日本のスポーツビジネスはどこに向かうべきか?コロナ禍においてその答えを探るべく開催されたのが、4月28日にオンラインで行われた『HALF TIMEカンファレンス2020』だ。主催のHALF TIMEではイベントレポートを連載していくが、最終回となる本稿では、セッション4「欧州サッカークラブ・リーグから見る日本・アジア市場」の様子をお送りする。
前回:レアル・マドリード、バルセロナ、サラゴサが語る、サッカービジネス「真の国際化」のカギ
サッカー界が直面する「ニュー・ノーマル(新たな日常)」
HALF TIME カンファレンス 2020 の掉尾を飾るセッション4。「欧州サッカークラブ・リーグから見る日本・アジア市場」と題されたパネルディスカッションには、ハドリアン・ペラッツィーニ氏(アーセナルFC APAC ディレクター)、イバン・コディナ氏(ラ・リーガ 東南アジア、日本、韓国、オーストラリア地区マネージング・ディレクター)、そしてスレシュ・レッチマナン氏(ボルシア・ドルトムント、APAC マネージング・ディレクター)が登壇。モデレーターを務める森村国仁氏(電通スポーツアジア代表取締役社長兼CEO)の下、いずれもシンガポールを拠点に活動する各氏が、さらに密度の濃いダイアローグを展開している。
森村氏が最初に提示したのは、サッカー業界全体が新型コロナウイルス禍をいかに受け止め、どう活路を見出していくべきかという喫緊のテーマだった。同氏の状況認識はきわめて的確かつ説得力に富むだけでなく、このセッション全体を貫く基調演説とも言うべき内容になっていた。
「新型コロナウイルスの感染拡大は、サッカー業界全体に大打撃を与えました。また、あらゆる人々がスポーツに接する機会を絶たれ、ソーシャルディスタンスやリモートワークなどの『ニュー・ノーマル(新たな日常)』に対応することを余儀なくされています。
ただし、本日開催されているHALF TIMEのカンファレンスには、450人以上もの人々がオンラインで参加している。これは『新たな日常』の中で柔軟に視点や発想を切り替えていけば、未来につながるチャンスが必ず見出せるということに他ならない。まずはそのアイディアを共有してもらえませんか?」
アーセナル、ラ・リーガ、ドルトムント。それぞれのアプローチ
森村氏のイントロダクションを受け、最初に発言したのはアーセナルFCのペラッツィーニ氏だった。
「今の時点では、新型コロナウイルスが社会やコミュニティにいかなる与える影響を与えるかという全貌を見極めることはできない。その意味では、短期的なアプローチと長期的なアプローチの両面から考えていく必要があるでしょう。
いずれのアプローチを採るにせよ、私たちは世界中に数百万人のファンやサポーターが存在するという幸運に恵まれている。ですので一つの組織としてできるだけ迅速に対応し、新たな方法でファンとのエンゲージメントを高めていかなければなりません。ましてやファンが何よりも望んでいる試合は開催されていないからです。
これに並行して選手やチームスタッフ、ひいては社会コミュニティ全体とも一体感を深めていく必要がある。例えば感染拡大阻止に向けて、各国政府の方針に沿った適切な情報を発信していく、さまざまな人々を精神的にサポートしていくといった試みもその一つです。私たちは自宅で過ごす時間が増えることを踏まえ、日本ではゲームソフトの開発や販売などを手がけるコナミのようなパートナーとさらに密接に連携するようにもなりました。人々との絆を太くしていくことは、我々アーセナルが一貫して追求してきたポリシーにも合致するのです」
続いて発言したのは、ラ・リーガのコディナ氏だった。
「私たちのビジネスはサッカーの試合を開催し、世界中に配信することが柱になっている。結果、新型コロナウイルスには大きな影響を受けざるを得ませんでしたし、これまで以上に各ステークホルダーとの関係性を深め、距離感を縮めていくことが求められてきています。
ただし、そのためには現実を正確に把握することが第一歩になる。国の違いを問わずファンやパートナー、メディアなどはダメージを被っていますが、個々のステークホルダーが置かれた状況はすべて異なっているからです。私たちはラ・リーガ全体として、コロナウイルスとの戦いをいかにサポートできるかという視点でも、状況の推移を注視してきました。残念ながらスペインでは、数多くの感染例が報告されてきたからです」
