日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?コロナ禍においてその答えを探るべく開催されたのが、4月28日にオンラインで行われた『HALF TIMEカンファレンス2020』だ。主催のHALF TIMEではイベントレポートを連載していくが、第4回の本稿では、セッション3「スペインクラブのグローバル・スポーツビジネス最先端」の様子をお送りする。
前回:「五輪3.0」時代へ。オリンピックはどう変わるのか?(太田雄貴×野村忠宏×鈴木啓太×日置貴之)
グローバルビジネスに「万能薬」は存在しない
『HALF TIMEカンファレンス2020』のセッション3では、レアル・マドリードのスペイン本国でグローバル・パートナーシップ開発を手がけるアレックス・ウィックス氏、FCバルセロナの香港オフィスでアジア責任者を務めるトニ・クラベリア氏、そしてレアル・サラゴサでコマーシャル&マーケティングディレクターを務めるカルロス・アランス氏が登壇。
NYを拠点とするBlue United Corporation CEOの中村武彦氏をモデレーターに、北米、アジア、ヨーロッパの3大陸をつないだ本セッションでは、新型コロナウイルスの影響下、いかにサッカービジネスのグローバル化が進められているか、各クラブのパートナーシップとファンエンゲージメント戦略を中心に議論が繰り広げられた。
「自分たちが何者であるかを理解すること」 ――。これが、世界市場に展開していく上で重要だと語るのはFCバルセロナのトニ・クラベリア氏だ。『Més que un club』(クラブ以上の存在)というクラブ哲学は、スペイン市場だけでなくグローバルでも変わらないという。
FCバルセロナはNYや香港などに海外オフィスを構える。各市場に拠点を作ることで地域にコミットして文化を学び、市場で存在感を増していくためだ。同氏は「何かを売ったり、考えたり、相談し、決断をするにも、その市場を知らないことには難しい」と話す。これに加えて各オフィスはローカル・パートナーを開拓し、協業することも担う。
「現地で得た知識や情報を有効活用し、私たちが大切にする価値感に共感してくれるパートナーと最高の体験を作り出すのです」(FCバルセロナ トニ・クラベリア氏)
レアル・マドリードのアレックス・ウィックス氏は、「グローバルにビジネスをしていく上で、万能薬はない」と指摘する。ただし、どの国でも共通することはファンの重要性で、同氏は「ファンがいなければ、私たちは何でもありません」とさえ話す。
各国市場では選手を全面に押し出すこともあれば、クラブとしてのブランドを打ち出す場合もあるという。そして世界中のファンにクラブのメッセージを届けるため、常に新たなテクノロジーや手段に目を向けてエンゲージメントを高めようとしている。
「全ての国はそれぞれ異なります。『どのようにアジアにアプローチをするのか』という質問を耳にすることもありますが、これは少し見当違いです。私たちはアジアにはアプローチしません。アジアの中にある異なる市場に、異なる方法でアプローチするのです」(レアル・マドリード アレックス・ウィックス氏)
各クラブが持つ、競合差別性とは
サッカービジネスのグローバル化を考えた時、日本など他国市場へビジネスを展開しようとしているのはラ・リーガのクラブだけではない。英プレミアリーグ、独ブンデスリーガといった欧州クラブと競争関係にあり、さらに各国には国内リーグも存在する。その中で差別化するためには、何が必要となってくるのだろうか?
レアル・サラゴサのカルロス・アランス氏は「一つの答えはなく、各クラブがそれぞれの解を持っている」と話し、ファンマーケティングの観点からスペインへのインバウンド施策について言及した。クラブには香川真司が2019年から所属し、サラゴサは日本人観光客の目的地として急浮上している。
「サラゴサの強みは、サッカーの街であるということ。スタジアムや街で“本物のサッカー”を体験できます。さらにはクラブでは専門のチームが、チケットや公式のオンラインショップなど、一人ひとりにパーソナルな体験を提供しようとしているのです」(レアル・サラゴサ カルロス・アランス氏)
スタジアム体験について、一歩先を進もうとしているのが、FCバルセロナだ。同クラブでの勤務経験もある中村氏は、クラブがより多くの海外ファン、サポーターを迎え入れるため、スタジアムの全面改修を行っている点を指摘する。現在9万9,354人の収容人数を誇る「カンプ・ノウ」は、2024年の完成を目指して、収容人数の拡大と顧客体験の向上を狙う。
「スタジアムでのファンエクスペリエンス向上は、未来へのカギです。それは座席からの観戦だけでなく小売店やミュージアムでの体験にまで及ぶ、“バルセロナ・エクスペリエンス”と言えるでしょう」(FCバルセロナ トニ・クラベリア氏)
ウィックス氏は、海外ファンの取り込みにスタジアム体験が重要である点に同意する一方、遠方ファンのエンゲージメントの重要性を指摘する。レアル・マドリードの本拠地「サンチャゴ・ベルナベウ」も改修が行われ、2022年の完成を目指している。
「私たちのファンのほとんどは国外にいて、ほとんどのファンは一度もスタジアムに来たことがありません。ですので現在は、ファンをこれまでにない方法でエンゲージし、世界のどこにいてもレアル・マドリードを体験できるように取り組みを進める、いい機会です」(レアル・マドリード アレックス・ウィックス氏)
クラブに所属するギャレス・ベイルのInstagramの投稿がつい先日、1日で250万回の再生数を記録したことを例に挙げつつ、「常に様々なチャネルを模索している」というウィックス氏は、TikTokの急成長や『フォートナイト』で1,230万人がアーティストのバーチャルコンサートを見た事例などにも言及し、「サッカークラブだけでなく他のスポーツも、これまでと違った方法を取るために参考にするべきです」と述べた。
