多くのスポーツ選手がセカンドキャリアで指導者や解説者に進む中、ビジネスのフィールドで第一線を行くのが、元浦和レッズの鈴木啓太氏である。2015年に腸内フローラ(腸内の細菌生態系)の解析でアスリートのパフォーマンス向上を支援するAuB社(Athletemicro-biome Bank)を設立。現在は、化粧品や食品、医療機器メーカーとの共同研究や、一般を対象としたヘルスケアサービスの提供を見据えて、さらに事業を拡大しつつある。「経営者・鈴木啓太」に、そのビジョンと情熱、独自の経営哲学を聞いた。(聞き手は田邊雅之)
前回インタビュー:【経営者・鈴木啓太#4】AuBを形作る、組織と人材
経営者・鈴木啓太が模索し続けるマネジメントスタイル
前回、AuBを形作る組織と人材について、「共感」をもとに人材を惹きつけ、答えのないものを一緒に探しながら進んでいきたいと語った鈴木啓太氏。ならば経営者として、その組織をどのように率いていくのか。最後はそのマネジメント哲学の真髄を聞いた。
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――AuBを立ち上げてから、ここまでの成果には手応えがあるのでは?
「そうですね。ただし、経営者としてどう立ち振る舞うべきかということは、心の中で毎日、自問自答をしているんです」
――経営者としての自問自答とは
「サッカーに例えれば、経営者というのは監督だと思うんです。でも監督にもいろいろなタイプがいる。ポジションをしっかり決めて、『こう動け』と言う人もいれば、『自由にやっていいぞ』と言う人もいるし、選手とものすごくコミュニケーションを取る人もいれば、まったく取らない人もいる。ミーティングが長い人もいれば短い人もいますしね」
「ですから、今の組織のスタイルが自分自身のやりたいことや、自分が思い描くチームづくりに近いものになっているかということは、かなり自問自答します」
――まだ自らの経営者像を模索している
「ええ、模索しています。よく経営者の方たちと話をするんですが、ビジネスの分野では、自分のやり方を確立した後でも、「あ、これは違うな」と方針を変える人もいる。そこは本当に自分でやってみなければわからないし、きっと答えは出ないと思います。そもそも正解なんてないでしょうし」
「他の経営者の方にしても、一番いい選択をずっとしてきたというわけではないと思うので、自分が判断ミスをするようなことがあったとしても、それは当然だと思います。人生は一度しかないし、その都度、学びながらやっていくしかないんです」
「それに経営のスタイルは、世代間によっても違ってくる。10年前と10年後では、経営者のあり方も変わってくると思うので、だからこそ周りをよく観察していくことは大事なのかなという気がします」
――少し大きな話になりますが、日本全体として見た場合に、今後、どういう人材が必要に なってくると思われますか?
「やはり視野が広い人が大事ですね。従来、日本という国は日本人だけで生活してきましたが、これからはグローバル化やボーダーレス化が進み、多種多様な人たちが入ってきたり、海外に出ていったりするようになってきている」
「これもサッカーに例えていうなら、日本リーグからJリーグになり、日本人がチャンピオンズリーグで試合に出るようになっていったのと同じように、社会がどんどん変わっていくわけですから、我々の世代も含めて視野の広さが必要です」
「昨日も、とある方と話をしたのですが、有名な投資家さんが『日本のベンチャーになかなか出資しづらい』と語っていたと。こういう状況も、日本のスタートアップである我々が、全員で考えていかなければならない点だと思います」
――確かに日本は、国内マーケットが大きいだけに、内向きの発想になりがちです
「ただし日本に関しては、別な見方もできるんです。日本は課題先進国だし、これから高齢化社会を迎えていくことになる。でもヘルスケアの部分でいうと、日本人の食事などは世界から注目され始めている。そういった日本の食文化や伝統を、世界にどう伝えていくかという視点も必要になってくるだろうと思います」
――科学的に腸内環境やコンディショニングを研究した結果、日本食の良さが改めて認識されるというのは、一種の原点回帰に近い
「日本の食文化、例えば発酵の文化などは素晴らしいものがありますから。もちろん海外の食材にもいいものはきっとあるでしょうし、その地域や土地ごとに適した、体にいい食文化というものがあると思うんです」
「ですから今後は、様々な食文化も活用しながら、多くの方々の健康寿命を延ばしたり、 おいしく食べながら健康になっていったりするための研究をやっていきたいですね」
――現役時代とは違った形で、多くの人に喜びを提供する試みですね
「そういう意味でも楽しいですね。会社の規模は小さいですけど、夢は大きいですから」
鈴木啓太が示唆する、セカンドキャリアのモデルケース
――現役時代の経験に基づいてビジネスを成功させ、スポーツの発展に総合的に貢献していく。鈴木啓太さんは、アスリートのセカンドキャリアという点で、モデルケースとなっている印象を受けます
「ロールモデルになれたら嬉しいですね。サッカー選手やアスリートたちが社会に出る、ビジネスサイドに行くという流れも、これから進んでいってほしいと思いますから」
「もちろん大変なことはあります。サッカーと同じで、ビジネスにはその人のメンタルの強さや誠実、正直さといった要素が全部出るし、正しいという基準だけでは進めないこともある。でも僕の場合は、もう一歩前に踏み出してしまったので、あとはやりきるだけなんです」
――ビジネスはサッカーより難しいところもあると
「ええ、サッカーのほうが簡単です(笑)。そもそも地域リーグからJリーグにいきたいのか、それともJFLでいいのかという目標の設定によって、(ビジネスを展開していく)スピードや規模は全然違ってくる。僕の場合は、地域リーグからJリーグに行きたいというような発想で最初からスタートしているので、その分だけプレッシャーがかかるんです」
――他方、長年の地道な努力が実って、AuBのビジネスは次の段階へと大きくステップしつつあります。喜びも大きいのではないですか?
「そうですね。シーズン前のキャンプが終わって、やっとリーグ戦に入っていく。今の我々はそんなイメージだと思いますし、すごくワクワクしますね」
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日本のサッカー界を代表するアスリートの一人から、革新的な事業を手がけるビジネスマンへ。そしてスポーツ、研究機関、異業種を結ぶハブ的な存在に。鈴木啓太氏はアスリートのセカンドキャリアという点でも、大きく飛躍を遂げつつある。自身の新たな挑戦、そしてAuBの動向から目が離せそうにない。
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