コディナ氏は、新型コロナウイルスとの戦いを支援するための具体的な方策についても明かしている。
「ラ・リーガはクラブ側やステークホルダーと連携しながら、各種のイベントも実施してきました。例えば『FIFAチャレンジ』というイベントでは、リーグに所属するクラブから選手が一人ずつトーナメントに参戦。各クラブのキャプテンが、世界的な歌手を紹介するようなオンラインイベントも企画しました。これら2つのチャリティー・イベントは合計で150万ユーロもの義援金を集めただけでなく、世界中にいるファンとの絆や既存のパートナーとの関係をさらに強化する効果ももたらした。
つまり重要なのは、コロナウイルスに慎重に対処しつつ、決して受け身に回らずに積極的に可能性を模索していくことなのです。密接にコミュニケーションを取りながら歩調を合わせて活動していけば、新型コロナウイルスの危機はラ・リーガや各クラブの存在意義をさらに強固にする好機にさえなるでしょう」
ドルトムントのレッチマナン氏が異口同音に指摘したのも、未来に向けた継続的なアプローチの大切さだった。
「皆さんが述べているように、新型コロナウイルスがサッカー業界と地域コミュニティに未曾有のダメージを与えたのは間違いありません。しかしサッカー界は新たな方法で対応し始めている。その一つとして挙げられるのは、デジタルなプラットフォームを活用したエンゲージメントの拡大です。
過去数週間、サッカー界ではかつてないほどIT技術が活用されるようになりましたが、この試みは新型コロナウイルスが収束した後にも、きちんと継続していかなければならない。それはリーグ戦が再開された際にマーケットを拡大し、ファンやパートナー、メディアとの関係性をさらに深めていくための土台にもなっていきます」
「コロナ後」の世界。サッカー界が採るべき戦略
厳しい状況の中でも決してネガティブな思考にとらわれず、新たな可能性をポジティブに模索し続けていけるかどうかが鍵を握る。森村氏はこう小括した上で、2番目のテーマに水を向けた。内容は新型コロナウイルス収束後にサッカー界が採るべき戦略である。
「現在の状況がいつ終わるかは、まだ誰にもわかりません。しかも各クラブやリーグを支えてきたクライアントの多くは、スポンサーシップなどの予算見直しを迫られている。だからこそ私たちは今、創造性を発揮する必要がある。リスク管理を徹底しつつ、APAC全体でパートナーシップビジネスを発展させていく方法を考え出して、誰かがサッカービジネスを牽引していかなければなりません」
このテーマについても、最初にコメントしたのはペラッツィーニ氏だった。
「まず強調したいのは過去10年間、アーセナルにとってAPAC市場がきわめて重要な存在になってきたという点です。たしかに今日の状況は6ヶ月前とは大きく異なっている。6ヶ月後の世界も現在と同じではないでしょう。しかし明らかに変わらない要素もある。それはAPAC市場が持つ重みであり、ファンのロイヤルティ(忠誠心)です。
この地域には、かなりの数の熱心なサッカーファンが存在します。彼らはいつも辛抱強くクラブをサポートし続けてくれましたが、今は以前にも増してサッカーに飢えている。従って私たちにとっては、より充実したエンゲージメントを展開して、ファンの欲求に応えていくことが新型コロナウイルス収束後の指針になる。これはロイヤルティを高めていく効果ももたらします。またその際には、各国マーケットの実情に即し、パートナーのニーズにも細かく対応していかなければならない。新型コロナウイルスが企業にもたらした影響は千差万別だからです。
事実、私たちのパートナーであるZoomのようなデジタルコミュニケーションを手がける企業やゲーム業界は、新型コロナウイルスが追い風となり、かつてないほどの成長を遂げている。これはP&Gのような衛生用品や洗剤などを手がける企業にも当てはまります。しかしコカ・コーラなどは、長年熱心にサッカー界をサポートしてきたにもかかわらず広告投資を削減せざるを得なくなった。
このような状況に対応していくためには、パートナーが置かれた実情、あるいは彼らが新たに追求しようとしている目標に沿って、フレキシブルにサポートできる「柔軟性」を確保することです。現在はeコマースや健康関連事業なども業績を伸ばしていますが、パートナーにしっかり寄り添っていく発想は、ファンのロイヤルティを高めるアプローチと同じなのです」