海外市場でのパートナー戦略
グローバルに展開するクラブにとって、ファン拡大と共に戦略の柱になるパートナーシップはどうだろうか。確実な正解が存在する問いではないが、日本人選手を抱える3クラブの考えについて、中村氏が問いかける。
レアル・サラゴサのアランス氏は、業界や企業によってKPIのシステムやモデルが異なる点を強調しつつ、現在注力する取り組みを一つ紹介した。それが「eスポーツ」だ。クラブは2017年からeスポーツに取り組んできた結果、若年層など今までとは違う年代にもリーチが可能に。「新たなツールを模索し、パートナーにとって投資に見合う価値を提供出来るよう常に考えています」と同氏は言う。
3クラブの中で特に多くの日本企業のパートナーを持つのがFCバルセロナだ。メインスポンサーの楽天だけでなく、コナミ、ニチバン、キヤノンメディカルシステムズなどが名を連ねる。クラベリア氏は各企業の目的を理解することが重要だと話し、楽天とはグローバル進出を、ニチバンとは日本国内でのストーリー作りを行っていると例を挙げる。
「グローバルに進出し、露出と認知度を高めたいというのが楽天の当初の目的でした。一方で楽天には、日本語ウェブサイトやTwitter、LINEなどを通して、私たちが日本でファンベースを拡大し、成長するために多くの支援をいただきました。つまり私たちは一緒に、グローバルに進出し、ブランド認知を拡大させ、ブランドの理解を進めるというストーリーを作ってきたわけです」(FCバルセロナ トニ・クラベリア氏)
クラブは全世界で育成スクール「バルサアカデミー」を展開して、2009年にはアジア初のスクールとして日本でバルサアカデミー福岡校を開校。また、公認サポーターズクラブのPenyaなども存在する。日本国内でリアル、デジタルのタッチポイントを持つことで、企業のアクティベーションの場にもなり得る。企業が海外サッカークラブとパートナーを組むのは必ずしもグローバル展開だけではなく、国内市場で差別化を計るためのブランド戦略だとも言える。
レアル・マドリードのウィックス氏も、パートナーシップで最も大事なのは企業側の目的が何かを理解することだと述べ、一例を紹介した。
「キヤノンメディカルシステムズは私たちのパートナーでもあり、非常に良いサービスを提供してくれています。トレーニンググラウンドで選手の怪我を予防できるようモニターして、私たちの最大のアセットであるプレーヤーがいつもピッチで最高のプレーをできるようにサポートしていただいています」(レアル・マドリード アレックス・ウィックス氏)
また、先出のスタジアム改修も日本企業にとって機会があると話す同氏は、「スタジアムのプロジェクトも現在進行中ですから、高度なエンジニアリング技術を持つ日本のブランドにとって可能性があるでしょう」と念押しした。
さらに、ブランドが解決したい課題に合わせて、柔軟性と多様なアセットを持ち合わせているのがサッカークラブの特徴だと言い、特に国際市場に進出したい企業は相性が良いと強調する。
「レアル・マドリードは、巨大な“マーケティングプラットフォーム”を世界中で提供することができます。国際市場でビジネスを展開する日本のグローバルブランドには、非常に有力な選択肢になると思います」(レアル・マドリード アレックス・ウィックス氏)
対コロナ 「サッカーがこの危機のソリューションに」
世界中に影響を及ぼす危機というのは歴史上初めてのことではなく、これまで2001年のアメリカ同時多発テロ、2004年のイラク戦争、2008年の世界金融危機などに私たちは直面してきた。しかしスポーツ界においては、今回のコロナ禍では興行はおろかトレーニングさえ行えないという事態の深刻さが、これまでの危機と異なっている。
それでもクラブは、パートナー企業と協働し、現在の状況下でも彼らのストーリーを伝え続け、スポーツが再開する時のために準備をしなければならない。
アランス氏は現状について、「ひどい状況ではありますが、楽観視しています 」と見解を示す。それは、「最終的には、サッカーがこの危機の問題になるのではなく、ソリューションになれば」という希望からだ。サッカー界はこれまでの常識やルールを変え、柔軟性を持って未来に備えなければならないと言う。
「クラブは最大限努力し、プレーしに戻ってこなければなりません。なぜならサッカーは100年以上続いていて、むしろ人々は以前にも増して試合を観たいだろうからです」(レアル・サラゴサ カルロス・アランス氏)
FCバルセロナのクラベリア氏も、長期目線で考えるべきだと説く。「サッカーでは、必ずしも勝利し続けられるわけではありません」と前置きしつつ、一方で「私たちはグローバルにビジネスをして収益を上げ、選手に報酬を払い、ピッチでベストな戦いをして、トロフィーを掲げたい」と話す。この収益は、言わずもがな育成施設のラ・マシアを支える基盤となる。同氏は、「2004年以降、バルセロナは最も多くトロフィーを獲得したクラブになっています。全てのサイクルで、ブランドを成長させなければなりません」とも付け加える。
長期スパンのブランド戦略については、レアル ・マドリードのウィックス氏もこう同調して、セッションは締め括られた。
「クラブの長い歴史の中で私たちがブランドに携わる期間は短いですが、正しいやり方でビジネスを持続可能にし、クラブがこの先も成功し続けられるようしなければなりません」
北米、アジア、欧州と世界3大陸をつないで開催された、『HALF TIMEカンファレンス2020』の本セッション。グローバルな世界がバーチャルに提供された時間となったが、この柔軟性のある取り組みも、スポーツ・コンテンツホルダーが海外へ展開していく際にはヒントとなる試みとなったのではないだろうか。
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