価値について様々な意見が述べられた後、トピックは「ポスト・オリンピック」へと移る。世界的なイベントの自国開催を経て、日本のスポーツはどう変わっていくのだろうか?

「健康でなければいけないというのを、まざまざと見せつけられていると思います」と真っ先に発言したのは鈴木氏だ。腸内細菌の研究からヘルスケア、コンディショニング事業を展開する企業の代表としても、「健康」に着目すると、おのずとアスリートは重要な存在になってくると同氏は次のように語る。

「アスリートは限界を目指してやっています。だからこそ免疫が落ちてしまうこともありますけど、すごく健康に気を遣っている。一般の人がアスリートのような身体的パフォーマンスを出せるというわけではないんですが、仕事においても何においても、パフォーマンスを出すということ自体は一緒だと思うんですよ。だからこそアスリートが今までやってきていることを変換できるのではないかと」

スポーツはエンターテインメントである一方、「健康」という現代の重要課題にも合致する。そしてアスリートが持つ発信力は、その課題に対処していくために、重要な役割も果たす。

野村氏は自らの現役時代を振り返りながら、現在のアスリートの行動に変化が生まれていることに言及。「私の時はSNSなんてなかったけど、今はアスリートが発信できる。家でできることや、気持ちよく体を動かしましょうという明るいメッセージを出すなど、アスリート自らが社会の一員としてできることは何だろうと考えて発信しているのは、すごく意味のあることだと思います」と話した。

この背景には、「こういう時だからアスリートも、世の中が平和で、経済が動いているからこそスポーツに参加できる、オリンピックを目指せるということをすごく理解しています」と野村氏が代弁するように、アスリートが社会状況に照らし合わせて、スポーツの意味や自らの役割を理解し始めていることがあるだろう。

日本フェンシング協会会長である太田氏も、積極的にSNSを活用するよう選手たちにアドバイスしているという。

「うちは『Athlete Future First』と言っているのですが、選手の価値は引退した後に決まると僕は思っています。『スポーツ選手=バカ』というイメージを、僕ら世代は頑張って打開しないといけない(笑)。でないと親御さんがお子さんにスポーツをやらせないですよ。『コロナで大会が中止になったらスポーツ推薦すらなくなるじゃん』と。そうなると、競技を通して何を学んだのかという“言語化”が大事です。SNSは自分が競技で学んだことを一般の人にアウトプットする訓練になるので、選手たちにはどんどんするようにと話しています」

日置氏は、アイスホッケーのH.C.栃木日光アイスバックスの取締役GMも務める経験から、選手のSNS活用について賛成だという。GM就任時の印象を、次のように思い返した。

「クラブを始めた時に強く言ったのは、競技に打ち込み続けることは選手として大事なんですけど、同時に“社会化”していかないと本来の価値は出てこないということでした。つまり、体育館で一生懸命練習して体育館でこっそり試合をやるのと、お客さんの前で試合をやることは全然違うと。競技レベルも上がってきますし、コミュニケーションを取ることで共感につながるんです」

太田氏が「Athlete Future First」と言うように、一生競技者としてだけでは生活ができず、そうすると様々なスキルを習得することが求められる。日置氏の言うコミュニケーション能力もその一つだ。

日置氏は、「例えばスポンサーさんとのお付き合いの仕方とか、どんどん自分で考えてできるようになることが、とにかく大事です。競技だけをしているのではなくて、その先のことを考えて今から練習しておく。特にアマチュアスポーツの選手は、30歳でピークが来たとしても、その先の人生の方が遥かに長い。この時間をどうやって過ごすかを若い頃から考えるのは、すごく大事だと思いますね」と見解を示した。

「無観客」「デジタル」今後のスポーツの行方は

スポーツブランディングジャパン代表取締役 日置貴之氏

コロナ禍、そしてメガスポーツイベント開催を通して、今後スポーツ界はどのように変わっていくのだろうか?太田氏は、国内最高峰の大会となる全日本フェンシング選手権大会を「無観客でやることも視野に入れている」と明かす。その場合、「思い切りデジタルに振るつもりです」と宣言。剣先の軌道をデジタルで可視化する「フェンシング・ビジュアライズド」はすでに導入済みだ。