ラ・リーガのコディナ氏は、APAC市場で展開してきた緻密なマーケティングに触れつつ、すでに着々と打っていた「次の一手」について言及した。
「もともとAPAC市場では、各国の特性やニーズをしっかり見据えた上で対応することが不可欠になる。現にラ・リーガは過去3年間、ローカルなニーズに応える方針を徹底し、大きな成果を挙げてきました。きめ細かな対応ができることはアドバンテージにつながりますし、新型コロナウイルス収束後、さらに重要になるでしょう。
現在はeスポーツや、日常生活の中で取り組めるスポーツに関心が高まってきています。ラ・リーガはこれらの分野においても、新型コロナウイルス感染が拡大する以前からすでに力を注いできました。例えばサッカーゲームの『FIFA 20』 を提供しているEA(エレクトリック・アーツ社)とは、グローバルスポンサー契約を締結。今やスペインでは30以上のクラブがeスポーツのチームを運営し、国内のリーグ戦や国際試合まで行うようになっている。
しかもシンガポールにもeスポーツを管轄するスタッフをあらかじめ配置してきました。これはアジア地域でeスポーツの人気が非常に高く、長足の成長が続いてきたことを受けたものです」
一方、ドルトムントのレッチマナン氏は、現状にしっかり対応した上で、独自路線を貫き通していく重要性を強調した。
「ドルトムントはユニークなブランドと独自のファンカルチャーを維持することで、ヨーロッパの他のクラブと差別化を図ってきました。若手の魅力的なタレントを発掘しつつ、常に『ホット』な存在としてメディアに露出し、人々に愛される存在になる。それが私たちの目指すビジョンです。事実、ドルトムントにあるホームスタジアムは、ブンデスリーガでホームゲームが行われる度に、記録破りの観客を集める施設として知られるようになりました。関連して述べれば、黒と黄色のチームカラーは攻撃的なサッカーのスタイルや、クラブそのものが体現している情熱や野心を示すシンボルにもなっています。
これらのアイデンティティは、パートナーにとって強力なツールになるだけでなく、さまざまなメモラビリア(記念品)やオンラインを通じたアクティベーションにも反映されていく。さらに私たちはアジアにオフィスを設けることによって、APAC各国のパートナーやファン、あるいはメディアとさらに密接な関係性を築き上げてきました。このような方針は、新型コロナウイルスが収束した後も追求されるべきものです」
日本市場での存在感拡大、Jリーグ・クラブとの連携
最後に森村氏が問いかけたのは、欧州サッカー界の各クラブがいかに日本市場に参入しているか、またJリーグや日本のクラブチームを活用していこうとしているのかというテーマだった。これに対してアーセナルのペラッツィーニ氏は、ロンドンの古豪が日本のファンやパートナーと長年育んできた特別な絆が基盤になると説明。ラ・リーガのコディナ氏は日本では昔からスペインサッカーが高い人気を博してきた素地に加え、Jリーグとのパートナーシップや日本市場担当スタッフと連携しながら、ファン、パートナー、メディアと一層連動していきたいと述べた。
ドルトムントのレッチマナン氏は、日本のファンを獲得する上で、香川真司が与えた影響力の大きさに触れた後、『ポスト香川時代』のマーケティング戦略の一例として、ドルトムント・サッカーアカデミーやJ3のグルージャ盛岡、帝京大学などと提携したパートナーシップに言及している。これはドルトムントというクラブが持つ大きな特徴、アカデミーを軸にした人材育成のノウハウをフルに活かそうとする試みだと言える。
新型コロナウイルスによる未曾有の危機をいかに受け止め、どう対策を講じていくべきか。感染拡大収束後に実践すべき、パートナーシップ戦略。そして依然として高い重要性を持つ日本市場のポテンシャルと、すでに胎動している新たなプロジェクトの数々――。
『HALF TIMEカンファレンス 2020』を締めくくる濃密なディスカッションは、APAC市場におけるサッカービジネスの潮流に貴重な視座を与えるだけでなく、未来に向けた希望とビジョンを垣間見せる、非常に有意義なものとなった。
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