太田氏は、「もともと映像の配信用に開発を進めてきたので、配信との相性がバッチリ。配信方法としてはVRも当然あると思いますし、既存のテレビもあると思います。無観客だとシーンとしてしまうので、そういった環境をどういう風に解決するか。あらゆる可能性を視野に入れながら進めていく」と話す。

これまでリアルな興行ビジネスを主軸に展開してきたスポーツ界。とはいえ新型コロナウイルスの影響があるうちは、デジタルを活用したライブ配信もカギになる。そしてこのコロナ禍が終息すれば「両方できると思うんです」と語る太田氏は、次のようにも期待を込める。

「リアルな場所により高い価値が出てくるので、会場で試合を観るということがものすごく贅沢なことに感じられる。その上で配信もしっかりできる。2、3年後には選択肢が増えているというメンタリティでやっていきたい」

セッションの終盤では、聴講者からも『オリンピックなどのメガスポーツイベントを無観客でやることについてどう考えるか』という質問が挙がった。これに対し、「僕、無観客試合をやったことがあるんですよ」と手をあげたのが鈴木氏だ。

2014年、浦和レッズの一部のサポーターが差別的な横断幕を掲出したことで、クラブがリーグから制裁を受けた。「当時、埼玉スタジアムに4万人から4万5千人くらい入っていたんですね。でも、あの時は一人もお客さんがいなかった。そこでプレーした時、選手としての“辛さが”あったんですよ」と、鈴木氏は当時を振り返る。

多くの歓声を浴びながら戦うトップ選手にとって、無観客の静けさは異様なはずだ。鈴木氏も「誰のために戦っているんだろう」と、戸惑いがあったことも打ち明けた。

「スポーツの力、間違いなくある」

しかしこのコロナ禍で、鈴木氏はある経験を通して、選手が真剣勝負を繰り広げるスポーツの価値を再認識したという。同氏は、「SNSでファンの方とやり取りするんですけど、医療従事者の方から『私にとっての心の支えはサッカーだったんです。今、録画を見返してまた現場に向かっています』というメッセージをもらったんです。その時に、スポーツの力って間違いなくあるなと」と証言する。

制裁を受けての無観客試合と、今回のコロナ禍の延長線上にある無観客試合は全くの別物だ。その上で鈴木氏は、「アスリートは無観客でも人の力になれる可能性があるはず。僕は、やってもいいんじゃないかなと思います」と意見を述べた。

この無観客試合について野村氏は、「チケットの問題など、運営として成り立つのかという懸念はある」と話しながらも、「選手からすれば理想は観客に応援してもらって、声援のある中でやりたいでしょう。その声は選手の背中を押してくれるから。ただし、試合が始まればやるべきことをやるという姿勢に変わりはない。お客さんは選手の戦い方や表情を見ながら応援すると思いますから、メディアの“見せ方”によってはアリかもしれません」と、理解も示す。

この状況下、スポーツにできることは必ずある。そして、この「危機」を「機会」に変える発想が必要――。このメッセージを太田氏は独自の表現でセッションを締め括った。

「今、スポーツニュースの尺が余っています。そういうのを見ると、今こそマイナースポーツの選手は発信すべきです。例えば、カヌーの羽根田卓也選手が風呂場でオールを漕いでいるのが地上波(放送)で何回流れたか。競泳の瀬戸大也選手が自宅の庭にプールを作って練習している姿が何回流れたか。

アイデアと、どういう風に周りが受け取るかがイメージできれば、誰でもできるはずです。バズ的なものなので一過性かもしれないけど、一定数の最初のファン掴むには有効です。今は“仕掛け時”。毎日仕掛けるくらいの気持ちでいってもらえればと思います」

『メガスポーツイベントの価値とレガシー』というテーマのもと、アスリート、競技団体、関連ビジネスといったそれぞれの立場から意見が寄せられ、様々なヒントとマインドセットが提示された本セッション。コロナ禍がスポーツに影を落としている現状は間違いなくピンチだが、だからこそできること、やらなければならないことからチャンスは生まれるはずだ。前向きな登壇者の発言は、聴講者がこの状況でも常に「仕掛ける」ことを後押しすることとなったに違いない。


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